77. 現代魔法使い、大都市へ征く
ストックフォード伯爵領、領都フェルファスト。
歴史が長いこの都市は、菱形をしたストックフォード領の中央に位置しており、政治・経済・文化の中心を担っている。
人口は数十万と言われているが、商人や冒険者、旅人などの出入が激しいため、精確な統計は取れていないそうだ。
「城壁、高いな……」
「これは……大都市の中でも立派な部類に入るでしょう」
入市審査の順番を待ちながらお上りさん丸出しで城壁を見上げる俺と、同じように感嘆を漏らすオルガ。
ピエラ村を出発して3時間。
俺達は今、領都フェルファストの城門前に居る。
え?
徒歩で10日、ダールリザードに乗っても7日は掛かる道のりなのになんでもう着いているのかって?
そりぁもちろん、空を飛んで来たからですよ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
今回のフェルファスト行き、俺の同行者はオルガと、荷車を牽引するためのダールリザード──我がピエラ村で飼育している唯一の家畜──「レオポルト8世」だけである。
レオポルト8世は人懐っこいダールリザードで、村長一家が保持している労働力の一つだ。
ダールリザードは魔物に分類される生き物で、温厚な性格をしている。
動きは緩慢だが力は強く、農作業や荷物の運搬などの力仕事にはうってつけだ。
雑草や落ち葉などを餌としているため、飼料の調達にコストがかからず、持久力があって皮膚も頑強なため、旅の動力として使用する行商人や旅人も少なくない。
今回の買い出しで調達する品は、主に釘や蝶番やドアノブなど村では入手できない鉄製品になるが、建築資材もある程度購入してくることになっている。
家の外壁や内壁などに関しては、自分たちで木を伐採して建材を用意できるが、家の支柱や梁などの重要な建築構造に使われる資材は、やはり専門職が用意した丈夫で良質なものが良い。
バート爺さんの話によると、以前から村で家を新築する際は、支柱と梁に使われる木材だけは街の建材商から購入していたらしい。
そこをケチると家の寿命が劇的に短くなるそうだ。
釘などの小さめの鉄製品だけならば、数こそ必要であるものの、背嚢に入れて徒歩で運ぶことも出来なくはない。
だが、支柱や梁となる建材となると話は別だ。
こればっかりは、荷車とそれを引く輓獣がいなければ話にならない。
だから、レオポルト8世を抜きに今回の買い出しは語れないのだ。
ここで問題になったのが、移動時間の問題だ。
今回の騒動で補修・再建が必要になった家屋は、全部で8軒。
その内の4軒が、人が住めない状態まで損壊してしまっている。
この4軒のお宅は現在、ご近所さんのご厄介になっている。
村人全員が家族同然とは言うものの、やはり他人の家にご厄介になるのは双方ともに気が休まらない。
それが長期間続くとなると、ストレスも半端ないことになるだろう。
よって、一刻も早い資材の調達が必要だった。
フェルファストまでの物理的な距離、そしてダールリザードの移動速度を考えると、往復だけで14日は掛かる。
往路に重い荷物を運ぶことも計算に入れると、16日にまで伸びても不思議ではないだろう。
そしてこれは、移動のみの時間だ。
街での資材購入の時間も、加えなければならない。
これが現代日本なら、支払いを済ませたその日にご自宅まで配達、という迅速な対応を期待できるが、いかんせんここは中世チックな世界だ。
資材を倉庫から出すだけで時間がかかるだろうし、そもそもその倉庫に十分な種類と量の資材が揃っているかも怪しい。別倉庫から持ってくる、最悪、別の町の倉庫から持ってくるなどということになったら、何日掛かるか分かったものではない。
よって、一口に「購入」と言っても、買うものによってはそれだけ時間が掛かってしまうのだ。
今回の建築資材という品物も、まさにその「購入に時間がかかる品物」に当たる。
フェルファストでの購入所要日数を5日と見積もるなら、移動時間を入れた往復日数は、最低でも19日は掛かるだろう。
余裕を持って行程を組むなら、24〜25日は欲しいところだ。
もう殆ど一月である。
その間、例の大移動で家を壊された4家はずっとご近所さんのお宅にご厄介になり続けることになる。
それはあまりにも可哀想だろう。
よって、俺たちはできるだけ素早く買い出しを済ませる必要がある。
別にゆっくり観光気分で行っても誰にもバレないし、何なら予定より遅れても誤魔化しは効くだろう。
が、それは人としてどうだろうか。
というか、お世話になっている村の人達が困っているのに自分たちだけゆっくりと遊んでいるのは、なんだか気が引けてしまう。
何より、俺とオルガにも、早く我が家に帰らなければいけない理由がある。
それが、ミュートとミューナの存在だ。
ミュートとミューナはまだ幼く、長旅に連れ出すわけにはいかない。
それに、家には世話を必要とする作物や薬草類がある。
俺とオルガが村を留守にしている間、二人には俺とオルガやっていた仕事を肩代わりしてもらわなければならない。
そのため、ミュートには自分が担っていた野菜の世話に、オルガがやっていたハーブの世話が加算され、ミューナには当番制だった家事全般に、俺がやっていた薬の引き渡し業務が加算されることになった。
4人でやっていた仕事が、いきなり2人だけにのしかかるようになったのだ。
流石に、これはない。
何より、二人は年齢一桁の正真正銘の子供だ。
そんな幼い二人だけを20日以上も家に残したままにしておくのは、ネグレクト云々以前に俺たちが気が気じゃない。
というわけで、俺とオルガが留守の間、二人のことはお隣さんであるネイバース一家に預けることにした。
ネイバース一家は30代前半の夫婦で、旦那さんのネイバースは筋骨隆々なのに笑顔が優しい獣人族、奥さんのラウンはおっとり美人のエルフ族だ。
二人には子供がいたらしいが、数年前に病死してしまったらしい。
その影響で再び子を持つことに躊躇いがあり、数年経った今でも二人きりで過ごしている。
二人にミュートとミューナのことをお願いをしてみたところ、二人はまた「子供」が家庭にやって来ることを大いに喜び、これを快諾してくれた。
実にありがたいことである。
もちろん、彼らに任せきりにするつもりはない。
俺は俺で、二人が何事もなく留守番できるように手を尽くした。
ジャーキーとバームに二人の安全を見守ってくれるように頼んだり、ミュートの負担を減らせるよう畑に使う「
当然、我が家に住まないのだから自宅の家事は放置でいいし、菜園の方も面倒くさくなったら俺があげた「お薬」を適当に撒けばいいと言ってある。
快適な生活のための家事なのに、その家事のせいで快適に過ごせなくなったら元も子もないからね。
これらの措置のおかげか知らないが、二人に不安の色はない。
いくら復興が急務とはいえ、建築に子供たちの手は借りられない。
大人たちからも子供たちに「遊んでおいで」と許可が出ているので、二人もアウン・オウンやトゥニ、ハリーたちと面白おかしく遊んでくれることだろう。
とは言うものの、二人をいつまでも他人のお宅に預けたままにはできないし、なんだかんだで俺もオルガも二人のことが心配だ。
二人は盗賊団に家族を奪われて、まだ一年も経っていないのだ。
長期間二人から離れるのは躊躇われる。
そんなわけで、俺達には今回の買い出しの行程を早める理由こそ多々あれど、遅らせる理由は一つたりともない。
目標は、15日での帰還。
最長でも17日で帰れるように頑張るつもりだ。
そうなると、往復の道程で時間を食っている場合ではない。
フェルファストで俺たちがやらなければならない事は沢山ある。
身分証の作成、滞在期間中の衣食住の準備、薬草の売却、資材の購入、そして情報網の構築だ。
これらの中でも、情報網の構築はとかく難しく、じっくり時間を掛ける必要がある。
有限な時間の中で最も多く比率を割きたいのは、まさにここだ。
それに、アレンたちもフェルファストへと帰還中であることを忘れてはいけない。
もたもたしていたら、彼らが帰ってきてしまう。
町中で彼らと鉢合わせるのは、かなりを通り越して相当にマズい。
アレンたちが村を出立したのは3日前。
徒歩であることを考えれば、彼らがフェルファストに帰還するのは凡そ7日後ということになる。
道中で魔物を狩りながら戻ると言っていたので、もう少し掛かることになるだろうが、それでも10日後にはフェルファストに着くだろう。
であれば、俺たちがフェルファストで堂々と行動できるのは、最長でも10日だ。
旅路に割く時間など、微塵たりとも無いのである。
というわけで、俺とオルガはレオポルド8世と荷車を引き連れ、フェルファストまで空を飛んできた。
西の平原へと出ると、村からは見えない林へと入り、全員に9次元魔法の《絶在》を掛けて姿形と存在感を消す。
そして、これまた9次元魔法の《
飛行時間よりも、人目に付かない場所に降りてそこから街道まで移動する方が、時間が掛かったかもしれない。
ちなみに、レオポルド8世が怖がらないように、事前に眠らせておいた。
あの冷静沈着なオルガさんでさえ、初飛行のときは緊張しすぎて「腰骨よへし折れろ」とばかりに俺の腰をギュウギュウに締め上げていたからね。本能が強い魔物であるレオポルト8世だと、暴れだすかも知れない。
とにかく。
そうして、俺達は僅か3時間でフェルファストまでやってきたのだった。
チャリで……もといマホーできた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
お上りさん丸出しでキョロキョロする俺と、検査を受ける商人と門衛のやり取りを真剣に見ていたオルガ。
10分ほど待って、ようやく俺たちの順番が回ってきた。
「次。名前と出身地を述べ、身分証明を提示せよ」
革に薄い鉄板を貼り付けた軽鎧を着た門衛の男が、俺たちにそう告げる。
尊大に聞こえる言葉だが、恐らくこの口調は威厳を演出するために態とやっているのだろう。
学のない者が多いこの世界で丁寧な対応をすると、相手はまるで自分が偉くなったかのように感じてしまい、変に調子に乗ること多発する。
これは現代日本でもあることだし、言い方はよくないかも知れないが、開発途上国には特に多い。
そういったトラブルを回避するために、現地の役所などでは最初から高圧的な態度で対処するように指示するマニュアルも存在する。
恐らく、この門衛もそういう理由でこんな口調なのだろう。
その証拠に、彼の視線や態度には嫌なものがない。
寧ろ、己の任務に忠実な、堅物の気配がする。
まぁ、貴族専用の門は別にあるらしいから、どんな態度を取ろうと、お偉方に無礼を働くというリスクはない。
実に合理的である。
おっと、話が逸れた。
「私はナイン、こっちは女房のオルガです。ピエラ村から来ました。身分証はありません」
超〜嘘である。
素直に俺とオルガの関係を話すと話がややこしくなるので、とりあえず「
この方が自然だし、余計な詮索を招かない。
横からオルガの「よくもまぁそんなスラスラと嘘が吐けますね人間性を疑います」的なジト目を感じるが、そこはスルー。
俺と夫婦役は嫌かもしれないけど、今は堪えてくれ。
ナチュラルに嘘の出自を告げると、門衛は俺とオルガを交互に見て頷くと、俺たちの後ろにある荷車に視線を移した。
「入市の目的は?」
「薬草を売って、そのお金で釘とかを買いたいです。村が魔物に襲われて、家が壊されましたので、その補修にと思いまして」
「ああ……」
門衛の男は大いに納得したように頷いた。
まぁ、最近はあの
家屋補修のための買い出しに来る村人、というのは実際に多いのだろう。
続いて、門衛の男は俺たちの荷車の検査に移った。
薬草の入った壺や木箱を見て、俺に問う。
「この草はなんだ?」
恐らく、俺が本当に内容物を把握しているか試すための質問だろう。
もし俺が荷車を奪った盗賊なら、この質問には答えられない。
だが、俺に抜かりはない!
「それは『フジク草』ですね。よく売れると聞いて、いっぱい持ってきました」
ちょっとドヤ顔で答える。
薬草の名前の殆どは、うちの村に来る行商人のトランデスさんに聞いてあるのだ。
さすがは行商人で、彼は俺が取り扱っている殆どの薬草の名称を知っていた。
売れ筋の薬草だけでなく、マイナーな薬草もそれなりに詳しい。
買取は専門外なのでしていないらしいが、少量の調達なら請け負ってくれるそうだ。
まぁ、彼と会ったのは俺がピエラ村に住み始めたばかりのときなので、かれこれ3ヶ月は会っていない。
行商で各村を回っているから彼に会えるのは年に2〜3度だけになるが、彼から仕入れたこれらの知識は俺にとって非常に有用だ。
彼にはいくら感謝してもし足りない。
さて、このフジク草だが、トランデスさんの話によると、街では売れ筋商品らしい。
回復薬の原材料であるため、いくら有っても邪魔にならないそうだ。
というわけで、俺は庭でこのフジク草をコツコツと栽培し、販売しに持ってきた。
数は30壺。荷台の半分を埋める量である。
これを全部売れば、一財産になること間違いなし。
ドヤ顔にもなるというものである。
「ふむ……フジク草か……」
俺の回答が気になるのか、門衛の男は微妙な顔をしながらそっと壺に蓋をし直した。
……なんだ?
門衛の男は、他の壺も開けて入念に検査する。
禁制品は持ってきていないから、検査はすんなり終わった。
「……では、入市税を徴収する。一人頭、銀貨1枚。荷物は荷車一台で銀貨2枚。特別課税品はないから、全部で銀貨4枚だ」
ふむ。
銀貨4枚って、結構な額だな。
この国での主流貨幣は、アルフリーゼ王国硬貨と呼ばれる硬貨だ。
面額は下から銅貨、銀貨、金貨、白金貨である。
交換レートは主に100進法で、換算としては銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚、金貨100枚で白金貨1枚となっている。
庶民が使う硬貨は主に銅貨と銀貨であり、金貨はあまり手にする機会がなく、白金貨に至っては生涯眼にしない。
金貨や白金貨を扱うのは主に貴族や大商会、若しくはギルドや国くらいだそうだ。
村長の言によると、街では銅貨15〜30枚あれば食堂で定食が食べられるという。
銀貨が出てくるのは、宿に宿泊する場合や、衣料などの比較的高価な支払の時くらいらしい。
入市税の話に戻るが、この銀貨4枚という税金は、庶民にしてみればかなり高い。
単純計算、食堂で10〜20回ほど食事が取れるということだから、気軽に出せる金額ではないことが分かる。
まぁ、払わないっていう選択肢が最初から存在しないから、文句を言ってもしょうがないんだけどね。
どうせ、盗賊達から
あ、そういえば、そもそも俺の「
なら、払えば「懐」自体は痛むのか……。
とりあえず「高いな〜」とボヤきながら、財布から銀貨を4枚取り出して門衛に渡す。
「うむ。では、仮入市証を発行する。登録をするから、耳を出せ」
そう言うと、門衛は粘土を塗ったような板を取り出した。
なんだ? と不思議に思っていると、門衛はその板を無造作に俺の左耳に押し付けてきた。
驚きを隠して平静を装う俺をよそに、門衛は同じような板をもう一枚取り出し、同じようにオルガの左耳に押し付けた。
どうやら、俺達の左耳の「型」を取っているらしい。
その板を背後にいるもう一人の門衛に渡すと、彼は再度俺達の名前と出身地を確認してきた。
そして、暫くもしないうちに、板を渡された門衛が戻ってきた。
その手には、二枚の木札が握られている。
「これがお前たちの仮入市証だ。有効期限は3日だから、それまでに正式な身分証を作成し、仮入市証を返却しに来るように。期限を過ぎればお尋ね者になるから、くれぐれも忘れるな」
ぶっきらぼうながらも親切に説明しながら、門衛の男は俺とオルガにそれぞれの木札を渡してきた。
スマホくらいの大きさの木札は、材質こそ粗末な木材だが、偽造防止のためか複雑な焼印が押されている。
正面には焼印の他に俺の名前と性別、出身地が荒々しい文字で書かれている。
背面を見れば、俺の耳の型がハンコのように押されていた。
なるほど、あの粘土を塗った板で取った耳の型は、こうして使われていたのか。
人間の耳は指紋や静脈パターン同様、個人を特定できる一つの要素だ。
もちろん、指紋や静脈パターンのように精確にとはいかないが、それでも技術とコストを考えれば、かなりお手頃な認証方法と言えるだろう。
この世界では種族ごとに耳の形が微妙に違うから、種族の特定にも役立つしね。
焼印に名前と性別と出身地、そして耳の形。
個人の特定には十分すぎる情報だ。
たしかに「仮」の身分証としては十分だろう。
「ありがとうございます。では」
門衛の眼差しに若干の引っかかりを覚えながらも、俺とオルガは彼に頭を下げ、巨大な城門を潜った。
さぁ、ついにこの世界の都市に初上陸だ!
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