112. NP:Engage
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衛兵隊に引き連れられたサムとミモリーは、薬師ギルドを後にした。
今は「東メイン通り」に沿って東に向かっている。
衛兵隊の第二詰め所は街の東門近くにあり、主に街の東南区域の取り締まりを担当している。
詰め所には取調室や拘置所も完備されており、刑が確定する前の容疑者はここで取り調べを受けることになっている。
ちなみに、刑が確定した犯罪者に待っているのは、強制労働か奴隷落ちか処刑しかなく、禁固刑や懲役刑といった「閉じ込められる刑」は殆どない。
そのため、独立した「監獄」という施設はそれほどメジャーではなく、詰め所の
まさか自分も牢屋暮らしを経験することになるとは、とサムは暗澹たる気持ちになる。
犯罪者でない一般市民が牢屋に入るのは、その殆どが喧嘩か、もしくは酔っ払った末の迷惑行為が原因だ。
それも、殆どが「ちょっと頭冷やそうか」という意味合いの、一晩のみの拘留である。
喧嘩などしたこともなければ酔うほど酒も飲まない、まさに「良き平民」の代表のようなサムがこうして牢屋に一直線に連行されるなど、誰が考えられようか。
隣を歩くミモリーを見れば、彼女は何かを後悔するように俯いている。
もちろん、武器や装備はすべて衛兵に預けているので、丸腰の状態だ。
重苦しい沈黙が続く。
街の雑音は相変わらずなのに、緊張と憂鬱のせいか耳には入ってこない。
通りすがる人々は、何事かと好奇の視線を一行に向けている。
連行など珍しくもないが、大体は暴れるチンピラを強引に引きずって行くか、叩きのめして気絶した暴漢を担いで行くものだ。
こんな風に拘束もされずに大人しく詰め所に向かうのは少し珍しい。
そうして、サムとミモリーは衛兵隊詰め所に向かって歩みを進めた。
それは、数キロはある道のりを半分まで進んだ頃だった。
「──ん?」
俯いていたミモリーが、違和感を感じて顔を上げた。
ハッキリ何とは言えない。
だが、嫌な気配がする。
護衛依頼の途中で何度か感じたことがある、尻尾の毛がチリチリとするような感じだ。
まさか──
そんな考えが頭を過ぎった瞬間、
「ぐあっ!」
先頭を歩いていた衛兵が、突然、首から血飛沫を飛ばしながら崩れ落ちた。
「なっ! 敵襲……ぎゃっ!」
警告を発した隊長だが、後ろ首に投げナイフが刺さり、そのまま倒れた。
その拍子に、押収したポーションの瓶が隊長の懐から転がり出た。
「あぁっ!」
転がり出た瓶を、サムは咄嗟に拾う。
この瓶の中身は、何よりも大切なものだ。
こればっかりは失うわけには行かない。
それは、もはや本能的な行動だった。
「伏せて!」
ポーション瓶を両手で大事に包み込むサムを、ミモリーが押し倒す。
サムの肩が地面に付くのと、最後尾を歩いていた衛兵から悲鳴が上がるのは同時だった。
見れば、ミモリーから没収した装備を持っていたその衛兵は、こめかみから投げナイフを生やしていた。
人通りの多い大通りでの、白昼堂々の襲撃。
あのポーションの原作者は、路地裏で殺されていた。
それも、暗殺という手法で、だ。
この襲撃は、どう考えてもあのポーション絡みのものだろう。
ミモリーはそう直感した。
あのポーションは、この領で起きている「コネリー難」を根本から解決してくれる、まさにゲームチェンジャーだ。
この「コネリー難」に託けて新しいポーションを売ろうとする連中にとっては、さぞかし目障りだろう。
原作者が殺されたのも、そこに原因があると見ていい。
となれば、次に誰が狙われるかは火を見るより明らかだ。
ギリリ、とミモリーは奥歯を噛みしめる。
サムは、原作者からポーションの現物を買い取った唯一の人間だ。
その際にレシピも一緒に手に入れた、と思われても何ら不思議ではない。
いや、実際にレシピを持っているかどうかは、さほど問題ではないのだろう。
あのポーションの存在を消し去りたい連中からしてみれば、ただ「原作者と接触があった」「レシピを持っている可能性がある」というだけで、消すに値するのだ。
最悪の展開だ。
これを恐れたからこそ、ミモリーは原作者の死体も、衛兵隊への通報も、
少しでも早くこの「
少しでも早くこの「
その結果、第一容疑者として連行されることになったが、命を付け狙われるよりはいくらでもマシだろう。
が、全ては徒労に終わったらしい。
姿勢を低く保ちながら、ミモリーは最後尾にいた衛兵の死体をひっくり返して退かす。
防具やポーションなどの装備は後回しだ。
先ずは、愛用の
フェルファストの一般衛兵の腕前は、冒険者で言えばランク1〜2相当だ。
小隊長クラスでランク2〜3相当、4人しか居ない大隊長がランク4〜5相当である。
冒険者として見れば大したことない腕前だが、衛兵が相手取るのは手強い魔物ではなく町中のチンピラや犯罪者だ。
であれば、ランク1〜3相当の実力さえあれば事足りる。
そんな衛兵たちが、一秒に一人のペースで殺されている。
姿を見せずに、これだけのことが出来るのだ。
敵の実力は、低く見積もってもランク3はあるだろう。
多方向から攻撃して来ている上に、殺し方がそれぞれに違う。
このことから、複数人である可能性が非常に高い。
目一杯に楽観視するのであれば、ランク面での余裕はあるだろう。
ミモリーだけなら、どうにかなる。
しかし、サムの存在がネックだ。
荒事とは無縁の人生を送ってきたサムは、戦闘能力がゼロだ。
いつも工房にこもっているせいで、基礎体力すら一般の成人男性に劣る。
そんなサムを一人で守りなが複数の刺客と戦うのは、流石に分が悪すぎる。
そうして考えている間にも、事態はどんどんと悪化していく。
姿勢を低くしたまま弓に矢を番えるミモリーの側で、4人目の衛兵が倒れた。
見れば、その首元には矢が深々と突き刺さっていた。
刺さった矢の角度から、ミモリーは素早く射手の位置を割り出す。
「……居た!」
街の人々が逃げ惑うなか、ミモリーはその卓越した視力で屋根上にいる人影を捉えた。
逆光で見えづらいが、全身黒ずくめの覆面が、そこには居た。
見るからに刺客である。
狙いをつけようと弓を向けると、最後の衛兵が倒れた。
同時に、黒ずくめの刺客が複数人、道の曲がり角や建物の影から一斉に姿を表した。
こちらも全員が黒尽くめで、覆面をしている。
屋根の上からこちらに弓を向けているのが1人、
短剣を手にサムとミモリーを囲んでいるのが7人、
そして路地裏から投げナイフでこちらを狙っているのが1人だ。
相手は、全部で9人。
こちらは、ミモリーただ一人。
助けを求めようにも、逃げ惑っていた人々は既に辺りから消えている。
近くに残っているのは、腰を抜かしたのか地を這いながら逃げる老人と、逃げ遅れたのか道脇で震えながら蹲る小さな男の子と、窓の隙間からコッソリと状況を覗いている商店主だけである。
万事休すだ。
覆面たちが一斉に動き出す。
弓を構えた者は弦を引き、短剣を持つ者は短剣を振り上げ、投げナイフの者は討ち漏らしを警戒している。
ミモリーは弓を構えることを諦め、サムの襟首を掴んでいつでも突き飛ばせる態勢を取る。
サムだけは、なんとしても守る。
あたしのせいでこんな事になったんだ。
あたしがどうなろうと、サムだけは必ず守り通してみせる!
ミモリーは、不退転の覚悟で敵を見据えた。
刺客の短剣が、眼前に迫る────
ドカーーーン!
その直前、横の建物の壁が爆散し、破片が刺客たちを襲う。
刺客たちは、攻撃の中断を余儀なくされた。
「おいおい、抜け駆けかよテメェら」
そう言って出てきたのは、悪意がありそうな顔つきの男──アルバーノだった。
「俺たちも混ぜろや」
アルバーノの後ろからぞろぞろと手下が出てきて、覆面集団とサムたちを囲む。
その中には、戦斧を弄んでいる大男──「火消し」の姿もあった。
全員が全員、某かの武器を構えており、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべている。
「さぁて、そこのヘナチョコ野郎。
テメェがサムだな?
ちょっと俺らに付き合えや」
横柄にそう宣言するアルバーノ。
刺客たちが、無言で動いた。
気配を消しながらアルバーノたちを迂回し、直接サムとミモリーを狙う。
が、すぐにアルバーノの手下によって阻まれた。
「お前らの相手は俺たちだ」
そう言ったのは、獰猛な笑みを浮かべた「火消し」だ。
手に持った戦斧で短剣を持った刺客の一人と鍔迫り合い、その行く先を阻む。
見れば、屋根の上では弓を持った刺客が、同じく弓を装備した「火消し」の手下と睨み合っていた。
刺客の数は9人。
対するアルバーノたちは20人を超える。
戦況が、一気に変わった。
刺客たちが、完全にアルバーノによって妨害されているのだ。
「さぁて、うるせぇ外野も黙ったところで……」
余裕綽々のアルバーノが、ミモリーとサムに向かって足を踏み出す。
ミモリーは弓を向けているが、アルバーノに恐れる様子はない。
それだけ、アルバーノは己の強さに自負があるのだ。
「これから楽しい楽しい『お話し合い』だ。付いてきな」
嗜虐的な笑みを浮かべるアルバーノに、サムは震え上がり、ミモリーが悔しそうな顔をする。
戦況は変わったが、ミモリーとサムが直面している状況は変わっていない。
依然、万事休すだ。
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