136. NP:Ain't no rest for the outdated

 ――――― ★ ―――――




「死傷者は?」


 血の付いた刀を肘窩に挟んで拭いながら、ヨーキリーは舎弟の一人に問うた。


「へい。死んだのは3人、怪我したのは12人でさぁ」

「3人、か……」


 闇組織同士の抗争と考えれば少ない損害だが、構成員が残り少ない赤竜組からすれば中々の痛手だ。


「で、グレタの嬢ちゃんと例の護衛対象は?」

「あっしが組長室にある隠し通路から逃しときやした」

「でかした」


 周囲では、舎弟たちが倒れている襲撃者ジャンキーたちにとどめを刺して回っている。

 麻薬のせいで感覚が麻痺しているのか、それとも極度の禁断症状で感覚が狂っているのか、襲撃者ジャンキーたちは致命傷を受けようが、手脚を切り落とされようが、一向に構うことなく襲いかかってくる。

 だから、確実に命を刈り取るまで気を抜けないのだ。


 理性無き死兵。

 実に嫌な相手である。


 こんな用兵を思いつくとか、どんだけ碌でもねぇんだよ。

 そんなことを思いながら、ヨーキリーは地面に転がる男を見下ろした。


 目の隈が酷い、「夢売り」と自称していた男だ。

 つい先程ヨーキリーが切り落とした敵方の大将首である。

 今はその隈の酷い目に生気はなく、半開きのまま虚空を見つめている。

 既に生首だけになているのだから、それも当たり前か。


 四人いた「蛮勇突撃隊デアデビル」とかいう「夢売り」の私兵も、既に一人残らず倒している。

 面倒臭いという意味でかなり強敵だったが、全く対処できない相手ではなかった。

 実際、時間は掛かったが、怪我もなく全員を始末した。


 死体を事務所から搬出する舎弟たちを眺めていると、待ち人が帰ってきた。


「ご苦労様でございます、親父」


 赤竜組の組長、トージである。

 後ろには幹部たちと護衛たちが付き従っている。


「ヨーキリーか。

 ……なんだ?

 一般市民相手にドンパチかましたのか?」


 地面に転がっている死体の数々を見て、トージがそう尋ねる。


「まさか。例のマフィアからの刺客です」

「ああ、『アルバーノ一家』とかいう奴等か」

麻薬中毒者ジャンキーどもを尖兵に使われました」

「……なるほどな。

 死体の格好が気質カタギっぽいのはそういうわけか。

 外道な真似しやがる」

「ええ。襲撃してきた中に子供の麻薬中毒者ジャンキーがいて、それを殺った舎弟が未だに震えてます」

「今はそっとしといてやれ」


 こちらを殺そうとしてきたとは言え、相手は子供だ。

 手に掛けた舎弟のショックは相当なものだろう。

 良識があればあるほど、仁義に厚ければ厚いほど、罪悪感に苛まれる。


「こちらの損害は?」

「3人です」

「……くそったれが」


 組員は皆、トージにとって兄弟や子供だ。

 それを3人も失ったのだから、怒らずにはいられないだろう。

 ヨーキリーとて同じ気持ちだ。


「相手の狙いは?」

「どうやら、先日の東メイン通りでの戦闘で我々が奴らの邪魔をしたことに対する報復みたいです」


 目の前で箱詰めされる「夢売り」の生首を眺めながら、ヨーキリーが答える。

 これらの死体は、都市外にある秘密の「処理場死体埋め場」へと運ばれ、そのまま埋められる。

 闇組織しか知らない場所だから、行政側には見つけられないだろう。


「奴等にはいずれお礼参りするとして……今は仕事の話だ」


 トージたちの仕事というのは、護衛対象であるサムとミモリーのこと。

 他の幹部たちが各々の仕事に戻る中、トージはヨーキリーを同行させ、組長室へと入った。

 ソファに座ったトージに、ヨーキリーが報告する。


「グレタの嬢ちゃんと護衛対象のサムは、予想通り『巾着鼠スマグラット』に駆け込みました」

「ああ、ジジイから聞いた」


 トージが留守にしていたのは、巾着鼠スマグラットの首領に会っていたからだ。

 その際に、首領であるスカイイーグルのような鋭い目をした老人から、既に今回の依頼の一部顛末について聞いている。

 尤も、トージが老人に会ったのはグレタとサムが荷物箱に入って運ばれた後なので、依頼の結果までは知らなかったが。


「……ヌフの奴は、いったい何処まで予想してやがるんだろうな」

「それは……分かりません」

「俺も、見当すらつかねぇ。

 ったく、おっかねぇ野郎だ」


 グレタとサムを赤竜組の事務所まで逃がすよう巾着鼠スマグラットに依頼したのは、確かに赤竜組だ。

 しかし、そうするようトージに指示要請を出したのは、他でもないヌフだ。

 グレタがサムと逃げたことといい、依頼を出させたタイミングといい、ヌフはまるでこれから起こることを全て知っているかのように動く。

 まるで全てが奴の掌の上にあるかのようで、空恐ろしい感覚を覚えてしまう。


「で?

 グレタとサムは今どこに?」

「それが……」


 ヨーキリーは先程起きた「夢売り」による事務所襲撃の顛末を語った。


「なるほど、二人は四番通路から逃げたか」

「はい。戦闘に巻き込まれてサムを殺されでもしたら元も子もないので」

「いい。その弟分の判断は正しい。

 ……にしても、四番通路か。西メイン通りの近くに繋がってるやつだな。

 どうせなら、二番通路を使わせてやればよかったな。西門の衛兵隊詰め所の裏に繋がってるから、そのまま詰め所に避難できる」

「残念ながら、二人を逃した弟分やつは、二番通路の存在を知りません」

「……ああ、そう言えば、一番から三番の隠し通路は幹部しか知らなかったな」


 頷き、トージはソファの背もたれに深く背中を沈める。


「しかし、そうなると、二人の行方が気になるな」


 戦闘力もコネもないスラム少女と、戦闘力もコネもないポーション師の青年。

 そんな二人が、プロっぽい刺客と新進気鋭のマフィアからいつまでも逃げ果せられるとは到底思えない。

 誰かに保護されない限り、グレタとサムは必ず敵のどちらかに捕まるだろう。


「一番いいのは、ヌフが二人を保護することなんでしょうが……」

「それは無いだろ、絶対にな」


 あのヌフという男は、赤竜組が全員でかかっても相手にすらならない程の化け物だ。

 奴が二人を保護するのであれば、刺客もマフィアも物の数ではないだろう。


 だが、その可能性は限りなくゼロに近い。


 ヌフは最初に事務所に殴り込みに来たとき以来、一度も顔を見せていない。

 連絡は全てグレタを通して行われていたし、その連絡も全てヌフからの一方的な指示要請だった。

 今回の巾着鼠スマグラットへの依頼にしても、何時の間にかトージの机の上に一通の手紙が置かれていて、その手紙に従ったまでのこと。

 彼と直接やり取りをしたのは、あの殴り込みが最後だ。

 こうまで徹底して表に姿を表そうとしない人間が、事件の渦中にいる──それもド真ん中にいる──グレタとサムを直接保護する筈がない。

 というか、奴にその気があるなら、最初からやっているだろう。


「そう言えば、もうひとりの保護対象の方は?」

「ランク5冒険者のミモリーですか。

 東メイン通りでの戦いの後、PTメンバーと合流しました」

「ほう?」

「一応、彼女たちの定宿を見張らせていますが、消息は不明のままです」

「何処かに隠れているのか、それともヒッソリとサムを探しているのか……」

「恐らく後者でしょう」


 ヨーキリーが見た限り、ミモリーのサムへの執着は明らかだった。

 命を張ってサムを守っていたミモリーが、このままサムを放ったらかして逃げるなど考えられない。


「なら、そっちは心配いらんな」


 ミモリーとその仲間は、フェルファストに3組しかいないランク5の冒険者PTだ。

 サムと違い、彼女たちには名声や人脈があるし、自衛能力もある。

 隠れようと思えば見つけるのは難しいし、逃げようと思えばそう簡単には捕まえられない。

 赤竜組が出張っても、余計なお世話になるだけだろう。


 問題は、グレタとサムの方だ。


「今はとにかく、二人が隠し通路から出た後の軌跡を追うのが先決──」


 コンコン

 小さなノック音が、二人の会話を中断させた。


「入れ」


 入室許可を出したが、一向に人が入ってくる気配がない。

 寧ろ、ドアの向こうには人の気配すらない。


 訝しむトージの代わりに、ヨーキリーが扉に近づく。

 直刀の鯉口を切りながら、慎重に扉を開いた。


 ハラリと一枚の手紙が、挟まれていた扉の隙間から舞い落ちる。

 扉の向こうには、やはり誰もいなかった。


 安全のためにヨーキリーが手紙を開いてみる。

 妙な仕掛けがないことを確認してから、それをトージに渡した。


 ザッと読んでみたトージが目を見開く。


「これは……間違いねぇ、奴からの連絡だ」


 奴とはもちろん、ヌフのこと。


「相変わらず、神出鬼没な野郎だ」


 人でごった返す事務所に、いったいどうやって影も音もなく入り込み、トージの執務室の扉に手紙を挟んだのか。

 前回、「巾着鼠スマグラットにグレタたちを逃がすよう依頼を出せ」という指示要請の手紙が来たときも、確かこんな感じだった気がする。


「奴はなんと?」


 険しい顔でそう聞くヨーキリーに、手紙を読んだトージがニヤリとした。


「グレタとサムが貴族街に入った、とさ」

「き、貴族街?」


 ヨーキリーが驚くのも無理はない。

 貴族街とは一般人には縁遠い区域、それこそ「住む世界が違う場所」だ。

 そんな所に、グレタのようなひと目でスラムの住人だと分かる少女とサムのようなひと目で平民のポーション師と分かる青年が飛び込みで入ろうと思っても到底不可能なのだ。


「もしかして、領主に保護されたのでしょうか?」


 そうなれば、二人の安全は確保されたも同然なのだが、


「もしそうなら、この手紙には『領主に保護された』って書いてるだろうよ」


 手紙にはただ一行だけ「二人が貴族街に入った」としか書かれていない。

 恐らく、ヌフ的には、二人がどうやって貴族街に入ったのか、入った後に何処に行ったのか、誰と接触したのか、何のために入ったのか、そういった「貴族街に入った」という事実以外のことをトージたちが知る必要はない、と考えているのだろう。

 だから、この手紙にはそれ以外の情報がまったく無いのだ。

 いいように利用されているみたいで決して気分は良くない……というか、何も説明されずにただ指示命令だけが飛んでくる現状を見れば手駒扱いされているのは明白なので苦い顔しかできないのだが、「この地の安寧」というヌフの最終目標を考えれば、それも我慢できる。


「さて、俺達も準備するか」


 ヌフという男は、無駄なことをするような人物ではない。

 こうしてわざわざ二人の行方を知らせてきたからには、何かしら自分たちにやって欲しい事があると見ていいだろう。


「手勢の準備をしときます」


 二人が貴族街に入ったことは、他の勢力にも知られているだろう。

 それだけ「平民が貴族街に迎え入れられる」ということは目立つのだ。

 であれば、一波乱あるのは避けられない。

 武力の準備は、どうしても必要になるだろう。

 恐らく、ヌフも自分たちにそれを望んでいる。



「そう言えば、親父の方は如何でしたか?」


 トージが留守にしていた原因について尋ねるヨーキリー。


巾着鼠スマグラットと話し合いに行ったと聞きましたが」

「ああ。巾着鼠スマグラット首領ジジイとは無事に話が済んだ。

 今回の件が解決するまで、方方ほうほうの闇組織をこっそりと抑えてくれるそうだ……俺たちが一つの条件を飲みさえすれば、な」

「条件、ですか?」

「あのジジイ……最初の東メイン通りでの戦闘に俺たちが関与していたこと、それと奴ら巾着鼠スマグラットにグレタたちを逃がすよう俺たちが依頼したこと、このたった二つしかない手がかりだけで、ヌフの存在にまで辿り着きかけてやがった」

「なっ!?」

「まだはっきりとヌフ本人を突き止めたわけじゃねぇが、何やら限りなくヤバい勢力が俺たちの背後にいる、ってことはなんとなく感づいてるみてぇだぜ」

「そ、それは、なんというか、凄まじい勘ですね……」

「あの爺、本当はリッチか何かじゃねぇだろうな」


 スカイイーグルのような鋭い目をした老人を思い、トージは苦い顔をする。


 リッチはアンデッドの一種で、強力な魔法を使う魔物だ。

 魔法に精通するその様が、長きを生きた魔法師や魔導師を連想させるため、リッチは人智を超えた知識の持ち主と考えられている。

 そうしたイメージが原因で、人々は得体のしれない人間のことを「リッチみたい」と形容する。


 歳は20程しか離れていないだろうが、あの老人には何故か色んな意味で勝てる気がしない。

 トージは嫌々ながらも確かにそう感じたのだった。


「その条件ってのが『お主たちの雇い主殿への口利き』ってんだから、笑えねぇよな」


 トージたちの雇い主とは勿論ヌフのこと。

 実際は雇用関係などではなく協力関係なのだが、そのとことを巾着鼠スマグラットの首領が知っているはずもない。

 なので、勘違いするのも無理はないだろう。


「……どうするおつもりで?」

「どうするもなにも、爺の条件通り、ヌフに『爺がよろしく』って言っとくしかねぇだろうよ。

 こんな複雑な状況下で他の闇組織に動かれちゃ、溜まったもんじゃねぇからな」


 ヌフからの要請指令をこなすためにも、他の無関係な闇組織には暫く沈黙してもらうのが好ましい。

 それを成すには、この都市の裏社会で発言権が強い巾着鼠スマグラットと話を付けるしかない。

 彼らが脅せば、他の闇組織も短期間であれば行動を控えてくれるだろう。


 別にヌフからそうするように言われたわけではないが、そうするのがベストだということはトージにも分かっていた。

 ヌフは、今回の騒動でこの領が救われると言った。

 具体的なことは何も知らないが、それが本当なら、自分たちは全力で協力すべきだろう。

 だから、膨大な対価を要求されることを覚悟で、トージは巾着鼠スマグラットの首領と面会したのだ。


 その結果が「雇い主ヌフへの口利き」というトージにとってはタダ同然の対価だった。

 トージとしては肩透かしを食らった気分だが、この対価を当のヌフがどう思うかはまた別の話だろう。


 ヌフは、影に潜んでコッソリ動くタイプだ。

 そんなヌフが自分の存在に気づきかけている巾着鼠スマグラットの首領をどうするかは、トージたちにも分からない。

 トージとしては、首領の老人に悪い印象は殆どない。

 今回の直談判でちょっとだけ苦手意識が生まれたものの、それはトージ個人の問題ですかない。

 客観的に見れば、あの老人は闇組織のトップの中ではなかなかに話せる相手だ。

 なので、ヌフには穏便に済ませて欲しいところだが……そうもいかないのが裏社会というもの。


 知り過ぎた者は消される。


 あの老人は、この都市の裏の顔役──所謂「処理屋フィクサー」だが、それでもヌフ相手に勝てるとは思えない。

 勢力も人脈も経験も、圧倒的強者の前には等しく無意味なのだ。

 あの老人の運命は、ヌフの胸三寸で決まると言っていい。


「まぁ、悪いようにはならねぇだろうよ」


 あのヌフのことだ。

 きっと気分の悪い終わらせ方にはしないだろう。

 なんとなく、そんな気がした。




 退室していくヨーキリーの背を眺めながら、トージはアームチェアに身体を沈め、天井を見上げる。


 自分たちはただ、求められた役目に集中すればいい。

 これから起こる波乱に向けて、ただ備えるだけだ。


 窓のない組長室からは見えないが、トージの頭上には澄み渡った夜空が広がっていた。

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