117. NP:Avengers

 ――――― ★ ―――――




「────サムっ!」


 友人の名前を呼びながら、ミモリーはガバリと起き上がった。

 反射的に戦闘態勢を取り、回りを見渡す。

 木造住宅の天井と、見慣れた家具類。

 体の下には、自分の匂いが染み付いたベッド。

 それでようやく、自分のいる場所が記憶の最後にあった大通りではなく、定宿の自室だと分かった。

 ミモリーは、徐に戦闘態勢を解いた。


「起きたわね〜、ミモリー」


 部屋の隅にある椅子に座っていたフルフレアが、読んでいた本から顔を上げた。

 ここは、「神雷鉄槌」の女性メンバーであるミモリーとフルフレアが借りている二人部屋だ。


「気分はど〜?」

「……あれからどうなったの? サムは?」


 今一番知りたいのはそれだ。


「先ずは落ち着いて、ミモリー〜。

 みんなを呼んでくるから、説明はその後ね〜」


 いつもの軽い感じでそう言い残し、フルフレアは本を置いて部屋から出ていった。






 ◆






 女子部屋に集まった「神雷鉄鎚」のメンバーたちは、ミモリーに事のあらましを説明した。


 5人揃って「モグスの尻尾亭」で昼食を摂った後。

 グラッドとエッカルト、ヤノスケとフルフレアがそれぞれに割り振られた作業を終えて宿の前で集合していたら、突如、東メイン通りの方で戦闘音が聞こえたこと。

 何事かと駆けつけてみたら、ミモリーが怪我を負って気絶していたこと。

 戦闘に4人が即座に介入し、ミモリーを救出したこと。

 衛兵のお世話になりたくなくて、そのまま宿まで逃げてきたこと。


「サムは?」


 説明を終えるなり、ミモリーが発した第一声はそれだった。


「サムって、ミモリーが仲良くしてたポーション師の青年のことかい?」

「そう〜。ナヨっとしてて頼りなさそうなんだけど、結構かわいい子だったよ〜〜」


 グラッドとエッカルトとヤノスケは、サムと面識がない。

 だから、サムと聞かれても誰のことか分からない。


「あたしたちが着いたときには、サムくんの姿は無かったわね〜」


 ミモリー以外に唯一サムと面識があるフルフレアが答えると、ミモリーは「そう……」と言ったきり、黙り込んでしまった。


「なあミモリー。一体全体なにが起こりやがったんだ?

 ちっとくらい、説明してくれねぇか?」


 今回の件、ミモリー以外の全員が事情を知らない。

 町中で戦闘が起きるという一大事が起きた上に、仲間が巻き込まれているのだ。

 決して他人事では済まされないだろう。

 第一、こうまで意気消沈しているミモリーを前に、知らんぷりはできない。


「……ことの始まりは、グラッドに言われて、ポーションの情報を集めるためにサムの所を尋ねたことよ」


 そうして、ミモリーはポツポツと事の詳細を説明した。


 サムの所を尋ねたら、何やら人を探していたこと。

 ミモリーが手伝って探し人を見つけたが、既に何者かによって殺されていたこと。

 サムからポーションの説明を受けて、この殺人事件がそのポーションに関係している可能性が極めて高いと考えたこと。

 事が大き過ぎるため、サムを引き連れて薬師ギルドへ報告に行ったこと。

 そこで、二人が殺人とレシピ強奪の容疑者になったこと。

 そして、衛兵詰め所に向かう途中で襲われたこと。

 その襲撃犯たちはサムとサムが知っていると考えられているレシピを狙っていること。


「──その後は、みんなが見た通りよ」


 ミモリーが語り終えると、最初に反応したのはグラッドだった。


「何じゃそりゃ!」


 納得できないといったように立ち上がり、厳つい顔に怒りを滲ませた。


「なんでお前らが犯人にされんだよ! オカシイだろ!」

「落ち着け、グラッド」

「でもよ、エッカルト……!」

「静まるでござるよ、グラッド。

 ギルドの言い分は、理解できなくはないでござる」

「何だとヤノスケ!

 テメェ、ミモリーたちが人殺しに加担したって言いたいのか!?」

「そうじゃないでござるよ」


 落ち着いた口調で、ヤノスケが分析する。


「拙者は、普段のミモリーを知っているでござる。

 ゆえに、ミモリーやミモリーが友人と認めるサム殿が強盗殺人などしないと確信しているでござる。

 されど、二人を知らない第三者の目からは、二人が紛うこと無き容疑者に映り申す、というのは否定しようのない事実でござる」

「ん〜〜、確かにそ〜ね〜」

「なっ、フルフレア、テメェまで!」

「馬鹿グラッド〜!

 感情的にじゃなくて、理性的に考えなさいよ〜!」


 何時もは全力でグラッドをからかうフルフレアだが、今は真剣な表情をしていた。


「その殺された客ってさ〜、最後に会ったのも、最初に死んでる所を発見したのも、全部サムくんでしょ〜?

 おまけに〜、その客が持ち込んだポーションが『コネリー難』を解決できるっていう代物よ〜?

 これ、犯行動機・最終接触者・第一発見者の三拍子が揃った、完全なる数え役満よ〜。

 この世の全てを漆黒に染めたとしても、二人の潔白を証明することはできないわね〜」


 かなり緩い口調だが、言っている内容は実に現実的で、実に残酷だ。


「間違いなく、衛兵隊は追ってくるだろうね」


 静かな口調で、エッカルトがこれから起こり得ることを予測する。


「あの場に衛兵の生き残りはいなかった。

 なら、衛兵隊が事件の再調査をして再び全貌を把握するには、少し時間が掛かるだろう。

 それが、僕たちに許された猶予だ」

「猶予つったって、何をすりゃあいいんだ?」


 少し落ち着いたのか、グラッドが厳しい表情でエッカルトに問う。


「僕たちでその客を殺した犯人を捕まえるしかないかな。

 ミモリーとサム君の無実を証明するには、それしか方法はない」

「おいおい、そんなことできんのかよ?」

「できなければ、ミモリーはお尋ね者だ。

 逃亡を幇助した……いや、現在進行形で幇助し続けている僕たちも、追われる身になるだろうね」


 あまりにも明瞭な方法だが、あまりにも困難だ。

 すでに全員が事件の当事者になっているので、逃げ道もない。


「……あたしのせいだ」

「ミモリー?」


 ポツリと零したミモリーに、全員の視線が集中する。


「あたしが焦ったから、こんな事になったんだ……」

「それは違うでござるよ、ミモリー」

「いいえ、全部あたしのせいよ。

 あの時、死体を放置しないで衛兵隊に報告していれば……」

「意味ないわよ〜。

 だって、どのみち二人は第一発見者だし〜、サムくんは動機ある最終接触者だし〜、二人に容疑が掛かることは免れないわね〜」


 二人が容疑を免れる方法は、2つしかなかった。

 一つは、死体なんか発見しなかったことにして、知らんぷりを決め込むこと。

 もう一つは、死体を完璧に処理して、客が存在したという事実そのものを消すこと。


 1つ目の方法を取れば二人は事件と関与しなかったことになるし、2つ目の方法を取れば殺人事件など無かったことにできる。

 そうなれば、動機など意味を成さなくなるし、二人も最終接触者と第一発見者にならずに済む。

 容疑を免れるという点では、最善の方法だろう。


 だがその場合、客が売ったあのポーションの存在も無かったことにするしかない。


 レシピが分からない以上、サムが作ったことにするわけにも行かないし、サム本人も絶対にそんな卑しいことはしないだろう。

 拾ったことにすることも可能だろうが、後々言い訳を考える必要があるので、嘘が発覚する危険性が出てくる。

 いや、サムの性格を考えれば、これほど重大な秘事を隠し通せるとは思えない。

 必ず何処かでボロが出て、全てが発覚することになるだろう。


 結局、二人が容疑者になることはほぼ不可避だったのだ。



「それでも、あたしのせいなのよ。

 あそこで一撃貰わなければ、サムが連れ去られることもなかった」


 壁に叩きつけられたときに一瞬だけ見えた、メイドの姿。

 あのメイドの攻撃を喰らわなければ、自分は気を失わず、サムを連れて逃げられたかも知れない。

 しかし、結果として自分は相手の攻撃を察知できず、モロに食らって気を失ってしまった。

 あの場にサムの姿がなかったということは、既に誰かに連れ去られたということ。


 ミモリーが見た限り、あの場に居た勢力は全部で三つ。

 一つは、黒ずくめの刺客集団。

 もう一つは、マフィア風の集団。

 最後の一つは、ヤクザ風の集団。


 刺客たちの目的は、間違いなくサムとミモリーの抹殺だ。

 あの容赦ない殺意は、確実に殺しに来ている。


 マフィア風の集団の目的は、サムとミモリーの捕縛だろう。

 ボス風の男が「話がある」みたいなことを言っていたから、情報が欲しいのかも知れない。

 状況とタイミングから考えれば、間違いなく例のポーションのレシピだろう。


 最後のヤクザ風の集団は、なぜか自分たちを守ってくれた。

 状況から考えれば、彼らが守っているのはミモリーとサムの安全ではなく、例のポーションのレシピだろう。

 同じ裏社会の住人という性質を考慮すると、競合相手であるマフィアの集団がレシピを手に入れるのを妨害している、という可能性が高い。

 であれば、こちらを守っているように見えるのはただの錯覚で、実際は彼らも虎視眈々とレシピを狙っているのかも知れない。

 もしそれが本当なら、安易に彼らを味方と見做すことは得策ではないだろう。


「あたしがしっかりしていれば、サムが容疑者になることも、連れ去られることもなかった……」


 あの場面でああしていれば。

 あの時にこう行動していれば。

 あの状況でそれさえやらなければ。

 そんな「たられば」が脳内を埋め尽くし、後悔が津波のように押し寄せる。


 友人と言いながら、結局、自分が取った行動は全てその友人を窮地に追いやるものだった。

 もしミモリーが普通の町娘であれば──荒事に縁遠いただのか弱い町娘だったならば、今みたいに思い悩むことはなかっただろう。

 か弱い町娘では、どうしたってサムを守れないのだから。


 しかし、実際のミモリーは、実力あるランク5冒険者だ。

 荒事を生業とし、戦闘能力に優れ、状況判断能力にも定評がある。

 つまり、一般人であるサムを守れて然るべき力を持っているのだ。

 それなのに、失敗した。

 友人を事件の中心へと追いやり、敵だらけの戦場に置き去りにし、こうして仲間までをも巻き込もうとしている。


 最低だ……。




「ミモリー。

 私は、君がこうして居るからこそサム君の安全が確保されている、と思っているよ」


 自責に押し潰されそうなミモリーに、エッカルトが真剣な顔で声を掛けた。


「今回の件に関係しているのは、サム君だけじゃない。

 ミモリー、君も関係している。

 少なくとも、敵はそう考えているはずだ」


 話を振られたミモリーが顔を上げる。


「あの場に、サム君の姿は無かった。

 自分で逃げたにせよ、連れ去られたにせよ、生きてはいるはずだ。

 死んでいるなら、わざわざ死体を持ち去らないからね」


 そこまではミモリーも考えていたのか、静かに頷いた。


「サム君を殺そうとする勢力の目的が『コネリー難』の解決を阻止することならば、レシピに関する情報は徹底的に消そうとするはず。

 けれど、相手はミモリーがレシピを持っているかどうかまでは知らないはずだ。

 もし君がレシピも持っていたなら、たとえサム君を殺したとしても、『コネリー難』は解決してしまう。

 それだと意味がないからね」


 とても聖職者に数えられるⅢ級神官とは思えない、非道な分析である。

 だが、エッカルトとてランク5の冒険者だ。

 受ける依頼の中には盗賊団の討伐も含まれるし、依頼によっては悪人の思考を読む能力を要求される。

 最低の予想も、最悪の想定も、決して怠ってはならない。

 それができなければ、こちらが殺られてしまう。

 それが冒険者の世界だ。


「レシピを葬り去りたい勢力は、他にレシピを知っている人間が居ないか、レシピを隠している場所がないか、確証を得たいはずだ。

 それは、レシピを独占したい勢力も同じだ。

 レシピを手にしているのが自分たちだけであるかどうか、確証を得たいはずだ。

 そのためには、どちらの勢力も、君の身柄を手にする必要がある。

 なら、サム君は殺すよりも、君を釣り出す餌として生かしておいた方がお得だろう」


 真剣な顔で、エッカルトがミモリーの肩に手を置く。


「ミモリー。

 君が今こうして生きてここに居ることが、サム君の命を守っているんだ」


 ミモリーが目を見開く。


「君という存在が、彼を殺そうとする刺客たちの行動を牽制し、抑止しているんだ。

 君がここに居るおかげで、奴らはサム君を殺すに殺せないんだよ。

 だから、思い詰める必要はない」


 ミモリーの瞳が揺れる。

 全ての元凶が自分でも、僅かでも役に立っていることに、少しだけ救いを感じた。

 後悔と自責で押しつぶされそうな心に、僅かな希望が湧き上がる。


「今の僕たちの最優先事項は、ミモリーの身柄を守ること。

 これさえできていれば、サム君が殺される可能性を限りなく低く抑えることができる。

 その上でサム君の身柄を確保できれば、僕たちの完全勝利だ」


 ミモリーたちがサムの身柄を確保すれば、襲ってくる二勢力の企みを挫き、大きく牽制することができる。

 衛兵隊への説明も、二人揃って出頭し、今回の事件の構図や襲ってくる勢力などについて説明すれば、容疑は晴れないにしても「最有力被疑者」から「重要参考人」くらいまでには嫌疑が引き下げられるだろう。


「まぁ、希望的観測が結構入ってるけどね」


 と、エッカルトは苦笑いで閉めた。


「なら、今はサム殿の身柄を確保する方法を考えればいいでござるな」


 ヤノスケが腕組みしながら頷く。


「拙者たちといれば、ミモリーの身は安全でござる。

 完全勝利を目指すのであれば、サム殿を探すことに注力すればいいでござる」

「あたしもヤノスケに賛成〜」


 頬杖を突いたフルフレアが脚をバタバタさせながら言う。


「どの道、サム君を放っては置けないし〜。

 ミモリーも、このまま隠れているつもりはないんでしょ〜?」


 ミモリーの内心を見透かしているかのようなその言葉に、ミモリーは力強く頷く。

 自分が引き起こしたことだ。

 けじめは自分でつけたい。

 何より、サムを助けたい。


「試してみる価値は大いにあるでござる。

 エッカルトは希望的観測だと申したでござるが、意外と上手く行くかも知れないでござるよ?

 今は亡き拙者の主君も仰っていたでござる。『ジャパニーズ・モチは餡ズルズル吸うより飲むが易しデース』と」


 ヤノスケが真面目くさった顔で意味不明なこと言う。


「それを言うなら『案ずるより産むが易し』じゃない〜?

 でもまぁ、ヤノスケの言う通りよね〜。

 ミモリーの心の平穏のためにも、愛しのサムくんを早く見つけないとね〜!」


 思いっきり茶化すフルフレア。


「おっしゃ、これで決まりだな!

 容疑を晴らすついでに、あのクソヤロー共にも一泡吹かせてやろうぜ!」


 やる気満々のグラッド。


「みんな……」


 こんな不甲斐ない自分でも、助けてくれる仲間がいる。

 ミモリーの膝に、透明な雫が落ちる。


「ありがとう」


 顔を袖で拭った彼女の顔に、もう自責はない。


「みんなでサムを見つけ出そう。

 そして──」


 強く光る瞳で、ミモリーは宣言する。


「あいつら全員、ぶっ飛ばしてやりましょう」


 やられっぱなしでは冒険者が廃る。

 特に、あのいけ好かないメイドには、絶対に借りを返してやる。


 決意も新たに、ミモリーは拳を突き出す。

 そこに、全員が拳をぶつける。


 こうして、「神雷鉄鎚」の行動方針が更新されたのだった。

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