第71話 覚の能力者

采希さいき!」

「采希、陽那ひな! 見つけた!」


 部屋に駆け込んだ双子が、すごい形相で鏡の中を覗き込む。


「鏡――れいさん! どうやったらこの中に入れるのか教えてくれ!」

「采希、大丈夫か? ちょ……入れないんだけど!」


 入れないと騒ぐ兄二人を榛冴はるひは呆れた顔で見つめた。

 畳ほどのサイズの鏡は、床から十数センチの辺りから壁に取り付けられている。

 双子が豪華な細工の施された枠を遠慮なく掴み、鏡の中に向かって騒いでいた。


(当たり前だよね。だって、鏡の中なんだし。慌てているのを抜きにしても、僕の兄たちは頭が悪すぎなんじゃないかな)


 榛冴が兄たちの間から鏡の中を見ると、采希と陽那が髪の毛のような黒い細い繊維状のモノで全身を絡めとられているのが見えた。


「綱丸、あれって、ヤバい状況なの? 髪の毛っぽくてすっごい気味悪いんだけど」


 榛冴の首から下げた笛の形のペンダントから管狐くだぎつねが飛び出す。鏡の中を一瞥し、榛冴の質問に肯定を返す。榛冴は顔を背けるように動かし、眼を細めた。

 大騒ぎする二人の後ろで那岐なぎが静かに立っている。

 僅かに俯きがちなその眼が、光を全く映していないように榛冴には見えた。

 そっと双子を両脇に押し退けて、鏡の前に立つ。


(ヤバい……あの眼……かなり怒って……)


 いつも微笑んでいる那岐が、無表情に眼を細めている。

 榛冴には那岐の様子に気付いた采希が、鏡の中から何やら必死に叫んでいるのが見えた。


「兄さんと陽那さんを……よくも……許さない……!!」


 だらりと下げられた那岐の両手に急激に光が集まる。

 大きく振りかぶられた両腕は、鏡を叩き割りそうに掲げられる。


「ちょおおおお! 那岐兄さん! 割っちゃダメ!」


 榛冴は慌てて那岐の腰の辺りにしがみ付いた。滅多にキレる事はないが、怒った那岐を止められるのは采希だった。

 それでも榛冴は必死で声を張り上げる。


「割ったら采希兄さんを助けられないってば! やめて、お願い!」


 榛冴の渾身の声に那岐がぴくりと反応した。

 無表情のまま、榛冴を振り返る。


「…………割ったら、助けられない?」

「そう。だから割るのはやめて、那岐兄さん」

「割ったら、どうなると思う?」

「う~ん……おそらく、ここが唯一の入口なんじゃないかなって。だから采希兄さんと陽那さんはここに閉じ込められ――……だあああああああ! そこのバカ1号! 人の話を聞けぇ!」


 凱斗かいとが右手に握った金剛杵を鏡に向かって振りかぶったのを見て、榛冴は鏡の前に立ちはだかるようにして阻止する。


「僕の話、聞いてた? 聞いてないよね? バカなの? 鏡の中に入れないからってなんで割ろうとすんのさ! だからそこのバカ2号も! 今、僕が説明してんのになんで紅蓮を構えるかなぁ? 何、考えてんだお前ら!」


 一気に捲し立て、榛冴は大きく息をつく。

 一連の様子を眺めていた黎が、笑いを堪えながら榛冴に歩み寄って来た。


「末っ子が一番冷静だな。榛冴、お前の見解は正しい。霊体なら他の鏡からでも行き付けるだろうが、そんな芸当ができるヤツは鏡の中で身動き出来ないようだしな」


 黎の台詞に、思わず鏡を振り返る。武将と呪術の姫が硬直しているのが見えた。


「……霊体の二人が、縛られてる……?」

「ああ、あいつらは自在に行き来できる。……多分、采希と陽那も同じ事が出来るはずだぞ。気付いていないようだがな」

「………………え?」


 意外な名前が出たことに、榛冴は眼を見張った。采希ならまだしも、陽那までがそんな力を秘めていたとは思わなかった。

 いや、だからこそ鏡に吸い込まれるような事態になったのか、と納得できる気がした。

 たった二人しかいない『鏡の中を行き来できる』者たちが鏡の中で身動きできないでいる。

 榛冴は不機嫌に暴れ出しそうな兄たちを見て溜息をついた。


「――あの、黎さん、霊体なら入れるって……僕らの守護たちなら、どうですか?」

「あ~……采希の白虎が現れないところを見ると、恐らくは無理だろうな。――凱斗」


 鏡の中を悔しそうに睨みつけていた凱斗が弾かれたように黎を見る。


「お前は、炎駒を呼べ。それと、那岐。朱雀なら鏡に入れなくとも、空間を繋げるんじゃないか?」


 戸惑ったように黎を見つめた那岐が、朱雀は時間と空間を飛び越えると黎に言われたことを思い出して視線を上に向けた。


(朱雀さん、何度も頼んでごめんなさい。兄さんを、助けたいんだ)


 那岐が無言で頭上に高く掲げた右手の上に、朱色の朱雀が現れる。部屋に合わせたのか、いつもよりも小振りな姿だったが、その光はいつもと変わらない。


「朱雀さん、ここの空間と、あの鏡の中の空間を繋いで!」


 那岐の声に応え、朱雀の体躯が朱金に輝く。


炎駒スルト、出番だ」


 凱斗の声で出現した麒麟は榛冴の眼の前で紅い炎を纏う。


「榛冴、ちょっとどいてくれ」


 榛冴が慌てて鏡の前から移動すると、軽く手を振った凱斗の動きに合わせて炎駒から真っ白な炎が吐き出される。

 その炎は鏡の中に吸い込まれ、大きな姿見が一面白い炎で覆われた。


(朱雀が繋いだ空間を通して炎駒の炎を鏡の中に送り込んだ? 黎さんのあの指示だけで……この二人って……)


 真剣そのものの凱斗と那岐を見ながら榛冴は驚きに眼を見張る。

 黎は自分たちの能力をきちんと把握してくれていて、凱斗と那岐は自分に何ができるかをちゃんと分かっているんだろうと思えた。

 黎に何やら耳打ちされた琉斗りゅうとが、炎駒の炎で真っ白になっている鏡に近付く。

 木刀のままの紅蓮をゆっくりと鏡に近付けると、あろうことか紅蓮が鏡の中に吸い込まれて行った。

 真っすぐ前方に差し出された紅蓮の先端が炎の中に紛れて見えなくなる。

 ゆっくりと鏡の中に差し込まれ、琉斗の手元までが飲み込まれた。


「采希! 紅蓮に掴まれ!」


 琉斗の声に、鏡の中から声が応える。


「陽那、こっちだ! 手を離すな! 琉斗、頼む!」


 その声を確認した黎とシュウが琉斗の右手に手を添える。


「「「せーのっ!」」」


 三人が一気に紅蓮を鏡の中から引き抜くと、その先端に陽那を脇に抱えた采希が掴まったままくっ付いて来た。


「采希!」

「陽那さん!」


 よろけそうになる采希と陽那を、凱斗と那岐がしっかりと受け止めた。

 凱斗に支えられながら大きく息を付いた采希が、榛冴を認めて少し笑顔になった。


「……榛冴、ちょっと俺に、力を貸してくれ」


 采希の様子から多分そう言われると思っていた榛冴は、微笑みながら頷く。


「その――箱の中の人達と、人形の中のお嬢さんだよね? 分かってる。でも、ひとまず休んだ方がいいよ」


 榛冴の言葉に、采希はちょっと眼を見開いて破顔した。黎が采希の視線を受けて頷く。


「一旦、引くか。シュウ、先に行ってエンジン掛けとけ。もうすぐ陽も暮れるから、麓まで戻るぞ」



 * * * * * *



 小さな旅館の一室で卓を囲んだ一同に、陽那が淹れたお茶を那岐が配っていった。

 眼の前に置かれたお茶を一口啜って黎がシュウを睨みつけた。


「さて、あの屋敷には何が留まっていたのか――シュウ、教えてもらおうか。お前がきちんと言わなかったせいで采希と陽那が大変な目に遭ったんだぞ」


 黎の冷たい視線に、シュウが大きく肩を落とす。


「別に秘密にしようと思っていた訳ではないぞ。……その……取引先の担当者がな、彼もよくは把握していなかったようで、どんな霊なのかうまく読み取れなかったんだ。その担当者も上の者から『とにかく何とか使えるようにしろ』としか言われていないようだったしな」


 シュウの言葉に、采希は思わず顔を上げた。


「だったら――読み取れないんなら、直接口頭で確認すればいいだけだろうが。全く……お前、もう少し人との会話を成り立たせる努力を――」

「シュウさん! シュウさんの能力って、もしかして……」


 黎の言葉を遮った采希に、黎は怒りもせずに笑いかけた。


「ああ、お前にはまだ言ってなかったか? こいつの力は――『サトリ』だ」


 黎の答えに采希は、これまでの黎とシュウの会話を思い出して納得した。


「ま、かなり状況に左右されるし、力の大きさにも波があって、実践向きではないけどな」


 双子が揃ってぽかんと口を開けている。

 那岐はすぐに理解したらしく、しげしげとシュウを眺めている。

 榛冴はそっと首を傾げた。


 采希の隣に座っていた琉斗が采希の顔を覗き込む。


「采希、『サトリ』とは何だ?」

「聞かれると思った。『サトリ』ってのは妖怪の一種だよ。だけどシュウさんが妖怪ってことじゃない。『サトリ』は人の心を読むんだ。表層意識の……つまり、言葉に出せるほどにまとまった思考を読み取ることができる。だからシュウさんの能力は、読心術ってことだな」

精神感応能力者テレパス……」

「いや、サトリって事は一方通行ってことですよね?」


 榛冴の呟きに答えた采希に、黎が頷く。


「一方通行?」

「人の考えが読めるだけって事だ」


 榛冴がシュウを見つめ、思わず身体を引いた。


「……そんなに警戒されると傷付くぞ。心配ない、俺の能力は黎に言わせるとへっぽこだそうだからな。――何だったか……力を使うとすぐに分かるそうだ」


 ちょっと拗ねたような表情でシュウが口を開くと、黎が後を続ける。


「こいつが意識を読むとな、ある一定以上の力を持つ能力者には視えるんだ。――シュウ、試してみな」


 いいのか? と言いたげなシュウに、黎が笑いながら頷いてみせる。それを確認したシュウは、ちょっと目を伏せ、呟き始めた。


「――何なんだこいつ。どう見ても胡散臭いな。まぁ、ファッションセンスについては認めてやらない事もないが、『サトリ』など聞いた事もないぞ。大体、人違いで抱き着くとか頭悪いんじゃないのか? いい歳に見えるのに落ち着きもなさそうだ。しかし何処かで会った記憶が……」

「あ~、分かった。そっか~、額の辺りに光が集まるんだねぇ。これじゃ、バレバレだわ」


 笑い出してしまった凱斗に、黎が大きく吹き出した。

 榛冴が冷たい表情で向かい側にいる琉斗を見ているが、当の琉斗はきょとんとしている。


「……琉斗兄さん、分かった?」


 那岐が笑いを堪えながら琉斗の袖を軽く引いた。


「…………何がだ? 俺にはどこも変わった風には見えなかったが」


 那岐と榛冴が『やっぱり……』と呟きながら盛大な溜息をついた。


「自分の表層意識が読まれたことにも気付かないとか、どれだけ鈍いんだ……」


 肩を落として呟く榛冴の肩をばしばしと叩きながら、凱斗がひっくり返りそうな勢いで笑っている。

 実際、シュウの額の辺りはほのかに光っていて、琉斗以外には確認出来ていた。


「俺はそんなに胡散臭いか?」


 ちょっと悲しそうに眉尻を下げたシュウに尋ねられ、采希は何と答えたものか分からず固まってしまった。


「そりゃそうだろう。さっき采希もマフィアみたいだって言ってたじゃねぇか。だから普通の恰好でいいって言ったのに、サングラスまで用意して来たりするからだぞ」


 そう言いながら、黎は笑い過ぎて眼の端から零れた涙を拭う。ちょっと不満そうなシュウが、こほんと一つ咳払いをした。


「そんな訳で、持ち主もあの屋敷に何がいたのか把握できていないようだったんだ。采希、お前には何か、分かったんじゃないか?」


 シュウが采希の方に身を乗り出す。


「確信している訳ではないですけどね。榛冴、お前も気付いた事を教えてくれ」




 紙に簡単な屋敷の見取り図を描いた采希は、全員から見えるように卓の真ん中に置いた。


「あの屋敷にいたのは、まずは三郎が『草』と呼んでいた隠密の皆さんだ。隠れ里という程には秘密ではない集落のようだけど、恐らく襲撃を受けて全員が亡くなっていると思う。それと、この子――人形に入り込んでしまっているけど、外国人の女の子だ。病気で亡くなったみたいだけど、どうやら能力者だったみたいで、誰かに無理矢理入れられたんじゃないかと思う」

「――人形の中に?」

「そう、陽那にも何が入っているのか視えなかっただろ?」

「……はい」

「かなりの力の持ち主だったんだろうな。俺も人形に触れるまで全く視えなかったから」


 采希の膝に乗せた人形がほんの少し身じろぎした。真正面に座っている黎がそれに気付き、面白そうに見つめている。


「あとは、黎さんにちらっと話した山神さまがあの屋敷を取り囲んでいる。そのせいで屋敷に邪霊が大量に縛り付けられているみたいだ。かなりの数だとは思うけど、山神さまの気でよく視えない。それとあの髪の毛の主だな。――榛冴、お前には視えたんじゃないのか?」


 榛冴がこくこくと頷いた。


「むしろ、僕には山神さま以外、采希兄さんが言ったモノは視えなかったんだけど。――僕が視たのは、屋敷の地中、余所からこの地に運ばれてきた土の中に紛れていたモノだね」

「それがお前の言っていた怨嗟の元か?」

「そうだよ、黎さん。その土には、大量の骨が紛れている。もういい加減、砕けまくっているけどね」

「……なぜそんなに大量の人骨を運んで来たんだ?」

「ここに不法廃棄したってことだと思うよ、シュウさん。ほとんどがくるわで働いていた女性の骨のようだから」


 全員がしんと黙り込んだ。

 廓と聞いて、采希はあの大量の髪の毛が現れた理由が分かった気がした。

 廓の女性たちにとって、男は恨みの対象でしかなかったのだろう。陽那のように普通の暮らしをしている女性に対しても心よく思わなかったはずだ。

 三郎や瀧夜叉までを絡め捕ったその恨みの強さに、采希は小さく身震いした。


「三郎さん、いる?」

《これに》

「……どうかしたのか?」


 普段よりも難しい表情をしている三郎に、采希は片眉を上げた。


《あの者たちは――救ってもらえるか?》

「隠密の皆さんなら、そのつもりだ。――あの隠密衆と、何かあったのか?」

《あれは……あの里は、騙し討ちにおうて壊滅させられた。儂の名を騙ってな。故に、あの者たちは儂が見捨てたと思うておる。――そのような恨みを持っていては成仏も遠かろうと思うてな》

「騙し討ち……?」


 先刻、三郎が『貴様らが仇と狙うべきは禿ネズミのヤツではないか』と言っていた事を思い出す。

 では、その犯人が禿ネズミと呼ばれた武将という事か、と采希は思った。自らの潔白を証明するために救いたい、と考えるような御仁には思えなかったので、采希は推測を口にした。


「彼らは、三郎さんの手の者だったのか? とても頼りにしていた、とか?」


 真っすぐに采希を見つめ、三郎は黙って頷く。


「…………分かった。じゃあ隠密衆は榛冴、お前にお願いしたい。……いいか?」

「……ま、しょうがないね。頼まれてあげるよ。その代わり、采希兄さん、今度僕の練習に付き合ってよね」


 采希をちょっと横目で見て、軽く顎を突き出してみせる。采希が頷くと、満足気にくしゃりと笑った。


「兄さん、この人形なんだけど」


 那岐が采希の膝の上の人形を覗き込む。再び人形が身動みじろぎするように動いた。


「この子、僕に任せてもらってもいい?」

「……え?」

「那岐さん、平気なんですか? 那岐さんのことだから怖くはないんでしょうけど、どんな能力者だったかも分からないのに――不安じゃないんですか?」


 陽那が心配そうに那岐を見つめる。

 采希は膝の上の人形に視線を落とし、そっと人形の頭を撫でる。


「確かに、この子についてはよく分かっていない。子供の頃のあきらとどんな約束を交わしたのかも不明だし、ましてやあのあきらが処置もせずに後回しにしたっていうのが気に掛かる」

「采希、のか?」

「それがな、凱斗、俺が読み取れたのはごく一部だけみたいなんだ」

「どういう事だ?」

「……俺の予想なんだけど、この人形に入っているのは本来の魂の一部なんじゃないかと思った。感情とか思い出とか、ほとんど読み取れないんだ」

「風化した、という可能性は?」


 黎が腕組みをしたまま尋ねると、采希はゆっくり首を傾げた。


「何かで霊の寿命が400年位だって説を読んだことがあるんだけど、この子はそんなに経過していないと思う。あくまで俺の感覚なんだけど、『パーツが足りていない』って感じ」


 黎と那岐が同時に瞑目して天を仰ぐ。


「那岐、それでも引き受けるって事は何か策があるのか?」


 天井に向けて唸る那岐に、凱斗が問い質した。


「ううん、実は何も浮かばない。ただ――この子、憑坐だったんじゃないかって思ったんだ。その力が強すぎて、この地に留まっていた念たちを集めちゃったんじゃないかなって思った。だけど采希兄さんが感じたようにパーツが足りていないなら、まずはそれを集める事が必要なのかもね」


 感心したように口笛を吹いた黎の腕をシュウがきゅっと掴んだ。


「なあ黎、彼は――と言うか、彼らはどんな能力者たちなんだ? 全員、お前のような力があるのか?」

「……言ってなかったか?」

「聞いてない。あきらは采希のことしか話してくれなかったしな」


 巫女がシュウにどんな話をしたのか、すごく気になるが、采希は黙ってシュウを見た。

 全員の視線がシュウに集中し、気付いたシュウの身体がびくっと震えた。

 少し引き攣った顔で笑みを作ろうとした。その表情の動きを、琉斗は確認するように凝視する。


「え~? あきらちゃん、俺の事は話してないの? ちょっとショックだわ~~」

「凱斗兄さんは話のネタになるほどの事はしていないからでしょ? じゃあ、改めて自己紹介がてらみんなの能力を説明しますね」


 凱斗を一瞥した榛冴が自然と仕切り出す。


「シュウさんの隣にいるのが那岐兄さんです。采希兄さんと同じような力があるようですが、采希兄さんよりも霊能力に特化しています。采希兄さんはどちらかと言えば超能力者サイキッカーに近いので」


 那岐が勢いよく立ち上がり、大きく頭を下げた。


「その隣が琉斗兄さん。普段は何の力もない、霊に憑依されやすいポンコツです。どうやら采希兄さんの危機に反応して能力が発動するらしいのですが、どんな力なのか詳細は不明です。ただ、采希兄さんの封印された力を開放できるのはこのポンコツとあきらちゃんだけです」


 榛冴の紹介が気に入らなかったのか、琉斗は憮然とした表情のまま軽く頭を下げた。

 ずっとシュウの顔から眼を離さない。


「采希兄さんは――説明は不要ですね。僕は、榛冴です。僕は『視る』力と『聴く』力を持っているそうです」

「神様系を降ろしたり口寄せの出来る巫覡シャーマンなんですよ、シュウさん。あきらのお墨付きです」


 采希の補足に、黎も嬉しそうに頷く。


「冷静さと状況判断も、陽那を除いたこの面子の中じゃ一番かもな。あとはみんな、あきらと同じタイプだ」

「……ブチ切れて暴れるという事か?」


 思い切り顔を顰めるシュウから、何となくみんな眼を逸らした。全員、自制できているつもりだったが、心当たりがあり過ぎた。


「……あそこまでじゃないと思いたいけどな」

「いやいや、大丈夫だよ黎さん。――多分」


 凱斗が頬を引き攣らせながら言った。

 采希は黎にここまで言われる巫女が、どんな暴れ方をしたのかとても気になった。


「この真っ先に嬉々として敵陣に突っ込んで行くようなヤツが凱斗兄さんです。こんなバカでも、あきらちゃんによると最強の聖域をその体内に宿しているらしいです。でも、実際は全く使いこなせていないので、まぁ、ぶっちゃけ役立たずですね」

「うおぉい榛冴、その紹介はないだろ? それに、『これ』と『バカ』呼ばわり? お兄ちゃん、泣きそうだよぉ」


 流石にシュウも吹き出し、確認を取るように黎を見た。黎も笑いながら頷いている。


「最後は陽那さんだけど、シュウさんも知ってるんですよね?」

「ああ、黎の組織で顔見せがあったからな」


 何故か胸を張って得意げに話すシュウの隣で、黎が呆れたような顔をしていた。


「じゃあ次は俺たちの番だな」

「……いや、俺らはもういいだろう」

「黎はそうかもしれないが、俺は、はじめましてだぞ。と言う訳で俺はシュウだ。黎とは昔からの友人だが、俺はちょっと訳ありで黎の組織には入っていない。他の仲間たちは組織にいるからな、そのうち会うこともあるだろう。黎が言ったように俺は『サトリ』の能力者だ。あまりお前たちの役には立たないだろうがよろしく頼む」

「シュウさんって、それ、ニックネームですよね?」


 采希が遠慮がちに聞くと、黎が小さな頷きを返した。


「采希には分かるか。名前は重要だからな、シュウたちには基本的に名乗らせないようにしている。だから采希もこの呼び方にしておいてくれ」

「あー……なるほど、了解です」

「采希、本当の名前だと何かマズいのか?」


 首を傾げた凱斗の疑問に、采希は笑顔で答えた。


「ああ、名前は呪術の道具になるからな」


 全員の視線が采希に集まる。

 特に不安そうな榛冴を見て、黎が顔の前で小さく手を振った。


「お前たちほどの力があれば問題はない。うちの連中でも警備部門のトップ以外は能力者じゃないから名乗らせていないけどな」

「本当に大丈夫ですか? でも僕や、特に琉斗兄さんなんか危ないんじゃないかと思うんですけど」


 榛冴が同意を求めるように琉斗を見ると、琉斗はまだシュウをじっと見つめていた。

 視線に気付いたシュウがにっと笑って琉斗を見返す。


「どうしたんだ、琉斗? 俺に何か聞きたい事でもありそうだが」

「…………シュウさんは、……――これを、聞いてもらえるだろうか」


 そう言って琉斗はイヤホンを渡し、スマホを操作した。

 イントロ部分で眼を見開いたシュウは、琉斗を見て嬉しそうに笑った。


「よくこんな古い曲を見つけたな、琉斗」

「……このバンド、もうとうに活動していないんだが、俺の大好きなバンドなんだ。特にギターが好きで、彼の影響で俺も弾くようになった。ギタリストの名前は、シュウ。ベーシストはレイだ」

「……琉斗、それって」

「これは、黎さんたちだな? あきらの部屋にあったあの写真、そこに写っていたメンバーに、俺は見覚えがあったんだ」


 卓の上に置かれた琉斗のスマホに表示された曲名を覗き込み、凱斗と榛冴と采希が驚愕した顔で息を飲む。

 自分たちも知っている、お気に入りの曲だった。

 黎は面倒くさそうに両手で髪を後ろに流す。


「その話は今じゃなくていいだろう。じゃ、明日はもう一度あの屋敷に行って、隠密衆と廓の連中の浄化。霊媒師のお嬢ちゃんを開放して、呼び寄せられた邪霊を排除して山神さまを宥める。――くっそ厄介な案件持ち込みやがって、後で覚えてろシュウ」

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