第4話 やはり運命は絡まり続ける
後ろから誰かついてくる気配がするが、おそらく澪だろう。
後ろ髪を引かれる思いをしながらも、ひたすら進む。もう終わったのだ。振り向く意味がない。粘りつく想いを振り払うように前を向き続けた。
校舎の中へと入り、教室を探す。一年生は一階のはずなのですぐに見つかるはず。
廊下には既に生徒が何人もいて、歩くたびにすれ違う。パリッとした着崩れしていない新しい制服。自分と同じ新入生に違いない。
朝の想定外の出来事で気分は重かったが、まだ馴染まない新しい雰囲気のおかげで、緊張と期待に段々と胸が躍り始める。日差しが窓から差し込む廊下は眩しく輝き、陰鬱な気持ちは洗い流されいった。
気のせいだろうか?行き違う度に何人かに不自然な視線を受ける。ちらりと盗み見るようなそんな視線。何かおかしいところでもあるのだろうか?
だが決して突き刺すような嫌な視線ではないので問題はないだろう。
頭とりあえずの片隅に追いやって歩き続けると、1年4組と書かれたプレートが教室入り口あるのを見つけた。
ふぅ。目を閉じて一息吐く。ぐっと込み上げてくる緊張を飲み込み、ドアをくぐって中へと入った。
ああ、懐かしい。新しいクラス独特の雰囲気。張り詰めた空気が肌に纏う。騒々しくなくどこか静かであるが、ただの沈黙ではなく探り合うような様子。
だが一部の人達は既に知り合いなようで親しげに会話しているところもあった。クラスに入ったことで、周りの視線がいくつも自分の方を向く。
————だが慣れている。いつものように始めよう。
「席ってどこに書いてあるか知ってる?」
1番近くに座っていた男子に声をかける。この時期なら多少不自然に声をかけたところで問題ない。むしろ、話しやすい印象を周りに与えられるし、良いきっかけになる。
「あ、ああ。前の教卓のところに席が書かれた紙が置いてあるよ」
「おー、ありがとう」
出来るだけ柔らかい雰囲気を意識しながら、感謝を伝える。微笑みも忘れない。『ありがとう』は魔法の言葉だ。些細なことでもこの言葉を言うだけで相手から悪い印象は抱かれない。
よし。これで、関わるきっかけは出来た。これでこの後「さっき、教えてくれてありがとう」と話しかけて関わりを持てるようになる。順調な滑り出しに内心で小さくガッツポーズを作る。
教えてもらった通り、教卓のところに席が書かれていた。どうやら、真ん中の後ろから2番目の席らしい。ちらっとその位置を確認すると右隣には女子が1人座っていた。
その彼女の隣まで移動して自分の席に着く。ここまでずっと立ちっぱなしだったので、やっと足を休めることができてほっと息を吐いた。
(よし、まずは隣からだな)
息を吐くのも束の間、そっと気合を入れ直す。隣との仲は今後に置いて凄く大事だ。勉強でも教えてもらえるし、色々と交友関係を広げるきっかけを作りやすくなる。
話しかけようと隣を向くと、意外にも隣の彼女から声をかけられた。
「おはよう!1年間よろしくね」
「あ、ああ。よろしく」
まさか向こうから挨拶してくるとは思わず、噛んでしまった。だが向こうはさして気にした様子もなく、朗らかににこにこと微笑んでいる。彼女もこちらを向いたことで、正面から彼女の容姿が目に映る。
わずかに色の抜けた茶色のミディアムボブ。それに少し垂れ目の優しそうな目。親しみやすいフレンドリーな印象が強く焼き付く。
「あ、名前言ってなかったね。私の名前は佐伯舞。そっちは?」
「成瀬仁だ」
「分かった。仁だね」
「ああ、そっちは舞でいいか?」
「うん、全然呼び捨てでいいよ」
にこっ、と太陽のように顔を輝かせる。天真爛漫という言葉が似合うような人だ。
「りょーかい。それにしても隣が話しやすい人でよかった」
「私も。やっぱり新しいクラスは緊張するからね。話せる人が出来て良かった」
形式的な自己紹介を終えて互いに見合う。さて、差し障りのない話として何を話ししよう。中学時代の話にしようか。部活の話にしようか。どちらの方が上手く話題を繋げられるだろう。選択を悩んでいると、横から1人割り込んできた。
「なんだ、舞。入学早々ナンパでもしてるの?」
「そんなわけないでしょ。普通に自己紹介だから」
横から声をかけてきた男に、舞は呆れたようにため息を吐く。その慣れたような会話で2人が知り合いであることは容易に察せた。
「えっと……、2人は知り合いか?」
「そうそう。舞とは中学が一緒でね。よろしく、僕は如月修」
「ああ、俺は成瀬仁だ。よろしくな」
挨拶しながら握手を交わす。普通なら馴れ馴れしい印象を受けるかもしれないが、不思議と修からはそんな印象は抱かない。柔らかい温かな雰囲気。これが天性の親しみやすさというやつか。
正面から見合えば、少し長めの髪が程よくセットされているのが分かった。誰が見えても分かる爽やかなイケメン、パッと見た印象はそんな感じだ。
切れ目の二重の瞳がじっとこちらを向いていると思えば、どこかしみじみとした様子で言葉を紡いだ。
「……教室入ってきた時から思ってたけど、やっぱり仁ってイケメンだよね」
「お、おう?なに、俺に惚れたの?悪い、俺の恋愛対象は女の子なんだ。ごめんな?」
「あはは。修、初日から振られてるじゃん。可哀想に」
急な発言には驚いたが、適当にボケて返せば舞が可笑しそうに笑って修の背中を叩く。
「ち、違うから。普通に客観的な意見だって。さっきあっちで話していた時にもみんなでイケメンが来たぞって話してたんだ」
どうやら、教室で集団で話していたのは修達だったらしい。話題に上るくらいには上手くお洒落が出来ているということだろうか。
「へー、そうなのか。だったら、高校デビューは成功したのかもな」
「高校デビュー?」
不思議そうにこてんと舞は首を傾げる。きょとんとくりくりとした愛らしい瞳が、しぱしぱと瞬いた。
「ああ、春休みにめっちゃ研究して、お洒落になれるよう頑張ったからな。見るか?中学の時の学生証」
「え、見る見る!」
まだほとんど話していないが、彼女の性格なら絶対興味を持つと思っていた。天真爛漫な彼女なら好奇心も旺盛だろう。予想通り、舞は目を輝かせて食いついてくる。
財布からあえて残しておいた中学の学生証を渡すと、修と舞は2人で少し目を丸くして俺と学生証の写真を何度も比べた。
「これは凄いな」
「え、全然違うじゃん!」
馬鹿にした感じではなくどこか感心したようなそんな驚き。うん、2人なら見せても大丈夫だと判断したのは間違いではなかった。
「まあな、せっかく新しい高校に行くから頑張ったんだよね。だから、イケメンに見えるっていうなら努力した甲斐があった。普通に嬉しい」
「ここまで変われるなんて本当に頑張ったんだね。僕も昔から比べたら変わっているけれど1ヶ月でここまでは普通変われないよ」
「お陰で春休みはほとんど高校デビューの準備で終わったけどな」
肩を竦めてため息を吐く。
手応えはいい感じだ。あえて弱い部分を見せることで、親近感を相手に抱かせる。それはこれまでの生活の中で身につけてきた俺の周りと仲良くなる方法の一つだ。
少なくともさっきよりさらに一歩踏み込んだ関係に進められたといっていいだろう。
————親しくなりたいなら、まずは自分の内を相手に見せなければならない。
とりあえずの作戦は成功したことに内心で頷いていると、舞がなにやら共感出来たらしく、ぐいっと身を寄せてきた。
「春休みが準備で終わっちゃうのは分かる。分かるよ。仁。私も一生懸命、春休み中、化粧の練習したもん。最初とか特に大変だよね」
「舞も色々練習したんだ?」
「まあね。化粧とか初めてだったから中々苦労したよ」
過去の苦労を思い出しているらしく、少しだけ死んだ目になる舞。
「舞の最初の頃の化粧、本当に酷かったんだよ?これこれ」
「え、ちょっと、修!?」
修に見せられたスマホの写真には、今目の前にいる舞とは似ても似つかない姿の女子が写っていた。よくよく見れば顔のパーツは同じなのだが、ぱっと見は正直言ってピエロだった。
「えっと……この人って舞で合ってるんだよな?」
「そうそう。僕も最初、この姿の舞を見た時は別人に見えて戸惑ったよ」
「そう……だな。別人というよりもはやホラーな気が……」
「ちょっと、仁。何か言った?」
俺がポツリと呟くと、舞が冷えた声を響かせる。口元は笑っているのだが目が全然笑っていない。
思わず「いや、なんでもないです」と丁寧語になってしまった。ビジンノエガオ、コワイ。
とりあえず、ここまで話せるようになれば、もう作戦は大成功と言っていいだろう。最初の頃の手探り状態の壁は既になくなり、緩い穏やかな空気が流れている。
やはり自分の秘密を打ち明けたのが大きい。弱さを見せるということはそれだけ相手に「自分があなたのことを信頼している」と示すものだ。
打ち明けられた相手は、逆に失敗談や秘密を話すハードルが下がるので、より話しやすくなる。そうやって関係は良い方向に循環していくのだ。
その後も色々中学時代の話を聞いたり、話をしながら3人で仲を深めていく。気付けば、朝のホームルームの時間になっていた。
「よし、席につけー」
教室前の扉が開き、先生が入ってくる。するとすぐに教室に散らばっていたクラスメイト達は自分の席へと戻り始めた。流石は進学校といったところか。俺たちも「じゃあな」と挨拶を交わして、修は前の方へと戻っていった。
「今後の授業のこととか自己紹介とか色々やってもらうことはあるんだが、まずはこの後入学式があるので体育館に移動するように。向こうでは一応出席番号順に座ってもらうから、前後の人が誰かは確認しておけよ」
先生は教室を見渡すように、頭を動かしながら進めていく。毎年のことで慣れているようで作業感がひしひしと伝わってきた。
「9時に入場開始の予定だから、時間は厳守するように。でないと入学初日から目立つことになるからな」
先生の注意がピリッと耳に残る。なるほど、9時からか。現在が8時半なのであと30分はある。さて、どうしようか。そう悩み始めた時だった。
「あ、それと成瀬仁と姫乃澪はこの後生徒会室に行くように」
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