75. Prologue 03:What a f*cking hard world

 ――――― Prologue 03 ―――――




 ああ。

 なんて厳しい人生だろう。


 癖の強い黄髪を乱雑に掻き上げた気弱な青年は、閑古鳥すら寄り付かない店の窓から青い青い空を眺めながらそう呻いた。






 商家の4男に生まれた青年は、裕福ながらも躾の厳しい幼少期を過ごした。

 生活面ではあまり苦労はしなかったが、冷酷な家風の影響で随分と苦労した。

 それなりの商会の会長である父親は才能を何よりも重視し、生まれ持った商才の多寡で我が子達を評価した。

 商会の内務を一手に管理していた母親は成果主義で、個人の態度や努力よりも成果の優劣で我が子達への態度を変えた。

 優秀な兄たちはいずれも多才で、若くして多大な成果を出し、一直線に商会の戦力となった。


 青年は、家族内で唯一商才を持たない人間だった。

 というか、どの分野においても、青年に才能と呼べるものはなかった。


 算術は人並みにできるが、それは商会の見習いでも同じ。

 物資や人員の管理も人並みにできるが、臨機応変さに欠けるため大きな部署を任せることができない。

 人付き合いと話術は大の苦手であるため、商談の席には間違っても座らせられない。


 実家の商会の管理職の一人に「坊っちゃんはまだまだ気合とやる気が足りないんですよ! 死ぬほど努力すれば、絶対にできます!!」と怒鳴られる勢いで説教されたが、そんなのは精神論ですらない戯言だ。

 人には、死ぬまで努力してもできない事があるのだ。「できない イコール 努力していない」というのは極度の暴論であり、努力している人間に対する最大の侮辱である。


 青年は、誰よりも努力した。

 睡眠時間を削り、娯楽を絶ち、余暇の全てを勉強につぎ込んだ。

 青年自身にできることは、ほとんどやり尽くしたのだ。

 それでも、商人として成長することはできなかった。

 これはもう、「才能がないそういうこと」と言うしかないだろう。


 こんな有様では、実家の商会で雇ってもらうことはできない。

 というか、あの厳格が服を着て歩いているような父親が絶対に許さない。

 たとえ許されたとしても、青年が商会内で日の目を見ることはないだろう。

 管理職に据えようにも、能力が足りないので不可能。一従業員として働かせようにも、会頭の御曹司であることに変わりはないので、他の従業員としては扱いに困る。


 厳しい家風の由来である両親は、青年に教育と投資を惜しまなかったが、甘やかしは一切しなかった。

 厳しい家風の薫陶を受けた兄たちも、青年を毛嫌いこそしなかったが、決して優しくもしてはくれなかった。


 普通の家庭のように優しくしてくれる家族は、誰も居なかった。

 周囲の人間も、成果主義の影響を受け、誰も真の意味で青年に「優しく」してはくれなかった。


 才能が無いことは、自分のせいではない。

 真面目に努力を重ねても人並みにしかなれないのも、自分のせいではない。

 気が弱くて人付き合いが苦手な性格も、自分のせいではない。

 それなのに、ただ「優秀でない」という理由だけで、居場所が消えていく。


 日々が針のむしろだった。


 家業を継ぐことも、家業に加わることもできない。

 生きたければ、なにか職を手にして独立するしかない。


 そんな自分の状況を理解した青年は、商売の勉強を諦め、ポーション師を目指す道を歩みだした。


 ポーション師を目指した理由は単純で、絶対に需要が尽きないから。


 薬草や魔物素材や鉱石を原材料とし、魔法を駆使して作る魔法の薬──ポーションは、どこでも常に不足している。

 薬効がゆっくり効いてくる薬草薬とは違い、ポーションの効き目はすぐに現れる。

 特に、重傷と中毒に対して薬草薬は無力で、ポーションでなければ助けることはできない、とまで言われている。

 その性質から、ポーションは貴族と豪商、何より冒険者からの需要が凄まじい。

 低品質なポーションでも、新米冒険者や低ランク冒険者、金を貯めた庶民からの需要が尽きない。

 上質なポーションともなれば、それこそ作ったそばから貴族連中に売れていく。

 実家の商会でのポーションの売れ行きを見れば、これが決して誇張でないことが分かる。


 要するに、ポーション師というだけで、生涯食いっぱぐれることがないのだ。

 実家では必要とされない自分でも、必要としてくれるのだ。



 ポーション師を目指すことにした青年は、一人の老ポーション師に弟子入りした。

 幸い、自立努力を肯定してくれた両親の出資により、弟子入りは容易にできた。

 師からも「魔法がほんの少しだけ使えるから、ポーション師としてやっていくことはできる」と言われ、それなりに可愛がられた。


 ポーション師になるための修行は、実に楽しいものだった。

 師から教えられたポーションの知識は、商人の勉強とは違い、「正解」というものがあった。

 移ろいやすい人間の思考と感情とは違い、薬は正しい配合を与えれば期待通りの効能を返してくれる。

 それを勉強・研究するのは、とても楽しいことだった。

 商人の勉強を頑張ってきたおかげで観察力と分析力が養われたのか、師からもポーション師に向いていると褒められた。

 青年自身も、ポーションの研究は大好きだった。


 ようやく見つけた、何の才能もない自分でも立派にできる仕事。

 商家では役立たずな自分が、立派にできる仕事。

 そして、やっていてとても楽しいと感じる仕事。

 これぞ天職だ。


 厳しかった僕の人生は、これからが本番だ!


 青年はやる気に燃え、修行をこなし、研鑽を重ねた。



 が────


 そろそろ皆伝を得られるかというその直前で、突然、師が他界した。


 一人残された青年は、途方に暮れた。


 大昔、この業界では「モグリ」が横行していたらしい。

 独学で適当なポーションを作っては高値で売りつけ、結果として患者を死に至らしめる事案がとても多かったそうだ。

 ポーションを買う客層も関係して、ポーション師はその腕や真意に関わらず、職種全体が「詐欺師」扱いを受けていたという。

 まさにポーション師にとっての暗黒時代だ。


 そんな苦境に対し、薬師ギルドは解決策を打ち立てた。

 それが「免許皆伝制度」だ。


 ポーション師を名乗る者は、必ず師匠から免許皆伝を貰い、薬師ギルドにそれを証明しなければならない。

 それができない者は、何人たりともポーション師を名乗ることは許されない。


 この制度のおかげで「正規のポーション師」と「モグリの詐欺師」が明確に区分できるようになり、ポーション師の社会的地位は目に見えて向上・保証されるようになったという。


 普通のポーション師にとっては身分の保証になるこの制度。

 しかし、唐突に師に亡くなられた青年にとっては、悪夢以外の何物でもなかった。


 師より直々に皆伝を与えられなければ、一人前として認めてもらえない。

 つまり、青年は永遠に「半人前」状態なのだ。

 それに、師からはまだ教わっていないことが多くある。

 第二の親と慕っていた師の知と技を、青年は心から尊敬していた。

 その全てを受け継げなかったことが、とても悔やまれる。


 もちろん、別の師匠に師事して皆伝を貰えば万事解決である。

 が、それができれば苦労はない。


 一口に「薬学」と言っても、知識体系はポーション師ごとに違う。

 同じ傷の治療でも、魔法的アプローチを重んじるポーション師もいれば、原材料の薬効を重要視するポーション師もいて、患者の自己治癒プロセスに重きを置くポーション師も存在する。

 医療思想と理論展開がポーション師それぞれで大きく変わるので、教えが互いに矛盾すことも決して少なくない。

 別の師に教えを請うということは、それこそゼロから学び直すことに等しいのだ。

 他所に再度師事して免許皆伝を得るには、再び10年の時を要するだろう。


 このままでは永遠に半人前。

 再度師事しようにも、もう既に成人して何年も経っているから、実家からの援助は期待できない。


 ようやく見つけた自分の居場所が、跡形もなく消えた。


 ああ。

 この世界は僕に厳しすぎるよ……。


 師の死を悼むと同時に、青年は失意のどん底に落ちた。



 その後。

 青年の嘆願が功を奏したのか、それとも死んだ老ポーション師の名声が効いたのか、青年は「条件付き」のポーション師として薬師ギルドに認められることができた。


 その条件とは「回復ポーション以外のポーションの製造・販売禁止」というもの。


 知識に不足のある青年は、まともな状態異常を治療するポーションを作ることができない。

 中途半端に効く解毒薬や、下痢を治す代わりに便秘になるようなポーションは作れるが、それは薬師ギルド的に言えば「失敗作」や「劣等品」に当たるため、製造・販売は認められないのだ。

 そもそも、青年が使える魔法はとても少なく、作れるポーションもそれほど種類があるわけではない。

 この販売規制は、青年にとっては仕方のないことだった。






 棚に並べられた瓶の数々に目を遣り、青年は「はぁ〜」と重苦しいため息を吐く。

 青年のポーション作りの腕は、決して突出している訳ではないが、決して悪い訳でもない。

 仕事が遅いから生産能力にやや難があるものの、その分、丁寧な作業を心がけているので、品質はいい。


 それなのに、まったく上手くいかない。

 というか、店を潰さずに今月を凌げるかどうかすら怪しい。


 何故こうなった?


 自問してみるも、答えは既に分かっているので、聞くだけ余計に虚しくなる。






 条件付きで一人前と認められた青年は、実家からの最後の援助を受けて、ストックフォード領の領都フェルファストに自分の店を開いた。

 師より「店を開くならここにしておけ」と言われた場所だ。


 フェルファストに住んでみて、その住みやすさに驚いた。

 物価は安定しており、治安も悪くない。

 人々は友好的だし、街全体の雰囲気も和やかだ。

 実家があるカルディエフ辺境伯領のピリピリ感は皆無だ。

 それに何より、ここはポーションの材料に恵まれている。

 そのおかげで、青年の店はわずか2年で安定して黒字経営できるまでになった。


 だが、この数ヶ月で、すべてが変わろうとしている。






 路地を少し曲がったところにある、人目に付かない青年の店。

 そのドアを店のカウンターから暫く見つめ、青年は諦めたようにカウンターに突っ伏した。

 せっかく安定して走り出した店が、潰れようとしている。

 ある時期から、客足がぷつりと途絶えたのだ。

 これが青年のせいであれば、まだいくらか救いがあっただろう。

 自己改善すればいいのだから、まだやりようはある。


 しかし残念ながら、原因は青年にない。

 これは、天命なのだ。


 天が死ねと言えば、人は死ぬしか無い。

 一個人では決して抗えないことなのである。



 ああ。

 なんて厳しい人生だろう。



 厳しい家庭に生まれ、厳しい環境で育った。

 我慢も努力も怠ったことはなかったが、人間としての限界が道を阻んだ。

 苦難を経てようやくポーション師として邁進しようとした矢先に、このような「天災」が訪れ、こうして未来を閉ざされようとしている。


 僕が何をしたっていうんだよ。

 確かに世の中には僕よりも不幸な人間は沢山いるんだろうけど、僕もその一員にならなくたっていいじゃないか。



 無言の嘆きが、伽藍堂の店内に消える。


 その時、店のドアが開かれた。


 カウンターに突っ伏していた青年の頭がピョンと跳ね上がる。


「い、いらっしゃい!」


 あまりにも久しぶりの来客を、青年は掠れた声で出迎える。


「…………」


 無言で店内へ入ってきた客を見て、青年の頬が攣る。


 客は、一人の男だった。

 背はそれほど高くなく、ボロボロの黒マントを纏っている。

 フードの中からちらりと見える顔はボロボロの包帯が巻かれており、その隙間からは爛れた皮膚が覗いていた。


 不気味ななりと雰囲気の客だ。

 思わずたじろぐ青年。

 もともと人付き合いが苦手なことも相まって、少し挙動不審にすらなっていた。


「きょ、今日はど、どんな御用で?」


 噛み噛みながらも辛うじてそう問うた青年に、包帯の客は嗄れた声で答えた。


「ポーションを売りたい」






 これが青年の人生を大きく変えることを、このときの青年はまだ知らない。










◆◆◆◆◆ あとがき ◆◆◆◆◆

 

 以上、プロローグ三部作でした。

 (゚ε゚;)<サブタイにFワードがあるけど、ちゃんと意味があるからキニシナイキニシナイ

 

 次話から本編に入ります。

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