64. NP:覚醒 †破壊ノ黒竜〜ブラックラヴィッジドラゴン†
――――― ★ ―――――
「何だっ!?」
眩い光に包まれた己の左腕に、アレンは目を白黒させる。
アレンがこの世で最も美しく知的で清楚で可憐だと確信している少女──オルガ嬢によって取られていたその左腕には、未だに彼女の温もりが残っている。
その左腕が、今では光に包まれている。
いや、眩い光をこれでもかと発しているのだ。
「うおぉぉぉ!?」
突如、左腕から信じられないほどに膨大な力が湧き上がり、全身を駆け巡り始める。
あまりに強いその力は、波動となって左肩から先の袖を防具ごと吹き飛ばした。
「何だこれはっ!?」
袖の下から現れた己の左腕に、アレンは驚愕した。
黒い爬虫類の鱗だ。
それに似た模様が、腕の所々に現れていたのだ。
指先から伸びる爪も、爬虫類のように鋭いものになっている。
そう。
それはまるで────
「……ドラゴンの、腕……?」
思わず漏れたその感想が、アレンの思考を真っ白に染めた。
信じられない程に強い力が湧き上がってくる。
見れば、全身の傷がみるみるうちに治っていくではないか。
焦りで狭窄がちになっていた視界が、急激にクリアになっている。
疲労で鈍感になっていた感覚も、驚くほど研ぎ澄まされていく。
まるで別の──より上位の存在になったかのような気分だ。
「ま、まさか……」
バラバラだったパズルのピースがより集まり、一つの絵を作り上げる。
こんな風になった原因。
それに、アレンは心当たりがあった。
ずっと
「……
その名を口にした瞬間、更なる力が全身を駆け抜けた。
魔力だ。
膨大な魔力の奔流が、左腕からアレンの全身へと流れ込んできているのだ。
全身を駆け巡る膨大な魔力は、その有り余る勢いに任せてアレンの体表から止めどなく噴出している。
あまりにも濃密なそれは、アレンの周囲を微かに紫色に染め上げ、彼の髪と服を暴風が如くはためかせている。
背後の納屋から漏れた「すげー、スーパーサ◯ヤ人みたい」という小さな感嘆は、荒れ狂う魔力の暴風によってかき消された。
想像を絶する
アレンの中で半信半疑だったものが、確信へと変わる。
ここまで膨大な魔力を、アレンは有していない。
よって、この魔力の出どころはアレン以外にある。
が、この場にはアレン以上に強い存在はいない。
たとえ居たとしても、魔力を他人に送るということがそもそも不可能だ。
他人の魔力を外部から操作したり、違う人間に取り込ませることができないのは、世の常識。そんな事ができれば、魔力切れになる魔法師は存在しなくなる。
であるならば、この魔力の出どころは「最初からアレンの中にあった、アレン以外の何か」ということ。
「妄想なんかじゃなかったんだ……」
幼い頃の口調に戻っていることにも気付かず、アレンは変質した己の左腕を呆然と見つめつつ、そう呟いた。
妄想だと思っていた。
設定だと思っていた。
冗談だと思っていた。
いや。
実際、妄想だった。
事実、設定だった。
其実、冗談だった。
それは、弱い己を奮い立たせるための活力剤だった。
それは、不都合な現実を受け入れるための消化剤だった。
それは、折れそうな心が拠り所として欲した緩衝剤だった。
だが、その全てを否定することが、アレンの身体に起こっている。
本当だった。
本当だったのだ。
本当に、自分の左腕には
涙が滲み出し、頬を伝って流れ落ちる。
稚拙な妄想でしかなかったものが、「本物」になったのだ。
夢が叶った気がした。
湧き上がる武者震いで全身が震える。
この絶望的な局面を覆せるかもしれない力を手に入れたのだ。
闘志が漲る気がした。
ギュッと力強く
自分の背中を、オルガ嬢が見つめているのだ。
今なら何だってやれる気がした。
「待っていてくれ、オルガ嬢。すぐに、全てを終わらせてくる」
振り返らずに言い放つ。
この世で最も可憐な少女が尊敬の眼差しで自分を見送っているという確信があった。
それだけで、無限の自信と果てしない全能感が溢れてくる。
そして、アレンは駆け出す。
宣言通り、全てを終わらせるために。
◆
ハサミのような前肢が、レクトを薙ぎ払う。
その一撃は、ダナンが張った《
盾を持っていた左腕の肘と肩を盛大に痛めながらも、レクトはその一撃を耐える。
が、すぐに
これは、流石に回避できない。
辛うじて右手の短剣を持ち上げるが、これであの凶悪な攻撃を防げる筈もない。
レクトは、右腕を捨てる覚悟を決める。
──その時だった。
横合いから黒い疾風が舞い込み、横薙ぎに振られたタナト・アラフニの脚を半分から切り飛ばした。
紫色の体液を撒き散らしながら、タナト・アラフニが悲鳴を上げて後退する。
呆気にとられるレクトとダナン。
そこに、自信と頼り甲斐に満ちた声が舞い降りた。
「レクト、ダナン、待たせたな」
戦線復帰したアレンだ。
納屋の中で「かっけぇ〜、ス◯ークみたいな決め台詞」「声に渋さが足りんな」「最強の声優さんと比べたら駄目だよ」という一人と一匹による会話がなされたが、デウス族の少女以外の誰の耳にも届くことはなかった。
「遅かった……じゃねぇか……なぁ、アレンよ」
タナト・アラフニの脚を切り飛ばした黒い疾風が誰なのかを察し、満身創痍のレクトが弱々しく口角を釣り上げた。
「お前たちは休んでいろ。──後は、俺が始末をつける」
アレンの態度と変質した左腕から何かを悟ったのか、レクトは「じゃあ頼むぜ」と言って、フラつくダナンと支え合いながら下がっていった。
◆
仲間二人が戦線離脱するのを見送るアレン。
レクトの防具はボロボロで、本人はそれ以上に傷だらけだった。
ダナンは怪我こそ無いものの、魔力が底を突きかけており、意識が朦朧としている。これ以上の魔法行使は命にすら関わるだろう。
よくぞここまで耐え忍んでくれた。
レベル7の強敵を相手にここまで踏ん張ってくれた仲間を、アレンは心底から称賛する。
同時に、こんな素晴らしい二人が自分の仲間であることを誇りに思った。
こんな感想を抱けるのも心に余裕が出来たからだろう、とアレンは微笑む。
怒り狂うタナト・アラフニに向き直る。
片方の鋏が無い、恐ろしい蜘蛛の魔物。
脚の一本をアレンに切り飛ばされたせいで、今はより凶暴になっている。
自分たちよりもワンランク上の、圧倒的強者。
単独で都市や領地を壊滅に追い込める、正真正銘の怪物だ。
しかし、今のアレンの目にはただの哀れな昆虫にしか見えなかった。
タナト・アラフニが「キシャァァァ!!」と奇声を上げながら、その鉄杭のような前足を真横から叩きつけてくる。
これまでは、目で追うのがやっとの攻撃だった。
だが──
「遅い」
左腕に秘められていた「
長剣を滑らせ、流麗な動きで受け流す。
シャリィィィンッ!
澄んだ音と共に鉄杭を思わせる前足が長剣に沿って流れ、アレンから外れる。
剣を合わせるだけで大怪我を負いかねない重い一撃が、今では柳の枝を払うが如く軽く感じる。
上からタナト・アラフニのハサミが振り下ろされる。
慌てず、ステップを駆使して躱す。
すると、タナト・アラフニの攻撃が滑稽なほど虚しく空を切った。
まるで短距離転移のような回避だ。
アレンの口角が思わず釣り上がる。
覚醒して力が増したことは、なんとなく分かっていた。
だが、これほどまでとは思っていなかった。
覚醒によって得た力は3つ。
超反射、超強化、超魔力だ。
これまでは目で追うのすら難しかった攻撃が止まって見えるほどの反射能力。
これまでは傷すら付けられなかったタナト・アラフニの脚を一撃で切り飛ばせるほどの肉体強化。
そして、これまでは想像もできなかったほどの膨大な魔力。
アレンは今、正しく超人と化していた。
(これなら勝てる!)
空振りしたタナト・アラフニが、激高してこちらに向かってくる。
だが、アレンに焦りはない。
「来い、タナト・アラフニ!」
不敵な笑みと共に、アレンは己の愛剣を振り上げ、ありったけの魔力を込める。
決して勝てない強敵に直面したときの絶望。
仲間を危険に晒したときの不安。
守りたい人たちを守れないと悟ったときの恐怖。
非力で不甲斐ない己を自覚したときの怒り。
そして、妄想だと思っていた
その全てを、アレンは膨大な魔力とともに、己の長剣へと流し込む。
高々と掲げた長剣が「キィィィン」という甲高い音を鳴らして振動を始めた。
その様は、まるで込めた魔力の膨大さに耐えられずに悲鳴を上げているかのようだった。
それでも、アレンは魔力を込め続ける。
すると、剣身は燦然と輝き、長さ5メートルを超える長大な光刃を作った。
その膨大な魔力に当てられた大気が轟々と震え、アレンの周囲に暴風を巻き起こす。
「これで終わりだ!」
アレンの頭の中に、鮮明なイメージが広がる。
それは、幼少の頃から考えていた必殺技。
──全てを打ち倒す、最強の一撃。
理屈など関係ない。
今の自分ならできる、と魂が叫んでいる。
「食らえ、タナト・アラフニ!」
高々と掲げられていた長剣が、振り下ろされる。
アレン渾身の戦技──最強の必殺技が炸裂した。
「〈
超高速で振り下ろされた光刃が、突進してくるタナト・アラフニを真上から押し潰す。
瞬間、世界が閃光によって白く塗りつぶされた。
納屋の中で「技名、絶対いま考えただろ」「うむ。『
そして、大爆発。
膨大な
やがて、光が消え、視界が戻った。
振り下ろされた剣の先に残ったのは、数十メートルに渡って真っ直ぐに抉られた大地のみ。
勝利を悟ったアレンは、その場に崩折れた。
身体から力が急激に失われ、意識が朦朧とし始める。
見れば、変質していた左腕は元に戻っていた。
いや。
元の左腕と違うところが、一点だけある。
何もなかった筈の左肩に、丸く踞る黒いドラゴンの
「ふっ……助かったぞ、我が相棒よ……ありがとう……」
新たに現れた
その顔には、やり遂げた男の──誇らしい笑みが浮かんでいた。
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