55. 観戦者たちの雑談
アレンたちの戦いを覗き見……もとい観戦していた俺とオルガは、結果を見届けるとこっそり家に帰った。
今はおしゃべりしながら家庭菜園のお世話をしている。
「結局、アレンたちが勝てたのは
「それだけってことはないけど、そこが結構大きいと俺は思うな」
「
「……おい、なんか今の言葉、さりげない悪意を感じるぞ。絶対に『あなた』に違う文字あててるだろ」
「……別に」
だからお前はエ◯カ様か。
「一応確認ですが、あなたならあのオークロード、何秒で倒せますか?」
「……秒殺は確定なんだ……いやまぁ、実際、割と簡単に
「それで、答えは?」
「1秒くれれば10回は殺せる。……尤も、アレンたちが近くにいなければ、だがな」
ハーブに集る小虫を潰しながら、オルガが首を傾げる。
「『アレンたちが
「ああ、あいつら、めちゃくちゃ魔力に敏感だからな。近くにいるだけで魔法を使ったのがバレる。っていうか、この世界の人は魔力に敏感な人多いよな」
「そうなのですか?」
「ん。この前なんか、俺がちょっとだけ『魔力視の眼』を発動しただけで、すぐに気が付いたしな。あれ、目にほんのちょっとだけ魔力を集めるだけで発動できるから、普通の人間は絶対に分からない筈なんだよ。それを瞬時に察知したんだから、長時間の正座で痺れた脚並みに敏感と言えるね」
「つまり、彼らの前では魔法が使えない、と?」
「そ。一発でバレる。そしたら俺のキャラ設定が崩壊する」
「……それはいけませんね」
ひたすら地面に目を凝らし、生えてくる雑草の芽を摘む。
「まぁ、それももうすぐ終わりだけどね」
「アレンたちがオークロードの軍勢を討伐しましたからね」
「多分あれが今回の騒動の原因だろうな。だって、あのオークロード、生物として色々とオカシイもん」
「
「…………さすがの俺でも傷つくぞ」
「お戯れを。ついこの間、あなたがはぐれオークを素手で殴り殺しているのを、私はちゃんと見ていますよ?」
「い、いや、あれはなんというか、リハビリというか、拳法の復習というか、そういうアレで──」
「はぐれオークが振りかぶった棍棒を素手で掴み、そのままあの巨体を5メートルほど投げ飛ばしましたよね?」
「い、いや、あれは──」
「そして追撃の蹴り上げでオークを2メートルほど宙に浮かせましたよね?」
「い、いや──」
「最後に素の拳でオークの顔面を殴りつけ、そのまま頭部を爆散させましたよね?」
「…………」
「で? 誰が傷つくと?」
「……すみませんでした」
いや確かに魔法使いが使う「
ちゃんとした魔法の一種なんよ。
俺からしたら、魔力を使わずに素手で鉄板に穴を開けられる地球の「格闘士」のほうがよっぽど化け物だよ。
「あなたの異常性はさておき……ということは、アレンたちの調査はこれで終わるということですか?」
「うん。あれだけの数のオークが通ったら、ペンペン草も生えないくらい荒らされるはずだ。他の魔物が怯えて全力で逃げ回るのも納得だね。そうやって、今回の魔物の大移動が起きたんだと思う。だから、あのオークの軍団、特にそれを指揮するオークロードこそが、この騒動の原因で間違いないだろう。それを討伐したんだから、アレンたちの依頼も完了ってわけだ」
「では、アレンたちも直ぐにここを去ってくれるでしょう」
「なんだ? アレンたちにさっさと帰ってほしいみたいな言い方だな?」
そう言うと、オルガがハーブを間引きながらジト目を向けてきた。
「ただでさえ誰かさんの異常性が露見しないか戦々恐々としながら日々を暮らしているというのに、魔力に敏感な高ランク冒険者などが来たら流石に夜も眠れなくなる、というのは至極当たり前だと思いますが?」
「……ごめんなさい」
「個人的には品行方正で心優しい彼らには好感が持てますが、如何せん我が家には異常性に満ち溢れた誰かさんがいますので、彼らの滞在を素直に歓迎できないのが実情です。そういう意味で、彼らに帰ってほしいというのは、ある意味正しいです。誰かさんのせいで」
「……マジすんませんでした」
なんで俺が謝ってるんだろうと思いながら、桶から水を掬ってハーブに撒く。
「まぁ、正直、俺も魔法が使えないから、ちょっと窮屈に感じてたんだよね。この村のために危険を犯してまでオークロードに挑んだアレンたちには申し訳ないけど、彼らに長居されると困るっていうのは、俺もちょっと思うよ」
物凄く利己的な理由だけど、事実なのだから仕方がない。
俺たちには隠さなければならないものが多すぎるのだ。
「まぁ、代わりと言ってはなんだけど、今夜は美味いものを彼らに振る舞おう」
「美味いものといいますと、『はんばーぐ』ですか?」
「うむ。男の子でハンバーグが嫌いな奴なんていない!(キリッ)」
「物凄い偏見に感じますが、はんばーぐが美味しいのは確かですので否定はしません。ミュートの大好物ですし」
「というわけで、今晩は調味料の大盤振る舞いじゃ」
「……あ、あなたが命よりも大事にしている調味料を……大盤振る舞い!?」
「……なにその『Σ( ゚д゚)ハッ!』みたいな顔」
「これが天変地異位の前触れ、というものですか……」
「お前は俺をなんだと思ってんだ」
などと戯れていると、アウンとオウンたちと遊びに行っていたミュートとミューナが帰ってきた。
「「ただいまーー!」」
「おかえり〜」
「おかえりなさい」
「腹減ったー」
「お腹すいた〜」
「おう。キッチンにおやつあるから持ってこ〜い。オルガも食う?」
「確か、今日はシロップクッキーでしたね。私も頂きましょう」
「「やった〜! みんなでおやつ〜〜!」」
「手洗い忘れんな〜」
大喜びで掛けていく双子の背中に注意を投げかける。
と、その時だった。
たたたっ、という足音が近づいてきた。
ジャーキーのそれだとすぐに分かったが、いつもと気配が違う。
「ワンワンワン!! ガウガウガウ!! ワンワンワン!!」
俺の目の前までやってきたジャーキーは、切羽詰まった感じで激しく吠える。
かと思えば、今度はやってきた方向──裏山に向かって吠え続ける。
まるで何かを伝えようとしているかのようだ。
この吠え方は──
「山の方から何かが来てるのか?」
「バウッ!」
正解らしい。
だったら、問題だぞ。
裏山はジャーキーのテリトリーだ。
普段の餌は全て裏山から自分で賄っているし、村に近づく危険生物も全て裏山から出る前に処理してくれている。
毎日裏山を巡回しているから、それこそ自分の庭のように熟知している。
それに、ジャーキーはなんだかんだで強い。
魔法使い並みの反応速度を有するし、魔力を自在に纏う事もできる。
驚異的な瞬発力で以て駆け回るその姿は、俺ですら注意しなければ見失いかねないほど。
強靭な顎による噛み付きと引き裂きは暴力そのもので、分厚いオークの胴体を一噛みで半分以上削っていた。
前足から繰り出される引掻きは名刀の斬撃を彷彿とさせるもので、大柄なビッグボアの腹を一撃で両断したこともある。
魔物だけで言えば、俺が見た中でジャーキーが一番強い。
正直、今日見たあのオークロードですら瞬殺できると思う。
そんなジャーキーが慌てて俺に報告に来るということは、ジャーキーでも手に余る事態が発生しているということ。
先ずは、状況を確認しなくては。
幸い、アレンたちはオークロード戦の後処理をしていて、まだ裏山から帰ってきていない。
「これだけ離れていれば、魔法を使ってもバレないかな?」
「それは……危険ではありませんか?」
「ジャーキーがここまで慌ててるんだ。状況を探るくらいはしたい」
いつもの無表情に少しだけ心配を滲ませるオルガを側に置き、探知魔法を発動する。
アレンたちにバレないよう、3次元魔法の《
地中から伝わる振動を確認──
「……これは……」
ヤバい。
めちゃくちゃ広範囲から、めちゃくちゃ多くの足音が、こちらに向かって近づいてきてるぞ。
ジャーキーは先程から絶えず裏山に向かって吠えているが、よく見れば一点に向かって吠えているのではなく、微妙に違う方向に向かって──裏山全体に向かって吠えている。
……そういうことか。
「お前一人じゃ処理し切れないほど大量の魔物が、広範囲から急接近しているってわけか……」
「バウッ!!」
ジャーキーがこちらを向いて同意を示す。
これは、マジでヤバい。
普段であれば、簡単な案件だ。
村のみんなは自分たちの仕事に集中しているから、俺がこっそり裏山に行って魔法で逐次撃破すれば問題ない。
探知魔法を併用すれば、同時撃破も容易だ。
しかし、今の裏山にはアレンたちがいる。
彼らにバレずにこの数の魔物を魔法を用いずに処理するのは、流石に不可能だ。
それに、アレンたちが来たことで、俺は村周辺に設置していた探知魔法や迎撃魔法を全て解除している。
村の防衛機構は、無いに等しい。
このままでは確実に魔物の大群が無傷で村に到着してしまう。
魔法で様々な不可能を可能する魔法使いだが、魔法が使えなければ只の人なのだ。
今の俺には──このピエラ村での平穏な生活を守りたい俺には、できることが何もない。
「ナイン……?」
オルガが無表情ながらも心配そうに俺を見つめる。
「……とりあえず、今は避難だ。後は、アレンたちに任せよう」
これが、俺が出せる唯一の答えだった。
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