118. NP:非道なる追跡者

 ――――― ★ ―――――




 ドゴッ、と蹴り飛ばされた手下が悲鳴もなく地面に転がり、動かなくなる。

 それを、もう一人の手下が部屋の外に引きずっていく。


「だあああ、イライラする、クソが!」


 まるで子供の癇癪のように怒りを周囲にぶつける、部屋の主。

 その側にはいつもと変わらない無表情のメイドが侍り、目の前には戦闘装備を身につけた手下たちが並んでいた。


「テメェら、雑魚を一匹拉致ってくることもできねぇのか、ああん!?」


 一緒に戦闘に参加しながらも同じように成果をあげられなかった自分のことは棚に上げて、手下たちを気晴らしのように罵る部屋の主。


「特に『火消し』!

 テメェが居ながら、なんで野郎を取り逃がしやがった!?」


 八つ当たりでしかないその言葉に、「火消し」と呼ばれた大男が大きく頭を下げる。


「すまねぇ、ボス。あのヤクザどもに邪魔されて、思うように動けなかった」

「っざけんじゃねぇぞゴルァ!

 それでも『アルバーノ一家』の戦闘部署を束ねる長かテメェ!」


 部屋の主──アルバーノの怒りに任せた蹴りが、「火消し」の脇腹に炸裂する。

 が、蹴飛ばされて動かなくなった先程の手下とは違い、幹部である「火消し」は冒険者ランクにすればランク5にも届き得るだろう実力者だ。

 一般人が受ければ即死となるアルバーノの強烈な蹴り憂さ晴らしを受けても、肋骨にヒビが入る程度で済んだ。


「ちっ」


 アルバーノがつまらなさそうに舌打ちする。

 骨に届く手応を感じたのに、「火消し」は尚も不動のまま頭を下げ続けている。

 痛め付け甲斐のねぇ野郎だ、と興ざめしながらどかりとソファに座った。


「で?

 あの黒ずくどもはいいとして、最後に邪魔してきやがったヤクザみてぇな奴ら、ナニモンなんだ?」


 自分たちが邪魔した相手──黒ずくめの刺客たちに関しては、既に知っている。

 恐らくは「ウェストノード商会」のお抱え秘密部隊だろう。

 大商会には必須の、謂わば「暗部」だ。

 相手の正体を知っているからこそ、アルバーノたちは奇襲を仕掛けた。

 少人数なのは確定だから、リスクは低いと考えたのだ。

 事実、黒ずくめたち相手に、アルバーノたちは優位に立っていた。


 それが、第三の勢力が突然現れて、邪魔された。

 アルバーノがイライラしているのは、主要目的である拉致が失敗したこともあるが、自分の完璧な作戦がわけの分からない勢力によって台無しにされた、というのが大きい。


「調査によれば、彼らの名前は『赤竜組』。

 かなり昔からこのフェルファストに存在しているヤクザです。

 『歓楽街』ではそれなりに顔が利くそうですが、組織力と経済力で他組織に圧倒されており、現在では落ち目となっております」


 側に侍るメイド──レストーレアが淡々と報告する。

 そんな彼女に、アルバーノは「だからいつの間に調査したんだよ」という目を向けたが、口には出さなかった。


「まぁいい。

 落ち目のヤクザなら、そっちは一旦置いとく。

 それよりも、逃げた野郎と女の行方は?」


 最後に見た、路地裏に逃げていく情けない野郎サムの背中と、仲間に守られながら地面に横たわるミモリーの後ろ姿。

 それは、アルバーノにとっては苦い敗北の記憶だ。

 自分たちの組織の更なる発展のためにも、何より雪辱のためにも、その二人は必ず見つけ出し、捕まえなければならない。


「ポーション師サムについては、逃げた方角からスラムに潜んでいる可能性が高いと思われます。

 冒険者ミモリーは仲間と合流しておりますので、恐らく定宿か隠れ家でしょう」

「ほう、野郎はスラムに向かったわけか。てっきりその『なんとか組』ってのに匿われてるのかと思ってたが、案外ツイてるな、おい」


 標的を野原で「追いかける」のと敵勢力から「奪う」のとではわけが違う。

 簡単なのは、圧倒的に前者だ。


「そう言えば、なんかみすぼらしいガキと一緒に逃げてたな、あの野郎」


 情けない男の背中の向こうにあった、みすぼらしい少女の姿を思い出し、アルバーノはニヤリと嗤う。

 どうやら、手がかりはまだ切れていないようだ。


「おい」


 アルバーノに呼ばれ、ずっと頭を下げていた「火消し」が頭を上げる。


「テメェも、路地裏で野郎と一緒に逃げてたガキ、見てたな?」

「ああ、ボス。顔もしっかり覚えてますぜ」


 ヒビが入った肋骨など意にも介さないように、ニヤリと嗤う「火消し」。


「上等だ。テメェはこれからスラムを『総ざらい』してこい」

「あのみすぼらしいガキの身元を割り出して、一緒に逃げた男を探し出せばいいんだな、ボス?」

「そういうこった。今回の失態は、それでチャラにしてやる」

「任せてくれ、ボス。必ず見つけ出しますぜ」


 アルバーノが顎をしゃくると、「火消し」は大股で部屋を出ていった。

 彼と一緒に整列していた彼の手下たちもその後に続く。






 部屋から手下たちがいなくなった所で、斜め後ろに立っていたレストーレアがアルバーノに尋ねる。


「冒険者ミモリーの方は如何なさいますか?」

「放っとけ。

 ポーションのレシピを知ってるとしたら、野郎の方だろ。ポーション師だからな」


 言って、アルバーノはその悪意がありそうな顔を愉快げに歪める。


「野郎と随分仲良さそうだったみたいだからな、あの女。

 野郎を捕まえれば、女の方も自分から出て来るだろ」


 冒険者を直接狙うのは骨が折れる。

 ならば、その冒険者の弱みを利用すればいい。

 家族や友人を人質交渉材料にするのは、彼らマフィアの常套手段だ。

 それで折れなかった人間を、アルバーノはまだ見たことがない。


「では、赤竜組の方は?」


 レストーレアがそう尋ねると、アルバーノは愉快げだった笑みを薄暗い笑みに変えた。


「やり返すに決まってんだろ」


 先程は一旦置いておくと言ったが、別にお咎めなしにするというわけではないらしい。


「この俺様の邪魔をしやがったんだ。ただじゃ置かねぇ」

「では、徹底的に潰して、彼らが所有している『歓楽街』の縄張りも併呑いたしましょう」


 アルバーノ一家はもともと、アーデルフト子爵領の北にある小さな男爵領の出身だ。

 旨味の少ない貧乏男爵領を飛び出し、アーデルフト子爵領で勢力を伸ばし、ついにはここストックフォード伯爵領へと進出し、最終的に本居を構えた。

 地元のチンピラをまとめ上げ、他の小規模の闇組織を潰し、その縄張りを飲み込む。

 アルバーノ一家はそうして今の規模まで成長したのだ。

 今回の赤竜組への報復も、その勢力拡大の一環と言える。


「そっちは『夢売り』に任せとけ。

 俺らの目的は、あくまでも今回のだ」


 この領の「コネリー難ピンチ」に付け込み、「ニガモモ」を使って領主から特権をもぎ取る。

 それこそがアルバーノ一家を飛躍させる最大のだ。


「テメェは俺とスラムで野郎探しだ、レストーレア」


 今の最重要目標はあくまでポーション師サムの追跡と捕獲であり、赤竜組への報復はついででしかない。 

 レストーレアの戦力は貴重だ。

 地元のヤクザ程度に割くのは惜しい。


 アルバーノが警戒しているのは、レストーレアが戦った男児……いや、男児に見えるノーム族の格闘僧モンクだ。

 黒ずくめの刺客たちの号令に合わせて撤退したところを見ると、ウェストノード商会の手駒だろう。

 あの実力からして、彼らの切り札エースであるのは間違いない。


 あれは、かなりの強さだった。

 決して口には出さないが、アルバーノが挑んでも勝ち目は五分五分だっただろう。


 奴らの目的がポーション師サムと冒険者ミモリーの殺害であるのならば、これから捜索するスラムで鉢合わせる可能性が高い。

 あの見た目子供の格闘僧モンクを相手にしながらポーション師サムを誘拐するのは、かなり困難だろう。

 だから、レストーレアの同行は必須だ。


「畏まりました」


 なんの気後れもなく、レストーレアは淡々と頭を下げる。

 件の格闘僧モンクとの戦闘で負った両腕の怪我──実際は彼女の特殊すぎる戦い方による副作用だが──は、既にポーションを飲んで跡形もなく治している。

 破損したメイド服も既に着替えており、いつも通りのレストーレアに戻っていた。


 アルバーノがレストーレアの手をぐっと引っ張ると、彼女は抵抗もなく膝の上に倒れてきた。

 女特有の柔らかな重みを両膝に感じつつ、しっとりとした内ももの感触と甘い髪の香りを楽しむ。


「へへへ」


 下品に嗤いながら、アルバーノは未来を夢想する。

 捕らえたポーション師サムを拷問する未来。

 得られたレシピで領主と交渉する未来。

 そして、この肥沃なストックフォード伯爵領を裏から牛耳る未来。

 そんな輝かしい未来のためには、手段など選ばない。

 野望実現のためなら、スラムの一つや二つ潰したところでなんとも思わない。


 先ずは、一緒に逃げたあのみすぼらしいガキが誰なのかを調べるとしよう。


「必ず見つけ出してやるからな、待ってろよ」


 楽しい楽しい、狩りの時間である。

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