57. NP:それぞれの戦い①

 ――――― ★ ―――――




 時は少し遡る。


 オークロードとの死闘に勝利したアレンたちは、事後処理に勤しんでいた。


 まずは、倒した魔物の剥ぎ取りである。

 残念なことに、素材を全て持ち帰ることはできない。


 オークの肉は食用肉として価値があるが、今回は討伐数があまりにも多い。

 肉は重くてかさばるので、とても運べたものではない。

 よって、アレンたちは肉を諦めることにした。

 後でピエラ村の人たちに場所を教えて、村の食肉にしてほしいと考えている。

 ただ、オークロードの肉だけは別だ。

 高レベルの魔物の肉は往々にして美味しく、美食家や貴族の間では高値で取引されているので、自分で食べても売っ払っても「美味い」。

 おまけに、その高い討伐難度のお陰で滅多に手に入らないので、希少価値も高い。

 とてもいい収入になるので、オークロードの肉は一番お高いヒレの部分をブロックで持ち帰ることにした。

 ちなみに、オーガ肉は硬い上に味が良くないため、あまり価値はない。


 外皮が硬い魔物の場合は、その外皮も良い素材になる。

 ただ、今回は相手がオークとオーガ系統の魔物なので、皮の需要は牛皮や羊皮とあまり変わらず、さほど高くは売れない。

 一応、物理耐性が高いレッドオーガの皮と魔法耐性が高いブルーオークの皮はいい素材だが、如何せん生皮はとても重い。フェルファストまで持って帰ることを考えると、全部を持って帰ることは難しいだろう。

 よって、レッドオーガとブルーオークの皮に関しては、一番面積が大きい背中の皮だけを剥ぎ取って、他は捨てることにした。

 ちなみに、オーガの皮は加工が難しく、その割に性能がそれほど良くないため、あまり価値はない。

 オーガ、何処までも「美味しくない」魔物である。


 骨や内臓に関しても、アレンたちはその大部分を放棄することにした。

 オーガやオークの内臓は、その殆どが薬の素材となる。

 骨も武器加工の素材になるし、最悪骨粉にして畑に撒くこともできる。

 が、やはり輸送のことを考えると、けっして割に合うものではない。

 というか、そもそも今回の依頼は長期の調査依頼であるため、アレンたちは素材採取の準備をしていない。

 肉や皮や骨などの重量物を運ぶ台車もなければ、内臓の保管に必要な瓶や薬品もない。

 だから、「なま」の素材はその殆どを諦める他ないのだ。


 ただ、「魔結晶」は別だ。


 魔物は体内に「魔結晶」と呼ばれる鉱物状の結晶を形成する。

 魔結晶は魔物の魔力が体内で凝固・結晶化したもので、内部に一定量の魔力を秘めている。

 魔物の強さに応じて魔結晶の大小と魔力含有量が異なり、強い魔物ほど魔結晶は大きく、内包魔力量が多くなる。

 鉱山で採掘される「魔石」と並んで、魔法道具マジックアイテムのエネルギー源として広く活用されている素材だ。


 レベル3魔物であるオークの魔結晶は、人間の指先ほどの大きさ。

 このサイズが魔結晶の中で最もスタンダードで、最も扱いやすい。

 多くの魔法道具マジックアイテムで使用されるため需要が高く、売ってもよし、自分たちで使ってもよしと、捨て置く理由がない。

 それほど重いものでも嵩張るものでもないので、アレンたちは魔結晶を全て回収することにした。

 特にオークロードとレッドオーガの魔結晶は女性の拳ほどの大きさがあり、間違いなく高値が付く。

 そもそも、レベル6の魔物の魔結晶など、大陸全体で年に100個も売りに出されれば「魔結晶の豊作年」と言われるほど数が少ない。

 一つでも持ち帰れればちょっとした英雄になれてしまう。

 冒険者ギルドに卸せば間違いなく貢献度にプラスが付くため、ランクアップを目指しているアレンたちにとっては、持ち帰らなくてはならない素材だ。

 そんな貴重なレベル6魔結晶が一度に2つも手に入ったのだから、もうウッハウハだった。


 オークロードに関しては、討伐証明部位である「首」あるいは「両牙と両耳」も持ち帰る必要がある。

 今回の依頼は「魔物の大移動の元凶の調査、可能であれば討伐」なので、寧ろ持って帰らないと討伐報酬が貰えない。



 オークロードの魔結晶をえぐり取ったレクトが、布巾でそれをキレイに拭って背負い袋に詰め込んでいるダナンに尋ねる。


「にしても、でけぇ魔結晶だな。どれくらいの値段になるんだ?」

「この大きさなら大出力の魔法道具マジックアイテムも賄えるから、相当な値段になるはずよ。……うふふ、もしかしたらこの魔結晶の売却金だけで、ずっと欲しかったあの防壁展開の魔法道具マジックアイテムが買えるかもしれないわ!」

「おぉ、そりゃあいいな! これでようやく戦力の補充が進むぜ!」


 冒険者PT「アレイダスの剣」は、イーサンとスーの脱退で大きく戦力がダウンしている。

 ランク6冒険者PTとしての評価は維持しているが、5人いた頃と比べて戦力と対応力が乏しくなっているのは明白。

 もちろん、メンバーの補充に関しては幾度となく議論されてきたが、イーサンとスーの代わりができる人間は、実力面でも感情面でも見つけることができなかった。

 それが理由で、二人が脱退して2年近く経った今でも、まだ3人のみの状態を維持している。


 とは言っても、永遠に3人だけでやっていけるわけではない。

 戦力を補充しなければ今以上の躍進は難しいし、何より3人の安全にも影響が出る。

 実際、今回のオークロード戦に関しても、もっと人手があればより楽に倒せていただろう。

 何らかの形での戦力補充は、もはや既定路線だ。


 討論の結果、人員の補充が難しい現状、戦力の補填で最も有効な手段は「有用な魔法道具マジックアイテムの購入」という結論に至った。

 そういった経緯から、ダナンはとある強固な防壁を展開することができる魔法道具マジックアイテムに目を付けたわけだが、これがかなり高価な代物だった。


 今までは、店のショーウィンドウから指を咥えて眺めることしかできなかった。

 だが、今回の依頼報酬に素材売却分の収入も加算すれば、遂に手が届くかもしれない。

 ダナンとレクトが喜ぶのも当然だった。


「二人とも、気が緩んでいるぞ。剥ぎ取りの時間こそが最も危険であることを、よもや忘れた訳ではあるまい?」

「……いや、もちろんそれは覚えているし、あんたの言ってることが十分正しいって分かってるんだけど……その腹の立つポーズで言われると、なんかすごくイラッとするというか……」


 腕を後頭部から回した状態で剥ぎ取り用のナイフを持ち、そのナイフで片目を隠し、肩越しに憂いを漂わせた顔を覗かせている──所謂ジョ◯ョ立ち状態のアレンに、ダナンが半目を向ける。

 どうやら、勝利の余韻に浸っているいるのはレクトとダナンだけではないらしい。


 まぁ無理もない、とダナンは思う。


 つい先程倒したオークロードは、間違いなく今回の魔物の大移動を引き起こした元凶だ。

 そう確信できるほど、このオークロードは異質であり、何より強かった。

 元凶オークロードを倒した今、魔物の大移動は直ぐに収まるだろう。

 魔物の流入が止まれば、後はストックフォード領内に残った魔物を掃討するのみ。

 町や村への被害はもう少しだけ続くかもしれないが、魔物が増え続けなければ短期で確実に解決できる。


 難関ヤマは越えたのだ。

 少しくらい浮かれるのは仕方がないだろう。


 ドヤ顔で奇妙なポーズを取り続けるアレンに苦笑いを浮かべながら、ダナンは魔物の死骸の処理に戻った。




 と、ちょうどその時たっだ。




 奇妙なポーズで偉そうに指示を出していたアレンが、弾かれるように武器を抜いた。

 大量の死骸をどう処理するか考えていたダナンも、その隣で魔物の魔結晶を抉り取っていたレクトも、同じように作業を中断し、武器を構える。

 全員が山の東側──オークロードの軍団がやって来ていた方向を睨みつけていた。

 その方角から、多数の魔物の気配を感じたのだ。


「なっ!? どうなってやがる!?」

「"万物を撫でる風よ、我が目となり耳となれ"──《探知風ウィンドサーチ》!」


 驚くレクトに、ダナンが素早く探知魔法を発動する。


「え、嘘っ!? 魔物が……最低でも200!? なんで!? なんでこれだけの数の魔物がこんな広範囲からこっちに向かってくるの!?」


 信じられない情報に唖然とするダナン。


「おいおいおい! オークロードはもう倒したんだぞ!? なんでその後ろから魔物の群れが来やがるんだよ!?」


 山肌を埋め尽くす数の魔物に、レクトが思わず叫ぶ。

 見れば、魔物たちはまるで何かから必死に逃れるように、こちらに向かって狂奔している。


 アレンは険しい表情で徐々に迫る魔物たちを睨みつけた。


 グリューン山脈の東側から現れたこの魔物の大群は、既に山頂を越え、山の西側へ下ってきている。

 アレンたちが退避することは容易だ。

 全速力で北か南に走ればいい。

 アレンたちの脚であれば、直ぐに大群の進行線上から逃れられるだろう。


 だが、アレンたちの背後──大群の進行先には、ピエラ村があるのだ。


 文字通り雪崩を打って押し寄せる魔物がこのまま進めば、ピエラ村は間違いなくこの世から消え去る。

 たとえ建物内に隠れたとしても、丸太を組み合わせただけの民家の壁など、狂乱する魔物の津波によって瞬く間に壊されてしまうだろう。

 安全な場所など、何処にもない。

 それこそ、フェルファストのような強固な城壁でもなければ、ピエラ村の人間は誰一人として生き残ることはできないだろう。


 と、そこまで考えたアレンは、雷に打たれたように震えた。


「──オルガ嬢っ!!」


 一人の少女の姿が、アレンの脳内を埋め尽くす。


 そうだ。

 彼女は今、ピエラ村にいるのだ。


「どこに行くの、アレン!」


 全力で踵を返して村へと向かうアレンに、ダナンが問い詰める。


「ピエラ村だ! 今すぐ警告しに行かねば、オルガ嬢が……村の人間が危ない!」

「おいおい、俺たちがここで食い止めなくてもいいのかよ!?」


 迎撃する気満々のレクトがアレンに問うが、アレンは厳しい顔で応じた。


「無駄だ! これだけの数が、これだけ広い範囲からやって来ているのだ! 俺達だけで全部をカバーすることなど不可能だ! ここに残って戦っても、焼け石に水でしかない! それよりも、ピエラ村を守ることが先決だ!」


 アレンが言ったことは正しい。

 3人しかいない「アレイダスの剣」では、局所的防衛はできても、広域を防衛することはできない。

 ここに残って戦っても、できるのはせいぜい魔物を少しだけ間引くくらいで、ピエラ村への被害を減らすことには殆ど繋がらないだろう。

 ならば、ここは村へと急いで駆けつけ、避難誘導なり陣地防衛なりする方が、よほど効率的で効果的だ。


「分かったわ!」

「しゃあねぇ! 速く帰んぞ!」


 ダナンとレクトは武器を手にしたまま、アレンに続いて駆け出す。


 逸る気持ちを抑えられないとばかりに、必死に両足を動かすアレン。


(待っていろ、オルガ嬢!)


 オルガという絶世の美少女が住んでいる家は、この山に最も近い場所にある。

 つまり、最初に被害を受けるのは彼女なのだ。


 確かにあの家にはそれなりに強いホワイトダイアウルフがいるが、所詮は獣に近い魔物だ。

 本能だけでできる狩りとは違い、護衛や拠点防衛は高度な空間把握能力と臨機応変さが求められる。よく訓練された人間でなければ、身に付けることはできない。

 あのホワイトダイアウルフにそれだけの能力があるとは、到底思えなかった。


 であれば──


(彼女を守れるのは、俺たちしかいない!)


 アレンは腸を抉られるような気持ちで少女の無事を祈りながら、全力で疾走する。


(無事でいてくれ! すぐに行く!!)



 ピエラ村に、かつて無い危機が近づいていた。

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