第2話 逆もまた然り。別れは出会いの始まりである

 夏休み前ということで浮かれていたせいで、俺は学校に忘れ物をした。その荷物を取りに放課後教室に取りに戻った時である。

 教室のドアに手をかけた時、中から会話が聞こえてきた。


「ねえねえ澪、幼馴染と付き合ってるなんて羨ましいー」


「分かる!漫画みたいだよね。良いなー」


「別に。仕方なく付き合ってあげてるだけだから」


 中に澪がいるのは一瞬で分かった。澪のその言葉を聞いた瞬間、ガンッと殴られたような気がした。

 それはあまりにも予想外の言葉で酷く心をえぐられたのを今でも覚えている。


 まったく、当時の俺は一体何を勘違いしていたのだろう。恋になんて振り回されず冷静に考えてみれば、彼女の気持ちなんてすぐに気付いたはずなのに。

 当時、俺は澪から一度も好きという言葉を聞いたことがなかった。積極的な行動をされたこともなくて、ずっとそのことが気になっていた。


(ああ、そうか、澪は俺のこと好きじゃなかったのか)


 もしかしたら好きだったのかもしれないが「仕方なく」なんて言葉出てくる程度の軽い想いなのだろう。それが酷く腹が立った。

 そんな妥協だったなら断れば良かったのに。ぬか喜びさせて隣で笑っていたのだろうか?考えれば考えるほど苛立った。


 それでも、もしかしたら俺の勘違いかもしれない。そう思った俺は彼女にきちんと確認したくて、次の日澪を呼び出した。


 ああ、女々しいったらありゃしない。とっとと諦めていれば良かったのに、この時の俺はいやしくも勘違いだという幻想に縋り付きたかったのだ。


 呼び出されて目の前に現れた澪は何食わぬ顔で平然としていた。まるで昨日の言葉など言っていないかのように。

 あれだけ酷い言葉を吐いておきながらまるで気にしていない態度が気に入らなかった。澪と向かい合ってはじめて神経が逆撫でられる感覚を味わった気がした。


「なぁ、仕方なく付き合ってるってどういうことだよ」


「っ!?」


 俺の言葉を聞いた瞬間、澪は苦しそうに顔を歪めた。大きく目を見開き、瞳が大きく揺れていた。


「何か言えよ」


「……………」


「いつも遊びに誘うの俺からばっかりだったよな。気にしないようにしてたけど、そういうことかよ」


「ごめん……」


 好き、その一言でも言ってくれたならもう一度信じる気になれたかもしれないが、澪は何も話してくれなかった。否定の言葉すら出てくることはなかった。ああ、まったくもって腹立たしい。


「仕方なく付き合ってもらって悪かったな。別れよう」


「…………分かった」


 これ以上彼女との関係に耐え切れず俺は別れを告げた。それでも引き止められることは一切なく、あっけなく俺と澪の恋人関係はなくなった。それがまるで澪の俺に対しての想いを表しているようで一層落ち込んだ。


 こうしてあっけなく俺と澪の恋人関係はなくなった。その日から澪とは一切口を聞かなくした。顔を見るだけでも苛立つし、話すなんてもってのほかだ。


 もう二度と顔を合わせたくない、そう思った俺は進学先を誰もいかないであろう高校にすることにした。俺の中学で大体行く奴とは違うかなりの進学校だ。

 そこには自分の中学から滅多にいく人がいないことは知っていたので選んだ。そこなら澪はいないだろうと思って。


 澪との関係を一切絶って半年間死ぬほど勉強した。勉強をしている間は澪のことを忘れることが出来たから。

 皮肉にもあいつのおかげで勉強に集中出来た。まったく笑えない。その努力もあってか、高校には無事合格した。


 こうして晴れて新しい高校生活を送れそうなことが決まり、次に高校デビューに取り組んだ。澪のことなど忘れて新しい彼女を作るためだ。


 そのためにも見た目はなんとかしなくてはいけなかった。高校生にもなれば垢抜けるので、周りのレベルについていかないと浮いてしまう。……それに澪を少しでも見返したかった。

 もう会うことはないと思うが、何かの拍子で知って俺がカッコ良くなっていれば悔しがるかもしれない。そんな目論みもあった。


 そんな大事な高校デビューのため、まずは初めて美容院に行った。お洒落すぎて入り口で三十分入るか躊躇っていたのは内緒だ。なんとか中に入り、髪を切ったもらい、ワックスのやり方まで教わった。

 そのあとメガネをコンタクトに変え、ヘアアイロンの練習に励んだ。


 最初こそ人に見せられるものではなかったが、春休みという十分な時間を生かして毎日練習した結果、とりあえずはなんとかなったと思う。未だにコンタクトは少し怖いが。


 こうして新しい高校生活で最高のリア充ライフを送るため万全の準備を整え入学式当日を迎えた。

 もう澪のことは忘れて新しい可愛い彼女を作ってやる。心機一転楽しい高校生活を送ろう、そう決めて家の扉を開いた。


「「あっ」」


 神様というのはなんで最悪なことばかりするのだろうか。嫌だと思ったことほどその通りになる気がする。この日ばかりは神様を恨んだ。


————目の前にいたのは自分と同じ学校の制服で身を包んだ澪だった。

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