58. NP:それぞれの戦い②
――――― ★ ―――――
たったったっ、とリズミカルに鳴る、土を蹴る音。
そして「ピリリリィィィィ!」と大きく響く、甲高い笛音。
幼いエルフの双子──ミュートとミューナだ。
二人は、白いダイアウルフ──ジャーキの背中に必死にしがみつきながら、全力で呼びかける。
「ピリリリィィィィ!」
「魔物が出たぞー!」
「ピリリリィィィィ!」
「訓練じゃないよー!」
「ピリリリィィィィ!」
「みんな避難しろー!」
「ピリリリィィィィ!」
「魔物が出たよー!」
「ピリリリィィィィ!」
「訓練じゃないぞー!」
「ピリリリィィィィ!」
「みんな避難してー!」
ホイッスルを吹きながら、この文言を交互に繰り返し叫ぶ。
訓練どおりの行動だ。
すると、呼びかけを聞いた村人たちが即座に行動を始めた。
家から家族を連れ出し、点呼を行い、近所の者たちと連れ添って移動を開始。
発案者である薬草師の少年の教えどおりに、互いに呼びかけを怠らず、できるだけ遺漏を出さないように努めている。
皆、慌てはするものの、パニックに陥る者はいない。
全員が一度は避難訓練でこの流れを経験しているので、避難は驚くほどスムーズに行われた。
「やっぱり、にいちゃんは凄いな!」
白狼の背中で避難する人々を眺めながら、ミュートは確信めいた呟きを漏らした。
故郷を盗賊に滅ぼされるという悲惨な出来事を経験しているミュートからすれば、村人がこれほど秩序立った
村人は、どこまでも非力だ。
災難に見舞われれば、村人にできることなど「逃げ惑う」以外にない。
危機は人々に恐怖を与える。
その中でも、事前準備が一切できていない──突発的な危機が引き起こす恐怖は、想像を絶する。
その恐怖は、耐え難いものだ。
その恐怖は、人々から容易に理性を奪い去る。
その恐怖は、より大きな悲劇を生む。
あまりの恐怖に妻の存在を忘れてしまい、なぜか手元にあるスープ皿を後生大事に抱えて逃げる夫。
あまりの恐怖に手を引いている子供の状態に気が付かず、肩から先がなくなった子供の腕だけを引いて懸命に逃げる母親。
あまりの恐怖に人格が変わり、助けに来た友人を蹴り倒して足止めの餌にする男。
恐怖とパニックの先には、そうした悲劇がたくさんあるのだ。
そのことを、幼い二人は実際に目にした事がある。
それも、そう遠くない過去に。
だからこそ、故郷の村のときのように無秩序に逃げ惑うのではなく、こうして秩序立った避難を目にすると、驚きを通り越して衝撃すら覚える。
一度でも演習や訓練を行うとここまで違いが出るのか、と幼いエルフの男児は奇跡を目の当たりにしたかのような面持ちになった。
そして、その奇跡をもたらした人間が自分たちの親代わりの少年だということを考えると、尚のこと誇らしく感じる。
両親を失い、火が回った家の中で泣いていた二人を、姉と慕うデウス族の少女が救ってくれた。
その後すぐに森の中でオークに追われたが、幸運にもそこを仮面を被った家主の少年に救われた。
悲しすぎる悲劇の後に巡り合った二つの幸運。
自分たち二人は、再び「生きる」ことができるようになり、新しい家族まで出来た。
姉と慕うデウス族の少女はいつの間にか二人の母親代わりになっていて、仮面を被っていた家主の少年はいつの間にか二人の父親代わりになっていた。
この村に来てからの楽しくて充実した毎日を振り返ると、自然と胸が暖かくなり、心に負った深い傷が消えていくように感じた。
二人は「今」を失いたくなかった。
母親代わりの少女と、父親代わりの少年と、大きくてもふもふなペットの白狼と、丸々としたぬいぐるみのようなドラゴン──そんな二人と二匹との穏やかな生活。
美味しいご飯をお腹いっぱい食べて、やり甲斐のある仕事を一生懸命こなして、新しく出来た同年代の友達と思いっきり遊ぶ──そんな笑顔の絶えない毎日。
悲しい過去を振り返って泣くこともあるけれど、ちゃんと楽しく笑えて、ちゃんと明日についてしっかり考えられる──そんな幸せな日々。
そんなかけがえのない「今」を、二人は守りたかった。
だから、二人は懸命にホイッスルを吹き、渾身の力で叫ぶ。
「ピリリリィィィィ!」
「魔物が出たぞー!」
「ピリリリィィィィ!」
「訓練じゃないよー!」
「ピリリリィィィィ!」
「みんな避難しろー!」
「ピリリリィィィィ!」
「魔物が出たよー!」
「ピリリリィィィィ!」
「訓練じゃないぞー!」
「ピリリリィィィィ!」
「みんな避難してー!」
少しでも、村の皆が助かるために。
これ以上、何かを失わないために。
◆◆◆◆◆ あとがき ◆◆◆◆◆
たくさんの★と応援、レビューと感想を頂きました。
誠にありがとうございます。(*´▽`人)
今回は尺調整のため、ちょっと短めになります。
( ー̀ωー́)⁾⁾たまにはこういうこともあるよね
よろしければ引き続き拙作をお楽しみいただければと思います。
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