44. Pretty girl walking down the street

 村長の娘のエレインは、美少女である。


 大きな瞳と吊り気味の目元。

 小さな鼻と表情豊かな口元。

 その美しい顔は愛嬌と凛々しさの両方を併せ持ち、エレインという美少女に現実味を与えている。


 エレインの美貌は、ピエラ村でも一二を争う。

 オルガが村に来るまで、村中の若い男の恋慕を一身に集めていたのは、何を隠そうエレインだったのだ。


 ついついオルガと比較してしまうけれど、二人は美の方向性が全く違う。

 オルガがCGアイドルのような現実離れした美貌を持つ天女であるならば、エレインは学校一の美貌を持つ幼馴染という感じだ。

 こう言うとまるでエレインが劣っているかのように聞こえるかも知れないが、勿論そんなことは一切ない。


 確かにオルガは見ているだけで思わず感嘆を漏らしてしまうほどの超絶美少女だが、その特有のお堅い態度と喋り方を崩すことがない。

 良く言えば完璧すぎて近寄り難い存在、悪く言えば美しい彫像のようで手に余る。

 人気アイドルをやっている同級生の女子と同じで、ダメもとで告白することはあっても、決して本気で付き合えるとは思えないのだ。

 まるで月に恋しているかのようで、儚くて虚しい。

 それがオルガさんに対する男性達の評価である。


 一方、エレインは現実味のある存在だ。

 働き者で頑張り屋だし、聡明にしておおらかな少女だ。

 その何処にでもいそうなナチュラルな雰囲気が、男の恋心に「俺でも頑張ればいけるかもしれない」という燃焼促進剤をぶっ掛ける。

 そこに、彼女特有の高い社交スキルによる親しみ易さが加われば、落ちない男はいないというもの。

 実際、俺が目撃している求婚シーンは、オルガさんが5回に対し、エレインはなんと10回を越える。


 人は誰しも博物館で展示されている特大のダイヤモンドを見て恍惚としたため息を吐くが、最終的に欲しいと思うのはそんな非売品の至宝ではなく、やはり宝石店で売られている一番高いダイヤの指輪なのだ。


 まぁ、こういうのは100%人の好みに依存するので、客観的にどちらがより優れているかなんて比べることはできないんだけどね。

 っていうか、比べるだけ失礼な話である。






 ◆






「昨日、またランドからプロポーズされちゃったのよ。困っちゃうわー」


 カウンター代わりのテーブルに腰掛け、こちらをチラチラと見ながらドヤ顔でモテ自慢をするエレイン。


「はぁ」

「こうもアタックされ続けたら、流石にまいっちゃうわー」

「はぁ」

「もういっそ誰かと結婚しちゃおうかしら」

「はぁ」


 気のない返事を返すと、エレインは再びチラチラと俺を盗み見た。

 彼女はたまにこうしてモテ自慢をするために、わざわざうちにやって来る。

 誰々に告白されたとか、これで何度目だとか、あまりの情熱に心が揺らぎそうになったとか、そういう話を俺の反応を盗み見ながら滔々と話してくるのだ。

 特にオルガがうちに来てからは、こういったモテ自慢の頻度が上がってきている。


 ……うん、完全にモテない俺へのあてつけだな。


 だって、彼女の自慢話に「はいはい、そうですか」と適当に返すと、絶対に怒り出すんだもん。多分、俺の悔しそうな反応を望んでいたのにそれが返ってこないのが気に食わないんだろう。

 心根の優しい良い娘なのに、何故か俺とオルガに対してだけは性格が悪い。

 エレインの意外な一面である。


 言外に「モテないお前とは違って私は引く手数多なのよ」と言っているエレインに、俺は小さく溜息を吐いた。


「うーん。そういうことは『もういっそ』で決めちゃ不味いと思うよ」


 俺の忠告に、エレインは何故かキラーンと目を輝かせた。


「な、なんでよ」

「だって、結婚って一生のことだろ? その場しのぎで決めたら、後々後悔するかもしれないだろう? 経験ないからよく分からないけど……」


 我ながら説得力のない話である。

 お前に何が分かる! とエレインに怒られることを覚悟していたのだが、


「そ、それもそうね! あんたの言う通りだわ!」


 意外にも上機嫌に肯定された。

 彼女のご機嫌ポイントがよく分からん。


「あ、あんたは、その、どうするつもりなのよ……」

「どうするって、なにが?」

「その、け、結婚のことよ」


 そう言って、エレインの潤んだ目で見上げてきた。

 ホント、美少女の上目遣いは破壊力抜群だ。

 男なら誰もがときめくだろう。


 しかし、俺はそうはならない。

 なぜなら、俺には彼女の内心が手に取るように分かるから。


 彼女はこう思っているのだ。

 ──あんた、名実共に立派な『魔法使い』になる前に結婚できんの(嗤)?

 と。


 そう。

 彼女の潤んだ瞳は、笑い泣き寸前であることを隠しているがため。

 彼女の上目遣いは、悪い笑みを隠しているがため。

 彼女は、全身全霊でモテない俺をからかっているのだ。


 ……ホント、俺にはとことん厳しいね、エレインさん。

 昔、罰ゲームで告白してきたクラスの女子と良い勝負だわ。

 あの子も、俺が罰ゲームだと見破った直後から、俺への態度が急激に厳しくなったからね(白目)。


「ん~~。そういうのはまだ考えてないかな」


 一応、素直に答えておく。


 男性の平均結婚年齢が31歳である現代日本に暮らしていた俺としては、10代後半で家庭を持つことが当たり前であるこの世界の価値観にどうしても付いていき辛いものを感じている。


 みんな、とにかく結婚が早いのだ。


 例えば、村長のベンは19歳で奥さんと結婚し、翌年には長女であるエレインを授かっている。ノンドなどは、俺の歳で既に一児のパパになっていたという。

 現代人である俺からすれば、所謂「若気の至り」や「一時の気の迷い」が起きない限り、こんなに早くことが進むことはあまりないと考えてしまう。


 日本国民の法定婚姻適齢は、男性で18歳、女性で16歳なのだが、この世界ではそもそも「婚姻適齢」と言う概念からしてない。

 たとえ幼児でも、家同士が認めるのであれば、生殖可能になったその日から正式に夫婦になることができるのだ。

 原始的といえば原始的だが、この世界では乳幼児の生存率がまだまだ低く、確実に子孫を残すためには子供を多く産むしかない。女性が生涯で産める子供の数には限りがあるので、後は産み始める年齢を早めるしかない、という理論だ。

 謂わば、この世界ではこの早婚制度が効率的で合理的なのだ。


 勿論、この世界でも20代で結婚する人間は珍しくないし、30代で結婚していなくても世間から白い目を向けられることはそれ程ない。

 そもそも、人族のような比較的短命な種族がドワーフ族や獣人族のような比較的長生きな種族とエルフ族やデウス族のような超長命種族と一緒に暮らしているのだ。

 種族間で年齢に対する概念がかなり異なるので、年齢云々の話はかなり複雑になっている。

 そんなわけで、どの種族でも「子供さえ成せれれば年齢は大きく影響しない」というのが一般的な観念になっているそうだ。


 とはいえ、やはり「結婚は早ければ早い方が良い」という通念はとても根強い。


 エレインの質問が文化的に結構リアルであることは、俺にも分かっている。

 けれど、考えていないものは考えていないのだ。

 真面目な現代人(童貞)である俺としては、やっぱり時間をかけて関係を育み、健全なお付き合いから始まる恋愛を経て、最終的に結婚ゴールインする、というコースを歩みたい。

 いきなり面識すら少ない女性と夫婦生活を送り始められるほど、俺は男が出来ていないのだ。


「へ、へぇ〜、そう……まだ考えてないの……へぇ〜〜〜」


 嬉しそうなのを必死に堪えている様子のエレイン。


「生活の方は結構落ち着いてきてはいるんだけど、やっぱりまだ完全に安定してるわけじゃないからね。こんな状態で結婚なんかしたら、お相手に悪いよ」

「そ、そんなことな──っ! な、な、なくはないわね、うん、多分……」


 何かをごまかすように、エレインの音量が先細りする。

 しばらくすると、エレインは俯きがちにモジモジし始めた。


「じゃ、じゃあさ……、い、良いと思う娘はいないの? た、た、たた例えば、その、むむむむ村の要職に就いている人の娘、とか……」

「?」


 言葉の意味が分からず首を傾げる俺に、エレインは顔を真っ赤にしてバタバタと手を振り始めた。


「ほ、ほほほら! そういう人と結婚した方が、生活も安定してくるじゃない!?」

「あー、そういうことか。確かに一理あるけど、個人的にはまだ結婚っていうビジョンがないんだよねー。それにほら、生活の安定が目的で結婚するって、なんか違くない? 相手を利用しているようで、俺は嫌だな」

「そ、そう、そうね……」


 嬉しいやら悲しいやら分からないような複雑な顔をするエレイン。

 人間の表情筋ってこんな複雑な連動運動ができるのかと思わず感心していしまうような表情だった。


 それにしても、彼女は俺のこういう話を聞いて、本当に面白いのだろうか。

 他人の恋愛観ほどどうでもいい話はないと思うんだけどな……。


 などと考えていると、扉のノック音が小さく響いた。

 この力加減と間の開け方は──


「ただいま戻りました」


 案の定、入ってきたのはハーブをこんもりと積んだ小さなバスケットを下げたオルガさんだった。


「これは……エレイン、来ていたのですね。いらっしゃいませ」

「……お邪魔してるわよ」


 ものすっっっごく機嫌悪そうな声で返事をするエレイン。

 彼女から漏れ出る殺気が俺の師匠並みなんですけど……。

 なんで?


「……まるで新妻みたいな口ぶりね。言っておくけど、この家はナインの家で、あんたはただの居候よ。口の聞き方には気を付けなさい」

「……? はい、それは重々承知しています……??」


 意地悪な姑みたいなエレインに、訳が分からず小首を傾げるオルガ。

 毎度のことながら、なんだか見ていてハラハラする光景だな。


「おかえり、オルガ。お疲れさん。結構たくさん取れたな」


 仕事帰りのオルガに労いの言葉を掛ける。


「はい。ハーブ類は成長が早いので助かります」

「コショウの方はどうだった?」

「蔦の締まり具合は良好です。健康状態も問題ありません。もう少しで二回目の収穫ができるでしょう」

「それは何よりだ」


 うちの庭に植え替えた偉大なる世界樹コショウの成る樹について話していると、エレインが低い声で詰問してきた。


「ねぇ、何の話?」

「ハーブの話だよ。この前、みんなにコショウのサンプルを配ったろ? で、そのコショウが定期的に手に入りそうだって言っただろ? そのコショウの健康状態を確認してもらってたんだよ。結果は良好。このままいけば、村全体でコショウが食卓に上がることができるようになるかもしれないんだ」

「へぇー、それはすごいわねー」

「あれ? 何で棒読み? エレイン、コショウ嫌い?」

「いいえ、大好きよ。一度だけ町でコショウを使った料理を食べたことがあるけど、今までにない美味しさだったわ。この前あんたから貰ったコショウで焼いたお肉も、死ぬほど美味しかったし」

「な、なら、何でそんな怨嗟すら混じってそうな低い声なんですか?」

「……別に(ぷいっ)」


 エ◯カ様か。


 俺に対しては基本的に厳しいエレインでも、極たまには普通に接してくれる時がある。

 なのに、オルガ相手には一度も良い顔を見せたことがない。

 オルガもオルガで、毎度こんなに怒られる理由が分からない様子で、湖面のように静かな顔を保ちながらも、どうすればいいか目だけで俺に問うてくる有様だ。

 なんというか、まるで水にナトリウム塊を投げ込んだような、そんな両者の反応である。

 勿論、オルガが水でエレインがナトリウム塊だ。


 オルガがまたしても救援を要請する視線を送ってきているけど、残念ながら俺もこの状況をどうにかできる策を持っていない。

 そして、何故かこうやってオルガと視線だけで会話する度に、エレインの機嫌が悪くなっていく。


 もうそろそろエレインの導火線が燃え尽きてきた頃。

 うちの玄関の扉が静かに開かれた。

 誰かは知らないが、マジでナイスタイミングだ!


 救世主の登場に我が家の入り口を振り返ると、入ってきたのはなんとエレインの父親であるベンだった。


「あれ? こんなところにいたのかい、エレイン?」

「あ、お父さん」


 エレインの導火線の火がパッと消える。


「どうしたんだ、村長? また腰痛がぶり返した?」


 そう尋ねてみたが、彼は首を横に振った。


「いや、実はさっき村にお客さんが来てね。調査をしたいそうだよ」


 ぬ?

 調査とな?


 まさか俺の身元を調査に?

 ……いや、そんなはずはない。


 俺の経歴に襤褸はない。

 100%嘘の経歴だけど、いくら調べようと怪しい点は見つからないはずだし、何処を探しても証拠は出ないはずだ。

 寧ろ証拠がなさ過ぎることが却って怪しいかも知れないが、掴まれる尻尾がなければ疑惑だけで済む。


 だから、焦るな俺。

 これしきのこと、師匠との諜報訓練で幾度となく経験してきたじゃないか。

 少なくとも、高1のときにやらされた「米ペンタゴン潜入」という無茶振り修行で身元がバレそうになったときよりは数段マシだ。


 凪のような静かな顔を保つ俺に、ベンは詳細を説明してくれた。


「なんか最近、この周辺で魔物が大発生しているらしくて、彼らはそれを調査しに来たらしいんだ」


 ほらな?

 俺の身元の話じゃなかったろ?

 調査対象になるようなヘマを、この俺がするわけ──


 ……。

 …………。

 ………………ん?


「魔物が大発生で……調査?」


 魔物が大量に出現していることは、日々狩りをしているから熟知している。

 けど、それって調査が必要なことなの?

 スギ花粉みたいな、季節的な問題じゃないの?


「そのことは、俺から説明しよう」


 そんな言葉と共に入ってきたのは、黒い皮鎧を身に付け、腰から長剣をぶら下げた、俺と同じ年代と背格好の、黒髪の人族の少年だった。

 その後ろには、ワイルドな青短髪の獣人族少年と、金髪を先端で結んだエルフ族少女が続いている。


「俺はアレン。こっちはレクトとダナン。フェルファストから来たランク6冒険者だ」


 おおぅ。

 これが冒険者か。

 始めて見たよ。

 なんかちょっと嬉しいかも。


「はじめまして。私は──」

「ナイン、だろう? 村長から聞いた。敬語はいい。お互い歳は近いみたいだしな」


 アレンと名乗った少年は、俺を見定めるかのように観察し、続いて俺の後ろにいるエレインに視線を移し、最後にオルガに視線を移す──と、大きく目を見開いた。

 が、それも束の間、彼はすぐに首を振り、視線を俺に戻した。

 俺へと帰ってきたその視線には、なぜか明らかな警戒と深い敵意が浮かんでいた。

 どう好意的に取っても、友好的な色は皆無である。


 ……なんで?


 初対面の人間から嫌われる特殊スキルでも持っていんの、俺?

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