127. S01&03:Goodbye, my friend
――――― Side: 01 & 03 ―――――
気付けば、周囲から戦闘音が消えていた。
荒い息を吐きながら、サムが振り返る。
背後には誰も居ない。
それどころか、人の気配すらしない。
どうやら、追手を撒いたようだ。
マフィアと刺客、両勢力が互いに邪魔してくれたお陰で、奇しくも自分たちは守られ、そのまま逃げ切ることに成功したらしい。
脇の下に挟むように抱えているグレタに目を向ける。
彼女はグッタリとしており、浅くて早い呼吸を繰り返していた。
胸を貫通した矢に触れないよう、サムは彼女を地面に横倒しに下ろす。
矢の圧迫が苦しいのか、それとも体内を貫通する異物が痛いのか、グレタはなんとか矢を抜こうとしている。
「ダメだよグレタ!」
胸から尽き出した鏃を弱々しく掴むグレタを、サムは制止する。
「それを抜いたら死んでしまう!」
出血が無いから血痕は残しておらず、追手の心配は取り敢えずない。
だが、矢が刺さっている箇所が悪すぎる。
まだなんとか生きているのが奇跡に感じられるほどだ。
このまま矢を抜けば、間違いなく大出血が起こり、グレタはそのまま死んでしまうだろう。
早急に治療院に行く必要がある。
しかし。
グレタは首を横に振った。
「ど、どうせ、このままでも、死ぬ……」
かろうじて絞り出したグレタの言葉は、途切れ途切れだった。
「大丈夫、治療院に行けば──」
「いける、わけ、ない、でしょ」
二人は今、絶賛逃走中だ。
治療院に行くどころか、このスラムから抜け出すことすらできないでいる。
治療院にたどり着くなど不可能だ。
それに、たとえ治療院への道が開けていたとしても、グレタがそれまで保つ保証はない。
「でも、それを抜いたら、君は即死するかも知れないよ!?」
「もう、いいのよ……どうせ、もう、カーラは……」
希望の欠片すら見えない、絶望しきった瞳だった。
「誰とも、知れない、やつらの、手で、死ぬ、くらいなら……いっそ、自分の手で……」
目を瞑り、サムは唇を噛む。
自分が巻き込み、なのにここまで助けてくれた、心優しいグレタ。
たとえ懐にある「コネリーの赤・改」を彼女に与えたとしても、彼女の命を繋ぐには全く足りないだろう。
そもそも矢を抜かないことには治療のしようがないし、あくまでも低級回復ポーションでしかない「コネリーの赤・改」では矢を抜いた後の傷口を塞ぐことはできない。
今のサムにできるのは、彼女の最後の願いを叶えてあげることだけだ。
「……分かったよ」
キツく瞑った目を徐に開け、サムはグレタを見据えた。
「でも、矢を引き抜くのは、僕がやるよ。
君に『自殺』なんてさせない」
それが自分にできる、せめてもの手向けだ。
「……あ、りが、とう……」
弱々しく頷くグレタ。
その瞳に死への恐怖はない。
寧ろ、絶望から解放されることへの安らぎが僅かばかりに覗いていた。
横たわるグレタの背中側に回り、矢が動かないように気をつけながら、サムは矢羽の部分をへし折る。
その衝撃で、グレタが少し呻いた。
それが終わると、グレタの正面へと回り、鏃を掴む。
「いくよ、グレタ」
「……う、ん」
そして、一気に引き抜いた。
ズズズ、ズルリ
折られた矢が、グレタの前面から引き抜かれる。
瞬間、大量の鮮血が、胸にぽっかりと空いた穴から噴き出した。
「ごぽっ」
「グレタ!」
みるみるうちに血溜まりが広がっていく。
まるで血液とともに生命も一緒に流れ出ているかのように、グレタの身体から急速に生気が失われていく。
「かーら……」
親友の名を呟きながら、グレタの瞼が徐々に閉ざされていく。
先に逝った親友にまた会える。
そんな喜びが、微笑みとして彼女の顔に浮かんでいた。
「ありがとう、グレタ……」
腕の中で徐々に生気を失くしていくグレタに、サムは礼を述べる。
目頭には大粒の涙が浮かんでいた。
静かに、グレタの口から最後の息が吐き出される。
ゆっくりと、彼女の体から最後の力が抜ける。
別れを告げるように、サムはグレタの躯をギュッと抱きしめた。
彼女の顔は、とても穏やかだった。
暗い光が、グレタの身体を包んだ。
「な、なんだ!?」
突然の怪奇現象に、サムが瞠目する。
グレタから流れ出た血液が、吸い込まれるように彼女の身体へと戻って行っているのだ。
まるで逆再生のように、大きく広がった血溜まりはどんどんと小さくなっていき、遂には消えて無くなる。
そして、矢に穿たれた胸の空洞も、吸い込まれるように小さくなっていき、数秒で跡形もなく消えた。
「──────ぷはっ!」
グレタの止まっていた呼吸が戻る。
文字通り、息を吹き返した。
「な、なにがッ!?」
「な、なにがッ!?」
全く同じ驚きが、二人の口から同時に飛び出た。
身体を起こしたグレタに、サムが驚愕の眼差しを向ける。
身体を起こしたグレタが、サムに驚愕の眼差しを向ける。
何がなんだか分からなかった。
息を引き取った人間が、なぜ次の瞬間には何事もなかったかのように生き返ったのか。
「え……?」
グレタは後ろ首に微熱を感じ、思わずそこを撫でた。
「これって──」
そこにあるものを思い出して、自分が生き返った原因……いや、
「ヌフの『
フードの男──ヌフに助けられたあの日に付けられた、魔法的な刻印。
ヌフを裏切れないように掛けられた、拷問用の魔法。
ヌフが「死ね」と合図しない限り、もしくは即死しない限り、延々と怪我を回復し続ける、驚愕の
その
お陰で、グレタは文字通り起死回生した。
「……もしかして、
あの掴みきれない男なら十分ありえる。
いや寧ろそうとしか思えない。
「…………ん?」
ふと、グレタは自分の言葉に違和感を覚えた。
「…………あたし……
複数を表す単語。
その意味を理解し、ハッとした。
「──カーラ!」
そうだ。
であれば、
「カーラは……まだ生きてる!!」
心臓を射抜かれるなんていうどう考えても助からない致命傷を負った自分ですら、こうしてピンピンしているのだ。
同じ
滂沱の涙が、グレタの両目から溢れた。
普段は表情が険しく見えるその特徴的な目元は、歓喜に濡れていた。
完全に失われた希望が、再びこの手に戻ってきたのだ。
これほど嬉しいことはない。
倒れたカーラは、マフィアたちに死んだと思われてそのまま放置されていた。
死体を痛めつける趣味でも持ち合わせていない限り、彼女が更に害されることはないだろう。
たとえ彼女が敵の目の前でグレタみたいに蘇生したとしても、彼女がグレタの弱みである限り、粗末に扱われることはないだろう。
少なくとも、殺されることだけは絶対にない。
であるならば、後顧の憂いはもうない。
「グ、グレタ……一体何が?」
状況を飲み込めていないサムが、恐る恐る尋ねる。
「あ〜、これはね、その……」
どう答えようか考えるグレタ。
ヌフからは口外禁止を命じられているだけに、本当のことを話すことはできない。
「なんていうか……ある種の呪いなのよ」
「の、呪い?」
「そ。怪我が勝手に治るっていう呪い。
生半端な怪我じゃ死ねないのよ、あたしも、カーラも」
「す、凄いじゃないか!
それって、もはや無敵ってことじゃない?」
「いやそんなわけないじゃない。
ただ死に難いってだけで、即死の攻撃を受けたらちゃんと死ぬし、死ななくても痛いことに変わりはないんだから」
穴の空いた服の上から胸元を撫でるグレタ。
痛みは完全に引いているが、胸を貫かれた感覚に意識がまだ引きずられているのか、未だに痛みが尾を引いている感じがしている。
「……な、なるほど。
そ、それなら確かに呪いだね……」
簡単に死なないということは、延々と拷問を受けても死ねないということでもある。
そのことに気がつき、サムは顔を青褪めさせた。
目には「自分なら絶対にゴメンだ」という思いと、「こんな残酷な呪いを受けるなんて」という同情の念が浮かんでいた。
なにはともあれ、グレタは死ななかった。
それと、カーラが生きている可能性が極めて高いことも分かった。
さよならを言うにはまだ早い。
その事実に、二人は暫く喜んだのだった。
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