114. NP:End game

 ――――― ★ ―――――




「ああん?」


 ヨーキリーと切り結んでいたアルバーノは、状況が動いたことに気がついた。

 逃げ去るサムと、それを先導するみすぼらしい格好の少女。

 そんな二人を、「火消し」と手下が追い始めたのだ。

 そして、「火消し」たちと戦っていた黒ずくめの覆面たちも、「火消し」を妨害しながらサムたちの後を追っている。

 それを視線の端で捕らえたアルバーノは、ヨーキリーに向かって挑発する。


「おいおい、いいのかよ、俺と遊んでてよ?

 野郎が追いつかれるぜ?」


 が、ヨーキリーに焦りはない。

 それどころか、何か納得したような顔をした。


「問題ない。

 こちらには連絡員……いや、がいるからな」

「ふんっ、余裕ぶりやがって。

 なら、先ずはあそこで伸びてる女から頂くとすっか」


 そう言うと、アルバーノはメイド──レストーレアに向かって怒鳴る。


「おい、レストーレア!

 やにガキと遊んでやがるんだ!

 そこで倒れてる女、早く拉致ってこい!」


 すると、ヨーキリーとアルバーノ以上の激戦を繰り広げていたレストーレアが、命令を受けて動きを変えた。


「"吼えろ火精霊、業火を巻き上げ万物を震撼せよ"──《火精爆撃フレイマリー・ストライク》」


 詠唱と共に、レストーレアの左手に火の粉が集まり、火球を形成。

 レストーレアの掌をジュウジュウと焼きながら、その体積を膨らませる。

 そして、詠唱が完了すると同時に、レストーレアは野球ボール大となった火球を男の子に向かって放った。


「ちぃっ! またしても契約していない精霊を使った精霊魔法か!」


 あれを直接受け止めるのは危険と感じたのか、男の子は両腕で身体の前面をガードしながら、後方へと跳躍する。

 一瞬遅れて、火球が男の子の足元に着弾した。


 ドォォォォン!!


 橙色の爆炎が辺りを飲み込み、路面と建物の外壁を焼く。

 小範囲に広がった炎も高威力だが、爆発が生んだ衝撃波は更に凄まじい。

 建物の扉と木窓は全て建物の内側に向かって吹き飛び、辺り一面の石畳を捲り上げ、遠くに居たはずの「火消し」と黒ずくめの刺客たちまでをも地面に転がした。


「おいレストーレア、テメェ!」

「ぐっ!」


 それは、ヨーキリーとアルバーノも例外ではない。

 突然の衝撃にアルバーノは僅かばかり態勢を崩し、すぐにレストーレアに文句を言う。

 攻撃の中断を余儀なくされたヨーキリーは、町中で躊躇なく放たれた広範囲の攻撃魔法住民を巻き込む攻撃に怒りを覚えた。


 爆発による死者は──アルバーノにとっては残念なことに、ヨーキリーにとっては幸いなことに──一人もいない。

 が、もともとレストーレアはこの攻撃魔法を殲滅目的ではなく、目眩ましとして放っている。

 男の子を後退させた時点で、既に目的は達成されているのだ。

 レストーレアは、そのまま戦闘から離脱。

 地面を蹴り、気絶しているミモリーへと急接近する。


 が、


「命令を大声で叫ぶなんて、バカな雇い主に付いたもんだねぇぃ!」


 全て、男の子に読まれていた。

 爆炎に巻かれたと思われていた男の子は無傷のまま、倒れているミモリーの真上──10メートル上空にいた。


「〈粉砕隕撃フェンスイユンゲキ〉!」


 濃密な魔力が載せられた右拳を突き出しながら、男の子は空を蹴る。

 さながら小さな隕石のような勢いで、ミモリー目掛けて急降下した。


 僅かばかりに眉を顰めるレストーレア。

 レストーレアたちの戦略目標は、薬師サムと冒険者ミモリーの「捕獲拉致」だ。

 対する黒ずくめの刺客たちとこの男の子の戦略目標は、薬師サムと冒険者ミモリーの「抹殺」である。

 両者の目的は真逆。

 男の子の戦技は、明らかにレストーレアではなく、気絶している冒険者ミモリーを殺す気だ。

 このまま冒険者ミモリーを放っておけば、彼女は戦技をまともに食らい、思いっきり踏みつけられた挽き肉のようになるだろう。

 アルバーノが定めた目的を達成するには、冒険者ミモリーを男の子から守るしかない。


 面倒な仕事です、と内心で愚痴りながら、レストーレアは詠唱する。


「"囁やけ風精霊、木の葉を運び小鳥の羽を押せ"──《風精加速ウィンダリー・ブースト》」


 詠唱と共にそよ風が渦巻き、詠唱が完了するとミモリーの体に風が纏わりついた。

 そのまま、まるで見えざる手に押されたかのように、意識のないミモリーの身体がレストーレアの下へと滑った。


 半拍遅れて、男の子が上空から降って来た。

 その戦技は一瞬前までミモリーが所に突き刺さり、半径2メートルのクレーターを作った。

 男の子が忌々しそうな顔をした。


 レストーレアは、まるで反動かペナルティでも食らったかのように喀血する。

 が、まるで気にしていないかのように平然と口元の血を拭う。

 そして、目の前まで転がってきたミモリーに向かって手を伸ばした。


 これで、ミモリーの身柄はレストーレアアルバーノ側が確保した。

 決着はついた。




 ──かに見えた。




 ヒュン!


 レストーレアが伸ばした手に向かって、風の刃が飛んできたのだ。


「──っ」


 咄嗟に手を引いたレストーレアに、今度は大盾が迫った。


「〈盾突撃シールドバッシュ〉!」


 大盾による戦技だ。

 それを、レストーレアは後方にジャンプして回避する。


 レストーレアがミモリーから離れた瞬間、男の子がミモリーの生命を狙うために突撃する。


 が──


「〈破城槌バトリングラム〉ゥ!!」


 鈍い風音を纏った巨大な戦鎚が、男の子に向かって振りかざされる。

 男の子は、突撃を止めて後退するしかなかった。

 空振った戦鎚はそのまま何もない空に衝撃はを生み、舞い上がった土埃を霧散させた。


「テメェらぁぁぁ! うちのミモリーに何しやがったぁぁぁ!!」


 怒り狂った獣のような雄叫びが、戦闘の渦中にある東メイン通りに轟く。

 それを発したのは、大柄で厳つい顔の禿頭男。

 ランク5冒険者PT「神雷鉄鎚」のリーダー、グラッドだ。

 彼は鬼のような形相で男の子を睨み、怒らせた肩に巨大な戦鎚を担ぎ直す。


 見れば、他のメンバーの姿もあった。


 大盾の戦技でレストーレアを後退させたエッカルトは、足元に倒れたミモリーを庇うような位置に立っている。

 そこに抜刀したヤノスケが合流し、ミモリーを介抱している。

 先程レストーレアに風の刃を放ったフルフレアは、屋上で長杖を構えながら戦場全体を見ている。



 新たな闖入者に、拉致対象であるミモリーから離れてしまったレストーレアは小さく眉を顰め、抹殺に失敗した男の子は小さく舌打ちする。

 暗殺者・マフィア・ヤクザと既に3つもの勢力が入り乱れる戦場に、今度は冒険者という新たな勢力が乱入してきたのだ。

 ややこしいことこの上ない。


 ちょうどそのタイミングで、複数の重い足音が聞こえてきた。

 見れば、大通りの向こうから近づいていくる一団があった。


「……時間切れだ。引くぞ」


 路地裏の入り口で「火消し」たちと戦っていた刺客の一人が、ボソリとそう言った。

 すると、覆面たちが一斉に戦闘から身を引き、倒れた仲間を担ぎながら撤退を始める。

 その中には、苦い顔をした男の子の姿もあった。


 明らかに訓練を積んだ無駄のない動きで次々と姿を消す刺客たち。

 大通りの向こうから近づいていくる一団の姿が、徐々に顕になる。

 統一した軽鎧に身を包んだ──この都市の衛兵隊だ。

 その数は、少なく見積もっても50人は居るだろう。


「クソがっ!

 テメェら、撤収だ!」

「撤収!

 自分で走れるヤツは自力で走れ!

 余裕があるヤツは死んだヤツを担げ!

 モタモタすんな急げ!」


 衛兵隊の到着に、撤退を決断したアルバーノが号令を掛ける。

 それを聞いた「火消し」が、指示を出して手下に撤退を開始させる。

 その中には、左掌と右腕が焼け爛れて喀血までしているのに平然としているレストーレアも含まれている。



 ぞろぞろと撤退するアルバーノたちを眺めながら、ヨーキリーは内肘で刀を挟んで拭い、鞘に戻す。


「さて、俺たちもずらかるとするかね」

「「「へい」」」


 一斉に返事する舎弟たち。

 そうして、ヤクザ風の男たちは怪我した仲間に手を貸しながら、路地裏に消えていった。


 刺客、マフィア、ヤクザ、全員が撤退した。

 これでこの場に残ったのは「神雷鉄鎚」の面々だけとなった。


「あたしたちも逃げるわよ!」


 屋根の上からフルフレアが声を張り上げた。

 いつものユルい喋り口調は鳴りを潜めている。


「衛兵隊に事情説明しなくていいのでござるか?」


 当然の疑問を口にするヤノスケに、フルフレアが嫌そうな顔をする。


「何をどうやって説明すんのよ?

 大体、これだけデカい騒動よ?

 取り調べが済むまで何日掛かると思ってんの」

「だがよ、フルフレア──」


 反論しようとしたグラッドを、フルフレアが遮る。


「こんな、ミモリーとあたしたちが関係してると思う?

 それに、怪我したミモリーを無意味に何日も拘束させるなんて、ダメに決まってるでしょ?」


 そもそもの話、グラッドたちはただ大きな爆発音を聞いたから駆けつけただけだ。

 そうしたら仲間であるミモリーが倒れているのを発見し、それを助けるために戦闘に介入したに過ぎない。

 この場の事情には、最初から関与してはいない。

 ミモリーがこの場に居なければ……いや、彼女がこの場に倒れていなければ、こんな面倒事などに首を突っ込んだりはしなかっただろう。

 実際問題として、彼らはこの騒動の経緯いきさつを何一つとして知らない。

 現状だけ見れば、彼らにとってこの騒動は間違いなく「関係のない」なのだ。

 事情も知らなければ、関与もしていない。

 むしろ、関係ない騒動に巻き込まれただけだ。

 ならば、衛兵隊に付いて行っても、有意義な情報を提供することなどできないだろう。

 何より、ミモリーのことを考えると、衛兵隊に長時間拘束されるのは良くない。


「ほら、ミモリーに回復ポーション飲ませたら宿に帰るわよ!」


 リーダーであるグラッドよりもよっぽど落ち着いているフルフレアの指示に、男三人は素直に従った。



 この日、フェルファストの東メイン通りで起きた大規模戦闘は、こうして幕を引いたのだった。






 後の衛兵隊の調査によって、この戦闘で生じた被害が判明した。

 衛兵隊は、連行任務に就いていた5名全員が殉職。

 一般市民の死者はゼロ、負傷者は2人だけだった。


 殉職した衛兵5名に関しては、本来であれば当直でないはずだったにも拘わらず、何故かこの連行任務に駆り出されていた。

 目下、この不自然なシフト変更について、事件性の有無を調査している最中である。


 民間人の負傷者についてだが、こちらは軽微で済んだ。

 負傷者は、腰を抜かした老人と、窓から状況を覗き見していた商店主のみ。

 老人は飛んできた石礫の流れ弾が腰を直撃し、商店主は爆発の衝撃で額を壁にぶつけたらしい。


 ただ──


 老人は、腰を直撃した石礫の当たり具合が幸運にも良かったらしく、長年悩まされていた腰痛ヘルニアが治ったそうだ。

 商店主の方も、変な加減に頭を打ったのか、最近どんどん酷くなっていた偏頭痛がピタリと無くなったという。


 これには衛兵たちも不幸中の幸いと喜んだのだが、その代わり、戦闘の詳細を目撃した者が誰も居ないという事実に頭を抱えることとなった。

 戦闘に発展するまでの経緯は不明。

 戦闘に関与した者も不明。

 戦闘の結果も不明。

 結局は何もかもが分からず終いで、衛兵隊による調査は遅々として進むことはなかったのだった。

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