137. NP:Ain't no rest for the Adventurer

 ――――― ★ ―――――




 夜。


「この先ね」


 倉庫めいた大きな建物が並ぶ一角を指差し、ミモリーは目を細めた。


「う〜む。

 ここに密輸組織『巾着鼠スマグラット』のアジトがあるのでござるか……」


 窓が全て板で打ち付けられている建物を眺めながら、ヤノスケが顎を擦る。


「こんな何もねぇところに、本当にこの都市屈指の闇組織のアジトがあるのかよ?」


 スキンヘッドを撫でながら、厳つい顔で疑問を口にするグラッド。


「情報屋から仕入れた情報だから〜、間違いはないはずよ〜」


 いつも通りおちゃらけた口調で応じるフルフレア。


「スラムへは神殿の炊き出しの手伝いでたまに来るけど、こんなに奥まった場所まで入ったのは初めてだよ」


 穏やかに、しかし警戒を怠らずに、エッカルトが周囲を見渡す。



 ランク5冒険者PT「神雷鉄鎚」の面々は今、スラムの最北端まで来ていた。

 外周城壁が近いせいで、月明かりが殆ど遮られている。


「この先に、サムの手がかりがある筈よ」


 倉庫めいた建物群を睨みながら、ミモリーは呟いた。



 サムを自分たちで保護するという方針を固めたミモリーたちは、先ず冒険者ギルドに捜索依頼を出すことを考えた。

 が、直ぐに考え直した。


 敵の標的にはサムだけでなく、ミモリーも含まれている。

 ならば、敵が冒険者ギルドを見張っていないはずがない。

 依頼など出そうものなら、直ちに居場所がバレてしまう。

 逃げ続けることはできるだろうが、サムの追跡どころではなくなってしまう。

 せっかく定宿から姿を晦ませたというのに、それでは元も子もないだろう。

 せっかくのアドバンテージを放棄するのは愚策だ。


 それに、遠くから冒険者ギルドの様子を覗きに行ったエッカルトの話によると、街中であれだけ大きな戦闘があったというのに、冒険者ギルドではそのことが不気味なほど話題に上がっていないという。

 普段なら無駄にうるさく騒ぐ連中も、今はとても大人しい。

 まるで箝口令が敷かれているみたいな様相だったそうだ。


 そんなわけで、今このタイミングで自分たちがギルドに顔を見せるのは非常にリスクが高い、とミモリーたちは考えた。

 依頼を出すのは、決して得策ではないだろう。



 捜索依頼を諦めた彼らが次に取った手段は、「騒動」の追跡だった。

 この時期に街中で起こる騒動──特に戦闘などは、サム絡みの可能性が高い。

 無闇に探し回るよりも、騒動が起きている場所を特定していち早く駆けつける方がサムに近付ける、と考えたのだ。


 そうして情報収集を始めた彼らは、スラムの入り口付近で大規模な騒動が起ったことを知り、続いてスラムの中心付近でも戦闘が起きたことを知った。

 これらの騒動が全てサム絡みであるのならば、サムはスラムの最奥に向かっているということになる。

 その仮定に基づき、騒動が起きた現場に辿り着いてみれば、明らかに多対多で行われた戦闘の跡があった。

 そして、それはスラムの奥──外周城壁の方へと続いていた。

 が、サムの姿は確認することができなかった。


 これこそ、この方法の唯一の欠点──あらゆる行動が一泊遅れることだ。

 事が起こった結果を追跡しているのだから、どうしても敵よりも行動が一歩か二歩ほど遅れてしまう。

 人を追跡するには致命的すぎる遅延だろう。


 とは言うものの、これ以外にサムを追跡する方法はない。

 仕方なく、ミモリーたちは並列して情報屋からスラムに関する情報を買い、騒動の推移を追ってスラムに突入した。

 そうして今、彼女たちはスラムの最奥──外周城壁の根本近くまでやって来た。



「あ」

「どうしたミモリー?」


 グラッドがミモリーに尋ねると、


「当たりみたい。

 ほら」


 彼女は一軒の倉庫の屋上を指差し、全員が視線を向ける。

 そこには、腰に曲刀を下げた長身痩躯の男の姿があった。


「見張りよ」

「ほう?」


 男は何をするでもなく、ただ「神雷鉄鎚」を暫くの間見つめ続け、そして徐に姿を消した。


「アジトに報告に行ったようだね」

「なら〜、レッツ殴り込み〜!」

「いやいや殴り込みはしないでござるよ、フルフレア」


 天に拳を突き出すフルフレアに、ヤノスケが素早くツッコミを入れる。


 スラムはギャングや暴力団などの小規模な闇組織の巣窟だ。

 彼らの縄張りシマに許可なく立ち入るのは宣戦布告と同義であり、殴り込みと変わらない。

 無許可で立ち入る、という点だけ見れば、フルフレアの言葉もあながち間違いではないだろう。


「拙者たちはサム殿の行方について巾着鼠スマグラットに尋ねに行くだけで、決して彼らと戦うために行くのではないでござるよ。

 彼らとの武力衝突はご法度、と情報屋にも言われていたでござろう?」

「ちぇぇぇ〜」

「なにゆえ不満げにござるか……?」


 戯れるフルフレアとヤノスケを余所に、ミモリーが周囲を索敵する。


「見張りはあの人だけみたい。

 他にもいるかも知れないけど、あたしでは感知できないわ」

「そうか。

 なら、とっとと行こうぜ」


 グラッドの言葉に一同が頷き、歩き出した。






 夜闇の中、一行は人気のないスラムの奥地を進む。


 そろそろ城壁が視界いっぱいに入る頃。

 一行の前に、一軒の家が姿を現した。

 外周城壁の根本にほど近い場所にある、何の変哲もない家だ。

 その家の前に、先ほど屋上で見かけた長身痩躯の男が立っていた。


「あそこね」


 家に近づくと、男がミモリー達の前に立ちはだかった。


「止まれ」


 要求通り足を止めた一行に、男は低い声で誰何する。


「何者だ?」

「ランク5冒険者PT『神雷鉄鎚』よ」


 口下手なグラッドPTリーダーの代わりにミモリーが応じると、


「この先は『私有地』だ。用がなければ即刻立ち去れ」

「用があるからここまで来てるのよ」

「…………」


 男は暫く無言で「神雷鉄鎚」を見つめると、徐に背を向け、家の扉を開いた。


 男とすれ違いに家へ入ると、そこはリビングだった。


「よう来たのう」


 そう言って一行を迎えてくれたのは、ソファに座る一人の老人。

 真っ白な口髭に口が隠れ、これまた真っ白な眉に目が隠れている、好々爺然とした雰囲気の老人だ。

 枯れ木のような体格だが、その声は矍鑠としている。


「お主たちが『神雷鉄鎚』じゃな」

「ええ。お会いできて光栄だわ」


 老人の肩書を敢えて口にしなかったミモリーに、老人は「ほっほっほ」と優しく笑う。


「それで、こんな老耄に何の用かのう?」


 早速本題に入る老人。

 ミモリーは気を引き締める。


 来客にお茶も出さず、席すら勧めず、直ぐに要件を尋ねてくる。

 余程の礼儀知らずか、余程こちらが歓迎されていなければ、普通はしない行動だ。

 それに、このリビングには老人一人しか居ないが、隣の部屋と上の階には複数の人間の気配がある。

 この家も、普通の民家に見せかけているが、流れる風の気配から、幾つかの隠し通路があることが推測できる。

 ここが闇組織巾着鼠スマグラットのアジトで間違いないだろう。


 斥候ならではの観点からそう確信したミモリーは、真剣な眼差しを老人に向けた。


「人を探しているの」

「ほうほう。恋人かの?」


 からかうように尋ねる老人に、ミモリーは気を悪くすることもなく、淡々と答える。


「いいえ、友人よ。名前はサム」

「ほうほう」


 老人は頷いたが、直ぐに首を傾げた。


「しかしのう……人探しならば、こんな老耄なぞよりももっと適任がおると思うがのう」

「情報屋にはもう行ったわ。

 でも、誰もサムの居所を知らなかったの」

「なら、儂では尚さら力にはなれんのう」


 首を横に振る老人。

 が、ミモリーは諦めない。


「私達は彼の痕跡を追ってきたんだけど、ここで途絶えているのよ」

「ほう」

「お願い。彼が何処に行ったのか、教えてちょうだい」

「残念じゃが、それは無理というものじゃ」


 老人が僅かばかりに顔を上げる。

 その拍子に老人の白眉に隠れていた目が見え、ミモリーは思わず息を呑んだ。

 まるでスカイイーグルのように鋭く、全てを見透かすような老練さが伺える目だ。

 この老人こそが「巾着鼠スマグラット」の首領だと思わせる、そんな目だった。


「お主らはこの老耄が何かを知っている前提で話をしておるがのう、それは買いかぶり過ぎというものじゃ」


 意味は、闇組織の首領に対して態度が軽すぎるぞ、ということ。


「くだらないくらいならば知っとるが、そんなものを見ず知らずの人間に聞かせるのは趣味に合わんでの」


 意味は、裏社会に生きる人間がそう簡単に情報を渡すと思うな、ということ。


「それに、最近は歳のせいで記憶力が悪くての。物忘れが激しいんじゃよ」


 意味は、特に顧客の情報は容易く聞けると思うな、ということ。


「というわけで、残念ながら、サムとかいう若いのに関しては、儂では力になれんの」


 明確な拒絶。

 ミモリーは唇を噛んで俯くしかなかった。




 が、




「…………若いの?」



 覚えた引っ掛かりに、ミモリーがバッと顔を上げる。


 この老人は今、確かに「サムとかいう若いの」と言った。

 ミモリーは、サムという名前と自分の友人であることは教えたが、年齢までは言っていない。

 では、この老人はどうしてサムを「若いの」と断言したのか。


 決まっている。

 老人は知っているのだ、サムのことを。

 その証拠に、老人は協力を拒絶することこそすれ、「知らない」とは一度も言ったことがない。


 見れば、老人は口髭に隠れた口角を僅かに釣り上げ、鋭い眼差しでミモリーを見ていた。


 わざとだ。

 老人が「若いの」と口走ったのは、完全にわざとだ。

 表面上は関与を全否定しつつも、自分がサムに関する情報を持っていると分かりやすく仄めかしているのだ。


「知っているのね、サムのこと!」


 ミモリーは思わず大声を上げた。

 態度に気をつけろと言外に警告されたばかりだというのに、彼女は老人に向かって一歩詰め寄った。

 それほど、今の彼女には余裕がないのだ。


「お願い、教えて!

 サムは何処にいるの!?」


 が、老人は答えない。

 口すら開かない。


「なぁ爺さん、頼むよ」


 興奮するミモリーを制しながら、グラッドが前に出た。


「そのサムって奴は今、命を狙われてんだ」


 そう言って、グラッドは深々と老人に頭を下げた。


「頼む、この通りだ。サムの居場所、教えてくれ」

「拙者も、お頼み申すでござる」


 グラッドに続き、ヤノスケも深く頭を下げる。


「と言われてものう」


 しかし、老人からの回答は変わらなかった。


「それなら〜」


 と、ミモリーたちの後ろから、手が挙がる。


「あたしたちも依頼していい〜?」


 フルフレアだ。


「ほう、どんなことかの?」

「サム君たちと同じところにあたしたちを連れてって〜、っていうのは〜?」


 相手は密輸を生業とする闇組織だ。

 バカ正直に情報を聞き出そうとするよりも、「依頼」という形で情報を引き出したほうが利口だし、角も立たない。

 屋台で情報収集するときも、最初に何かを買った方が店主の口の滑りはいい。


「残念じゃが、その依頼は受けられんのう」

「え〜〜〜」


 それでも老人は首を縦に振らない。

 見れば、老人は────失望したような目をしていた。


 先ほどと何一つ変わらない姿勢と表情だが、そのスカイイーグルのように鋭い瞳の中には、ゴミを見るような色が現れていた。

 まるで宝石だと思っていたものが実はただのクズ石だと気付いたときのような、そんな眼差しだ。


 ゾワゾワしたものが背中を這い上がってくるのを感じ、ミモリーは思わず身震いする。


 不味い。

 まずい。

 マズい。


 このままでは、マズいことになる。

 ここでなんとかしないと、この老人から情報を得ることは二度とできなくなるだろう。

 それはサムの手がかりが断絶することを意味する。


 ゴクリと唾を飲み込み、ミモリーは必死で考える。


 老人は、終始して協力を拒んでいる。

 それなのに、暗に「サムのことを知っている」と仄めかした。

 行動に矛盾があるのだ。


 ならば、この老人は何故こんな事をするのか?


 答えはすぐに出た。


 ──会話の誘導。


 要するに、自分たちがバカ過ぎたのだ。


 今まで自分たちがしてきたのは、ただの「お願い」だ。

 真摯な態度で、ただお願いしていただけ。

 見返りも、報酬も、何も提示していない。


 表社会ならそれでも幾らか成果が出るだろうが、裏社会では間違いなく無意味だろう。


 そう。

 自分たちが今相手にしているのは、裏社会に巣食う闇組織を一手に握る首領なのだ。

 表のルールや慣習が通じると思ってはいけない。

 それを、この老人は遠回しに教えてくれているのだ。



 ぐっ、とミモリーは唇を噛む。


 自分たち「神雷鉄鎚」はこれまで、このストックフォード伯爵領という闇組織が大々的に幅を利かせていない、ある意味「安全地帯」でばかり活動してきた。

 そのせいで、自分たちは裏のルートを使う機会が殆どなかった。

 使っても、せいぜいが情報屋から情報を買う程度。

 だから、「神雷鉄槌」は裏のルールに疎い。


 甘かった。


 これまでは「ランク5冒険者PT」というネームバリューのお陰で、情報収集は簡単だった。

 名が売れているフェルファストでは、話しかけると誰も彼もが満面の笑顔で応じてくれる。

 何かを尋ねれば、即座にいらない情報まで付け加えて洗いざらい教えてくれた。

 他の街や村でも、自分たちがランク5だと知ると、まるで英雄でも迎えるかのように暖かく接してくれる。

 酒場でみんなに一杯奢りなが冒険譚の一つでも語れば、それこそ町長の愛人の行きつけの店の店長の痔の悪化具合まで知ることができた。

 どこに行っても、情報は勝手に集まってくる。

 自分たちが心血注いで築き上げた「ランク5冒険者PT」という称号は、それだけ価値があるのだ。


 だが、今回は違う。

 今回の相手は、商品を幾つか買っていけば気前よく話してくれる露天商のおっちゃんではない。

 裏社会に半生以上も浸った、正真正銘の「首領ボス」なのだ。


 ならば、真っ先にすべきは、お願いなどではなく、報酬の提示。

 それも、決して安くない報酬だ。


 己の考えの甘さと行動の迂闊さに、ミモリーはただ俯くしかなかった。



「いいよ〜、ミモリー〜」


 そっとフルフレアに肩を叩かれた。

 振り返ると、フルフレアは優しい笑顔を浮かべていた。


「あたし、付き合うよ〜」

「私もだよ、ミモリー」


 エッカルトも同じように笑顔を浮かべていた。


「拙者も、付き合うでござるよ」


 ヤノスケも、厚い唇を横に伸ばすように微笑みながら頷いた。


「あ?

 何言ってんだお前ら?」


 唯一話が分かっていないグラッドが首を傾げるが、直ぐにジャンプしたフルフレアにペシリとスキンヘッドを叩かれる。


「馬鹿グラッド〜!

 ミモリーのために命懸けるかどうか聞いてんの〜〜!」

「んなの、懸けるに決まってんだろ。

 いまさら聞いてんじゃねぇよ」


 グラッドの男臭いしかめっ面に、ミモリーは喉をつまらせた。


「みんな……」


 仲間たちの心意気に、ミモリーは言葉が出てこない。

 本当は、みんなを巻き込みたくない。

 こんな怪しげな闇組織に、PTのみんなを関わらせたくない。

 だが、ミモリー個人が提示できる報酬など、たかが知れている。

 それでは目の前の老人は首を縦に振らないだろう。


 だからだろう。

 仲間たちは、全員が「付き合う」と言ってくれた。

 危険もデメリットも覚悟の上で、ミモリーと共に困難を分かち合ってくれると言ったのだ。


 熱い涙が、目頭から零れ落ちた。


「ありがとう……」


 ミモリーには、それしか言えなかった。

 それだけが、彼女の気持ちを表すことができた。


 目元を拭い、ミモリーは老人に向き直る。



「サムの居場所を教えて。

 代わりに、あたしたち『神雷鉄鎚』は、あなたに借りを一つ預けるわ」



 これ以上の報酬は出ない、という眼差しでミモリーは老人を睨みつけた。


 今のミモリーたちが提示できる、最も価値のある報酬。

 それは、自分たち「ランク5冒険者PT」という身分と、その身分に付随する社会的影響力だ。


 本当は、ミモリーが一人で老人に身売りするつもりだった。

 が、その身売りにPTのみんなが加わったことで、その価値と性質は大きく変わった。

 ただの「ランク5冒険者ミモリー」では報酬として弱いが、「ランク5冒険者PT『神雷鉄鎚』」となれば話は別だ。

 金であれば、高値を提示できる人間はいくらでもいる。

 だが、「ランク5冒険者PTが一度だけ何でも言うことを聞いてくれる」という報酬を提示できる者はそう多くない。

 ミモリーたちのこの「借り」は、それだけの価値があるのだ。


「ほっほっほ」


 老人の朗らかな笑いが小さく部屋に響く。


「良い仲間を持っとるのう、お嬢ちゃんや」


 スカイイーグルのように鋭かった老人の眼差しが、微かに和らいでいる。

 どうやら、自分たちが提示した報酬に老人は満足してくれたようだ。


「最近は物忘れが激しいがの、ついさっきの事ならなんとか覚えとるんじゃよ」


 老人の言葉に、全員が聞き逃すまいと耳の穴を広げる勢いで集中する。


「ここにサムという若いのが来たかどうかは記憶にないがの、今日の夕方に面白い話を聞いたことは覚えとるんじゃ。

 なんでも、気弱そうな青年が貴族街に入ったそうでのう」


 気弱そうな青年。

 話の流れから見ても間違いない。

 サムだ。


「貴族街〜〜?」

「夕方って、本当についさっきじゃねぇか!」

「それが、サム君の行き先か……」

「されど、どうやって貴族街に入れたのでござろうか?」


 口々に情報を分析する一行。


「ありがとう。

 報酬は、必ず払うわ」


 ミモリーだけは居ても立っても居られない様子で、口早に老人へ礼を言った。


「ほっほっほ。ただの噂話じゃよ。

 それよりも、早速じゃが、お願いを一つ聞いてもらおうかのう」


 何気ない風に発せられた老人の言葉に、全員が身を強張らせる。

 お願いを聞いてもらう。

 つまりは、ここで借りを返せということ。

 闇組織の首領の要求お願いだ。

 覚悟はしていても、緊張はするものである。


 ランク5冒険者PT「神雷鉄鎚」は、品行方正なPTだ。

 違法なことはしたことがないし、する予定もない。

 が、今回はそうもいかないかも知れない。

 老人の要求が犯罪の片棒を担ぐことだったとしても、断るわけにはいかないだろう。

 それがサムの居場所を教えてもらう条件なのだから。


「なぁに、そう難しいことではないわい」


 5人が固唾を飲んで待つ中、老人は朗らかに口を開いた。



「もし、サム君を陰ながら手助けする人間がいたら、『荷運びの爺がよろしく』と伝えて欲しいんじゃよ」



「………………え?」



 どんな無理難題を吹っかけられるのかと身構えていたミモリーたち。

 しかし、蓋を開けてみれば、それは子供のお使い程度の簡単なお願いだった。


「難しいことではなかろう?」

「そ、そんなことでいいの?」

「ほっほっほ。お主らにとっては簡単なことでも、この老耄からすれば難しいことでの」

「……分かったわ。

 サムを影から手助けする人間が居たら、必ず伝えるわ」

「ではの」


 有無を言わさず別れを口にする老人。

 ミモリーたちは素早くその場を後にした。






「なんだか拍子抜けだったな、おい」


 溜め息を吐くグラッドに、フルフレアが応じる。


「良かったじゃない〜?

 誰々を殺してこい〜みたいな要求じゃなくて〜?」

「拙者も、そういうことを命令されると思っていたでござる」

「ね〜、良かったでしょ〜?」

「本当、心臓に悪い時間だったよ。

 私は神々に祈りっぱなしだったよ」


 口々に安堵を示すPTメンバーに、ミモリーは深く頭を下げる。


「ごめんなさい、巻き込んで。

 そしてありがとう、あたしのために」


 老人がその場で借りを返すよう要求して来たということは、自分たちは老人の誘導にまんまと乗せられたということ。

 老人は、親切心から自分たちにヒントを出したのではない。

 最初から言伝を頼むつもりで、敢えて一芝居売ったのだ。

 流石は闇組織の首領と敬服するのと同時に、随分と危ない橋を渡ったものだと今更ながらに冷や汗をかく。


 ミモリーにツムジを向けられた4人は、一瞬の沈黙の後、呆れたように口を開いた。


「水臭いよ、ミモリー」

「そうでござるよ。

 先程も言ったでござるが、どこまでも付き合うでござるよ」

「ま〜、仲間だし〜?

 当然じゃない〜?」


 グラッドだけは恥ずかしがりツンデレを発動したのか、「ふんっ」と真っ赤な仏頂面でそっぽを向いた。


「ありがとう……」


 満腔の感激を込めて、ミモリーは再度みんなに礼を言う。


 この仲間たちが居なくては、自分は何もできなかっただろう。

 サムを探すことを決意することも、こうして手掛かりを掴むことも。


 澄み渡った夜空を見上げながら、ミモリーは呟く。


「待ってて、サム」


 必ず見つけてみせる。

 そして、必ず守ってみせる。


 煌めく星々に向かって、ミモリーは誓ったのだった。

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