121. S01&03:Eureka!

 ――――― Side: 01 & 03 ―――――




「起きなさい」


 肩を揺すられ、サムは眠りから覚める。

 こすった瞼を開けば、目の前には目つきの悪い少女──グレタがいた。


「お、おはよう」

「なに呑気に朝の挨拶なんかしてるのよ。場所を移すわよ」

「ど、どうしてそんなことする必要があるんだい?」

「一つ所に長くいると、生活の気配がし出すのよ。人に見つけられやすくなるわ」


 その家に人が住んでいるかどうかは、見ただけで分かる。

 所謂「生活臭」というもので、人が住めばその痕跡が残り、ひと目で住人がいるかどうが分かる。

 そんな生活臭気配を出さないためにも、一晩でも住んだ場所はすぐに放棄し、次の拠点に移る必要がある。

 逃亡を経験した者にしかない視点だ。


「これでも、結構ハードな人生送ってんのよ」


 サムの視線から何かを感じとったのか、グレタは自嘲気味に笑いながらそう付け加えた。


 グレタに言われて、サムはのそのそと身を起こす。

 あちこちが痛かった。

 筋肉痛もあるが、昨日の夜は地面の上にそのまま横になったから、体中がバキバキになっている。

 ベッドがある生活に慣れたサムには厳しい環境である。

 ただ、それでも泥のように眠れたのだから、余程疲れていたのだろう。


「ほら、片付けるから、そこどきなさい」


 昨夜の焚き火の跡を片付けるグレタの手付きは、かなり慣れている。

 数分もしないうちに、二人がこの場に居た痕跡は地面に残った僅かな焦げ跡だけとなった。


「もう少し奥の方に移動するわよ」


 この嘗ては広場だっただろう場所があるのは、スラムの東北だ。

 二人が一晩明かしたボロ屋は、この広場の中央付近に位置している。

 ならば「もう少し奥」というのは、広場を更に北に進んだところ。

 つまり、これからスラムの東北を更に北上する、ということになる。


「安心しなさい、城壁には近づかないわ。

 『巾着鼠スマグラット』の連中に殺されたくないからね」


 スラムが接している外周城壁の一帯は、「巾着鼠スマグラット」という密輸業者の縄張りである。

 彼らは領主とも薄い繋がりがあるらしく、領主に所謂「必要悪」と認識されているフシがある。

 噂だと、小さな密輸を見逃してもらう代わりに、この都市における密輸業全体の仕切りを任されている、ということだそうだ。

 先日、グレタが死にかけた密輸の仕事も、彼らから任されたもの。

 幸い、グレタが密輸品をパクろうとした男を殺し、次の日に無事に配達先まで届けたから、仕事自体はなんとか完了扱いになったが、もし密輸品が無くなったりなんかしたら、巾着鼠スマグラットから命を狙われることになっていただろう。


 巾着鼠スマグラットは密輸専門ではあるが、闇組織であることに変わりはない。

 それも、一山いくらの弱小組織ではなく、この都市でもかなり発言力が強い、力ある闇組織だ。

 彼らはかなりの秘密主義で、人前に姿を見せたがらない。

 彼らが他の闇組織のように路地裏で屯したり、大勢で抗争殺し合いに勤しむところを見た人間は殆どいない。

 グレタがたまに彼らから貰っている密輸の仕事も、スラムの浅いところにある彼らの小さな出張所のような場所で依頼受注と完了報告のやり取りをしている。

 そんな隠れたがりな連中のアジトに無断で近づくなど、命が幾つあっても足りないだろう。


「急いで」

「なんでそんなに慌ててるんだい?」

「昨日の夜から、スラムが騒がしくなってるのよ」

「スラムが? 何かあったの?」

「タイミングからして、どう考えてもあんた絡みでしょうが」


 無法がスタンダードのスラムとは言え、毎日騒動が起きているわけではない。

 スラムにもスラムなりのルールがあるし、それを遵守できない者は弾かれる。

 寧ろ、表の生活にあぶれた人間が集う「生活の場」がスラムだ。

 その「生活」の邪魔になる行為がタブー視されるのは当然と言える。

 何でもありの暗黒街のようなイメージがあるスラムだが、その本質は貧困層の住宅地なのだ。

 衛兵隊の目が届き難いからと言って、人の家に押しかけ強盗をしたり、任意の女性に乱暴を働いたりなんかすれば、衛兵には捕まらないだろうが、普通に周囲の住民からタコ殴りにはされる。

 だから、人々が想像するほどには騒動が起きないのだ。


 スラムで一騒動ある、という場合は、大抵が闇組織の抗争となる。

 スラムのような貧困区域を牛耳るのは、大体がギャングや暴力団といった規模の小さい闇組織だ。

 寧ろ、スラムのような金のない旨味が少ない場所を仕切りたがるのは、そういった地元のチンピラ集団くらいしかない。


 より大きな規模の闇組織──マフィアやヤクザは、商業区域や歓楽街などの金の流動が激しい場所を縄張りにする。

 そこで力を付けると、今度は近隣都市に手を伸ばし、都市を跨いで活動するようになる。

 彼らがスラムに興味を持つことは殆どないのだ。


 更に大きい組織──闇ギルドや犯罪シンジゲートになると、活動の場は特定都市の特定地域などというせせこましい範囲ではなく、領地や国家を跨ぐ規模になる。

 このレベルにると、迷宮産物の闇取引や特定産業の支配などといった巨大利権が絡むものをメインに扱うので、もはや一般都市での商売など眼中にすらない。

 スラムなど言わずもがなだ。


 こういった組織形態や活動範囲の違いから、異なる階級の組織は自然と棲み分けがなされるようになり、階級を超えて縄張りを奪い合うことが殆どなくなる。

 世界規模の大富豪が平のサラリーマンの給料を虎視眈々と狙うことがないのと同じように、闇ギルドがマフィアの稼ぎ場ごときを狙うことは殆どない。

 ちゃんとした収入を得ているサラリーマンが子供のなけなしのお小遣いを涎を垂らして欲しがらないのと同じように、マフィアがギャングのチンケなシマを欲しがることも殆どない。

 下部組織の拡充や市場拡大など組織レベルの変革が起きない限り、もしくは互いの縄張りに重複や干渉が起きない限り、違う階級同士で争うことは殆どないのだ。

 だから、スラムで騒動が起きていると聞かされれば、普通なら「ギャングや暴力団同レベル帯の抗争」だと思うもの。


 ただ、今回は状況が異なる。


 今のスラムには、サムとグレタという「複数の組織に狙われている二人組」が隠れているのだ。

 棲み分けを無視して上級組織マフィアやヤクザ下級組織ギャングや暴力団縄張りスラムにやって来て大暴れしても、何らおかしくない。

 というか、何処かのフードの男のせいで、スラムに巣食っていたあまりお行儀がよくないギャングや暴力団の殆どが壊滅させられているのだ。

 そういった「騒動を起こしそうな者たち」が消えた今、スラムで騒動が起こるとしたら、サムとグレタ関連以外にない。


「昨日の夜からスラムの南が騒がしくてね、それがどんどん近づいてきてるのよ」


 このままでは、こちらにたどり着くのは時間の問題だろう。


「西の方も、今朝から騒がしくなってきたわ。

 逃げるとしたら、もう北東の方しかない」


 スラムの南と西から捜索の網が縮まってきているとすれば、二人が逃げられるのは北東方面城壁がある方しかない。


「最悪、巾着鼠スマグラットに頼んで、城壁の外に逃がしてもらうことも考えなきゃね……」


 凄く気が済まなさそうな顔をするグレタ。


「そ、それが一番いいんじゃないかな?」


 このままフェルファストの中に残っていても袋のネズミだ。

 であれば、城壁を越えて都市の外に逃がしてもらった方が、色々と選択肢は多いだろう。

 サムはそう考えた。


「あんた馬鹿ぁ?」


 何処かの運命を仕組まれた子供のような返しに、本気で城壁越えを考えていたサムは面食らう。


「あんた今、どれだけお金持ってる?

 金貨一枚もないでしょ?」

「う、うん」


 金貨一枚といえば大金だ。

 普通の平民が普段遣いに持ち歩く金額ではない。

 というか、そもそもサムの所持金は既に「コネリーの赤・改」を買い取るために包帯の客に全て渡してしまっている。

 今は金貨一枚どころか、銅貨の一枚すらない。


「あんた、巾着鼠スマグラットが後払いで仕事を引き受けてくれると思ってんの?」

「あ」

「寧ろ、今のあたしたちが巾着鼠スマグラットのところに駆け込んだら、逆に捕まえられて追手に差し出されかねないわよ」


 後ろ暗い商売をしたことがないサムは、闇組織との関わりがない。

 そのため、闇組織の性質ややり方を知らない。


「あいつらにも一応『信用』ってもんはあるでしょうけど、あたしたちみたいな文無しがその『信用』に縋っても良いことは起こらないわ。

 巾着鼠スマグラットに頼るのは、あくまでも最終手段よ」

「わ、わかったよ。

 ……でも、それならどうするんだい?」


 サムの質問に、「あんたがそれ聞く?」という顔を向けるグレタ。


「分かんないわよ。

 とりあえず、知ってる人を頼るしかないでしょ」


 まぁそんな人いたらスラムになんか住んでないんだけどね、と彼女は自虐的に締めくくる。


「衛兵隊に匿ってもらうのは?」

「あんた、連行されている最中に襲われたんでしょ?」

「う、うん、そうだけど」

「あたしも見てたけど、あんたたちを連行していた衛兵、全滅してたわ」

「う、うん、残念ながら」

「で、あんたはその現場から今、逃げてる最中よね?」

「まぁ、見ての通り」

「あたしが衛兵隊なら、あんたの仲間が衛兵隊を全滅させてあんたを逃した、って考えるわね」

「えぇぇぇえええ!?」


 盛大に驚くサムを、グレタが口を抑えて静かにさせる。


「考えてもみなさいよ。

 容疑者を連行している途中で襲われて、衛兵隊は全滅、容疑者は行方不明。

 第三者が見たら、誰でもあんたの仲間があんたを逃がすために襲撃を掛けた、って考えるでしょ?」

「そ、それは……」


 反論できない。

 というか、反論を許さない材料が揃ってしまっている。


 こちらから素直に出頭して事情を説明すれば、もしかしたら衛兵隊も分かってくれるかも知れない。

 だが、襲撃犯たちの正体が分からず、ミモリーの安否も行方も知れない現状、衛兵隊が確実に「分かってくれる」保証など何処にもない。

 最悪、出頭した瞬間に拿捕され、そのまま襲撃犯の正体やミモリーの行方ついて延々と拷問されるかも知れない。

 なにせ、衛兵隊身内が5人も殺されているのだ。

 彼らが極端な手段に出ない保証は何処にもないだろう。


「なんでこんな事に……」


 こちらは終始一貫して被害者なのに、なぜか何処に行っても容疑者扱いされる。

 もはや理不尽を通り越して、何者かの作為を疑うレベルだ。


「あんたも、何処かに頼れる宛はないの?」

「う、う〜ん」


 一瞬、薬師ギルドが頭に浮かんだが、直ぐにダメだと打ち消した。


 薬師ギルドの中に襲撃者と内通している人間がいるかも知れない。

 そのことは、流石のサムにも分かっていた。

 あの襲撃は、あまりにも早すぎた。

 それこそ、ギルド内に内通者でもいなければ成しえない程に迅速だ。

 だから、薬師ギルドはパスするしかない。


 他となると、思いつく人物や組織は、もうミモリーくらいしかない。

 自分の交友関係の狭さが悔やまれる、とサムは今更ながらに後悔した。


「ま、ゆっくり考えてみなさい。

 今日はちょっと奥に進んで、程よい所で様子見のために一泊するから」


 敵からできるだけ離れるのもいいが、状況を見極めながら目的地を定めることも非常に重要だ。

 焦って何処かに駆け込んだ結果そこは敵の懐でした、などということになったら目も当てられない。


 サムは頷き、グレタの後をついて一晩明かしたボロ屋を後にした。






 ◆






 ボロ屋群の最北端。

 視界いっぱいに広がっていたボロ屋群が途切れ始め、そろそろ広場から抜け出しそうという所。


「──ん?」


 そこで、サムが何かに気付いた。


「どうしたの?」

「…………薬草の匂いだ」


 埃とカビの匂いしかしなかった廃墟に、突如として嗅ぎ慣れた薬草の匂いが混じったのだ。


「えっ? ここ、誰も居ないはずなんだけど」


 この広場──フェルファスト黎明期のスラム──は、既に放置されて久しい。

 スラムでも奥まった場所にあるため、表通りとのアクセスが悪く、生活するのに不便。

 その上、建物が崩れ易く、瓦礫の撤去も大変すぎるので、再開発しようという人間もいない。

 その不便さと危険性から、スラムの人間にも敬遠されている状態である。

 それこそ、二人のような命がけの逃亡者でもなければ寄り付きすらしないだろう。


「でも、本当にするんだ、薬草の匂いが。

 しかも、まだ新しい」


 薬草の匂いはかなり独特だ。

 その種類は実に様々で、嗅いだだけで苦いと分かるような青い匂いのものもあれば、気分が落ち着くようないい匂いのものもあるし、鼻が曲がりそうな臭い匂いのものもある。

 これらの匂いの多くは普段の生活では嗅ぐことがないもので、生薬・加工品を問わずそれなりに強烈な上に、拡散しやすい。

 なので、鼻腔に入れば一発でそれだと分かる。

 こういった特殊な匂いのせいで、薬師の工房は密閉性が悪いと周辺住民から苦情が殺到する。

 逆に言えば、薬草の匂いがするということは、近くに密閉性の悪い工房なり倉庫なりがある、ということだ。


「行ってみよう」

「え、ちょっ、待ちなさいよ!?」


 まるで蜜の匂いに誘われる蝶のように、フラフラと道を外れるサム。

 獣人族もかくや、という勢いで鼻を鳴らしながら匂いを辿る。

 やがて、最も匂いが強い一軒のボロ屋の前で、二人は足を止めた。


「ここだ」


 板切れを組み合わせたドアを持ち上げ、はめ込まれた入り口から外し、側に立て掛ける。

 途端に、強い薬草の青い匂いが二人の鼻を襲った。


 入ってみれば、そこには実に簡素ながら乱雑とした部屋があった。

 簡素なのは、家具類がほぼないから。

 薄暗いボロ屋の中にある家具は、机と椅子が一つと、藁を地面に敷いただけのベッドもどきのみ。

 およそ人間が快適に生活できるとは思えない簡素さだった。

 ただし、天井からは10を超える薬草の束が吊るされており、机の上には様々な製薬器具が散乱している。

 よく見れば、机の上には紙質が荒い安物の書類用紙が数枚あり、机の前の壁にも2枚ほど張られていた。


「こんな所に、薬師の工房が……」


 充実した器具の数々と豊富な材料から、ここが本格的に使われていた工房であるとサムは直感した。

 こうした雰囲気は、その稼業の人間にしか分からないものがある。


 薬師は、開業するのに金が掛かる職業だ。

 工房の開設に始まり、店舗の確保、原料の調達、失敗物の廃棄などなど、かかる費用は決して少なくない。

 特に、新規工房の開設は、完全なるオーダーメイドな上に「特殊建築物」に分類されるため、とかく費用が嵩む。

 独立したての薬師が自分の工房を持てず、何年も師匠の工房に通ったり間借りしたりするということは、決して珍しくない。


 工房は職人の命だ。

 ここをケチってもいいことは何もない。

 寧ろ、確実に後々に響く。

 よって、どんなに貧乏でも工房だけは良いものを設ける、というのは、性産業における常識なのだ。


 そんな金の掛かる代物を、こんな廃墟に設けているのだ。

 間違いなく「訳あり」だろう。

 一番に考えられるのは、麻薬の製造所だ。


「最近まで使われていたみたいだ。

 作っていたのは…………えっ!?」


 器具に残っていた薄緑色の水滴を嗅いでみて、サムは驚愕した。


 麻薬ではない。

 それは、サムが何よりも嗅ぎ慣れた匂い。


「……『フジク草』の濃縮液!?」


 フジク草の使い道など、一つしかない。

 サムの十八番である「コネリーの赤」の製造だ。


「まさか、こんな所で『コネリーの赤』を作っていた人が居たなんて……」


 いや、とサムは考えを改める。

 「コネリーの赤」は、幾つかの製薬系魔法さえ使えれば手軽に作れるポーションだ。

 原材料も手に入りやすく、確実に売れて確実にお金になる。

 製薬方法を学ぶという前提条件は付くが、それさえクリアしてしまえば、スラムに住む人間にとって信じられないほど良い収入源になる。

 寧ろ、家賃がかからないスラムならば、より利益率は高いだろう。


 器具から視線を移し、机に散らかっている粗末な書類用紙を見る。

 黄ばみが目立つ植物紙には、炭ペンらしきもので乱雑に書かれた図案やメモがある。


「これは『コネリーの赤』のレシピで……こっちは『ダダイル草』のスケッチと解説……」


 ありふれた、それこそ薬師ギルドにて銀貨数枚で公開されている程度の、薬師にとっては常識程度の内容しか書かれていない。

 が、これらの資料があるということは、この工房の持ち主がこれらの薬草を本格的に使っていたということ。


 そうして机の上を物色していると、


「──────っ!?」


 サムはありえないものを見つけた。


「こ、これは、まさかっ!?」


 それは、サムが人生で一度しか見たことがないもの。

 見つけようとすら考えていなかった、だが見つけられるなら何を置いても真っ先に見つけたいもの。

 そして、用途自体はありふれているのに、存在そのものが特殊なもの。



 瓶だ。

 コルク栓が針金のギミックによって固定されている、特殊な作りの瓶だ。



 それが一本、空の状態で机の上に無造作に転がっていた。


「こ、これは…………」


 これと同じ物を、サムは一度だけ見たことがある。

 いや、今も肌身離さず持っている。


 懐を探り、それを取り出す。

 死んでしまった包帯の客から買い取った──全ての元凶となったポーション。

 そのポーションが入った、特徴的な瓶だ。


 両者を並べて、見比べてみる。


 同じ大きさで、同じ色で、同じ形で、同じ透明度で、同じギミック。

 ひっくり返してみれば、瓶底には同じ「薬草を咥えた包帯顔」という意匠の屋号が刻印されていた。


 同じだ。

 寸分違わない、完全に同じ物だ。


「ま、まさか、ここは……」


 あの死んでしまった包帯の客の工房だというのか?


 薬草の匂いに誘われて来てみれば、殺された原作者の工房だった。

 そんな事が、現実に起こり得るのか?


 衝撃と興奮で狭窄した視野の端に、サムは汚れた白い物を見つけた。

 机の隅に捨てられた──汚れた包帯の山だ。

 それもまた、サムにとっては見知ったものだった。


 震える手付きで、机に置かれた器具を一つずつ見ていく。

 探しているのは、器具の中に残された薬の滓……いや、自分の予想が正解だという確証だ。


 穴が開く勢いで、サムは器具を一つずつ見ていく。


 透明な水滴が入ったビーカー。

 黒灰の沈殿物がこびり付いたシャーレ。

 赤く濁った液体が捨てられた桶。


 やがて、その中の一つに目が止まる。


 赤寄りのキャルロットにんじん色という、他では見ない色合いの残留液。

 その残留液が数滴だけ、フラスコの容器壁に付着していた。


「これだ……間違いないっ」


 それは、


「────『コネリーの赤・改』だ!!」


 サムの歓喜の雄叫びが、ボロ屋を小さく震わせた。

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