第五章

第17話 カラオケ

 自分の部屋の窓から、晴天の空がのぞいている。春も過ぎ去り、夏が近づいてきたのか、今日の空はやけに青々として眩しい。

 天気予報でも、最高気温が20度を超えると言っていたので、外は暑そうだ。


 そんな景色を横目に鏡と向かい合って、髪をセットしていた。


 あの日、澪から距離を置こうと言われた日から、ほとんど関わることはなくなり、既にゴールデンウィークに突入している。

 今日はかねてより決めていたカラオケの日で、その出かける準備を進めていた。

 

 ゴールデンウィーク。


 この言葉を聞いて、大抵の人は良いイメージを抱くだろう。学校、会社が休みになり新年度になって疲れた体を癒せる長い休み。楽しみにならないほうがおかしい。


 多くの人は出かけたり、あるいはだらだらしながら過ごしていく。

 俺も例に漏れず、ゴールデンウィークは勉強したり、ゲームをしたりしてだらだらと生活していた。


 普段ならのんびりと楽しく過ごしていただろうが、今回のゴールデンウィーク中、心は晴れやかにならなかった。


 その理由は分かっている。ゴールデンウィーク前の澪とのことだろう。


 元々互いにクラスで親しく話すような関係ではないのだから、澪の手助けをすることがなくなれば、ほとんど関わらなくなるのは道理だ。

 

(……俺は間違えたのだろうか?)


 休み中、ずっと悩んでいる。そのことが頭の中をぐるぐるといつまでも回り続けている。


 澪が変わったように自分も変わるために結衣の誘いを受けた。そのことは後悔していない。いつまでも、過去のことを気にしていても仕方ないのは分かっているし。


 誘いを受けた結果として、澪との関わりがなくなった。

 だが、元々、澪とは関わらないようにしようと決めていたのだから、今が本来望んだ状況のはずだ。なのに後悔も間違いもなにもないだろう。


 ぐっ、と苦々しい何かを無理やり飲み込む。それでもやはり気分は晴れなかった。


 考えたところで戻るものでもない。これ以上気にしていても仕方ないので、とりあえず頭の片隅に追いやる。せっかく修達と遊ぶのだから、そっちに集中するとしよう。

 

 髪型のセットや服装の準備を終えて、集合場所の駅前へ向かうことにした。

 

 ゴールデンウィークということもあってか普段より人の数が多い気がする。人混みの中突き進み、見知った顔を見つけた。


「あ、仁!」


「よ、おはよう」


「うん、おはよ!」


 髪は巻いたのかゆるふわなパーマっぽくなっていて、その髪の間からのぞく耳元にはイヤリングがきらりと揺れている。

 カーキ色の薄手のジャンバーを羽織って、中は白のTシャツに下は黒のスキニーといったカジュアルな格好だった。

  初めて見る舞の私服姿は、とても本人に似合っている。


 そんな舞の格好に感想を抱きながら、僅かに驚く。15分前に来たのだが、まさか自分より早く来ている奴がいるとは思わなかった


「早いな」


「楽しみすぎて、早起きしちゃった」


「遠足を楽しみにする小学生かよ」


 満面の笑みを浮かべる舞に思わずつっこんでしまう。まあ、舞らしいといえば舞らしいが。


「仁も早いね。あ、やっぱり私と同じで楽しみすぎて早起きしちゃった感じ?」


「いや、それは舞だけだ。一緒にするな」


 そんな、仲間を見つけた!みたいなきらきらした目で見るでない。そこまで俺は単純じゃないぞ。


 嫌がる目を向けるが、舞は気にせずさらに絡んでくる。


「そんな照れないでさー」


「照れてないから」


しつこい舞の絡みをいなしながら、集合時間まで待ち続けた。


 5分前にもなると、美優、涼が順番にやってきた。


「久しぶり、みんな」


 美優が柔らかな声でほんわかと声をかける。

 確かに、俺は帰宅部で誰ともこいつらとは誰とも会っていなかったし、美優も他の3人とは部活が違うので、会っていないのだろう。


 美優の挨拶に舞が嬉しそうに抱きついた。

 

「久しぶり、美優!」


「ちょっと。舞ちゃんは昨日会ったばかりでしょ」


 舞の言葉を美優が嗜める。なんだ。抱きつくほど喜んでいるから本当に久しぶりなのかと思えば、昨日会ってたのか。大げさな奴め。


「へー、2人は昨日会ってたのか」


「そう!たまたま部活が早めてに終わったから、夕方会ったの。ふふふ、美優とのデート、最高だったよ。もう最高すぎて、美優は私にメロメロになっちゃったんだから」


「それはないかな。メロメロって……」


「え!?」


 美優の冷静な言葉に目を丸くする舞。いや、そりゃそうだろ。なんでそんな自信満々なんだよ。


「むしろどうやったら、メロメロに出来ると思ったんだよ」


「えっと……一緒に歩く?」


「どんだけ美優、ちょろいんだよ」


 舞はなんとか答えを絞り出したが、そのあまりに適当な答えに、呆れてため息しか出なかった。


「それにしても修、遅いな」


「一応、朝やり取りはしたから起きてるとは思うんだけど、遅いね」


 涼も不思議そうに首を傾げる。一回電話しようか、迷い始めた時、遠くに修が急足で歩いてくる姿を見つけた。


「あ、やっと来たか」


「遅いよ、修」


「ごめんごめん、ちょっと絡まれて遅れた」


 おう。相変わらずのイケメン。登場だけで既にカッコいい。少しだけ申し訳なさそうにして、よっ、と軽く手をあげる。

 涼が何か引っかかったのか首をかしげた。


「絡まれてって、誰に?」


「ああ、さっきちょっと女子に声をかけられてさ」


 いわゆる逆ナンというやつだろう。涼も気付いたのか、ショックを受けたように悔しそうにした。


「逆……ナン……」


「おい、大丈夫か?」


「イケメンばっかりモテやがって。この世は不公平だ……」


 モテたい涼的にはよほどショックだったらしい。でも一つだけ言いたい。モテないのは涼がヘタレなのが原因だと思う。

 修も同じことを思ったらしく、はぁ、と呆れたため息を吐いた。


「いや、顔だけでいうなら涼もかっこいいからね?モテないのは初対面の女子と話せないからでしょ」


「い、いや、話せるし!」


 おい、噛んでる。噛んでるぞ。図星なのが丸わかりだ。


「じゃあ、試しにあそこの女子に声かけてきてよ。道を聞いてくるだけでいいから」


 そう言って修は壁際に背中を預けている女子の方を示す。

 涼はまさか試されるとは思っていなかったようで、及び腰になった。


「あ、いや、あの人忙しそうにしてるし、今回はやめておこう。な?ほら、みんな集まったんだし、カラオケ行こうー!」


 あからさまに話題を変えて、ズンズンと進み出す。その姿に「まったく。これだから涼は……」とみんなでため息を吐いた。


 カラオケは駅近くのなので、すぐに辿り着き中へと入る。美優が予約をしていてくれたようで、特に待つことなく無事部屋へと案内された。


「おお、久しぶりだな」


「へー、そうなの?仁」


 ずっと受験勉強をしていたし、春休み中は高校デビューのための準備でほとんど終わったので、カラオケは久しぶりだった。

 ついぽろりと零れた独り言に修が食いつく。


「そうだな。ずっと受験で忙しかったからな。まぁ、多分、そこまで酷い歌にはならないから安心してくれ」


「お、それはよかった。音痴が沢山いても困るからね」


「修、何か言ったー?」


 小さめの声で話していたというのに舞が、冷たい笑顔でこっちを見ている。地獄耳かよ。


 冷ややかな舞には勝てないようで、「ナ、ナンデモナイヨ」とカタコトで修はブンブンと首を振った。


「じゃあ、誰から歌う?」


「やっぱり美優がいいなー!美優、本当に歌上手いし。久しぶりに聞きたい!」


 涼の質問に舞が手を上げて宣言する。そのまま、美優の方を見て上目遣いに頼み込むようにした。


 舞のあざといお願いに、美優は、仕方ないな、といったため息を吐いて曲を入れ始める。


「どうせ、みんな歌うんだから別にいいけどね」


 そう零していれば歌が流れ始め、それに合わせて歌い始めた。

 今流行りのラブソング。美優の柔らかい声ととても合っていて、凄く情感を震わせられる。思わず、おー、と感嘆のため息が漏れ出た。


「凄いな、美優。初めて聞いたけど、舞が自慢する理由も分かるわ」


「あはは、ありがとう。成瀬くん」


 実際の歌の上手さに褒めると、美優は少しだけむず痒そうに照れ笑いを浮かべる。

 そんな感じでカラオケがスタートした。


 修はなんとなく予想していたがめちゃくちゃ上手く、難しい高音の曲を平気で歌っていた。

 涼や俺も自分の順番の時にはそれなりに歌ったりして、楽しく幸せな時間が過ぎていった。あ、もちろん、舞は察していた通りでした。


 久しぶりにリフレッシュ出来たことで、ずっと抱えていたモヤモヤはいつのまにか気にならなくなっていた。

 既に3時間が過ぎ、そろそろ終わりが見えてきたころ、自分のスマホが震えた。


 なんだろうか?ポケットから取り出して確認する。


『映画見に行くの明日だよね?かっこいい仁くんと会うの楽しみ』


 それは結衣からのメッセージだった。明日の確認をしたかったらしい。


 結衣は別に悪い奴ではないと思う。普通に話しやすいし、愛嬌があってとても親しみをもてる。だが、どうにも彼女と話しているといつも何か引っかかるのだ。


 かっこいい、か。

 結衣はちょくちょくそう言って褒めてくれる。そのこと自体は嬉しいが、どこか虚しくも感じる。外側しか見ていないようなそんな感覚だ。

 気のせいといえばそれまでだが、違和感がどうしても拭えない。中学時代はこんなに見た目を褒められることはなかったので、ただ俺が慣れていないだけなのだろうか?


 ……少し聞いてみるか。


 困った時は誰かに相談してみると見えてくるものがある。その人の意見でたまになるものが聞けることがある。幸い、身近に似たような奴がいるし、ちょうどいい。

 そっと修の横顔を見た。


「そろそろ時間だね。終わろうか」


「えー、もうそんな時間?早いね」


 修の声と共にみんな荷物をまとめて、出る準備を進める。互いに「楽しかったー」と感想を言い合いながら、外へと出た。


「じゃあ、また学校でな」


 少しだけ名残惜しさを感じつつも、手を振って別れる。皆がそれぞればらばらに散っていくなか、俺は修に声をかけた。


「修。少しいいか?」

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