111. NP:Participants Ⅳ

 ――――― ★ ―――――




「なんであんたがこんな所に居るんだ?」


 茶髪を短く刈り上げた人族の青年が、後ろにいる目付きの悪い少女に問う。

 青年は、20代後半。

 背はそれほど高くないが、ガッチリした体型をしている。

 右目の瞼から頬にかけて長い切り痕があり、その鋭い目つきも相まって、穏やかじゃない雰囲気を振りまいている。

 ルーズに着崩した軽鎧は、どことなく江戸時代の浪人か用心棒を思わせる。

 腰に差した反りのない刀──直刀が、その印象を強くしている。

 なかなかに「らしい」雰囲気の青年だ。

 今は、裏路地に身を潜め、大通りを監視している。


「し、しょうがないでしょ、これがあたしの役目だって言われたのよ!」


 青年の質問に答えるのは、目付きの悪い少女。

 青年の後ろからひょっこりと首を突き出し、同じように大通りを監視している。


「声が大きいぞ、グレタの嬢ちゃん」


 目つきの悪い少女──グレタに、青年は押さえた声で注意する。


「あんたの役目が何なのか知らねぇが、大人しくしててくれ。

 確かに、俺達『赤竜組』はあんたのボスと協力関係を築いたが、お守りまで引き受けたつもりはねぇからな」


 青年は、3日前にアジトで出会った……いや出遭った男を思い出す。


 フードを目深に被った、怪しげな男だった。

 若頭であり、組の中でも一二を争う実力者である自分が、手も足も出なかった相手だ。

 鋭い言葉であの場にいた全員の心を刳り……そして、全員に信念を取り戻させてくれた相手だ。


 組長であるトージの親父があの男を認めた。

 ならば自分たちに異論はない。

 だが、協力それ少女のお守りこれは話が別だ。


「仕事の邪魔になるようなら、容赦なく蹴飛ばす。いいな?」

「わ、分かってるわよ。あたしだって荒事は専門外なんだし、に言われたのはあなた達に付いて行くってことだけだから、あなた達の仕事に変な口出しはしないわよ」


 唇を尖らせながら、グレタが返事する。


 彼女は、フードの男──ヌフ──が組に殴り込みに来た次の日に、組にやって来た。

 なんでも、ヌフに「連絡員をやれ」と言われたらしく、彼女自身なにがなんだかさっぱり分かっていない様子だった。


 話を聞いてみると、彼女はスラムに住んでいる「何でも屋」で、これまでは闇組織から出たおこぼれのような依頼をこなして糊口を凌いできたという。

 そんなある日、一緒に仕事をしていた人間に刺され、彼女は死にかけてしまった。

 あわやそのままくたばるかという時に助けてくれたのが、件のヌフという男らしい。

 それを契機に、ヌフの手下として働くことになったそうだ。


「一応、ちゃんとお金はくれるし、これまでみたいな危険な仕事をしなくて済むから、結構ありがたいんだけどね」


 とは彼女の言。

 どうやら、あのヌフという男に対してはそれほど負の感情を抱いてないらしく、寧ろ今の状態を気に入っている節がある。


 それも理解できる、と青年は瞼の傷を撫でながら考える。


 スラムに住む人間の生活は、とても苦しい。

 毎日生きるのに精一杯で、楽しみなどほぼ皆無。

 そんな苦海の中から抜け出させてくれたのだから、彼女がヌフに感謝するのも頷ける。

 丁度、スラムの悪童だった自分を拾ってくれたトージの親父のように。


 もしかしたらあのヌフという男は存外にお人好しなのかも知れんな、と今では組の若頭にまで上り詰めた青年は、グレタに一瞥をくれながら思う。


 もし本当にただ連絡員が必要なのだとしたら、もっと強そうな男頑丈な人間を選んでいただろう。

 効率と安全性を考えれば、間違ってもこんな非力な少女を選んだりはしない。

 ヌフがわざわざこのグレタという少女を連絡員によこしたのは、もしかしたら彼女自身に赤竜組と顔を繋がせる目的もあったのかも知れない。


 彼女が連絡員として赤竜組に来たことで、組員だけでなく若頭である自分や他の幹部たち、果には組長であるトージの親父までもが彼女グレタという存在を知った。

 そして、触れ合う内に彼女が誠実で仕事に真面目な人間であることを知った。

 つまり、彼女と正式に「知り合い」になったのだ。

 一口に「知り合い」というと大したことない間柄のように感じるかも知れないが、裏社会においてはとても大きな意味を持つ。

 一見さんお断りが当たり前の裏社会で渡世を送るには、人との繋がりが不可欠だ。

 割のいい仕事にせよ、緊急時の救援にせよ、「赤の他人」と「知り合い」では対応が全く変わってくる。

 何処かの組織と「知り合い」になる──顔を繋いでいるというのは、とても大きな人脈なのだ。


 今のグレタがまさにそれだろう。

 赤竜組と顔を繋いだ今、たとえヌフの仕事が終わってグレタが無職になったとしても、彼女には「どうしようもなくなったら赤竜組に土下座して頼み込む」という最終手段が残る。

 それは、スラムに住む底辺で抗う人間にとってはまさに命の保険だ。

 よほど恵まれていない限り、手に入れることなどできない繋がりなのである。

 当人も、そのことはちゃんと理解しているらしく、彼女の組員に対する態度はとても真摯で、仕事に取り組む姿勢はとても真剣だ。

 プロというにはまだ些か青いが、場数を踏ませればいい人材になる見込みはある。


 機会があったら、賭博場の仕事をやらせてみてもいいかも知れんな。

 若頭の青年はそんなことを考えながら、監視業務を続ける。


 若頭の青年の後ろには、10人ほどの舎弟が待機している。

 これは、ヌフからの連絡内容を考慮しての人員配置だ。


 グレタを通して、ヌフからの「要請」が赤竜組に届けられた。

 その内容は────実に奇妙なものだった。


「それにしても、『薬師ギルドを監視しろ』ってのは分かるが、『衛兵隊が来たらこっそりと犯人を護衛しろ』ってのは、一体どういうことだ?」

「あたしも知らないわ。ただ、あなた達にそう伝えろって、あいつが」


 若頭の青年の独り言に、グレタが応じる。

 伝言を持ってきたグレタが言うには、これはヌフからの「要請」ということらしいが、内容的にはどう考えても「指令」である。

 その上から目線を隠そうともしない物言いに、当初は組長のトージも苦い顔をしていたが、「ヌフから組長さん宛に」とグレタから渡された一通の手紙を読んでからは、表情が一変した。

 まるで組の運命を決定づける事態であるかのように、トージは考え込んだ。

 そして、意を決したように幹部たちに「全面協力」を言い渡したのだ。


 どうやら、自分たちには知らされていない裏事情があるらしく、それが組にとってかなり大きな影響があることだけは、組の全員が察していた。

 自分たちを手駒のように使うヌフの態度には少なかれ思う所もあるが、組長であるトージがかなり真剣マジだったので、誰も文句はない。


 ただ、従うにしても、内容が意味不明ではどうしようもない。

 もっと分かりやすい指示をよこせばいいものを、と若頭の青年はため息をつく。


「多分だけど、薬師ギルドで何か事件が起きて、そこに衛兵隊が来て犯人を連行するんだけど、その途中でまた何かが起こる、ってことじゃない?

 で、あたしたち……あたしを除いたヨーキリーさんたちがその犯人を守る、とか?」


 自分は関係ないと表明するように言い直すグレタに、若頭の青年──ヨーキリーは、顎を擦りながら考える。


「ありえるな。

 犯人を護衛ってことは、衛兵相手に襲撃を仕掛けようっていうイカレポンチが来るってこった。

 十中八九、裏社会の人間だろうよ。

 最悪、闇ギルドが相手ってこともあり得る」

「や、やみぎるど……」


 闇ギルドとは、「喧嘩を売ってはいけない相手」の筆頭だ。

 そんなヤバい組織が関与しているかも知れないことに、グレタが慄く。

 歴史あるヤクザの若頭を努めるヨーキリーでさえ、闇ギルドとはことを構えたくないのだ。

 スラムのしがない「なんでも屋」に過ぎないグレタからすれば、もはやドラゴンか何かと対峙しているような気分になってもおかしくはないだろう。

 それだけ、闇ギルドというのはヤバい組織なのだ。


 けれど、それでもトージの親父は俺たちに行けと言った。

 ヨーキリーは前方を睨みならが、そう心の中で呟いた。


 あの聡明なトージなら、間違いなく一目で裏ギルドが関与しているかも知れないと見抜いていただろう。

 その上で、彼はヨーキリーたちに──大事な組員たちに「行け」と命じた。

 つまりは、それだけ今回の仕事は重要ということ。




 そんなことを考えていると、遠くから統一した鎧姿の一団が近づいくるのが見えた。


「来たぞ、衛兵隊だ」

「い、いよいよね……」


 目を細めながら直刀の鯉口に左手を添えるヨーキリーと、ゴクリと唾を飲んで緊張を和らげようとするグレタ。

 背後にいる舎弟たちは全員、気合十分に指の関節をバキバキと鳴らしている。


 ここにいる舎弟たちは、腕に覚えがある者ばかりだ。

 指令に「護衛」という文字があることからも、戦闘が起こることは容易に推測できた。

 組員がそれほど多くない赤竜組からすれば、一兵卒でも失えば大きな損失になる。

 そんなわけで、トージはヨーキリーに腕利きばかりを付けて送り出した。

 全員が数々の抗争をくぐり抜けてきた猛者で、冒険者ランクにすればランク3〜4はあるだろう。

 ヨーキリーに至っては、ランク5はくだらない。

 この場にいる人間で戦闘ができないのは、グレタだけだ。


「ねぇ、今思ったんだけど……」

「あ?」


 じっとりと汗をかいているグレタが恐る恐る尋ねる。


「護衛するってことはさぁ、衛兵隊と襲撃者の戦闘に割って入るってことじゃない?

 衛兵隊に賊の増援と間違われない?」

「それは、なんとかなる。

 俺の顔は衛兵隊でも知られてるからな。

 ある程度はお目溢しを貰えるだろう」


 今までの実績……と言うのはおかしいが、赤竜組はこれまでの行いで、衛兵隊から「悪党の中ではマシな方」と認識されている。

 決して協力関係などはないし、寧ろ衛兵隊は隙きあらば拿捕してやろうと身構えているのだが、それでも他の闇組織と比べればかなり緩い敵対関係にある。

 赤竜組と他の闇組織、両者を衛兵隊の前に並べれば、衛兵隊は必ず他の闇組織から捕まえに行くだろう。

 だから、ヨーキリーは、たとえ自分たちが戦闘に乱入しても衛兵隊に大声で「加勢する」と宣言すればいきなり敵認定されることはないだろう、と考えている。

 恐らく、ヌフもそのことを見越して自分たち赤竜組に接触してきたのだろう。



 衛兵隊が薬師ギルドに入っていくのを見届け、ヨーキリーは気合の入った眼差しを舎弟たちに向ける。


「そろそろ頃合いだ。

 気ぃ引き締めていけよ!」

「「「うっす!」」」


 やる気満々の舎弟たち。

 グレタだけは、緊張した面持ちでギルドの入り口を見つめた。

 まるでこれから悲劇でも上演するかのような、そんな予感を抱えながら。

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