48. 悲しい雑事、優しい細事
どうも。
最近、アレンに嗅ぎ回られているナインです。
あ、勿論、アレンが匂いフェチで俺の
それは流石に気持ち悪すぎるからね。
俺がいっていうのは、身辺調査という意味。
どうやら、アレンは俺のことを探っているようなのだ。
探って何が出るわけでもないので、別に緊張はしていない。
俺の
村のみんなに関してもそうだ。
彼らが協力して隠してくれているのは「俺の薬は結構効く」ということだけであって、俺の正体を知っているわけではない。
だから、たとえ誰かの口から何かがバレたとしても、俺の評価が「効かない薬しか作れないヒモ野郎」から「効き目がある薬を作れるヒモ野郎」に上方修正されるだけ。失うものはない。
たとえ俺が有能な薬草師であることが四方に知れ渡るようになったとしても、徹底的にしらばっくれればいいだけの話。
村人全員の証言と中二病な冒険者一人の証言、世間がどちらを信じるかは言うまでもないだろう。
利益と損失であれば、誰しも利益を取る。そのために人は努力する。
俺がいることで利益を得て俺がいなくなることで損失を被るピエラ村の面々は、必然と全力で俺をサポートする。
俺の偽装工作は完璧なのである。
襤褸は出ない。
……が、それでもやはり探られるのはいい気がしない。
特にアレンのように猜疑と敵意を持って探られるのは。
彼らが村に来てからすでに5日。
レクトとダナンとはそれなりに打ち解けることができたが、アレンからは相変わらず邪険にされている。
あのゴミクズを見るような目には、明らかな敵意が漲っていた。
オルガの戯れ半分の毒舌とジト目にはそれなりに楽しさと友愛の情を感じるが、アレンのあの本気の蔑みの視線には些かならず傷付くものがある。
どれだけ嫌われることに慣れている俺であっても、全く傷付かないわけではないのだ。
しくしく……。
ただ、それを嘆くこともまたできない。
なにせ、彼の侮蔑を招く原因を作ったのは、他ならないこの俺──ナインという人物像なのだから。
まぁ、
人畜無害だと村人に証明するためとは言え、俺でもこのキャラ設定は情けないと思うもん。
閑話休題。
アレンたちは昨日から裏山の調査に出かけるようになった。
最初の2〜3日はジャーキーのことを入念に調査していたようで、主に村の中で聞き込み調査をしていたのだが、それも一段落したのか本格的に裏山を調査し始めている。
村人への聞き込みに始まり、村周辺の調査、森の調査と続いて、とうとう大本命である裏山の調査へと乗り出したらしい。
アレンたちが魔力や魔法にとても敏感だと知った俺は、家や裏山に設置したすべての魔法を解除した。
俺の魔法による警戒網が完全に消えたことになるが、問題はない。
正直言うと、裏山に強い魔物はいない。
裏山に出る魔物は、精々ゴブリンやコボルト程度。最近ではオークが増え、たまにダイアウルフやスワローパンサーも出没するようになっているが、それも俺が手を出す前にジャーキーが全部掃除してくれるので、全く脅威になり得ていないというのが現状だ。
アレンたちの話では、このピエラ村の東──裏山の方角から魔物が領内になだれ込んで来ているらしい。
にも関わらず、今のところ魔物の大移動を引き起こした張本人の姿は確認されていないそうだ。
俺にもそんな魔物の心当たりはない。
これまでで一番強かったと言えるのはあのブリーフ君(仮)ことグラトニーエイプだが、それもあの一匹以外に遭遇・感知したことはなかった。
そのグラトニーエイプに関しても、俺に処理されてからも大移動が継続されていたらしいところを見ると、やつが張本人である可能性は低いだろう。グラトニーエイプより遥かに弱いオークやゴブリンなどに関しては論外だ。
ということは、張本人は未だに野放しであり、アレン達の任務もまだ完遂していないということ。
う〜ん。
面倒くさい……。
まぁ、その張本人は結構強いらしいから、俺も興味がないわけじゃない。
でも、ご当地を揺るがす大災害を引き起こした張本人と深く関わるのは、確実に面倒くさい事態に巻き込まれることになる。
それだけは全力で遠慮したい。
「化けの皮が剥がれない程度に留めてください」
まるで出来の悪い子供を見る母親のような目で俺を見ながら、オルガはそんな言葉を送ってくれた。
「あなたは稀代の大嘘つきで類稀な異常者ですが、同時に我が家の大黒柱でもあります。あなたの首には私だけでなくミュートとミューナもぶら下がっていることをお忘れなく」
「……忘れてませんよ」
だからその異常者って言い方やめぇや。
なにその破滅に向かってフルスロットルなダメ夫を諭す苦労妻みたいな口調。
俺は葉蔵坊ちゃんかよ。
確かに道化は演じているけど、生きる気力は失ってないっての。
ただまぁ、オルガの言も尤もではある。
注意しておくことに越したことはない。
森に設置した魔法も全部消したことだし、これからは十分周囲の状況に気を配っておくとしよう。
◆
アレンたちがやって来て5日目、その日の昼。
森へ食肉を調達しに出かけた俺は、偶然村の外れでエレインと話し込むダナンを発見した。
なにやら深刻な話をしているみたいなので、俺は邪魔にならないよう二人を避けて迂回した。
「──だからナインの──」
と、彼女達の会話から俺の名前が耳に飛び込んできて、思わず脚が止まる。
なんだ?
ダナンもアレンみたいに俺のことを探っているのか?
本来、盗み聞きはよくないことだが、自分の名前が出てきたので今回ばかりは仕方ない。
建物の影に隠れてコッソリと耳を立てる。
「──だから! ナインのことなんて、なんとも思ってないわよ!」
と、エレインが叫ぶ。
「そんなこと言って〜、ネタは上がってるんだからね〜」
ニヤニヤと悪い笑みを浮かべながらそう言うダナンに、エレインは怒りで顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
「ただの噂でしょ! あんな奴のことなんて、好きになるわけないじゃない!」
……うん、知ってた。
……でも、俺のいない場で言われるのは、ちょっと傷付くよね。
……まぁ、わざわざ盗み聞きしている俺の自業自得っていう説もあるけどね。
「ほらほらエレイン、そう言いながらも顔真っ赤じゃない」
「赤くない! 嫌なやつを思い出したから怒ってるだけよ!」
「あたしにはそう見えないけどな〜、むふふ」
「それはあんたの目が悪いのよ!」
ニヨニヨと嫌らしい笑みを浮かべていたダナンが一転、真面目な顔になる。
「でも正直、あなたはナインのことどう思ってるの? 彼、余所者でしょ?」
「……最初はね。でも、今はもう村の一員よ。悪い人じゃないし、害になりそうな人でもないから、みんな受け入れることにしたのよ」
「へー。でも、こう言っちゃなんだけど、役にも立ちそうにないじゃない?」
「……あー、まぁ、それも、うーん、そうだけど……」
歯切れの悪いエレインに心の中で謝罪しておくのと同時に、よくやったと褒め讃える。
彼女が色々言いよどんでいるのは、恐らく俺を庇ってくれているからだろう。
村で結構な評判を呼んでいる薬を作れる俺は「役に立たない」訳ではない。
でも、エレインはそれを口にすることができない。
ごめんね、嘘をつかせることになっちゃって。
そしてありがとう、俺なんかのために協力してくれて。
君はやっぱりいい娘だよ、エレイン!
「で、でも、悪いやつじゃないのよ。面倒くさがりだけど努力は怠らないし、無関心な振りして実は結構気遣いだし、のほほんとしてるけどいざって時はすごく頼りになるし……」
徐々に口調が優しくなり、どんどん声が小さくなっていくエレイン。
そんな彼女に、ダナンはぽかーんと惚けた顔になる。
「色々鈍くてじれったいところもあるけど、みんな嫌いにはなれないのよ、ナインのこと」
溜息のように呟かれたその言葉には、どこか熱っぽい温かみが含まれていた。
ヤバイ。
俺、感動で涙がちょちょ切れそう!
俺にはいつも怒るか激怒するだけだったエレインが、俺を褒めてくれたのだ。
美点と同じだけ欠点も挙げていたような気がするけど、それでも俺の人となりをちゃんと評価してくれたのだ。
これほど嬉しいことはない!
やっぱりエレインはいい娘だ!
感涙で咽ぶ俺とは違い、ぽかーんと顎を落としてエレインの批判と賞賛が半分ずつ入っている俺への評価を聴いていたダナンは、何故か急速に邪悪な顔になった。
多分、悪魔でもこんな悪い笑顔は浮かべられないだろう。
「で? で? あなたはどうなの、エレイン? その『みんな』の中には、あなたも含まれているの?」
その一言に我に返ったようにハッとするエレイン。
あらぬ誤解を受け、彼女の怒髪が天を貫いて宇宙に達する。
「ふ、ふ、ふふ含まれないわよっ! 変なこと言わないでっ! あんなやつのこと、大嫌いに決まってるじゃない!」
親の仇を論じるかのような形相で声高に発せられたエレインのその叫びに、俺の感涙は一瞬で慟哭へと転じる。
強張るほど両肩に力を入れ、嫌悪で両目に涙を溜め、怒りで顔を深紅に染め、渾身の力で「嫌い」と宣言するエレインその姿は、まさに俺に対する嫌悪と拒絶の具現化であり、俺を集団に含んだ場合のフィランソロピズムに対するアンチテーゼそのものであった。
持ち上げてから勢いよく叩き落とす。
褒められた分だけ──喜んだ分だけ傷は深くなり、心はより痛む。
なんという芸術的なコンボ……マジ効くぜ……ぐふっ(吐血)。
……もしかしてエレイン、俺が盗み聞きしていることに気が付いてる?
心の抉り方が的確すぎるんだけど……。
っていうか、あんなに褒めてくれたのに、それを加味してもプラスに傾かないほど俺のことが嫌いですか、エレインさん……。
どんだけ嫌われる才能に恵まれているんだよ、俺……。
こうして改めてエレインに嫌われていることを確認してしまうと、流石にダメージが大きい。
いい娘であるからこそ、彼女に嫌われている俺の人徳の低さが浮き彫りになるというもの。
その後も、エレインはプンスカとしながら、ダナンはニヤニヤとしながら、二人して言い争っていたが、ただひたすら両目から流れ出る涙を堪えるのに必死だった俺には、そんな彼女達の会話内容など一切耳に届かなかった。
しくしくしくしく……。
◆
「にいちゃん、キャルロットの芽が出たよ!」
夕方、頬に土汚れをつけたミュートが、今日唯一といってもいい吉報を届けてくれた。
「オルニオンとキャンベージとキュウリルはもう全部育ってきてるから、あとはピールマンとブロッコリナだけだな!」
ミュートが言っているのは、我が家で栽培している野菜のこと。
キャルロットはニンジン、オルニオンはたまねぎ、キャンベージはキャベツ、キュウリルはキュウリ、ピールマンはピーマン、ブロッコリナはブロッコリーである。
地球とは微妙に名前が違うが、野菜の味から成分、調理法などは殆ど同じだ。
「そうかそうか、なら今年中に第一陣を収穫できるな」
「うん! 美味いといいなぁ〜」
じゅるりとミュートが涎を垂らす。
正直、これらの野菜は全部、栽培して2ヶ月も経っていない。
本来なら倍の時間を掛けて成長してようやく収穫に漕ぎ着けるのだが、今回だけはちょっとしたズルをした。
ズバリ、魔法を使ったのだ。
作物に与える水に、俺の魔法で作った肥料を混ぜたんだよね。
窒素、リン酸、ホウ素、マグネシウムなどを元素単位で精製し、錬金術と魔法薬調合法を無駄に駆使して調合したスーパーハイブリッド人工肥料だ。
以前、家庭菜園にハマった師匠が自作した肥料を真似たものだ。
その効果は抜群で、ホームセンターで売っている一番小さいプランターに植えたスイカからバスケットボール大の実が収穫できるほどだ。
今回は、それを10分の1に薄めてミュートの畑に撒いた。
おかげで栽培・収穫時期が異なる野菜たちが一斉に育ち、幾つかは収穫直前まで行っている。
オルガたちの有用性をいち早く証明するために、そして村の食卓事情の更なる改善を迅速に実現するために、みんなに怪しまれることを覚悟で自作肥料の使用を強行したのだが、ミュートの満面の笑顔を見ればその甲斐があったことが分かる。
まぁ、来年からは普通に栽培するから問題ないよね。
今回は謂わばスマホゲームとかによくある「スタートダッシュボーナス」というやつだ。
「今日の晩飯当番は、確かミューナだったか」
「違うよ。にいちゃんだよ」
「あれ、そうだっけ?」
「もー、またサボろうととぼけてる! 間違いないよ、昨日がオルガねえちゃんだったから」
ちぃ、見破られたか。
「そんなんだから、オルガねえちゃんに『いじょーしゃ』とか『きょげんしゃ』とか『あんな大人になっちゃいけませんよ』とか言われるんだよ?」
「……ちょっと待て。最後の、初耳だぞ」
「オルガねえちゃん、よく俺とミューナに言ってたぞ。『あれはダメな大人の見本です。反面教師として、しっかり勉強しておきなさい』って」
「……あの毒舌能面娘め、俺がいないところでそんなこと言ってたのか」
っていうか、ミュート、モノマネ上手いな……。
「安心してよ、にいちゃん。俺たちもにいちゃんを見習おうなんて考えてないから!」
お前も大概容赦ねぇな、ミュート……。
「……いいかミュート、オルガは基本、口が悪い。だから俺のことを悪し様に罵る。あいつの言うことは……まぁ、大抵は信じて聞くべきだけど……俺に関する評価だけは偏見がこもっているから全て無視しろ。いいな?」
「『あなたの稟質ではミュートとミューナを良い方向へは薫陶しません。二人の教育は私に任せてください。というか、あなたは口出ししないでください』」
ミュートのその言葉に、俺は大いに驚かされた。
そう。
このどこかの無表情かジト目の2パターンしかない表情がない超絶美少女を彷彿とさせる言葉は、なんとミュートの口から発せられたのである。
「ミュ、ミュート? お前なに言って……」
恐る恐る尋ねてみると、ミュートは無邪気な笑顔で応じてくれた。
「オルガねえちゃんに教えてもらった! にいちゃんがねえちゃんのことを悪く言ったときにそう言いなさいって!」
「ぐっ……!」
あの毒舌人形姫、なにミュートたちに俺への対抗策仕込んでんだ!
そっちこそ子供に変な教育すんじゃなねーっての!
俺が歯噛みしながら返事に窮していると、ミュートが面白そうに笑った。
「オルガねえちゃんの言う通りだ!」
「……なにがだよ」
「これ言ったら、にいちゃんの面白い顔が見れるって!」
「…………さいですか」
そこまで読んでいたとは……。
なにその神算鬼謀な策謀家っぷり?
あいつの前世、クレオパトラ?
勝てる気がしないんだけど?
げんなりと肩を落としてしまった俺の背中を、ミュートはパシパシと元気付けるように叩いてきた。
「気にすんなよ、にいちゃん! 俺たち、にいちゃんを見習おうとは思ってないけど、にいちゃんみたいになりたいとは思ってるから」
「……どういう意味だ?」
ミュートは無邪気に笑う。
「俺、にいちゃんみたいに強くはなれないと思うんだ。だからにいちゃんをそのまま真似するのは無理だし、にいちゃんと同じこともできない。でも、にいちゃんみたいな善い人にならなれるような気がするんだ。だから俺、にいちゃんみたいに人を助けられる、優しくて立派な人間になるんだ!」
少し舌足らずながらもはっきりとそう言いきったミュートの笑顔は、傾きつつある太陽の光を受けて穏やかに輝いていた。
「……さいですか」
「うん!」
なんというか、勝てる気がしねーな、こいつらには……。
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