46. 我が家のペット紹介

 どうも。

 アレンという冒険者に完全に嫌われてしまいました、ナインです。


 ……いや、知ってたよ、初対面の時から何故か嫌われていたことは。

 でも、まさか殺気を向けられるほどだとは流石に思ってなかったよ。

 特に、俺が畑仕事をオルガたちに任せていると言った直後なんか、もう射殺さんばかりの殺気を向けられたよ。

 本人は上手く隠しているつもりらしいけど、結構バレバレだからね。


 でもまぁ、そうなるよねぇ……。


 俺自身、自分がかなりクズいことを言っている自覚はあるし、アレンの俺に対する評価が急降下したことも理解できている。

 けど、それでも俺は「非力な薬草師見習い」を演じ続けなければならない。

 嫌われることよりも、怪しまれることの方がよほど由々しいから。


 唯一の救いは、周りの人たちがちゃんとそのことを理解し、協力してくれていること。

 村長のベンは「僕たちはナインがちゃんと薬草師やってるってこと、ちゃんと分かっているからね」というメッセージが込められた苦笑いをくれたし、オルガに至ってはめちゃくちゃ小さい声で「全てあなたに任せます」と呟いてからずっと湖面のようなアルカイックスマイルを浮かべていた。


 ベンからは善意の黙認を、オルガからは全幅の信頼を貰ったのだ。

 俺もとんだ果報者である。


 だから、いきなり初対面の人アレンに嫌われても、全然悲しくなんかない。

 悲しくなんかないんだからね!

 グスッ……。






 ◆






「こっちだよ」


 ジャーキーを見たいということで、俺はアレンたちを裏庭にあるジャーキーの寝床デカい犬小屋に案内した。

 村長とエレイン、そしてさっきから黙ったままの二人──レクトとダナンというらしい──が後ろに続く。


 道中、オルガが音もなく隣に寄ってきた。

 不自然にならない程度に顔を寄せ合い、極力小声で会話する。

 何故か後ろから殺気が二つほど上がったが、振り返ることなどできない。

 何処までも気付かないフリをするしかないのだ。


「(気を付けてください、ナイン。彼らは高位の冒険者です)」

「(そうなの?)」

「(はい。確か、冒険者のランクは最低で1、最高で8だったと記憶しています。ランク6というのは、上から3番目に強いということ。彼らはかなりの実力を持っているはずです)」

「(なるほど。まだ彼らの戦闘を見ていないから具体的にどれくらいかは分からないけど、お前がそう言うなら気を付けとくよ)」


 そう応じると、オルガは少しだけ首を傾げた。


「(あなたなら見ただけで相手の強さが分かるのでは?)」

「(いやぁ、お恥ずかしながら、俺はそういうの一切できないんだよね)」

「(あなたほどの異常者が?)」

「(その異常者って言い方やめれ。……俺の場合、周りに化け物しかいなかったから、そういう眼識が全く育たなかったんだよ)」


 外見ほど当てにならないものはない。

 礼儀云々を抜きにしても、外見だけで人間を判断するのは愚かの極みだ。

 俺の知る強者化け物たちは、みんな実力にそぐわない外見をしていた。


 俺の師匠は30代のくたびれたサラリーマンにしか見えなかったし、マリアさんはおっとりしたお色気修道女にしか見えなかったし、弥生さんに至っては花魁が着るような絵踏衣装を着崩した小学生女児にしか見えなかった。

 外見だけでこの三人が世界最強の魔法使いだと見抜ける人間は、絶対にいないだろう。

 そんな人達に囲まれて育った俺ほど、人の見た目が当てにならないことを知っている人間はいない。

 というか、そもそも俺の周りには「普通の魔法使い」がいなかったから、「見比べる」ということが出来なかった。

 10000しか知らなければ、11と12の差など分かる訳がない。

 漫画やラノベのように相手の外見を見ただけでその実力を推し量るなど、俺には到底できないのだ。


「(では、装備品などで判断することは?)」

「(それも、当てにはならないかな)」


 装備品でその人の真実を判断することは殆ど不可能だ。

 身の丈に合った品を身につけている人間は、実は意外にも少ない。


 人間、誰しも背伸びをしたがるもの。

 実際の自分よりワンランク上に見せたいと思う心理は、性別と年齢を問わない。

 腕に高級腕時計を巻くしがない係長然り、クローゼットに高級カバンを並べる一般家庭の主婦然り、親のハイヒールを履いてヨチヨチと家の廊下を歩く女児然り、その心理はすべて同じ所からきている。

 もちろん、これらの「背伸び」を批判するつもりは全くない。

 会社での評価を考えれば高級腕時計は必要なものだし、ママ友内での社交を考えれば高級カバンはマストアイテムだし、親が使っている物を使ってみたいと考えるのは成長過程で必ず通る道だ。

 社会を生きていく上で、これらの「背伸び」は必要なことだろう。


 俺が云いたいのは、人間にはこういった特性があるから、身に付けているアイテムだけでその人物を的確に判断するのはとても難しい、ということ。

 いい装備をしているからと言って、その人間の実力がその装備に見合っている保証など何処にもないのだ。


 それに、これらの「背伸び」とは真逆に、装着品に無頓着な人間もいる。

 世の中にはセーターにジーパンでディベロッパーズカンファレンスに出る大会社の社長もいれば、つなぎ服でハンバーガーショップに居座る映画スターもいる。駅の立ち食い蕎麦屋で蕎麦をすすっているアニメTシャツ姿の外国人客が実は世界を股にかける海運王だった、ということも実際にあったらしい。

 装着品だけで人を判断すると、碌なことにならないのだ。


 色々言ってみたが、要するに、俺には少年漫画の主人公のように見ただけで相手の実力を判断する能力も、相手の装備品を見てその戦闘力を推し量る機能も備わっていない、ということ。


「(意外でした。あなたにも苦手なことがあるのですね)」

「(そりゃあそうだよ。なんでもは出来ないよ、出来ることだけ)」

「(……なぜでしょう、あなたのその言葉に少しイラッとします)」


 通じないはずのネタに反応するとは……もしかしてオルガさん、◯ュータイプか!?


「(お巫山戯はこのくらいにしましょう。あなたの正体がばれるのは非常に困りますので、演技することに専念してください。私たちは一蓮托生、そう言ったのはあなたです)」

「(そうだな。高位の冒険者ってことは、反射速度も観察能力も優れてるってことだろうから、なるべく変なことはしないようにするよ)」


 彼らの戦闘を見ればその実力を正確に推し量れるけど、それはいつかの機会に取っておこう。

 今は、大人しくしているべきだ。




 家の裏に回ると、1.5メートルほどもある犬小屋が姿を表す。

 俺がジャーキーのために建てたワンワンハウスだ。

 構造は日本でよく見かける犬小屋と同じだが、大きさはジャーキーの体に合わせて特大サイズ。しゃがめば俺でも簡単に入れる大きさである。


「ジャーキー、かもーん」


 犬小屋の手前でそう呼ぶと、真っ白い毛を生やした大きなダイアウルフが小屋から出てきた。

 先っぽだけ赤い毛が生えている耳をピンと立たせ、尻尾をブンブンと振り回している。


「ワウ!」


 高いトーンでそう吠えると、俺の脇腹に体を擦るようにして甘えてくる。

 今日も元気いっぱいだ。

 愛いやつめ〜。


「やぁ、ジャーキー。今日も元気そうだね」

「ワウ!」


 村長の柔らかい挨拶に、上機嫌な声で返事をするジャーキー。


「よーしよし、いい子ねー。今度また美味しい干し肉持ってくるからねー」

「ワフゥ~」


 エレインに顎下をワシャワシャと掻かれ、陶酔した様子で返事をするジャーキー。


「ジャーキー、来客ですよ」

「ワウ?」


 オルガの注意に「来客?」と聞き返しているかのように可愛く首を傾げるジャーキー。

 たまにこいつは人間の言葉が分かるのではないのかと思ってしまうくらい、ジャーキーは俺たちの言葉に的確に反応する。

 もしかしたらこちらの声のトーンや仕草などから言いたいことを推察しているのかもしれないが、それだけでは説明できないほど的確に行動を返してくる時がある。

 異世界の生き物だから、もしかしたら人間の言葉が分かる魔物も居るのかもしれない。


 恐らく、そのお利口さが愛らしさへと直結しているのだろう。

 そこに生来の人懐っこい性格が合わされば、人々の心を掴んで離さないペットの出来上がりである。

 最初は番犬(もしくは非常食)としか見ていなかった俺も、今ではジャーキーにかなりの愛着を抱くようになっている。

 たとえ相手が滅茶苦茶デカい狼でも、可愛いものは可愛いのだ。

 ほんと、可愛いって正義。


 だが。

 そんな可愛くてお利口さんなジャーキーを見た冒険者三人組は、何故かポカーンと口を開けたまま固まってしまっていた。

 ……なんで?


「この子がジャーキーです」

「ワウ!」


 自己紹介するような吠え声に、アレンが反射的に腰に挿した長剣に手を伸ばす。

 が、引き抜く直前で思い留まった。


「……随分と人懐っこいな……」


 アレンの素直な感想。


「ジャーキーと言ったな? 何処で拾って来たんだ?」


 警戒するように、観察するように、アレンはジャーキーを見つめたまま聞いてくる。

 彼の後ろに立つレクトとダナンも、腰を僅かに落としたまま、同じような目をジャーキーに向けている。


「裏山だよ。傷付いていたところを助けたら、懐かれたんだ」

「そうか、そんなこともあるか……」


 少し思案し、アレンは振り返ってレクトとダナンを見た。


「これだと思うか?」

「う〜ん、どうだろう? 普通のダイアウルフより一回り以上大きいし、毛も真っ白だし、それなりに強いとは思うけど……」

「でも、なんつーか、こう……オーラが足りねぇっつーか、雰囲気が普通っつーか……」


 なんだろう、ジャーキーへの評価だろうか、かなり微妙なことを言われている気がする。

 失礼だな、お前ら。


「ワウ?」


 愛くるしく首をかしげるジャーキーに、アレンは恐る恐る手を差し向ける。


「怖がる必要はないぞ? すごく大人しくていいヤツだから」


 無邪気を装ってそう言うと、アレンがムッと鼻頭にシワを寄せる。


「こ、怖がってなどいない! ただ、白いダイアウルフが珍しかっただけだ!」


 強がりな態度に反して優しい手付きでジャーキーの頭を撫でるアレン。

 ジャーキーは撫でられて嬉しそうだ。


「あ、あたしも!」


 アレンが撫でていると、ダナンが我慢できないとばかりに前へ出て来てジャーキをモフり始めた。

 どうやら、ジャーキーの愛らしさに感化されたらしい。

 どうよ、これがうちのジャーキーの力だ!


「ふむ。確かに害はない無さそうだな」

「じゃあ、これが『』ってことか、アレン?」


 何やら主語を暈した会話をするアレンとレクト。

 どうやら、話しているのはジャーキーの事らしい。


「うむ。それなりの強さと賢さ、そして人間に害を与えない温厚さ。このホワイトダイアウルフこそ使者の言っていた『』と見て間違いないだろう」

「へぇ、お前が『それなりの強さ』って言うのは珍しいな、アレン」

「ふっ、筋肉の付き方と身のこなしを見れば分かる。お前も分かっているだろう、レクト」

「まぁな。俺たちなら大丈夫だが、普通の魔物だったら相手にならないだろうな。もしかしたら、キラーマンティスとも互角以上に殺り合えるんじゃねーか?」


 おっと。

 ジャーキーうちの子をかなり甘く見積もっているみたいですなぁ。

 強いよ、うちのジャーキーは?

 それこそ、俺が出遭ってきた魔物の中ではダントツに強いくらいだ。

 あのブリーフ君(故)ことグラトニーエイプですら軽く捻れると思う。

 普段は大型犬みたいな感じのじゃーキーだけど、戦いになったら雰囲気が一変する。

 今は愛嬌たっぷりに尻尾をフリフリしてるけど、いざ狩りや戦闘となったら「狼」としての威圧が溢れ出して、かなり勇ましくなる。


 まだアレンたちが戦っているところを見ていないから滅多なことは言えないけど、アレンたちなら大丈夫、っていうのは根拠が無い気がするな。


 ジャーキーの反応速度と瞬発力は、地球の新米魔法使いにも引けを取らない。

 そこに野生の勘と生来の戦闘センスが加わるから、下手したら新米魔法使いでも殺られるかも知れない。

 シャティア姫たちを襲っていたあの黒尽くめの暗殺集団が相手なら、10人だろうと20人だろうと相手にすらならないだろう。

 アレンたちがアイツらと互角なら、絶対にジャーキーには敵わない。


 まぁ、アレンたちの実力を知らないから、精確なことは何も言えないけどね。


 それに、侮ってくれる分には全然構わない。

 寧ろ、警戒されることのほうが問題だ。

 俺たちの平穏のためにも、軽視は大歓迎です。



 そんなことを考えていると、アレンが気になる発言をした。


「まぁ、どれだけ強かろうと、この左腕に封印されし力を解放すれば相手ではないがな」


 そう言って、アレンはそっと自分の左腕を握り締めた。



 ほほう!

 封印されし力とな?

 メッチャ面白そう!



 地球元の世界では「封印魔法」というジャンルの魔法がある。

 封印魔法は、対象の情報構造体を強制的に固定化させる魔法だ。

 多くの場合、発動に失敗した魔法や半減期が数万年もある放射性廃棄物などの「処分に困るもの」を封じ込めるために使う、謂わば臭いものに蓋をするための魔法だ。


 一応、人体にも封印魔法を施すことはできるが、その行為は高確率で失敗するか、成功したとしても高確率で対象を死に至らしめてしまう。


 封印魔法を人体に作用させるには、その人の「魔力抵抗」を突破する必要がある。

 魔力抵抗は、その名のとおり魔力による情報改変への抵抗現象で、魔力を有する生物や物質固有の性質だ。

 魔法使いの場合、体内にある魔力が外界からの魔法的干渉を阻み、情報改変を強力に阻害する。

 保有する魔力量が多ければ多いほど、この魔力抵抗は強固になり、外界から情報構造体を直接書き換えることが困難になる。

 実力が大きくかけ離れた魔法使い同士の戦闘を除いて、魔法を直接相手の体内で発動させることができないのは、この魔力抵抗があるからだ。


 封印魔法の本質は「情報構造体を強制的に固定する」ことなので、魔力抵抗の影響をダイレクトに受ける。

 自分で自分に掛ける分には抵抗が少ないが、他者に掛ける場合、相手の魔力抵抗を完全に突破する必要がある。

 だから、成功率がとても低いのだ。


 それに、たとえ成功したとしても、あまり良い事は起こらない。

 人体に封印魔法を掛ける場合、掛けられた身体部位の情報構造体が強制固定されるため、その部位は機能不全に陥り、最悪機能を完全に喪失する。

 掛ける場所が悪ければ、そのまま死に至ってしまう。


 百歩譲って、そういったリスクを承知で封印魔法を肉体に施したとしても、少年マンガのように「何かの力を己の身体に封印する」などという行為は、基本的には不可能。

 いや、やろうと思えばできなくはないが、異物を体内に移植するのと同じように、ほぼ確実に拒絶反応が起こる。

 そもそも、人間は自分の魔力と異なる魔力を操ることができない。

 たとえ奇跡的に何らかの力を体内に封印することに成功したとしても、それは自分とは違う存在魔力であるため、思い通りに扱うことなどできない。

 結果、命の危険を冒して使えもしない異物を搭載しただけ、となる。

 そんなアホな事をしたがる人間はいないだろう。


 ただ、ここは地球ならぬ異世界だ。

 命を危険に晒さずに強い力を自身に封印する魔法が存在するかもしれないし、それを使いこなす方法も存在するかもしれない。

 もしそんな魔法が実在するのであれば、それは間違いなく俺の知らない魔法知識だ。

 ぜひとも一見してみたい所存である。


 コッソリと両目に魔力を集めて「魔力視の眼」を発動、アレンの左腕の情報構造体を調べる。


 どれどれ──


 アレンの左腕:

 ① 骨密度と筋肉密度ともに通常以上。しかし構造に特異性なし。

 ② 魔力の自然放散量は多め。しかし魔力循環系に特異性なし。

 ③ 1〜10次元までの情報構造体に構造強化・構造損傷・構造改ざん等の異変は無し。

 ④ 封印魔法、付与魔法、浸透魔法、刻印魔法、呪詛、寄生型交差変異生物、神秘魔法系統の魔法的痕跡およびその他の特殊魔法などなど、「封印されし力」に該当する魔法的反応なし。




 んんん〜〜〜〜??



 俺の「魔力視の眼」を以てしても看破できない封印魔法となると、もはや超が付くほどの上級封印魔法しかない。

 そんな魔法を扱えるのは、俺の知る限り世界地球でも13人しかいない。

 言うまでもないことだが、その13人は全員が全員、師匠級の化物だった。

 俺の師匠もその内の一人だったし、その内の6人とは面識があるから、よく知っている。


 だから断言できる。

 このアレンという同年代の少年がそんな超高等魔法を扱うのは、絶対に不可能だ。

 もしかしたら他の人に封印してもらったかも知れないが、それもないだろう。

 なにせ、痕跡が本当に何も見つからないのだ。


 ここまで痕跡がないのは、はっきり言っておかしい。

 やっぱこれって、俺の知らない──この世界特有の魔法か何かなのだろうか?


 だとしたら脅威だ。


 俺の「魔力視の眼」を完全に欺き、魔法反応を一切示さない魔法。

 そんなモノは、師匠ですら再現不可能だ。


 ちょっとヤバいかもしれないな……。



 そうやって俺が密かに焦りを募らせていると、


「────っ!?」


 突然、アレンが厳しい眼差しを俺に向けてきた。

 無言だったレクトとダナンも、鋭い視線を寄越してきている。


「お前、魔法が使えるのか!?」


 な、何っ!?


 感づかれた!?

 俺が「魔力視の眼」を使ったのを!?


 んなバカな!

 両目に魔力を集めただけだぞ!?

 凄く頑張って放散魔力を抑えたんだぞ!?

 師匠でさえ「お前の『覗き』は一流」と言わしめた程の隠密性だぞ!?

 それがバレただと!?

 しかもアレンのみならず、レクトやダナンにも!?


 ヤバい!

 とりあえず、誤魔化さなくては!


「魔法? ははは、そんなの使えるわけないじゃないか」


 俺の渾身の誤魔化しに、アレンは鋭い視線で返す。


「俺は魔力に敏感なんだ。先程、お前から微量の魔力を感じた」


 おいおい、どんだけ敏感なんだよ!?

 地球の魔法使いでも、ここまで魔力に敏感なのは滅多にいないぞ!?


 これは、気をつけなきゃマジでヤバいことになるな……。


「はぁ……?」


 なんのことだかサッパリ分かりません、という態度ですっ恍ける俺。

 ここで動揺なんかしたら、自白したも同然になる。

 徹底的に恍けきってみせるぞ!


 暫く俺を睨み付けていたアレンだが、やがて「……まぁ、魔法が使えるのなら、もっとマシな仕事をしているか」と、聞こえるか聞こえないかの音量で失礼極まりないことを呟いた。

 どうやら、思い違いだと判断してくれたらしい。

 レクトとダナンも、警戒を解いてくれた。



 ……ヤ、ヤバかった。


 まさか俺の情けないキャラ設定と迫真の演技がこんなところで役に立つとは……。


 それにしても、驚異的な魔力察知能力だ。

 これからは、アレンの前では絶対に魔法を使わないようにしなきゃな。


 というか、早く話題を変えよう。


「そ、そう言えば、さっきは『封印されし力』がどうとかって言ってたけど、それってどんな力なんだ?」


 俺の無理やりな話題チェンジに、アレンは何故か機嫌を良くした。


「ふ……ふふふっ……知りたいか?」


 アレンは黒い笑みを浮かべると、押さえたままの左腕を持ち上げ、左手でその憂い顔を半分だけ隠し、上半身を捻りつつ少しのけぞる。

 そして、その無茶な姿勢のまま、ランク6冒険者アレンは宣った。


「ならば教えてやろう──我が封印されし『破壊ノ黒竜ブラックラヴィッジドラゴン』の力を!」


 もう完全に「ジョ◯ョ立ち」である。

 姿勢も動作も、やけに芝居がかっている。


「この封印されし『破壊ノ黒竜ブラックラヴィッジドラゴン』の力は絶大だ。一度開放してしまえば、この村はおろか、国そのものが消滅してしまうだろう!」


 後ろではPTメンバーであるレクトとダナンが、なぜか「またか」という顔でこめかみを押さえて呆れていた。


「そう、俺はこの悍ましくも強大な力を押さえるため、自らの左腕にその存在を封印したのだ! 破壊ノ黒竜ブラックラヴィッジドラゴン永劫エターナル契約コントラクトを交わし、世界を脅かす暗黒の力ダークパワーを御し────」


 滔々と語るアレン。



 ……あ。

 この症状知ってる。



 これはあれだな。

 所謂「8th・グレード・シンドローム」ってやつだ。



 ……どうりで、調べても何も出てこないわけだよ。

 だってそもそも、その「封印されし力」っていうのは、彼のイマジネーションの世界にしか存在しないんだもん。


 ……ヤバい、なんだか物凄く切ない気持ちになってしまった……。

 参ったね、こりゃ……。


 思い返してみれば、俺って中二病を患った経験がないんだよね。

 だって、本当に魔法使いだったからね。

 自分には秘めた力があるとか、そういう妄想はぜんぜん必要なかったからね。

 なにせ、本当に魔法秘めた力を持ってたわけだからね。

 尤も、俺の場合、「秘めた力」ではなく「秘めなければならない力」なんだけどね。

 うっかり「くっ……静まれ俺の腕よっ!」なんて言おうものなら、秘匿義務違反になって協会からお仕置きされちゃうからね。


 ……まぁ、妄想自体は結構してたんだけどね。

 師匠相手に無双する、っていう妄想を……。


 毎日死と隣り合わせの修行を繰り返し、ちょっとでも腕を上げるとすぐに師匠にボコボコにされて高くなりかけた鼻を頭蓋骨ごと折られていた当時の俺は、密かに「師匠相手に無双する」という妄想をすることで、心の平穏を保っていた。


 考えてもみてよ?

 放課後は毎日、部活じゃなくて血の滲む魔法修行だよ?

 飛んでくるのは野球ボールじゃなくて《八式魔道マギピアシングスピ貫通槍アー・タイプⅧ》とか《神聖なる鉄槌セイクリッドハンマー》だよ?

 掠っただけで体が半分ほど消し飛ぶんだよ?

 死神がチームメイトで閻魔様が監督を務める死の野球部だよ? 

 もはや「部活ぶかつ」じゃなくて「不活ぶかつ」だよ?

 ちょっとくらいあり得ない妄想に浸って現実逃避しなきゃ、精神が保たないよ!


 まぁ、そんな地獄の修行と厳しくも優しくない師匠のしごきシバキのおかげで、俺はそれなりに強くなれたんだけどね。

 引き換えに「調子に乗る」っていう人間の基本機能の一つを失ったわけだけどね……。



 俺の黒歴史はさておき。

 アレンである。


 どうやら、彼の左腕には国すらも消し飛ばすことができる「破壊ノ黒竜ブラックラヴィッジドラゴン」の力が封印されている(という設定)らしい。

 ……まぁ、典型的な症例だよね……。


 ちょっと脱力すると共に、少し奇妙だと思う。


 代わり映えしない現実に退屈した思春期の少年少女が、生活に神秘性や可能性といった潤いを見出すためにご都合的な空想を描く行為──それが中二病だ。

 けれど、オルガによれば、アレンは高位の冒険者らしい。

 学生に置き換えれば、運動部のレギュラーで全国大会の常連選手、ということになる。

 つまりは勝ち組だ。

 そんな彼が中二病を患うのは、なんだか人物像からちょっとズレている気がする。


 もしかして、彼にも鬱屈とした日々を過ごす時期があったのだろうか。

 彼の今の中二病は、もしかしたらその時の名残なのではないだろうか。


 そんなことを考えていると、頭上でパタパタという羽ばたき音が聞こえてきた。

 見上げるとそこには案の定、屋根の上からフラフラと飛んでくるバームの姿があった。


「なんだ、見かけないと思ってたら、屋根の上で日向ぼっこしてたのか、バーム」

「……(フスッ)」


 小さな羽根を必死に羽ばたかせるバームは、俺の言葉に小さな鼻息で返事をした。

 人前では喋るな、という俺の言いつけをしっかり守っているようだ。


 バームは俺の肩に着地すると、後ろから首に巻きつくようにとぐろを巻いた。

 今日も安定のマフラー状態である。

 ちょっと重くて苦しいけど、俺にくっ付いて外出する時はいつもこうしているので、もう慣れた。


「……ほう。もう一匹ペットがいるのか」


 得意げに己の設定妄想を垂れ流していたアレンは、バームを見て興味深そうに言った。


「随分魔物に懐かれるな、お前は……。これはどんな魔物だ? よかったらもっと良く見せてくれ」


 ジャーキーもバームも、本当はその存在自体を公にしない方がいいのだが、物事とは隠せば隠すほど怪しく思えてくるもの。

 だったら、いっそのことこちらからある程度の情報を与えて、適度なところで満足してもらったほうが、後々面倒事が少ない。

 丁度、今のバームはぬいぐるみのような姿とサイズだから、堂々と見せても警戒されることはないはず。


「ほい」


 バームを首から降ろし、アレンに手渡す。

 アレンはそれを受け取ると、目の高さに抱き上げた。


「…………」

「…………」


 一人と一匹が無言で見つめあう。

 そして、


「……(カプッ)」


 バームが無言でアレンの親指に噛み付いた。


 一瞬驚くアレンだったが、すぐに冷静さを取り戻す。

 省エネ状態のバームの歯は、赤ちゃんの乳歯よりも丸くて短い。

 加えて、食事をするとき以外は、その小さい歯を全て歯茎の中に収納している。

 そんな状態のバームに噛まれたとしても、乳歯すら生えていない赤ちゃんに歯茎でしゃぶられたようにしか感じないだろう。

 バームも、わざと甘噛みしたみたいだから、痛みは皆無だろう。


「……ふむ」


 今のでバームが危険な存在ではないと判断したらしく、アレンは警戒心を解いた。


 さすがバーム大先生。

 無害なトカゲの赤ちゃんの演技がお上手でいらっしゃる。


「これはなんという魔物だ?」

「さぁ?」

「さぁってお前……」

「自分で拾っておいてなんだけど、俺も知らないんだよ。トカゲっぽい何か、かな?」

「随分適当だな。『群生蜥蜴グレガロイドリザード』の亜種だったらどうするつもりだ?」

「そのなんとかリザードっていうのは知らないけど、大丈夫だと思うよ。飼い始めてもう結構経つけど、一向に大きくなる気配がないんだ。多分、これでもう成体なんじゃないかな」


 最後に「これ以上強くならない」と言外に付け加えて危険性の無さをアピールしておく。

 もちろん全て嘘であるが、彼にそれを確かめる術はないから問題はない。


 俺のダメ押しが効いたのか、アレンは興味をなくしたかのようにバームを返してきた。

 その視線は、再びジャーキーに移っている。


「ふむ。……『ぬし』の可能性があるとすれば、やはりこっちか……」

「ぬし?」

「……なんでもない。こちらの話だ」


 そう言うと、アレンは仲間たちに振り返った。


「では、これでお暇する。レクト、ダナン」

「おう。じゃーな」

「色々とありがとう。またね」


 そそくさとこの場を後にする三人に、村長のベンが続く。


「じゃあ僕たちも帰るとするよ。行くよ、エレイン」

「分かったわ。じゃあね、ナイン、ジャーキー、バーム」


 エレインは最後にオルガを無言で一睨みし、我が家を後にした。






 ◆






 全員が見えなくなるまで見送った俺とオルガは、小さく溜息を吐いて肩の力を抜いた。

 襤褸こそ出なかったが、危ない場面はたくさんあった。

 ちょっと疲れたよ。


 それにしても──


「魔物の大移動か……」


 そんな大事が身近で起きていたなんて、全く知らなかった。

 というか、その前兆らしき「魔物の増加現象」があったにも拘わらず、俺は気に留めることすらしなかった。


 すべて目の前で起きていたというのに、この有様だ。


 後悔するのと同時に、少しだけ心がざわつく。

 なんだろう、波乱の予感がする……。


 今のうちに裏庭に核シェルターでも建てようかしら?

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