「じゅ~ん君?」


俺、夢でも見てんのかな?

雅也の声がする…


「じゅん君、てば?」


相変わらず騒々しいなぁ…


「もぉ、早く起きないとキスしちゃうよ?」


してよ、キス。

いつもみたいにさ、ヘッタクソなキスをさ…

俺嫌いじゃないんだぜ、お前のキス。


「ホント、寝起き悪いよね、じゅん君は…」


あぁ、どうせ俺は寝起き最悪だよ。


「ねぇ、そんな可愛い顔してると、襲うよ?」


いいぜ?

やれるもんならやってみろよ?

受けて立ってやるよ。


「俺はね、じゅん君?」


なんだよ、今更改まっちゃってさ、お前変だよ?


「お前とかって言うなよな? 一応俺のが年上なんだから」


悪ぃ悪ぃ…そうだったな?

で、なんなの?


「ん? 何でもないや…」


なんだよ、それ…

超気になんじゃんか?


「また今度会った時言うよ」


もったいぶんなよな、たく…

“今度”っていつだよ?

俺、気ぃ短いからそんな長くは待ってらんないよ?


「分かってるって…。俺だってさ、そんな長くは待たせるつもりないしさ」


ま、期待はしてないけど、楽しみに待っとくわ…


「うん、じゃ…またね?」



あぁ、またな…






薄らと開いた視界に映ったのは、白い天井と…心配そうに俺を覗き込む智樹の顔と、智樹の身体を支えるように肩を抱く翔真さんの姿で…


なんだ…

俺、死ねなかったんだ…


自分がまだ生きてるってことに、こんなにも落胆したのは、後にも先にもこの時が初めてかもしれない。



「翔真、潤一目覚ましたよ! ね、ほら、もう大丈夫なんだよね?」


智樹が俺と翔真さんを交互に見ながら、早口でまくし立てる。


「うん、でもまだ安心は出来ないけど…。とりあえず看護師さん呼ぼうね?」


翔真さんの手がナースコールのブザーを押した。


ほどなくして俺の部屋は、一段と賑やかになって、指一本すら動かせない俺は、その光景をただ眺めるしか出来なかった。


「松下さん、分かりますか?」


医師が俺の顔を覗き込む。

俺はそれに瞼を伏せて応えた。


本当は声に出して答えたかったが、喉が焼けるように痛かった。


「一先ず“山”は超えたようですね。後は本人の回復力を信じる他ないですね」


それだけ言うと、医師は看護師と共に部屋を出て行った。


「良かったぁ…」


智樹がホッとしたのか、崩れるように傍らの椅子に腰を降ろした。


相変わらず智樹は泣き虫なんだな…


しゃくり上げるように泣く智樹の肩に、そっと翔真さんが手を載せた。


なんだよ…

見せつけてんじゃねぇよ…

俺には肩を抱いてくれる相手、もういねぇんだから…



あーあ…、夢の中なら雅也に会えるのかな…


俺は引きずられるように、また深い眠りに落ちた。





それからの俺は、怪我の後遺症も残ることなく、身体は順調に回復していった。

声も、掠れ気味ではあったが、何とか出せるようにもなった。


翔真さんと智樹はそれこそ交代で俺に付き添ってくれた。


智樹に至っては一日の大半を病室で過ごすことも少なく、翔真さんが仕事終わりに迎えに来るまでの時間、片時も俺の側を離れることは無かった。


雅也を亡くした俺が“変な気”でも起こさないように、見張りみたいなモンだろうけど…


心配性の翔真さんが考えそうなことだ。


事実俺はそんな気を起こすことなく、怪我の回復と共に始まったリハビリにも精を出した。


眠りたかったんだ。

深く深く、眠りたかった。


そのために周りが止めるのも無視して、無理なリハビリを繰り返した。

身体がクタクタに疲れてしまえば、自然と深い眠りに就くことが出来る、そう思っていた。



「じゃ、また明日来るから」


そう言って翔真さんに肩を抱かれながら部屋を出て行く智樹の背中を見送った。


消灯時間になり全ての灯りが消えると、俺はゆっくり瞼を閉じた。

そして深い眠りに落ちた時、聞き覚えのある足音が廊下に響いた。


あぁ、今夜も来てくれた…


俺は月明りだけが差し込む部屋で、身じろぎ一つすることなく、ただ一点だけを見つめる。


まもなく開かれるであろう、扉だけをじっと…

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