43. NP:ピエラ村騒動 〜 到着

 ――――― ★ ―――――




 無人の平原に伸びる道をゆっくりと歩く一団がいた。


「あとどのくらいだ?」


 先頭を歩く黒髪の人族の少年が振り返り、後ろの二人に問いかける。


「もうすぐよ。このまま何もなければ、ピエラ村までは1日ほどで着くわ」


 少年の問いに、長い金髪を先端で結んだエルフ族の少女が答える。


「いよいよ魔物の大移動の最前線だな。どんなやつがいるか楽しみだぜ」


 ウキウキとした声でそう言ったのは、短い青髪とワイルドな面持ちが特徴的な獣人族の少年だ。


「手ごたえのある相手であることを願おう」


 自信に満ち溢れた声でそう言った黒髪の少年は、無意識に左腕を押さえた。


 三人は、ランク6冒険者PT「アレイダスの剣」。

 フル装備で向かう先は、ストックフォード領の東端に位置するピエラ村。


 全員が背中に大きな背嚢を背負い、徒歩で移動している。

 彼らが背負っている背嚢は、2つの肩掛け以外にも数本の紐が付いており、その全てが胸の真ん中辺りで交差するように結ばれている。

 これは冒険者たちがよく使う結び方で、中央から伸びた紐の先端を思いっきり引っ張ると複数の結び目が連動して解け、背嚢が瞬時に背中から離れて地面に落ちる仕掛けになっている。

 突発的な戦闘が日常茶飯事の冒険者にとって、簡単かつ迅速に重石背嚢を外せるかどうかは生命に直結する。装着に手間が掛かるが、その分、瞬時に戦闘態勢が整うため、ほぼ全ての冒険者がこの背嚢の背負い方をする。


「にしても、随分長いことかかったなー、今回の依頼」

「そうよねー。もう一ヶ月だもんねー」

「フェルファストから一路東に向かい、立ち寄った全ての村で調査をしてきたんだ。長くもなる」


 青髪の獣人の少年──レクトのぼやきに、金髪のエルフの少女──ダナンが同意し、黒髪の人族の少年──アレンが追随する。


 調査依頼を受けてフェルファストを出立してから、既に一ヶ月。

 ただ移動するだけであれば、徒歩で10日もすれば到着する距離だが、調査が必要となるとその5〜6倍でも効かない時間が掛かってしまう。

 それを考えるなら、これでもまだ早い方だと言えるかもしれない。

 本当は一直線に目的地まで行ってさっさと依頼を遂行しても良かったのだが、道中での調査は敵情調査も兼ねている。これから向かう場所にいるかもしれない魔物の種類・強さ・分布など、調査を怠れば自分たちの命に関わるからだ。

 何より、魔物被害に喘ぐ町や村を放っておくことなどできない。依頼にかかる時間が長くなろうとも、困っている人たちをか助けられるのであれば、それだけの価値はある。


「それもこのピエラ村周辺で最後だ。というか、これからが本番だ」


 依頼内容はピエラ村の東に広がるグリューン山脈周辺の調査。

 これまでの調査はそこに到達するまでの被害状況を収集する、謂わば下準備のようなもの。

 アレンの言うとおり、これから向かうピエラ村での調査こそが今回の依頼の大本命なのだ。


「ねぇ、アレン。一応ピエラ村を臨時拠点にして調査を進めていくのよね?」


 ダナンが尋ねる。


「ああ、そうするつもりだ。調査依頼のあった場所の直ぐ側にある村だからな。調査はこれまでどおり、最初は村での聞き込み、続いて周辺状況の確認、最後に本命であるグリューン山脈周辺とそれに隣接する森林地帯で現地調査、という手順だ」

「そう」

「……何だダナン、ニヤニヤして」


 悪戯っぽい笑みを浮かべるダナンに、アレンが胡乱げな視線を向ける。


「ほら、あの村にはイーサンがご執心の娘がいるじゃない? その娘のこともついでに調査して、イーサンへの手紙に書いてやろうと思ってね。周りにいる男の子のこととか、彼女の恋愛事情のとことか」


 邪悪な笑顔を浮かべるダナンに、隣を歩くレクトが呆れた様子で手を振る。


「お前、イーサンを焚き付けるつもりか? やめとけやめとけ。あいつ、マジになると周りが見えなくなっちまうタイプだから、間違えてその娘の周りにいる男を皆殺しにしちまうかも知れねーぞ? あいつもランク6の冒険者だからな」

「それはそれで面白そうじゃない?」


 ダナンの悪巧みに、レクトは「処置なし」とばかりに頭を左右に振った。

 そんなことを話しながら進んでいると、


「敵だ」


 先頭を歩いていたアレンがいち早く気付いた。

 アレンとレクトが武器に手を掛ける。

 ダナンは左手で筒を作り、単眼鏡を覗き込むように左目に当て、詠唱する。


「"遠方の風、近辺の大地、虚実入り乱れし光と影を見通す力よ、我が手中に集え"──《望遠》」


 詠唱の完了と共に魔法が発動した。


「うーん。ファイアフォックスが11匹……それだけみたい」


 詳細を報告するダナンに、アレンは不敵な笑みを返した。


「雑魚か。俺が掃除して来よう」


 そう言って、アレンは手をかけていた長剣を抜き、ファイアフォックスの群れへと脚を向けた。


「いってらっしゃーい」

「俺らちょっと休憩してるわ」


 市場に買い物に行く友人を送り出すような軽い言葉を背に、アレンは駆け出した。






 ◆






「お前で最後だ」


 長剣を無造作に振り下ろし、最後のファイアフォックスの首を刎ねる。


「ふん。左腕の封印を解くまでもない。お前たちでは俺の相手は務まらん」


 芝居気たっぷりに左手で前髪を撫で上げ、不敵な笑みを浮かべるアレン。

 瀟洒に剣に付いた血を振り払い、カッコよく鞘に収める。


「遅ぇよ、アレン」

「あまり遊ばないでよね」


 レベル2の魔物の群れを単独で葬ったというのに、仲間から飛ばされるのは労いの言葉ではなく、愚痴交じりの野次だった。

 しかし、アレンは怒らない。

 確かに農民や町の人間にとってファイアフォックスの群れは脅威だが、ランク6冒険者である自分達にとっては虫けらでしかない。この程度の相手ならばいくら戦っても汗一つかかない。

 それに、ダナンの言うとおり、遊び半分で適当に戦っていたことは事実だ。文句を言われても仕方がない。


「こいつらも大移動で逃げて来たのかねぇ。東の方から逃げるようにこっちに来てたわけだしよ」


 地面に転がったファイアフォックスの屍骸を一瞥したレクトが、疑問を口にした。


「恐らくな。連携が甘いし、指示の伝わりが鈍かった。リーダーが代替わりして間もない証拠だ」

「群れの前リーダーは殺された、ということ?」

「ああ。魔物の大移動を引き起こした元凶に殺されたか、或いはストックフォード伯の使者から聞いた新しい『ぬし』に殺されたか」


 急使から聞いた話を思い返しながら、アレンは考え込んだ。



 フェルファストから出発して数日、二人の男が早馬に乗ってアレンたちに追いついた。

 一人は顔見知りの冒険者ギルド職員で、もう一人はストックフォード伯爵の使者と名乗る男だった。依頼に関する新情報があるとのことで、急ぎ伝えに来たらしい。

 そこでアレンたちは驚くべきことを聞かされた。


「調査依頼のあったグリューン山周辺に『ぬし』と思しき存在が出現した可能性があります。過去、あの周辺に『ぬし』がいたという報告は一切ありません。恐らく、新しく現れたのでしょう」


 ぬしの出現や代替わりは、滅多に起こることではない。

 統計的にいっても、数十年から百年に一度あるかないか、という頻度だ。

 言うまでもなく、ぬしにまつわる全ての変動は、確実にその一帯に大きな影響を与える。


「くれぐれも手出しはしないよう、お気を付けください」


 と、最後に使者は殊更真剣にそう強調した。

 勿論、アレンたちにぬしをどうこうするつもりはない。

 もしそのぬしが周辺一帯の秩序を維持しているのであれば──使者の詳細な報告から、その可能性は非常に高いとアレンたちは思っている──下手に手出しすることはその一帯を荒らすことに他ならない。冒険者ならば誰もが知っていることだ。

 ただ、そのぬしの正体を掴むこともまた、冒険者としての義務である。


「もちろん、ぬしの正体を突き止めることができましたら、追加の報酬をご用意いたします」

「太っ腹だなぁ。調査依頼の報酬に元凶の討伐報酬、そこに更にぬしの正体を突き止める追加報酬か。一つの依頼で三度美味しいってやつだぜ」


 使者の言葉にレクトは喜んでいたが、アレンは追加報酬にそこまでの興味はなかった。

 魔物の大移動さいがいを引き起こした何者かがいる。

 それによって被害を受けている人々がいる。

 更に、その何者かの移動経路上にぬしかもしれない何かがいる。

 そして、そこには友が惚れた女が住む村がある。

 これだけ条件が揃っていれば、たとえ報酬が出なくても調査に参加しただろう。


 困っている人がいればそれを助けるのが冒険者として、いや、人間として当然のことだ。

 報酬が手厚いことなど、おまけに過ぎない。

 それがアレンの冒険者としてのあり方──信念だった。



 回想から戻ったアレンは、東の方角に目を向けた。

 広大な草原の先に聳え立つグリューン山脈を幻視しながら、そこに待つ強敵に思いを馳せる。


(どんな強者が相手だろうと、俺達は負けない。俺たちが、みんなを守るんだ)


 冒険者パーティー「アレイダスの剣」の面々には、理想の冒険者像がある。


 あらゆる危険や脅威から人々を守る、英雄のような冒険者。

 その代表ともいえる人物こそ、彼らのパーティー名となっている伝説のランク8冒険者──アレイダスだ。


 青臭い理想と笑われることも多々あった。

 が、アレンたちは諦めるつもりなど微塵もない。


「行くぞ。ピエラ村はすぐ先だ」


 決意を新たに、アレンは足を踏み出した。






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 二晩の野営を経て、「アレイダスの剣」の面々はピエラ村の西門にたどり着いた。

 門と言っても、別に潜る場所があるわけではない。ただ「ピエラ村」と彫った簡易的な木製のポールが地面に突き立てられているだけだ。

 遠くに広がる畑には、チラホラと農作業をする村人達の姿が見える。

 典型的な村里の風景がそこにはあった。


「何じゃお前さんら、見ない顔じゃのう」


 斧を担いだ一人の老人がアレンたちに声を掛けた。

 老人はアレンの腰にぶら下がる長剣に目をやり、後ろに控える二人の身なりを確認する。


「冒険者かいの?」

「その通りだ、御老体。俺たちはフェルファストから来た『アレイダスの剣』という冒険者PTだ。この頃、領内で魔物の被害が多発していてな。この村へは依頼で調査に来た。仕事の途中で悪いが、村長の家を教えてもらえないだろうか?」


 アレンの丁寧な説明に老人は警戒を緩め、男臭い笑みを向けた。


「おうおう、それはご苦労さんだの。村長のベンなら畑におるから、わしが案内しちゃろう。わしはバートじゃ」

「アレンだ。こっちは仲間のレクトとダナン。よろしく頼む」


 バート爺さんに引き連れられ、アレンたちは村へ入っていった。



 アレンはバート爺さんの後ろを付いていきながら、この村──ピエラ村の様子を観察する。

 ポツポツと建つ木造家屋。

 区分けされながらも延々と連なる広大な畑。

 一面の田畑の緑と果ての無い空の青が、見知った田園風景を再現している。


 農村出身のアレンは、その情景に懐かしさを感じながら、あぜ道を踏みしめる。


 郷里の両親と兄たちは皆、元気にしている。

 年に1〜2度手紙のやり取りはしているが、依頼で余所の村里を訪ねるたび、アレンは故郷の家族を思い出す。

 家族は全員字が読めないので、手紙はいつも絵で書いている。

 特に伝えたい要件がなければ、星を5つ書くだけ。それが自分の健康度や精神状態を表す。

 伝えたい要件があり、またその要件が簡単なことであれば、それも絵を書いて伝える。絵で伝えるには限界がある事柄や、どうしても詳細に伝えなければならない事柄は、ちゃんと文字に書き起こし、村で唯一字が読める村長に代読してもらう。

 とはいえ、殆どの場合が5つの星を書いた、暗号のような手紙になるのだが。

 家族の方もそれは同じで、いつも5つ星が5行──両親と3人の兄、全員分の星が自分の送った手紙の裏に書かれて送り返されてくる。

 そっけないやり取りだと思う者もいるだろうが、これだけで全員が異常なく元気でやっていることが分かるので、アレンも家族もこのやり取りをとても気に入っている。

 何もないことほど良いことはないので、手紙の内容は少なければ少ないほどいい。

 最も好ましいのは、やはり5つ星が5行並んでいるだけの返信だろう。

 ここ数年で村長に代筆されるような大きなことといえば、上の二人の兄が結婚した時の「リードンとバズが結婚。祝いは9月1日。可能なら帰って来い」という一文くらいだ。


 小さな郷愁に駆られ、アレンは努めて振り払う。

 今はまだ仕事の途中だ。

 一流の冒険者プロフェッショナルとして、一流の冒険者プロフェッショナルなりの態度を保たなければならない。

 気を引き締め直し、アレンはバート爺さんの後に続いた。



 暫く歩くと、バート爺さんが声を張り上げた。


「おーい、ベン! お前さんに会いたいっちゅう冒険者たちを連れて来たぞい!」


 すると、畑で草を毟っていた男が顔を上げた。


「僕にかい?」


 そう言いながら、男はアレンたちへ歩み寄った。

 見るからに人が良さそうな、気の弱そうな男だ。


「やあ、こんにちは。僕が村長のベンだよ」

「フェルファストの冒険者ギルド所属、ランク6冒険者PT『アレイダスの剣』だ。俺はPTリーダーのアレン。こっちがレクトで、こっちがダナンだ。よろしく頼む」

「レクトだ。よろしく頼むぜ」

「ダナンです。よろしくお願いします」

「うん、よろしくね。さっ、立ち話もなんだし、僕の家に行こう」


 そうして、一同は村長の家に向かって歩き出した。






 ◆






「──というわけだ」


 アレンの説明を聞き終えたベンは、「うーん」と唸った。


「そんなことになっていたのか。初めて知ったよ」

「この辺りでは被害は無かったのか?」

「ないねぇ。僕の知る限り、魔物の被害は一度もない」


 即答したベンを真っ直ぐに見詰めるアレン。

 伯爵の使者からの情報で、この村周辺では魔物による被害が一件も報告されていないことは知っていた。

 本当に知りたいのは、その原因に繋がる何かだ。


「いやー、不思議なこともありますねー。でも、なんででしょうね? 他の村では結構な被害が出てるんですよ。何か秘訣でもあるんですか?」


 少しでも気を緩ませようと、さも無邪気そうに尋ねるダナン。

 気が緩んだ状態ならば、隠し事を漏らし易い。たとえ隠し事がなくても、普段気が付かないことに気が付き易くなる。そうなれば得られる情報が増える。

 朗らかな彼女ならではの情報収集テクニックだ。


 ダメもとで聞いたつもりの質問だが、しかし返ってきたのは思わぬ回答だった。


「秘訣ね〜。ふふふ……実は、うちの村には『ジャーキー』っていう素晴らしい守護神がいるんだよ!」


 頼りなさそうな胸板を目一杯に張るベン。

 その満面のドヤ顔が、彼の胸中を物語っていた。


「じゃーきー?」


 可愛らしく小首を傾げるダナンだが、その視線は少しだけ鋭くなっていた。

 アレンとレクトも、ベンに悟られない程度に真剣な顔をしている。


「うん。うちの村に越してきたナインっていう子のところで飼ってる、全身の毛が真っ白なダイアウルフのことだよ」


 その言葉に、三人の取り繕っていた顔が崩れる。


「し、白い、ダイアウルフ、ですか?」

「そ、そんなもんを飼ってるのか?」

「…………」


 ダナンとレクトは思わず驚きを顕にし、アレンは考え込むように黙り込んだ。


「そのナインって人は、テイマーなんですか?」


 辛うじてそう問うたダナンに、ベンは言葉を選びながら応えた。


「いや、彼はただの薬草師見習いだよ。村を焼かれた流れ者で、3ヶ月ぐらい前にうちの村に住み始めたんだ。冒険者でもなければテイマーでもない、ただの非力な少年だよ」

「…………」


 ベンの説明に、アレンは目を細める。


 ダイアウルフは通常、灰色か茶色の体毛を有する。

 多少の濃淡や模様の違いはあるものの、全身が真っ白という個体はいない。

 いるとすれば、それはダイアウルフの亜種か上位種、もしくは変異体ぐらいだ。

 変異体の出現は超が付くほど稀なので、この場合はダイアウルフの亜種か上位種だろう。


 だが、ここに問題が存在する。


 ダイアウルフの討伐レベルは2だが、その上位種、例えば「グレートダイアウルフ」の討伐レベルは、ダイアウルフよりも一つ上のレベル3だ。

 素人にも分かるように言えば、「中ぐらいに強い魔物」になる。

 普通の農民が必死になって対応──倒すか逃げるか──できるるのは、せいぜいレベル2まで。それも「運がよければ」という条件を加えなければならない。

 それよりも強い上位種を、魔物の捕獲と飼い馴らしが専門のテイマーではない一般人が飼うなど、ほぼ不可能だ。それが村の長が認めるほど非力な少年となれば、もはや可能性はゼロと言っていいだろう。


(このベンという男が嘘を言っているのか、それともその白いダイアウルフにそれなりの知性があるのか……)


「それは興味深い。もしよければ、俺たちにもその白いダイアウルフを見せてくれないか?」


 できるだけ警戒されないよう柔和な声色を保つアレンに、ベンは困ったように笑った。


「それは一向に構わないんだけど……ジャーキーを見るなり突然攻撃するのは勘弁してよ? あの子は確かに魔物だけど、とってもお利口さんで、とってもいい子なんだ。なんと言っても、たった一人で村の安全を守ってくれる、この村の守護神だからね。だから君たちも、傷つけることだけはしないでくれよ?」

「勿論だ。冒険者の名に誓おう。それと、できればそのダイアウルフの飼い主にも話を聞きたい。紹介してもらえるか?」


 アレンの要求に、一瞬だけベンの視線が厳しくなる。

 ほんの瞬きの間の変化だが、高い動体視力を持つアレンたちはそこに含まれた警戒の色を見逃さなかった。


 ベンは目を瞑り、溜息を吐く。


「……まぁ、紹介してもいいけど、あまり彼を困らせないであげてね。ジャーキーの飼い主──ナインっていう子なんだけど、彼は住んでいた村を焼かれた可哀相な子で、今も他の流れ者の子たちと一緒に住んでいる。結構大変な思いをしてきただろうから、そっとしておいてあげたいんだよ。

 何より、あまり腕は良くないとはいえ、彼は村でたった一人しかいない薬草師だ。彼を困らせたり、彼らの仕事の邪魔をしたりしてほしくない。

 それらの約束をしてくれるんなら、紹介してもいいよ」


 薬草師の機嫌を損ねたくないのだな、とアレンはベンの警戒の理由を察した。

 村にとって薬草師がどれだけ重要か、知らないアレンではない。

 たとえ薬の効果が低くとも、薬草師は薬草師だ。

 居るのと居ないのとでは、村人の生存率は目に見えて違う。


「約束しよう」

「それは良かった。なら、行こうか」


 そう言ってベンは席を立ち、アレンたちもそれに続く。


 部屋を出て行く直前、アレンは先頭を歩くベンに見えないようコッソリと後ろを振り返り、後ろに続くレクトとダナンと目を合わせた。

 二人とも、臨戦一歩手前の目付きだった。


 今回の事件の核心に近づきつつある。


 そのことを確信し、三人は同時に小さく頷いた。

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