76. 復興と買い出し
アレンたちが村を去って3日。
我がピエラ村の復興作業も佳境に入った……直後に、敢えなく頓挫した。
原因は資材不足。
家を補修する木材、釘やドアの蝶番などといった金具類が全く足りなかったのである。
まぁ、考えてみれば当たり前だ。
建設用の資材……農村では木材がメインとなるが……それらを常備している村など存在しない。
建材としての木材は、整形や乾燥だけでなく、防水・防腐・防虫処理をする必要があるし、管理保存する環境も適切に整える必要がある。
一農村に、そんな大規模で専門的な処理・保存設備など、あるはずがない。
第一、建設ラッシュが続く大都市でもなければ、建材の備蓄など負の遺産でしかない。
家屋を建てる機会など十数年単位でしか発生しないのだから、寧ろ建材が倉庫にある方がおかしい。
予備のフローリングや窓ガラスを常備しているご家庭がないのと一緒だ。
そんなわけで、我がピエラ村の復興は早々にストップすることになった。
現状、瓦礫の撤去と廃棄物の処理は済んだが、破損した家屋の修復が一切できていない。
不足しているのは、主に木材と金具類だ。
木材は、まだなんとかなる。
樵であるバート爺さんが張り切って木を切っているので、適当に乾かして、焚き火で表面を黒く焼いた後に表面の煤を削り、最後に熱したオイルリーブの油を塗って防腐処理すれば、一応、建材として使えるものが出来上がる。
かなり大雑把な処理だと言わざるを得ないが、農村の建材など何処もこんなものだし、これまでずっとこれで家を建ててきているのだから、問題ないのは実証されているようなもの。
建築そのものに関しても、大きな問題はない。
この地域には地震がないので、耐震性能などを考える必要がない。
複雑な構造がなにもない平屋しか建てないので、構造設計云々など誰も気にしない。
建物が物理的に成り立つかも、経験である程度は図れるらしい。
流石に都市にある建物や城などは緻密な計算を経て建設されるらしいが、こっちは戦いで攻め込まれることを考える必要がない農村の民家なので、大雑把な意匠設計さえあれば家が建つ。
現代日本の建築基準法を当て嵌めてはいけないのだ。
実際、俺たちが住んでいる家もこんな感じで作られているが、住んでいる分には問題などない。使われている建材も、殆どがバート爺さん作のものを使用しているしね。
そんなわけで、建材である木材は──全部とまでは行かないが──まだなんとかなる。
問題は、釘やドアの蝶番などの鉄製品だ。
こればっかりは、調達しなければどうしようもない。
釘や蝶番などの鉄製品は、建材以上に保存が難しい。
この世界ではまだニッケル合金やステンレス鋼が一般的ではないらしく、釘などの家庭用鉄製品は「錆びるのが当たり前」であるらしい。
そんなわけで、村で備蓄している釘は「応急用」のものしかなく、その数は精々10本程度。
今回のような大規模補修には完全に足りない。
平穏が長らく続いていた我がピエラ村では、家の破損がほとんど無かった。
そのため、補修用の備蓄というものが軽視され、土壇場まで誰も金具類がないことに気が付かなかった。
村の備蓄の管理を一手に引き受けていた村長のベンですら、10本程しか入っていない釘の箱を見て「あ、あれ……?」と唖然としていた。
まぁ、仕方ないよね。
普段使わないどころか、何年も使わない物を、ずっと保存・管理なんてできないよね。
物が溢れる日本でさえ、日曜大工を嗜まないお宅が金槌と釘を常備しているのは珍しいし。
釘がなければ作ればいいじゃない、と思うかも知れないが、残念ながらうちの村には鍛冶屋がない。
というか、鍛冶屋など、大きな町や都市、鉱山のそばにある村くらいにしかない。
釘や蝶番などの鉄製品は、都会まで出て買いに行かなければならないのだ。
「というわけで、俺が行こうと思う」
村長のお宅にて開かれた「ピエラ村会議」において、俺は手を挙げてそう言った。
すると──
「う〜ん。僕は反対だねぇ」と村長のベン。
「わしも反対じゃな」と老年男性代表のバート爺さん。
「ナイン坊には悪いけど、あたしも反対だねぇ」と老年女性代表のホメット婆さん。
「何バカなこと言ってやがる、んなもん反対に決まってんだろうが」と中年男性代表であり、エドの父親でもあるチャーリーおじさん。
「あたしも反対だねぇ」と村の中年女性代表のルシンダおばさん。
「やめとけナイン、お前さんには荷が重い」と壮年男性代表のノンド。
「私も反対ね。危ないわ」と壮年女性代表であり、アビーの姉でもあるアンバー姉さん。
「
「当然あたしも反対よ!」と若者女性代表のエレイン。
満場一致の反対である。
俺が出した議案は、討論の余地すら与えてもらえずに否決されることが決定した。
……なして?
「え、えっと……」
俺が口を開こうとすると、それに被せるように全員から否定の嵐が来た。
「ただ買い物をするだけなら北東にある『ゴールウェイ』の街でもできるけど、建物の補修に必要な材料なんかは領都の『フェルファスト』まで行かなきゃ、纏まった量は買えないよ」
と村長の詳細説明が俺の提案への否定根拠を示す。
「フェルファストまでは徒歩で10日じゃ。ダールリザードに乗っても7日は掛かるじゃろう。まぁ、重いもんを運ぶんじゃから、ダールリザード一択じゃがな」
とバート爺さんの精確な補足が俺のキャラ設定に重くのしかかる。
「どう頑張っても長旅になるねぇ。何日も野営せにゃならんし、ダールリザードの世話もせにゃねぇ」
ホメット婆さんの当たり前すぎる分析が俺の提案の可決の可能性を狭める。
「オメェはただでさえヒョロいんだ。長旅なんかしたら、おっ死んじまうだろうが」
チャーリーおじさんの辛口すぎる人物評が議論の余地を削る。
「あんたが行くぐらいなら、あたしやチャーリーが行った方が何倍もマシさね」
ルシンダおばさんのごもっともな代替案が俺の主張の進路を遮る。
「第一、お前さんが村を出たら皆が困るだろ。大人しく村に残って嫁探しでもしとけ」
ノンドの暖かくも即物的な意見が俺の主張の退路を塞ぐ。あと、余計なお世話だ。
「あんたのお陰で持病持ちはみんな治ったけど、突然の怪我とか病気とかがないとも限らないしね。ほら、アウンとかオウンとか」
アンバー姉さんの現実的な指摘が俺の提案の正当性を潰す。
「みんなお前を必要としているんだ。こういう事は、お前よりも適任のやつに任せておけ」
ケビンの正論が耳に痛い。
「ダメなものはダメなのよ! 絶対ダメ!」
エレインの理屈なき否定が俺の主張のすべてを却下する。
……あんたら、リハーサルとかしてないよね?
なんでそんなに息ピッタリなんだよ……。
まぁ、これも全部、俺自身のせいっちゃ俺自身のせいなんだけどね。
村で唯一の「薬草師」であり「非力」な少年である俺が、突然街まで長旅を経て資材の調達に行くなど、村人が許可するはずがない。
村を出奔する訳ではないにしろ、旅の道中は危険だらけだ。
そんな旅に「非力(という設定)」の少年を送り出すなど、できるはずがない。
これは、俺の切り出し方が悪かったかな……。
「いや、まぁ、みんなの言う通りなんだけど、実は俺も街に用があるんだよ」
そう言うと、みんなが首を傾げた。
「実は、うちで栽培していた薬草が収穫時期を迎えたんだ。それを街に売りに行きたいんだよ」
ぶっちゃけて言うと、収穫時期云々は言い訳で、本音は街で情報収集をしたいからだ。
今回の魔物の大移動。
我が村が全面的に巻き込まれたのは、俺の情報収集不足が最大の原因だと俺は考えている。
確かに、うちの村は地理的に大移動の玄関口だったのかもしれない。
だが、もし俺が事前にこの事について情報を得ていたならば、もっと上手く立ち回れていただろう。
アレンたちに
少なくとも、一切手出しできなかったあの
今更なにを言っても後知恵の後出しの事後諸葛亮にしかならないけど、少なくとも再発防止の契機にはなる。
今の俺に欠けているのは、広域で新鮮な情報を持続的に得る手段なのだ。
それをなんとかするためにも、俺は都会に行かなければならない。
一応、皆から引き止められることは予想していた。
なにせ、村唯一の薬草師だ。
自分で言うものなんだが、俺がいなくなると不安に感じる人間も出てくるだろう。
実際、「居るけどかからない医者」と「居なくてかかれない医者」じゃ、意味合いが全然違うからね。
ただ、まさかここまで完膚無きまでに却下されるとは、流石に思わなかったよ……。
前にも言ったことあるけど、なんだかこの村に閉じ込められた気分だ……。
ただ、それでも方法はある。
それが、薬草の販売という口実だ。
「この村で薬草に一番詳しいのは多分俺だろうし、売却のときに俺の知識が役に立つと思うんだ」
薬草を売るだけなら素人でもできるだろうが、それだと高確率で足元を見られる。
地球でも、海外などではボッタクリ値段で物を売ることは多々あり、実情を知らなければ簡単に騙されてしまう。
そして、そういう商売をしている人間は、わざと知識のない人間を狙って騙す。
そういった騙し売りでなくとも、素人には素人値段で、玄人には玄人値段で売りつけるというのは、実によくある話だ。
何処の国とは言わないが、昔、師匠に付き合ってオーディオ機器の専門店にイヤホンを買いに行ったことがある。
気に入ったイヤホンがあったので、値段を尋ねてみたら、8万円と言われた。
が、師匠が「端子」がどうの「単結晶銅」がどうの「解像度と駆動方法」がどうのとマニアックな話をしだした途端、値段が一気に2万円にまで下がった。
この例からも分かるように、こういった取引をする場合、多少なりとも知識があると足元を見られずに済む。
専門知識を有する人間がその場に居るだけで、途端に「素人をカモる商売」から「通のお客様のご来店」になるのだ。
こういった客で態度と値段を変える行為は決して褒められたものではないが、海外ではよくある話。
寧ろ、世界的に見れば、日本人の誠実さのほうが異例なのだ。
まぁ、だからこそ「ジャパニーズブランド」が世界的に信頼されているわけだが。
閑話休題。
地球の中世に似ているこの世界でも、この「玄人効果」が効くのではないかと俺は考えている。
公正取引云々を抜きにしても、薬草に詳しい人間が売買に関わることにデメリットは存在しない。
もし俺の予想通り本当にカモられる可能性があるのであれば、尚更俺が行かないわけにはいかない。
「それに、もともと薬草を売ったお金は村の予算としてプールするつもりだったし、今回はそのお金をそのまま資材調達の資金として使えるから、丁度いいと思うんだよ」
俺の最大の免罪符は、以前村長と交わしたこの「薬草を売ったお金を村の予算にする」という取り決めだ。
俺が育てた薬草を売って村全体に寄与するのだ、この件に俺が一切関わらないのは道理が通らない。
何より、この売却金がなければ、なにも調達することはできない。
農村における「予算」など、有って無いようなもの。
うちの村でも、「予算」と呼べる資金は、ぶっちゃけ雀の涙ほどもない。
つまり、俺の薬草の売上金がなければ、村の復興はほぼ進まないということ。
ならば、俺が関わらない道理はないだろう。
「う〜ん、それもそうなんだけどね〜」
難色を示す村長。
どうやら、まだ俺の身を案じてくれているようだ。
「後学のためにも、領都での薬草の相場とか、人気の薬草とか、そういうのが知りたいんだ」
そう言うと、全員が渋々納得してくれた。
まぁ、人気の薬草なんて、専門家(という設定)の俺じゃなければ確認のしようがないからね。
ちょっと卑怯な言い方だけど、これで俺が行くことは確定的になるだろう。
「大丈夫。一人旅なんて無茶なことはしないから。ちゃんとオルガも連れて行くよ」
この世界での一人旅はとても辛く、それ以上に危険だ。
魔物や盗賊の襲撃は目に見える脅威だが、目に見えない脅威も存在する。
例えば、疲労。
野外での休憩は、意外と休まらない。
普段の生活環境と違う野営は、体力を半分も回復できれば良いもので、次の日に疲労が残ることは必至。
そこに見張りも立てなければならないのだから、一人旅は休まる時間が殆どない。
たとえ馬車などの移動方法であったとしても、疲労は蓄積する。
現代の自動車でさえ、長時間の運転は疲労運転に繋がるのだ。車のサスペンションのような優れた振動軽減装置を有さないこの世界の馬車なら尚更だろう。
運転手である馭者もさることながら、乗客も疲労が溜まる。
揺れ動く馬車というのは案外辛いもので、野道を走ろうものなら拷問さながらの乗り心地を味わうことになる。
実際、車のトランクに人間を閉じ込めて悪路を高速で走る、という拷問が存在するくらいだ。
長時間の馬車移動は、休まるどころか、痔のリスクが爆上がりする。
というわけで、旅には最低でも二人で挑まなくてはならない。
本来なら、領都に帰還するアレンたちにくっついて行く、という方法もあるのだが、それだと彼らに護衛依頼料を支払わなければならない。
もちろん、護衛料を払わすに彼らの後をこっそり付いていって安全をタダで享受する、という方法もあるが、それは「寄生」と呼ばれる行為に当たる。現代で言えば無賃乗車のようなもので、冒険者から大変嫌われている。
彼らの機嫌を損ねてギルドに変な噂が流れたら、村全体に迷惑が掛かってしまう。
なので、俺たちは俺たちで独自に領都を目指さなければならない。
そこで俺が白羽の矢を立てたのが、うちの同居人──オルガさんだ。
「ダメよそんなの!!」
椅子を蹴飛ばして立ち上がり、絶叫するように反対意見を述べたのは、村の若者女性代表であるエレインだ。
「若い男女が二人っきりで長旅なんて、そんなの絶対ダメよ!! ダメに決まってるでしょ!!」
え、心配するとこ、そこ?
しかも「ダメ」って3回も言ってるし。
「っていうか、なんでオルガなのよ!? 一緒に行くならケビンとか、もっと頼りになる人にしなさいよ!」
「それはほら、オルガは魔物に詳しいし、普段から俺の助手も務めてくれてるから」
というのは建前で、本音はオルガが
今回の領都への旅、俺は魔法全開で突っ走るつもりだ。
馬車に揺られての観光旅行も乙だが、今の俺の最優先事項は「情報網」の敷設だ。
今この瞬間にも、世界は動き続けている。
何かの事件の余波が俺の周囲に届く可能性は、決して捨てきれない。
先の魔物の大移動は、その「余波」を俺が事前に察知できなかったから巻き込まれたもの。
薬草の売買云々ですら、俺にとっては街に出かける口実でしかない。
今は何よりも早く「目と耳」を設けることを優先しなくてはならないのだ。
そんなちょっぴり急ぐ旅で魔法が使えないというのは、正直かなり面倒くさい。
だから、同行者に「部外者」を入れるわけにはいかないのだ。
「ジャーキーは防衛戦力として村に残していかないといけないし、ミュートとミューナは幼すぎるから旅には連れていけないし。だから、人選はオルガしかいないんだよ」
「なら、あたしも連れていきなさいよ!!」
え、それって監視ってこと?
一番イヤなんだけど。
「ほ、ほら、エレインには村の復興の指揮とか、村長の補佐とか、そういう仕事があるじゃん。
他の皆も、ほら、復興に忙しいだろうし。
それに何より、俺とオルガはほら、村に残ってても大して復興の役に立たないというか……」
俺が敢えて卑下して言うと、村長が苦笑いしながらエレインを宥めた。
「エレイン。気持ちは分かるけど、ここはナインとオルガに任せよう」
──復興に関して戦力外である俺やオルガが今の村に貢献できることは、買い出しという名のパシリ役しかない。
そのことを、俺は言葉を濁して伝えたが、どうやら村長は察してくれたらしい。
村長の立場からすれば、村に貢献しようと一生懸命な人間を無下にする訳にはいかないだろう。
オルガたちは今や立派に村の一員であるし、彼女たちが手掛ける野菜やハーブは村の必需品となりつつある。
彼女たちの存在は、決して小さいものでは無くなっているのだ。
心情的にも実利的にもオルガたちのことは軽視したくない、というのが村長の本音だろう。
もちろん、やり手ではあるが、心根は優しい村長のことだ。
利権や発言権などの生臭い話を完全には除外していないだろうが、きっと極力抜きで今回の判断を下してくれているだろう。
村の長として宥めてくれたお陰で、エレインの勢いが見る見る萎んでいく。
もうひと押しかな。
「最悪、俺には『毒瓶』があるからね。自衛くらいはなんとかなるから、大丈夫」
そう言うと、全員が納得してくれた。
唯一エレインだけは苦り切った顔をしていたが、反対意見は引っ込めてくれたようだ。
こうして、俺とオルガのフェルファスト行きが決まったのだった。
◆◆◆◆◆ あとがき ◆◆◆◆◆
年齢の呼称:
幼年:0〜10歳
少年:10〜20歳
青年:20〜30歳
壮年:30〜40歳
中年:40〜50歳
高年:50〜60歳
老年:60歳〜
ただし、寿命が「普通」である人族にのみに適応。
長命種族は精神年齢に準拠。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます