69. 第一章エピローグ 現代魔法使いは静かに暮らしたい

「良かったのですか、あのゴブリンを見逃して?」


 ビクビクしながら逃げ去っていくゴブリンの後ろ姿を眺めていると、背後の樹からひょっこりと顔を覗かせたオルガがそう訪ねてきた。

 彼女はずっとここに居たわけだが、俺が隠蔽系と防御系の魔法を掛けていたおかげで、あの喋るゴブリンからは全く気付かれていなかったのだ。


「まぁな」

「意外です」

「何が?」

「あなたなら、そのまま苦しめて殺すのだと思っていましたから」

「……お前が俺のことをどう思っているのか、ハッキリと分かったよ」


 酷い言われようである。


「真面目な話、何故あのゴブリンを逃したのですか? 明らかに異常でしたよ、あのゴブリン」

「だろうな」


 人間の言葉は喋るわ、大剣は使いこなすわ、挙句の果てにはアレンたちよりも多くの戦技を使うわ、全く以て普通じゃない魔物ゴブリンだった。

 言葉を話せるのだから、俺のことを誰かに漏らす可能性だってある。

 情報漏えいの危険を考えれば、殺してしまった方が確実だろう。


 だが、それは最も簡単な方法であって、最善の方法ではない。


「『大自然の中では真空状態が存在できない』って言葉があってな」

「?」

「要するに、何かが無くなればそこに何もない空間ができるが、その空間は直ぐに他のものによって占められる、って意味だ」

「??」

「あのゴブリンが移動することで、今回の魔物の大移動は起きてしまった。つまり、あいつはそれだけ周りに与える影響が大きい存在だってことだ。なら、そんな影響力があるヤツがいきなり消えたら、周りはどうなると思う?」

「……荒れますね。圧倒的強者がいきなり消えたら、押さえ付けられていた魔物や恐れていた魔物がその座を奪おうと暴れ出すのが目に見えます」

「だろ? ここでヤツを消したら、ここが『ヤツの消えた場所』になる。つまり、『真空の中心部』になるってことだ。そうなったら、周囲の魔物が真空を満たそうと大挙してやって来てしまう。俺たちの村にほど近いこの裏山に、鬱陶しいことが襲いかかってくるんだ。嫌だろ?」


 オルガが大きく頷く。


「あなたの判断は正しいです。私が間違っていました」

「……素直なお前はなんだか不気味だな」

「…………(#^ω^)」

「い、痛っ! 悪かった、俺が悪かったから! だから肉と皮のちょうど中間あたりをチョビっとだけ抓るのはやめて! 地味にめっちゃ痛いから!」


 最近、オルガさんからのプチ体罰が始まった気がする。

 しかも、だいたい俺が100%悪いときにしかしてこないから、反論すらできない。

 マジ、勝てる気がしねぇ……。


「とりあえず、あいつが臭いや気配を残しながら戻っていったから、この辺の魔物の縄張りとか、分布とかも、そういうのもすぐに元に戻るだろう」

「これで冒険者ギルドの事後調査や事実確認もなんとか乗り越えられそうですね」

「だな」

「なんだか、犯罪者になった気分です」

「気のせいだ」


 平穏な生活を維持するためだ。

 多少の欺瞞や捏造は仕方ない。


「気になったのですが、先程あなたが言っていた『本当の姿』というのは?」

「ん? ああ、あのド派手な変身のことか」


 気になっていたみたいなので、もう一度魔法を発動して見せてあげる。


「この角みたいなのは《座天使長の角書鍵ホーンキー・オブ・セファーラジエル》って言ってな。謂わば魔杖みたいなもんだ。

 んで、後ろのこの翅は《天護の光翼ディヴァイン・グロー》で、防御主体の魔法。

 最後に、この輪っかは《飛天の光暈ヒュペリオンズ・ヘイロー》といって、反重力移動……空を飛ぶためのものだ」

「これがあなたの正体なのですか? ……やはり人間ではなかったということですね」

「おい」


 やはりってなんだ、やはりって。


「ハッタリだよ、ハッタリ。猫が威嚇する時に毛を逆立たせて体格を大きく見せるようなもんだ」

「そんな事をする必要が?」

「相手は魔物だからな。強者の気配とか武人の雰囲気とか、そういう曖昧なものよりも、分かりやすく見た目で相手の実力を判断するかと思ってさ。角とか翼とかがあった方が強そうに見えるだろ?」

「……その感性はあまり理解できませんが、理屈は分かりました」


 なんだよ、カッコいいだろ、角と翼。


「まぁ、ハッタリで怖がってくれるなら儲けもの、くらいに思ってたんだけど、意外と効果覿面だったな」

「ええ、可哀想なくらい怯えていましたね」

「おかげで『説得』がだいぶ楽になった」


 オルガが納得してくれたところで、発動していた魔法を消す。


「さて、ミュートとミューナが不審がる前に帰るか。二人に黙って出て来たからな」

「……その言い方だと、なんだか私達二人が逢い引きイケナイことをしているように聞こえるのですが?」

「俺と? お前が? あはははっ、ないない!」

「…………(#^ω^)」

「痛い痛い! なんで!?」


 そんなくだらないやり取りをしながら、俺たち二人は家を目指す。



 俺たちの日常は、まだまだ続いていく。

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