第2章 In The Dream…

お前の笑顔を最後に見たのって、いつだったっけ?


いや、こんな写真なんかじゃなくてさ…


つい最近だよな、2人で夜の高速飛ばしたのって…

そうだよ、あん時お前が誘ったんだよな?


お前の声って、どんなだった?


3日前に電話で話したよな?

下んねぇ話ばっかしてさ…


なぁ、雅也…

なぁんでお前起きねぇんだよ?


こんな窮屈な箱に納まってねぇでさ、とっとと起きろよ?


でさ、笑えよな?


馬鹿みたいに大声でさ、「じゅーん君」って俺のこと呼べよ。


ちゃんと聞いてんのか、雅也?


そんなさじっとしてないでさ、俺の手握れよ。

抱きしめてくれよ、折れるくらいにさ…


大体さ、お前にこんな地味な花なんか似合わねぇんだよな…

お前にはさ、向日葵みたいな派手な花の方が似合ってるよ。


俺が言うんだから、間違ってないよ?



なぁ、雅也?


また見せてくれよ…

お前の太陽のように明るい笑顔を…さ…




雅也の顔に触れようと手を伸ばした瞬間、それは激しい痛みと共に払いの蹴られ、驚いて上げた俺の顔には冷たい水が浴びせられた。


「帰れ! お前のせいで兄ちゃんはっ…。帰れったら、帰れよっ!」


涙でグチャグチャの顔を真っ赤にして叫ぶコイツは…


あぁ、そうだ…

雅也の弟の和人だ。


「潤一、行こ?」


呆ける俺の手を智樹が引いた。


斎場を出る俺達の背後で、大人達の啜り泣きが聞こえた。


「潤一、大丈夫?」


智樹が俺の濡れた服をハンカチで拭きながら俺を見上げる。


「大丈夫、って…何が? 俺は大丈夫だよ?」


そっか、と小さく呟いて智樹が助手席側に回る。


「ごめんね、俺運転変わってやれなくて…」


智樹は免許を持っていないから、仕方のないことなのに、なんで謝ったりするんだろうね?


第一俺は誰かの助手席なんて、乗る気もない。

雅也の運転以外は…


「別に構わないよ」


俺は申し訳けなさそうに俯く智樹にそう返し、運転席に乗り込んだ。


「翔真さんとこでいいの?」


智樹が頷いたのを確認して俺はアクセルを踏み込んだ。




「相原君、綺麗な顔してたね?」


信号待ちで車を止めると、智樹がおっとりした口調で言った。


「そうだな…」


それっきり俺達の間に会話はなく、重い空気と智樹を乗せたまま車は翔真さんのマンションの下に着いた。


「ありがとう。気を付けて帰ってね?」


シートベルトを外しながら言う智樹に、俺は胸ポケットに入ったままになっていた封筒を渡した。


「明日、行くんだろ? これ、渡しといてくんないかな? 俺からじゃ、受け取って貰えそうもないからさ」


俺は精一杯の笑顔を智樹に向けた。


「分かった。明日は翔くんも一緒だから、潤一の分までちゃんとお参りしてくるね」


智樹は車を降りると、俺に向かって小さく手を振った。

俺もそれに応えるように片手を上げ、アクセルを踏み込んだ。


智樹と別れた後、なんとなく真っ直ぐ家に帰る気にはなれなくて、俺は高速を飛ばした。


ドライブが趣味の雅也と良く2人で車を走らせた道だ。


いつもと変わらない景色なのに、隣に雅也がいない…ただそれだけで全く違う景色に見えるのは、どうしてなんだろう。


思い出すのはアイツの笑顔。


俺が雅也のこと好きだって言ったら、雅也顔クシャクシャにして笑ったんだよ、「ありがとう」ってさ…。


初めてキスした時も、初めて一緒に朝を迎えた時だって、いつだって雅也は笑顔だった。


でさ、年上面してこう言うんだ。


「もっと自分を大事にしなよ?」ってさ…。


自分の方がよっぽど大事にしてないじゃん?


ちっぽけな動物助けるために、トラックの前に身を投げ出すなんてさ、馬鹿じゃねぇの?


でも、それが雅也なんだよな…

雅也のそんなところに、俺は惚れたんだよな。


だけど…

なんで俺置いて逝ったんだよ?


俺一人ぼっちじゃん?

お前しかいないのに…


視界がグニャリと歪んだ。


サングラスの隙間から流れ落ちる涙を拭おうとした瞬間、俺の目の前は激しい衝撃音と共に真っ白な光に包まれた。




あぁ、雅也に会える…




徐々に紅く染まって行く視界の中、俺はぼんやりと思っていた。

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