第一.五章 閑話

70. 閑話01 - Boy Wizard's Holiday

「おう、九太郎、ちょっと出かけてくるわ」


 何しにいくんだよ、師匠?


「協会から呼び出しだ」


 土曜日なのに?


「そう。大人は大変なの。土日だからって休めるわけじゃないの。

 そんじゃ、行ってくる間に部屋の掃除頼むわ」


 ……はぁ、まったく。

 自分の部屋ぐらい自分で掃除しろよな。


「あ、そうそう。部屋の棚に『梅酒』が一瓶あるんだけどさ、今日で『期限切れ』なんだよ。代わりに処分しといてくれよ、な?」


 それこそ自分でやれよ。


「頼むよ~。お土産買ってくるからさ〜」


 はいはい。了解です。


「おっしゃ、任せた。じゃ、いってきま~」


 いってら~。






 さて、掃除すっか。

 俺の部屋とリビングとキッチンとトイレと風呂場は、いつも掃除してるから完璧。

 問題は師匠の寝室だ。

 滅多に入らないから、どんな風になっているのやら。

 普段は師匠が自分で掃除しているって言ってるけど……。


 ガチャ。


 うっ、微かにタバコの臭いがする。

 師匠め、あれだけベランダで吸えって言ってるのに……。

 ファ◯リーズをシュシュッと。


 あ、タンスから靴下はみ出てる。

 まったく、だらしないんだから……。


 3段あるタンスの一番上は……師匠の下着類だな。

 靴下ははみ出ていたけど、トランクスと靴下でちゃんと区分けして収納しているから、まぁ良しとしよう。入れ方はぐちゃぐちゃだけど。

 はみ出た靴下を並べて収納、っと。


 そう言えば、このタンスの下二段って、なに入れてるんだろう?

 シャツやスーツ等、師匠の服は全部クローゼットに入ってる。

 生活用品は、大体がリビングに置いてある。

 なら、タンスの下二段には何を入れているんだ?


 ……気になる。

 よし、覗いてみよう。




 先ずは二段目。

 ススー


 ……何だこれ?

 女性用下着?

 こんなに沢山?

 しかも、めっちゃエロいやつばっか……。

 ん?

 下着になんか書いてあるな。

 なになに?

 ──「いつでも連絡して♡」

 後ろには携帯番号らしき数字まであるし。

 あ、これ、口紅で書いてあるや。


 ……。

 …………。

 ………………ルージュの伝言かな?


 いや、なんつぅもん取っておいてんの、師匠……?


 このタンスの二段目、まるまる全部女性下着なんだけど?

 しかも、全部ド派手なやつで、全部なんらかのメッセージ付きなんだけど?

 まさか、これ全部、女性が残していったやつ?


 この紐みたいなTバックに、どうやってこんな長いメッセージ書いたの?

 もはやちょっとした職人技だよね?


 このブラも、なんでこんなに透けてんの?

 何も隠れてないよね?


 あとこのパンスト、なんで股の部分だけ丸く切られてんの?

 もうニーソで良くない?


 このタンスいっぱいの女性用下着、サイズもデザインも全部違うし、メッセージの言語もバラバラだ。

 師匠は一体何人の女性と関係を……?


 ……そう言えば、結構前に師匠から相談されたことがあるな。「手元に置いておくのは気不味いけど捨てても失礼な置き土産って、どうしたらいいと思う?」って。

 あれは、伝言付き下着の山これのことだったのか。


 …………。


 ススー パタン

 とりあえず、リア充の師匠は爆発していいと思う。




 三段目を見てみよう。

 ススー


 ジュルジュルジュル

 キシャァァァァァ!!


 …………。

 ススー パタン


 ……あれ、おかしいな?

 タンスの中に、なんか触手と牙がいっぱい生えた生物ナマモノがいたんだけど?

 気のせいかな?


 もう一回確認してみよう。

 ススー


 ウジュルウジュルウジュル

 キシャシャァァァァ!!


 …………。

 ススー パタン


 ……。

 …………。

 ………………遊星からの物体かな?


 とりあえず、タンスの三段目は《高温焼却H. T. I》で焼却処分にしよう。






 多少寄り道したけど、さっさと掃除を済ませよう。


 放ったらかしのベッドをメイキング。

 フローリングに掃除機を掛けて、水拭きと乾拭き。

 ベランダに出て灰皿の中身をゴミ箱に移し、一緒に捨てる。


 おっと、棚をフキフキするのを忘れてたよ。


 師匠の部屋の棚には、色んなものが置いてある。

 相変わらず、凄い品揃えだな。


 この植木鉢から半分ほどはみ出ている、顔が生えている人参みたいなのは……ああ、引っこ抜いても叫ばない「マンドラゴラ」か。

 師匠が手に入れた品種改良株だっけ。

 安心しろ、引っこ抜かないから。

 だからそんな「抜かないでお願いあたし叫べないのぉ!」みたいな目でこっち見んな。



 この折れたモップの柄みたいなのは……げっ、「ロンギヌスの槍柄」じゃねぇか。

 協会が血眼で探し回っている特一級禁忌指定の呪物がなんでうちに?

 ってか、こんなむき身のままで置いてて良いものなん、これ?



 お、この本はもしかして、パラケルスステオフラストゥス・ホーエンハイムの著作「知的生命の創造原理」か?

 凄いじゃん!

 幻の著書じゃん!

 …………って、ちょっと待て。

 著者名んとと、「パラケルススス」になってんぞ!

「ス」が一個多いじゃねぇか!

 完全にパチもんだろ!

 絶対に「エ◯スカリパー」みたいなもんだろ!

 ……いやまぁ、確かにこれはこれで珍しいモノだけど……。



 お、なんか見慣れないものが置いてあるな。

 手書きのラベルが貼られている一升瓶と、ピカピカ光る水晶玉だ。


 この二つは……ああ、ついこの間、師匠が弥生さんとマリアさんからもらった誕生日プレゼントか。

 一升瓶は弥生さんから、水晶玉はマリアさんから貰ったものだな。


 この一升瓶、何が入っているんだろう?

 ラベルを見てみよう。


「魔法使い潰し 1906 錦ノ八型六式」


 おお!

 これは、弥生さん謹製の日本酒――「魔法使い潰し」じゃないか!

 超美味くて、作るのに時間と手間がかかるから、品薄を通り越して幻になった逸品だ。

 なんでも、魔法使いの世界では誰もが知る名品で、あまりの美味さに誰も手放そうとしないから、弥生さん本人とコネが無いと絶対に入手できないとか。


 しかも、師匠がもらったこの一瓶、「1906」って書いてあるってことは、1906年製だ。

 100年ものの古酒じゃん。


 ……あれ?

 日本酒って100年単位で寝かせても大丈夫なものだっけ?


 …………。

 ……まぁいいや。


 ラベルの最後にあるこの「錦ノ八型六式」というのは、弥生さんがこのお酒を作るにあたって使った魔法の種類らしい。本人から聞いた。

 俺が見たことがあるのは「奏ノ一型三式」と「雅ノ五型九式」だけど、それが具体的にどんな魔法なのかまでは知らない。


 この100年ものの「魔法使い潰し」、競売に掛ければ確実に10桁円を超える値段になる。

 魔法使いって、お金持ちが多いからね。


 う〜む。

 ……誕生日プレゼントにしては豪華すぎじゃないですかね?


 まぁ、「名法使い潰し」は、俺も貰ったことある。

 15歳の誕生日に、弥生さんから50年もののやつをね。

 末端価格で3億円はくだらない逸品だったけど、次の日に師匠に「お前に酒は早い」って言われて全部飲まれたけどね。

 ちくせうめ!






 手に取っていた一升瓶を棚に戻し、隣に置いてある水晶玉に目を移す。

 両手でちょうど掴める大きさの水晶玉が、木製の台座に収まっている。

 形は、スノードームに似ている。

 台座にはカワイイ丸文字で「健康と多幸を願って マリア」と彫られている。


 にしても、キレイなオブジェだなぁ。

 水晶玉の中では、稲妻が絶え間なく駆け巡り、色とりどりのプラズマが渦巻いている。

 まるでどこかの星雲を詰め込んだかのようだ。


 …………あれ?


 気のせいかな?

 中に魔法構成式が見えるんだけど……?


 えっ、ちょっと待って?

 これ、中に魔法が詰め込まれてない?


 目をゴシゴシして、見間違いじゃないか再度見てみる。


 …………。


 うん、見間違いじゃないね。

 これ、中に11次元魔法の《審判の日ディエス・イレ》が臨界状態で詰め込まれてるね。

 太陽よりも熱いプラズマ球が生成されて、半径8キロ圏内をまるごと飲み込んで消滅させちゃう、凶悪魔法だね。

 おまけに、11次元までの情報を徹底分解するから、範囲内にあるものは再生も回復も不可能っていうね。


 ……ちょっとマリアさん?

 なにスノードーム贈る感覚で戦術核兵器みたいな危険物プレゼントしてんの?

 確かにこれが暴発しても師匠は死なないかもしれないけど、我が家を中心とした半径8キロ圏内の生物(俺含む)は確実に完全消滅しちゃうよ?

 11次元以上の防御魔法じゃなきゃ防げないんだよ?

 確かにめちゃくちゃ綺麗だけれども……危険性に見合ってないよね?


 ……まぁ、いいか。

 マリアさんの贈り物だし、安全性は申し分ないだろう。

 そっとしとこ。






 ああ、そう言えば。

 師匠に梅酒の処分を頼まれてたんだっけ?


 梅酒、梅酒……。

 これかな?


 見るからに梅酒を漬けるのに適している大瓶。

 中身もタプタプに入ってて…………って、おい!

 中に入ってんの、梅じゃなくて人間の脳みそじゃねぇか!

 なんで人間の脳みそが黄緑色の液体の中に浮いてんだよ!


 ……瓶に名前が彫られてるな。

 一体誰の脳みそだ?


 あ、こいつ知ってる。

 3年前に捕まった極悪魔法使いだ。

 確か、子供大好き(性的な意味で)な野郎で、僅か2ヶ月で3桁近い被害を出したっていうかなりヤバい奴だ。

 魔法を悪用して好き放題やってたけど、結局は協会に捕まったんだっけ。

 なんでそんな奴の脳みそがうちに?


 この脳みそ、複数の魔法陣に囲まれてるけど……あ(察し)


 この魔法陣、全部、拷問系のやつだ。


 ……な、なるほど。

 これが噂に聞く協会の最高刑罰の一つ──「苦痛煉獄の刑セイラムの嘆き」か……。

 すべての魔法を封じた上で脳みそだけの状態で生かし続け、刑期を終えるまでただ只管に苦痛を与える。

 魔法使いとしての禁忌を犯した者を裁く時にのみ使われる、最も残忍な刑罰の一つ。


 ということは、コイツの「執行人」は師匠だったのか。

 哀れな奴め……。

 師匠の拷問魔法はエゲツないからなぁ……。(遠い目)


 お?

 なんか瓶に魔法文字でカウントダウンが表示されてる。

 あと10秒でゼロになるな。


 ……3……2……1……。

 あ、脳みそが溶けた。


 なるほど。

 刑期を終えて開放処刑されたのか。

 ま、自業自得だよね。


 さて、この脳みそが溶け込んでいる黄緑色の培養液、どうしようか……。

 そのまま捨てるのは──


 ん?


 あれ?

 この培養液……似ている。

 ──梅酒に!


 ま、まさか師匠……。

 処分を手伝って欲しい「梅酒」って……これのこと?


 もしこの瓶を見つけるのがもうちょっと遅れていたら、脳みそが溶ける瞬間を見逃していただろう。

 そうなったら多分、俺はこれを本当に梅酒だと思っていただろう。

 なんなら、確認のために蓋を開けて匂いを嗅いだかも知れない。


 あ、危なかった……!

 ちくせう、師匠め……!

 事情くらい話してくれても良かったのに!


 とりあえず、《ニグレド:デコンポジション》で徹底的に分解して、トイレに流しとこう。



 ……そう言えば、この脳みその瓶と一緒に、金魚の餌と植物用活力剤が置いてあったな。

 うち、金魚も観葉植物も飼ってないんだけどなぁ……。

 なんで置いてあったんだろうなぁ……。(遠い目)






◆◆◆◆◆ あとがき ◆◆◆◆◆


閑話章ということで、箸休め的なお話がちょっとだけ続きます。

(´∀`)本編より閑話の方が書いてて楽しい

第二章は、この章の後となります。

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