第3話 神の悪戯。すべては運命。
人生の半分以上を共にした幼馴染。別れてもう二度と会わないとさえ思っていた彼女。忘れたくても忘れられない苦い記憶に居続ける大事で最悪な奴。そんな大好きで大嫌いになった初恋の相手が今、目の前に立っていた。
煌めく黒髪。透き通る華麗な瞳。見惚れるほどの整った顔。思わず情欲を駆り立てられそうになる柔らかそうな唇。まったくもって腹立たしいほどに綺麗で魅力的なやつだ。
そんな澪は目を丸く見開き、どこか戸惑うように視線を揺らしていた。互いに驚いた表情を見せ合いながら向き合う。
きっと自分と同じく、俺が同じ高校に進学していることに驚いているのだろう。そして、別れたはずの俺とまた同じ高校に通うことに動揺しているに違いない。
まったく同感だ。なんでこんなことになっている?お前は他の奴と同じ高校に進んだはずじゃないのか?
一瞬、わざと同じ高校にしたのか?と思うがすぐに打ち消す。俺がこの高校に通うことは担任しか知らなかったはず。流石に人の個人情報を他の人に話すとは思えない。まさか……偶然?そんなことがあるのか?
「なんで、澪がその制服を着ているんだ?」
「……それは高校に受かったからだけど。仁こそなんでその制服を着ているの?」
戸惑うように冷めた細い声を揺らす。二重のぱっちりとした瞳にも動揺の色が滲んでいた。
ああ、懐かしいこの感じ。相変わらず変わらない奴だ。付き合う前も付き合った後も全然変わらない素っ気ない口調。親しみなんてものは一切ない態度に心の古傷がズキリと痛む。
なんでこんな奴に好かれていると思っていたのだろう。本当に過去の俺は馬鹿すぎる。鈍感にも程がある。
「別に、俺がどこの高校を選ぼうと勝手だろ」
お前と離れたくて選んだ、なんて言えるはずもなかった。淀む想いを吐き出すように仕方なく誤魔化す。
「……確かに、そうね」
「まあ、いいや。先に行けよ」
「え、なんで……?」
なぜか呆気に取られたように固まる澪。
「一緒に行く理由もないだろ。むしろ入学初日から一緒に登校したら噂になる。分かったら先に行けよ」
「……そう、分かった」
少しだけ眉を顰めた後、冷めた声でそれだけ言ってスタスタと歩き出して去っていく。そんな初めてみる高校の制服の澪の後ろ姿を眺め続ける。
本当に髪を靡かせて歩く後ろ姿だけで様になるな。煌めきたなびく黒髪にいつまでも目を惹かれ続けた。
まったく、別れた相手だというのに何見惚れているんだ、俺は。澪のことなんてもう忘れろよ。見惚れていた事実に悪態をつく。
高校で最高のリア充ライフを送るって決めたのだから、澪のことなんて気にするだけ無駄だ。とっとと忘れてもっと可愛くて自分を好いてくれる彼女を見つけるとしよう。
————澪の中に俺はもう、いや、最初からいないんだから。
ぐっ、と奥歯を噛み締め、苦い想いを振り払って頭を切り替える。同じ高校になってしまったのは仕方がない。もう入学してしまった以上変えようがない。
まあ、同じ学校だからといってクラスまで同じとは限らない。クラスさえ違えば、そこまで話すことはないだろう。
ふと、中学時代のクラス替えのことが頭に浮かんだ。
4月、それは新しい学年の始まりで最も色んな出来事が起こる時期と言ってもいい。そんな中で特に4月の始まりのイベントといえばクラス発表だろう。
クラス発表というのは誰もがワクワクし、そしてドキドキ緊張するものだと思うが、とりわけ俺はクラス発表というものが自分の中で一大イベントだった。
なぜなら澪とより長く一緒にいられるかどうかが決まるからだ。今となってはそんなことはお願いされたところでごめん被りたいところだが。まあ、そんなわけで毎回クラス発表の時は気合を入れて見に行っていた。
今でも思い出せる。心臓を高鳴らせ緊張と期待に胸を躍らせながら、クラス発表の掲示板を見に行った時のことを。
隣には澪がいて、そんな澪を横目に掲示板から自分達の名前を探した。なぜか澪の方が探すのは得意で、いつも俺より先に俺の名前を見つけていた。
「仁の名前、あったよ」
「え?どこ?」
「仁は2組。私は1組」
あれだけの想いを込めて何度も祈ったにも関わらず、澪とクラスが一緒にはならなかった。10年以上一緒に過ごしたが、たったの一度さえ一緒のクラスになることはなかった。
これに関しては仕方がない。所詮運であるし、誰かを恨んだところで変わるものでもない。もちろん、多少そのことで落ち込みはしたが、それでもへこたれることはなかった。
「また、別のクラスか。でも、休み時間会いに行くから」
「……好きにすれば?」
そんな会話を何度も繰り広げた。実際、何度も休み時間に話しかけに行った。流石に限度というものがあるので、週に1、2度程度ではあったが、それでも毎週毎週澪のクラスに顔を出していれば、そのクラスの人達と話すことも増えてくる。
最終的には他クラスの人達と顔馴染みになることがしばしばあった。
当時の俺にとって会いに行きたいと思えるほど、澪のことが大好きだった。もう二度と会いに行こうなんて思わないが。
中学の時は別クラスでも散々話したが、あれは俺が澪のクラスによく行っていたから話せただけだ。普通なら別クラスになれば話すことはないはず。
8クラスもあるので同じクラスになる確率の方が低い。だから関わるようなことにはならないから大丈夫。そう自分に言い聞かせて、学校へ向かった。
クラス発表は玄関入り口横の掲示板に貼ってあった。掲示板周りには多くの人が集まって、人だかりが出来ている。「何組だった?」なんて話し合う人達の声が聞こえてくる。
これはなかなか見れなさそうだ。そっと息を吐いてその集団に近づいていく。ある程度近づくとさっき見たことがある姿があった。
(あいつ……)
澪は女子の平均より少し低いので人だかりの1番後ろからでは掲示板が見えないらしい。ぴょんぴょんと跳ねて、なんとか見ようとしていた。
だが、それでも見えないようで、跳ぶのをやめたかと思うと、困った表情を浮かべて人だかりがいなくなるのを待ち始めた。
一瞬、澪の名前も探して教えてやるか?なんて気持ちが浮かぶ。だが、すぐに振り払う。付き合っているわけでもないのだから助ける義理もない。
澪を無視して人混みをかき分けて前へと進む。そのままなんとか苦労して掲示板の下へと辿り着いた。
一年のクラスが書かれている部分を見つけて上から下へと目を通していく。1組から順に見ていくがなかなか見つからない。2組、3組を見ても見つからず、ゆっくりと視線を下に滑らせる。
(どこだ?あ、あった……って、は?)
1年4組の名簿のところに自分の名前を見つけ、ほっと安堵したのも束の間。その少し下のところに『姫乃澪』と名前があった。
一瞬同姓同名だと思い込みたくなる。だが、さすがにこの名前が同じ学校に2人もいると思えない。
どこまで神様は俺と澪を離さない気でいるんだ。一緒にいても嫌な記憶が蘇ってくるだけだというのに。それに中学時代、一緒のクラスになりたくても一度も同じクラスになれなくて嘆いていたのが、高校になって離れたいと思った瞬間これだ。どんな皮肉だよ。
今後のことを考えて、頭が痛くなる。思わずため息を吐きながら掲示板を離れた。
人混みを抜けると、一気に涼しい空気が肌を撫でる。暑苦しい人の体温から離れて開放感を味わっていると、まだ1番後ろで困ったように立ち止まっている澪の姿が視野に入った。眉をへにゃりと下げて肩を落とすその姿を見て、つい立ち止まってしまう。
わざわざ澪の名前を探して、澪のクラスが何組かを探す義理はないと思ってさっきは無視した。
でも、澪が何組かたまたま知ってしまった。知っていてそれを教えるだけならそこまで労力はかからない。むしろ、教えるだけで済むのに、困っている奴、それも腐っても幼馴染を無視して放置するのは少しだけ良心が痛む。例えあんな奴だとしても。
一瞬話しかけるかどうか逡巡するが、はぁ、と息を吐いて澪の元へと歩き出す。あまり関わりを持ちたくはないが、クラスを教えるだけで助けられるのだから少しぐらいいいだろう。
労せずに手助け出来るのに見捨てるのは後味が悪い。だからお節介を少しだけ落としていこう。そう思って近づいた。
「おい、澪」
「……え?」
声をかけられて驚いたように振り向く。だが声をかけたのが俺だと気付くと、少しだけ目が細められる。
くりくりとした透き通るような綺麗な瞳には戸惑いと警戒の色が滲んでいた。
そりゃ、そうだ。避けている者同士だというのに、普通なら話しかける理由がない。家の前であんまり関わりを持ちたくないと宣言したところだ。
それなのに話しかけてきたら狼狽もするし、何かあるのではないか?と疑いもするだろう。
「……何か用?」
「澪のクラス、俺と同じ4組だから」
警戒して冷たい声で聞いてくる澪に淡々とそう告げる。別に澪だから助けたわけじゃない。知ってるやつが困っているのを見捨てるのが心苦しかっただけ。
告げられた澪は、一瞬ぱちくりと瞬いて「え?」と声を漏らした。それ以上澪が何かを言いかける前に背を向ける。足早に離れると後ろから澪の声が聞こえた。
「ま、待って」
もちろん止まらず気にせず進む。もう話しかける用事は済んだ。澪の声には耳を貸さず、さっさとその場を去って教室へ向かった。
クラスを教えたんだからもう話をする理由はない。それにこれっきりだ。もう二度と自分から関わるつもりはない。同じクラスといえど異性なら本来そこまで関わるようにはならないはず。意識して避けていれば、話す機会はないだろう。互いに関わり合いたくない者同士なのだから余計に。
————そう思っていた、この時までは。
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