110. NP:Participants Ⅲ
――――― ★ ―――――
サムとミモリーを見送ったゼルスト老人は、急いでその場を去ろうとする。
「ゼルスト支部長、どちらへ?」
呼び止めたベンジャミンに、ゼルスト老人は不機嫌そうに応じる。
「決まっとろう、領主に報告じゃ」
「レシピの逆算の件は如何なさるおつもりで?」
「お主がなんとかせい」
ポーションの実物が手元になく、あったとしても逆算には量が圧倒的に足りない。
それで一体どうしろというのか。
丸投げするにしても、あまりにも無責任である。
その場にいる全員の白い目を認めたのか、ゼルスト老人は渋々と言った感じで再度口を開いた。
「……そうじゃな、アイオンの冒険者ギルドに『鑑定の神器』の使用を申請しておけい」
ゼルスト老人の案に、その場に居た全員が「むむむ」と難色を示した。
彼が口にした「鑑定の神器」とは、「中立都市国家アイオン」にあるダンジョンから発見された超特殊な
鑑定したい物をその上に置くと、その物に関する
しかし、この
それは、順番待ちが信じられないくらい長いこと。
世界にたった一つしかない超希少品であるため、鑑定待ちが行列をなしているのだ。
多くの国から多くの鑑定依頼が常に来ているため、その数は天文学的数字となっている。
王族からの依頼も多いことから、いかなる権勢を持つ者であっても順番を守らなければならず、優遇は一切効かない。
人命が懸かっていようと、国家の存亡が懸かっていようと、順番変更はないのだ。
その待ち時間は、平均はで2〜3年と言われている。
レシピを逆算する量が足りない以上、確かに残る手段はもう「鑑定の神器」にかけてレシピを解明してもらうしかない。
だが、それが成されるまで何年も待つことになる。
「コネリー難」で尻に火がついている現状、それでは意味がないだろう。
「……背に腹は代えられませんね」
が、それでもベンジャミンは頷いた。
頷くしかなかった。
何もしないよりはマシだからだ。
「鑑定の手配をいたします」
「うむ。儂は領主に会って報告してくる。
お前たちは通常の業務に戻っておれ。
報告は儂に任せておくのじゃ、よいな?」
そう言い残して、そそくさと去っていくゼルスト老人。
その後ろ姿を眺めながら、ベンジャミンは嫌気が差したようにため息を吐いた。
「如何なさいましたか、副支部長?」
集まった上級職員たちが各々業務に戻る中、残っていたブラントン職員がベンジャミンに問う。
「いや、支部長の行動が、ね」
言葉をはぐらかすベンジャミンに、ブラントン職員は首を捻る。
「恐らく支部長は、領主に報告に行かないだろう、と思ってね」
「えっ!? なぜですか?」
「今の段階で領主に報告すれば、サム君たちの取り調べに領主が介入してくる。
そうなれば、レシピの情報が出たとしても、領主が独り占めしてしまうだろう。
だが、ここで領主に何も言わず、これをただの殺人事件として捜査させれば、裏から手を回して取り調べの内容を得ることができる。
支部長はそれを狙っているのさ」
要は、手柄を独り占めしたいのだ。
上手く行けば、ゼルスト老人は晴れて「『コネリー難』を解決した賢明な支部長」として、歴史に名が残る。
「そ、それは……」
あまりにも汚すぎる推測ではないか、とブラントン職員は反論しようとしたが、言葉が出てこなかった。
あわやその手でサムたちを拷問にかけようとした人物だ。
これまでの言動、そしてギルド職員たちに流れていた噂が、彼に反論を引っ込めさせた。
あの老人ならやりそう。
それは、誰もが思っていたことだ。
「では、私達でコッソリと領主様にご報告を……」
「やめておけ。
あれだけ『自分が報告する』と念押ししてきたのだ。
バレたら命令違反で処罰される。
この件は既に我々ギルドの手を離れた、と宣言したのが私であるだけに、バレてしまったら庇いきれん」
正しいと分かっていることをやろうとしているのに、処罰される。
そのことを理不尽に感じると同時に、部下を当たり前のように庇おうとするベンジャミンに尊敬の念が込み上げる。
「それより、器具や試薬の準備をしてくれ。
いつでもレシピの逆算を再開できるように、な」
ベンジャミンの言葉に、ブラントン職員は一瞬キョトンとし、続いて微笑む。
「信じているのですね、サム氏たちの潔白を」
「勿論だ」
ベンジャミンは不敵な笑みで返した。
「サム君は殺人ができるような人間ではない。
できるとすれば一緒に居たミモリー嬢の方だが、サム君の友人ならばきっとそんなことはしないだろう」
サムへの無条件の信頼が籠もっている言葉。
ブラントン職員は思わず尊敬の眼差しをベンジャミンに向ける。
仲間を信じられる人間だけが、真の仲間たり得る。
上に立つ者として、ベンジャミンは下の者を十分に信頼し、仲間として認めているのだ。
「何もできない我々だが、できる限りの準備はしておこう」
自虐めいた言葉だが、それが事実だとその場にいる全員が知っていた。
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