第14章 昏迷の霊媒師

第67話 幽霊屋敷

 丈の高い竿に巻き付いた野菜たちの畑をゆっくりと歩く。

 目ぼしい野菜を収穫しては、腰に付けた籠に放り込んで行く。そろそろ胡瓜やトマトなどで一杯になりそうだ。

 伸びをするように少し身体を反らせると、雲一つない青空が視界いっぱいに拡がった。


 住み慣れた家を離れ、采希さいきがこの屋敷に居候してもうすぐ二週間になろうとしている。

 ずっと、家族と離れては暮らせないだろうと思っていた。一人暮らしなど出来る自信もなかった。

 実際にはさくの一族の別宅に居候している身なので一人暮らしではないが、そんなに寂しがらずにやっていけているのは、二日と空けずに連絡をくれる弟のおかげだろうと采希は思う。


『兄さん、今日はね、凱斗かいと兄さんと一緒に訓練したんだ。炎駒えんくをいつでも呼び出せるようにね。でもさ、凱斗兄さんはすぐに飽きちゃうから……榛冴はるひが隣でずっと監視していたんだよ。凱斗兄さんは色々理由をつけて逃げ出そうとするんだけど、榛冴は容赦ないんだ。『この間みたいな緊急事態に、凱斗兄さんが炎駒を呼びだせないってことがどんなに大変か、まだ理解できていないようだね』って。――結局、何の訓練もできないままでしたぁ。あはは、困ったねぇ』


『兄さん、今日は榛冴と琉斗りゅうと兄さんと一緒に出掛けました。スイーツバイキング? ……え? フルーツバイキング? ……どっち? ま、いいや。女の子ばっかりのところに紛れ込むのはちょっと抵抗あったけど。帰りに猫広場に寄って、まだ残っていた猫たちに煮干しをあげて来ました。袋を勢いよく開けちゃったので、煮干しをぶちまけてしまって榛冴に怒られました』


『兄さん、今日は凱斗兄さんが大勝ちしたので、みんなで須永さんのお店に行きました。凱斗兄さんが『とりあえず、生5つ!』と言ってしまい、固まっていました。……兄さん、僕、やっぱりちょっと寂しいかも……』


 那岐なぎから届く声に、采希の中でも寂しさが募る。早く元の暮らしに戻りたいと思った。

 だがこれは自分が望んだ事だ。

 少なくとも二度と暴走しないように制御する必要がある。そのために采希は、れいに言われた訓練を地道に繰り返していた。


 小さく溜息をついたその瞬間、采希の背中に衝撃が掛かると共に耳元で声が響いた。


「黎!! 久し振りに来たぞ!」

「――んぎゃああああああ!!」


 思わず口から出た叫び声に、五メートル程先で茄子を収穫中の黎が立ち上がった。


「――なんだ? 一体、どうし……」

「は? 黎? え?」


 采希に後ろから抱き着いていた人物が慌てて采希から離れた。


「……シュウ……」

「あれ? 黎が二人……? どういう事だ?」


 呆れたように首を左右にふりながら、黎がこちらに歩いて来た。


「……お前な、初対面の人間に抱き着くとか……そんな趣味があったのか?」


 黎が呼び掛けた名前に、采希は聞き覚えがあった。

 驚いてばくばく音を立てる心臓の辺りを両手で押さえながら、恐る恐る振り返って見る。

 いつか巫女の部屋で見た写真より、幾分くたびれたような……いや、大人びた男性が困ったような表情で立っていた。

 きりりとした整った顔立ちで、写真よりも痩けた頬は精悍さを増している。

 少し癖のある髪を無造作にかき上げた。


「だが、後ろ姿が本当にそっくりで…………ほら、顔もすごく似ているじゃないか」


 采希は思わず黎と顔を見合わせる。


「「どこが?」」


 同時に声に出してしまった。


「……こんなにそっくりなのに。黎の若い頃と瓜二つだ。――二人とも、自覚がないのか?」


 采希と黎が同時に首を傾げる。眉間にちょっと皺を寄せるタイミングまでぴったりだった。

 思わずシュウの口元は緩みそうになった。


 確かに、自分と黎は感覚が似通っていると思うし、思考パターンも酷似していると采希は思っていた。だけど朔の一族の当主に似ているなど、恐れ多いような気持ちになる。


「……俺は黎さんみたいにしっかりしていないですし……判断力とか、黎さんみたいになれたらって思いますけど……全然駄目です」


 怪訝そうなシュウと、『はあ?』とでも言いたげな黎が同時に采希を見つめた。


「……あ~、君はもしかして、采希くん?」


 俯いた采希を覗き込むようにして尋ねるシュウに、采希は少し眼を見張った。


「……はい。どうして、名前……」


 采希の返答に、ぱあっと破顔し、シュウは本当に嬉しそうに黎の肩に腕を回した。


「君の事は黎とあきらから聞いているぞ。――なるほどな、身に纏う気配まで良く似ている」


 すかさず黎の拳がシュウの腹にめり込んだ。


「……偉そうに。気配なんざ読めもしないくせに」

「いや、そんな事はないぞ。俺にだって親しい人間の気配はわかる」

「はいはい、間違えたくせに、よく言うよな」


 ぐっと答えに詰まったシュウに、采希は思わず吹き出してしまう。

 見た目に似合わず惚けた性格なのだろうか、と考える。


「――で? わざわざここまで出張ってきたからには何か厄介事か」


 黎の淡々とした問い掛けに、シュウがにやりと笑った。


「――さすが。見抜かれているな」

「……まぁな。――采希、そろそろ切り上げよう。邪魔が入ったことだしな」



 * * * * * *



「琉斗兄さん? ここにいたんだ。……どうかしたの?」


 蒼依あおいに頼まれて琉斗を呼びに来た那岐は、自室のベランダでぼんやりしている琉斗に声を掛ける。

 琉斗がゆっくりと振り返った。


「那岐か。……いや、何でもないぞ」


 琉斗の隣には、アコースティックギターが無造作に放り出されていた。


「……弾かないの?」

「……あぁ、……そうだな」


 一瞬ギターに手を伸ばし、すっと手を引く。


「ちょっと、そんな気分じゃなくてな……」


 遠くを見るような琉斗の横顔を見ながら、那岐は琉斗の隣に膝を抱えて座った。

 琉斗だけではない。凱斗も榛冴も最近は寂しそうにいつも采希が座っていた場所を眺める事が多かった。

 以前のように行方をくらました訳ではない。どこにいるかは分かっているのに、それでも会えないのはどうしようもない、と那岐は空を見上げた。


 采希は、その強大な力を制御するすべを身に付けようと家を出た。大切な家族を護るために。


「お前こそ、どうしたんだ、那岐? 元気がないな」


 こんな時でも那岐を気遣う琉斗に、那岐はちょっと笑ってみせる。

 無理に笑う必要はないと分かっていた。

 琉斗なら弱音を吐いても受け止めてくれるだろうと思った。


「うん……やっぱりちょっと寂しいかなぁって。兄さんは頑張っているんだし、毎晩、声は聴けるけど……。でも……」

「采希の顔が見たい、か?」

「……そうだね」


 自分たちもいるが、那岐にとって采希はたった一人の兄弟だ。

 その寂しさは自分たちの比ではないだろうと思った。

 琉斗は泣きそうにも見える笑顔で、那岐の頭をくしゃくしゃとかき混ぜる。


「寂しいけど、でも僕は采希兄さんに頼まれたんだ。期待を裏切らないようにしなくちゃ」

「そうか。独りでがんばっている采希の方が寂しがっているだろう。俺たちがしっかりしないといけないな。那岐、少しは気を抜いて俺たちにも頼っていいんだぞ」

「そうだね。だから琉斗兄さんも……」


 辺りを見回し、那岐は琉斗の耳元でそっと囁く。


「……あんまり泣いちゃ、ダメっすよ」



 * * * * * *



「――で? 今度はどんな厄介事を持ち込んで来た?」


 黎が嫌そうに横目でシュウを睨みつける。


「心外だな。俺はそんなに厄介事ばかり――」

「持ち込んでんだろが。毎度毎度、いい加減にしろ」

「……だがな、黎、今度の案件は取引先の……」

「俺はお前の仕事がらみの裏案件処理担当じゃねぇって、何度言わせんだ? ……ったく、俺が裏案件をいくら処理したってお前の利になる訳じゃないってのに……」


 ぶつぶつと呟きながらも黎は丁寧にお茶を淹れ、シュウの方へと湯呑を押し出す。

 会話の内容から采希は、これまでもシュウの面倒事を黎が処理していたであろう事が伺えた。どんな厄介事かは聞かずとも分かった。

 采希に差し出された湯呑を両手で受け取り、ゆっくりと吹いて冷ましながら二人の会話に耳を傾ける。


「それでだな、そこの屋敷ではお祓いも改築も何度も行われたらしいんだ。なのに怪異は止まない。一旦収まったかに見えてもすぐに同じ事が繰り返されるようなんだ」

「……お祓いが効果ナシって事か? ところで改築ってのはどういう事だ?」

「ああ、それなんだが……アメリカに霊から逃れるだか封じ込めるだかの理由で増築し続けた家があっただろう? それを真似てだな、奇妙な造りに改築したらしいんだ。天井に行き付く階段や、開けても壁があるだけの扉なんかがあるらしい」

「……そんなの、効果はあるのか? ウィンチェスターは、まあ、成功したと言えるんだろうけど……でもあれは、40年近く、ずっと休むことなく建築作業を――」

「ウィンチェスター? なんだ、それは?」

「――……もう、いい。……で? その屋敷を視るだけでいいのか? まさか処置までタダで引き受けろとは言わないだろうな?」


 冷たく言い放つ黎に、シュウがちょっと視線を逸らす。冷や汗と思しき水滴が、シュウの顔を伝っていくのが見えた。


「あ~……いや、効果が確認でき次第、報酬は支払うそうなんだが……」

「難癖つけて払わないで済まそう、って?」

「…………すまない。俺にはそう伝わった。だけど断る事は……」


 俯いてしまったシュウに、黎が再び盛大な溜息をついてみせた。采希の眉がぴくりと反応する。


(……今、妙な事を聞いた気が……。『伝わった』って、シュウさんは感応が使えるのか?)


 采希にはシュウは一般的なごく普通の人に見える。それとも、力が顕現せずに潜在している能力者なのか、と思い、シュウの気配を確認する。

 特に能力者特有の気を感じる事はできなかった。


「ま、いざとなったら宮守の権力を総動員してでも払わせるけどな。――そいつ、うちの組織の事は知っているのか?」

「いや、話していない。単に俺の知り合いがそっち方面に詳しいと思っているだけのようだ」

「――ふ~ん……」


 二人だけで話が進んでいくので、采希は取り残されてちょっと身の置き所がないように感じていた。


(要は、シュウさんの取引先の相手が手に入れた屋敷が訳あり物件で、何とか使えるようにして欲しくて伝手のありそうなシュウさんに相談した――って事か?)


 ぼんやり考えていると、左手に付けた銀のバングルがぷるっと震えた。


『兄さん? 聞こえますか?』


 那岐の声だ。

 采希は慌てて立ち上がり、小走りに居間を後にして、自分にあてがわれた部屋に向かう。


「那岐、何かあったのか? いつもより早いな」

『ううん、あのね、紅蓮が『琥珀がずっと笑いを堪えてた』って言ってたから、何かあったのかと思って』

「琥珀が? ……シュウさんが黎さんと間違えて俺に抱き着いた件かな?」

『――どういう事だ、采希? 誰がお前に抱き着いたって?』


 琉斗の声が割り込む。面倒だなと思いつつ、采希はどう説明したものかと考える。


『采希、答えるんだ。返答次第ではすぐそっちに――』

『琉斗兄さん、落ち着いて。采希兄さんを怒るのは筋違いでしょ。――で? 兄さん、どんな面白いことがあったのか教えて』


 面白いかどうかは微妙だと思うが、ひとまずさっきの出来事を簡単に説明する。


『あ~……確かに、黎さんと兄さん、似てるからねぇ』

「…………そうか? そんなに似ていないと思うけど」

『兄さんが自分の顔を確認できるのって、基本、鏡を見た時だよね? 鏡に映った顔と、写真に写った顔って微妙に違うって、聞いたことない?』

「…………あるな。左右対称じゃないとか何とか」

『二人が並んでいるところを見た時、僕も何だか雰囲気が似てるって思ったよ。パーツはそこまで似てないのに不思議だね』

「…………」


 采希は少し考えるように視線を彷徨わせる。

 黎の顔を思い浮かべてみるが、確かに目などのパーツは全く似ていないはずだった。

 自分が周りにどんな気配を発しているのかが分からないため、雰囲気が似ていると言われても采希は首を傾げるしかなかった。


『いや、それでもだな、例え勘違いでも抱き着くとか――』

『琉斗兄さん、せっかく繋いだのにうるさいよ。蒼依さんが呼んでるんだから早く行った方がいいと思うけど』


 いつまでもぐずぐずと愚痴っている琉斗が那岐に窘められ、黙り込んだ。

 眉間に皺を寄せて口をへの字にしている様子が思い浮かんで、采希は口元が緩むのを感じた。

 自分も二人の他愛のない会話に入りたいと思った。バングルや電話越しではなく、くだらない日常会話が懐かしかった。

 気持ちをぎゅっとしまい込んで、ゆっくりと息を吸い込む。


「那岐、琉斗、俺さ、しばらく連絡できなくなるかも」

『何かあるの?』

「シュウさんが依頼を持ち込んだみたいなんだ。黎さんの様子だと引き受けそうだと思ってな」

『……厄介そうな案件?』

「世界的に有名な幽霊屋敷の話題が出たからな、厄介そうな気がする」


 しばし那岐が黙り込む。幽霊屋敷と聞いて琉斗がおかしな声を上げているのが聞こえた。


『兄さん、もし、何かヤバいなって思ったらすぐに僕も呼んで欲しいんだけど……邪魔かな?』

「いや、その時は俺の方からお願いする。助けてくれ」

『うん!』


 居間から黎の采希を呼ぶ声が聞こえた。





「悪いな、采希。那岐との用は済んだのか?」

「あ、大丈夫です。近況報告なんで」

「早速で悪いが、明日、出掛けるぞ。準備しといてくれ」


 黎に頷きながら、やっぱり依頼は引き受けたのか、と采希は思った。特に急ぎの仕事もないので、断る理由はないのだろう。


「準備――泊まりですか?」

「おそらくな。それと……さっきシュウが話した内容は割り引かれていると思っとけ」

「……? 普通、依頼をする時って大袈裟に言うんじゃないですか?」


 当たり前のように尋ねた采希に、黎は静かに首を振る。

 シュウも黎の言葉を否定することなく苦笑していた。


 依頼者は自分の境遇を訴えるのに、大なり小なり話を盛ることが多い。

 なのに、割り増しで聞け、と言う事は普通なら引き受けてもらえない程に酷い状態だということか、と思った。

 とは言え、どんな怪現象が起きるのかも聞かされていない。黎が何も言わない所をみると、シュウから情報を得られなかったということなのだろう。要は、相当な覚悟をしておけと言う事なのだろうと考える。

 わざわざ悪霊を迷わせる意図を真似たとは、一体どんな屋敷なのだろうと少し興味が湧いた。


(ウインチェスター、ね。ちょっと調べてから行くか……)



 * * * * * *



 二階から琉斗と那岐の楽しそうな声が聴こえてくる。

 榛冴は離れの居間から階段の方に視線を移し、思わず小さな溜息をついた。

 それに気付いた凱斗が、幾分申し訳なさそうな声を出す。


「榛冴……これ、やっぱ俺には無理なんじゃね?」


 右手に握っていた五鈷杵を目の高さまで上げた凱斗が、大きく肩を落とす。


「無理って、何? いままで散々お世話になったじゃん。凱斗兄さんになら使えるだろうって、采希兄さんがわざわざ託して行ったのに、もう諦めるの?」


 榛冴の呆れたような言葉に凱斗の眼がちょっと泳ぐ。


『これな、那岐には使えなかったんだけど、凱斗になら使えると思う。凱斗ほどの力なら危険な目に合うこともないだろうけど、いざって時のために、預けておくから』


 家を離れる時、そう言って五鈷杵を差し出した采希の顔を思い出す。

 その五鈷杵の中には、仏舎利ではなく八咫烏の羽根が収められているのを榛冴は知っていた。

 うまく力を操れない凱斗のために采希と黎が考えた。

 凱斗と黎の力は相性がいいらしく、先日も黎のリードで凱斗の守護が起動している。


(采希兄さんは、凱斗兄さんに甘いからなぁ……)


 そう思いながら、榛冴は小さく頭を振る。それは凱斗に限ったことではなかった。

 采希は、身内にとことん甘い。

 人と関わるのが苦手なくせに、一度自分のパーソナルスペースに入れた人間を決して邪険に出来ない。


(甘やかされているのは僕も一緒か……)


 苦笑しながら榛冴は自分の右手を見つめる。

 元々、かんなぎの家系だったこの家の血筋を、一番色濃く受け継いでいるのは自分だと祖母に言われた事を思い出す。

 当時は自分に何の能力も見出せず、気にも留めていなかった。

 従兄弟である采希と那岐の方がそう言われるのに相応しいと思っていた。


『うちはかんなぎだからね、神霊の声を聞くのが仕事だよ。采希や那岐の能力ちからは巫というより術師だ。どうしてあの子たちにそんな力が降りて来たんだろうね』


 そう言って笑った祖母は、幼い榛冴には少し寂しそうに見えた。


(少なくとも、琉斗兄さんは普通の人だと思っていたんだけどな……)


 やたらと霊に憑依されやすい体質を普通と言っていいのであれば、だったが。

 気付けば全員が能力者と呼ばれている状況に、榛冴は唇をきゅっと噛んだ。『何も出来ない自分』に納得できない凱斗や、『自分が護りたい』琉斗と違い、榛冴はこんな世界には関わりたくなかった。




「榛冴?」


 凱斗が榛冴を下から覗き込む。

 自分の考えに浸ってしまっていた榛冴は、慌てて顔を上げた。


「あ……ごめん、ぼんやりしてた。――今日は、ここまでにしようよ。兄さんも疲れただろうし」

「……いいのか?」


 無理に続けても凱斗の集中が続かないだろうと思った榛冴はこくりと頷く。

 その様子を確認して琉斗と那岐が居間に入って来た。


「終わった? 邪魔して大丈夫?」

「今日はおしまい。采希兄さんと話してたの?」

「うん。采希兄さんに依頼が入ったらしいよ。凱斗兄さんの進捗具合はどう?」


 榛冴の隣に那岐が座り、持ってきたペットボトルを榛冴に差し出した。


「どうもこうも……何だろうね……何かが足りなくてうまくいかない、みたいな感じかな。何かの切っ掛けでコツが掴めれば凱斗兄さんにも力の制御コントロールが出来そうなんだ。それが何なのか見当もつかないけどさ」

「一体何が欠けているんだろうね? まさか采希兄さんみたいに強烈な霊体験、って訳じゃなさそうだし……」


 那岐が卓袱台に肘を付いて首を傾げた。


「強烈な霊体験かぁ。采希兄さんの時は生霊だったね」


 榛冴は那岐に頷き返しながら、もう随分と前の出来事のような気がしていた。

 采希の封印されていた霊能力は、あの事件で采希が自らの封印をこじ開けた。

 何の制限もない凱斗だが、自らの意思ではほとんど力を使えていない。


 実際、あんな風に生霊に纏わりつかれて采希はどんな気持ちだったんだろう、とふと思った。


(まあ……凱斗兄さんには霊体験は無理だけど)


 双子の兄――凱斗は霊の影響を受けない。特に邪霊は凱斗の力がすべて弾き飛ばしてしまう。なので、ショック療法と言う訳にもいかないだろうと思った。


 一体どうすれば、凱斗の力を凱斗自身が自在に扱えるようになるんだ、と榛冴は深い溜息をつく。



(そう言えば……)


 ふと榛冴は、先日、従兄弟の采希が『琉斗には人の念が効かないらしい』と言っていたのを思い出した。

 霊の影響はよく被り、家族の中で唯一、何度も憑依されるような体質のくせに、采希ですら喰らった念の攻撃を初見で防いでみせたという。

 実際に見た訳ではないので、正直榛冴は半信半疑だった。


(琉斗兄さんは霊に弱くて念に対して無敵……まさか、凱斗兄さんはそれと真逆だったりして。いやいや、まさかね)


 首を振って、頭に浮かんだおかしな考えを振り払った。

 珍しく凱斗と談笑している琉斗を眺めた。

 今の琉斗には白狼のロキがいない。琉斗では白狼に気を分けることができないため、白狼は采希の元にいる。その代わり、琉斗の背後には例の武将の御仁が鎮座していた。

 時々姿を現わすのだが、その鋭い眼光に榛冴は密かに怯えていた。


(よりによって……何も魔王じゃなくたって……)


 上総介かずさのすけでは呼びにくいとのたまう琉斗のために、采希が『三郎さん』と呼ぶようになったのだが、恐ろし気な御仁を笑顔で呼ぶ采希もかなり怖いと、榛冴は思っていた。


 離れの居間からぼんやりと庭に視線を移し、榛冴はそっと肩を落とした。


(力、かぁ……)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る