34. 狩りぐらしのナイン

 ナイン  最近、お肌がツヤツヤしてきていますよね。何か特別な化粧品とか使ってらっしゃるんですか?

 ナイン  特別なものは何も使ってないよ(笑)。強いていうなら、魔物のお肉をたくさん食べているぐらい、かな(笑)?


(『月刊 異世界生活 6月号 〜ナインの自己対談〜』より)






 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆






 というわけで、我がピエラ村では村民の血色が良くなりつつあります。

 一緒にBMI値も上昇傾向にあったりする。


 あ、BMIが上昇してるってのは、別に「みんなメタボにまっしぐら」ということじゃなくて、「ガリガリに痩せていた人たちが健康体になってきている」って意味だからね?


 確かに「質素な食事」は身体にいいが、それは贅沢と飽食が常態化した現代人にしか当て嵌まらない理論だ。

 質素な食事粗食のみの食生活というのも、飽食と同じくらい大きな問題を孕んでいる。


 現代人には当たり前の概念だが、栄養バランスは人間の健康や寿命に直接影響する。

 白米しか食べないせいで江戸患いに罹っていた江戸っ子しかり、逆に穀物ゼロで肉食オンリーのせいで寿命が劇的に短かった昔のイヌイットしかり、不殺生アヒンサーの戒律で動物由来の食物を一切食べないせいで餓死していた大昔のインド僧侶しかり、バランス良く栄養を摂取しないと人間の体は上手く稼働しなくなってしまう。

 穀物と野菜のみに偏ったこの世界の食生活では、必須アミノ酸の摂取に支障をきたしてしまう。特に肉体労働者にとって、定期的にタンパク質を補給しなければ命にすら関わる。

 現代では生粋の菜食主義者ベジタリアンでさえ、大量の豆類で不足しがちなタンパク質や鉄分を補っているのだ。「質素な食事」と「粗食」は完全に別物なのである。


 我がピエラ村の食生活もこの世界の農村の例に漏れず、カップ麺が主食の下宿大学生ばりに偏っている。

 主食であるパンは正に「主な食べもの」であり、他は固いパンを流し込むための薄味野菜スープのみ。たまに木の実や果物が付けば儲けもので、勿論のこと肉や卵は望むべくもない。

 検査した結果、殆どの村人が軽度の栄養失調を患っていたのだから、その偏り具合が伺えるというもの。

 男性は殆どが筋骨隆々ではあるものの、皮下脂肪が足りないせいか、全体的に筋張っていて、どこか枯れた印象を受ける。

 それなりに美容に気を使っている女性たちも瑞々しさが足りていない印象で、肌のツヤとハリは現代人と比べたら二枚も三枚も落ちてしまう。


 村人たちは過酷な肉体労働に従事し、毎日大量に筋肉を使っている。

 それなのに、タンパク質を殆ど摂取できていない。

 おまけに、カロリーの供給元が殆どパンだけときている。

 これでは内臓機能にもよくないし、体が常に飢餓状態になっていてもおかしくはない。

 実際、糖尿病の兆候がある人が何人かいたし、体脂肪率が5%を切っていた人も何人かいた。


 即座に命に関わる事態ではないが、健康的ともいえない。

 それがピエラ村の人々の常態だった。


 そもそも健康云々の前に、こんな食生活では活力が出ないだろう。少なくとも俺は我慢ならん。

 だからこそ、俺は狩りに参加することを自分から願い出たわけだし、ケビンに狩人の仕事を丸投げされてもちゃんと引き受けたのだ。

 みんながお肉を食べて健康になれるように。

 そして何より、俺がお肉をお腹いっぱい食べられるように。


 だが、俺も全てのことを一人で解決できる超人ではない。


 毎日なにがしかの獲物を狩って帰る俺だが、流石に300人からなるピエラ村の全員に分配できるだけの量を毎回狩ってくるのは難しい。

 数百キロ級の大物は、毎日狩れるわけではない。そこまで育った大物は縄張りが裏山の裏側にあるから、なかなか姿を表さないのだ。

 それに、大きい獲物でも血抜きして解体して内蔵を取り除けば、重さはほぼ半分ほどになってしまう。獲物の種類によっては、半分以下の重量になることもある。


 だから、毎日狩りに出ている俺でも、常に村人全員を満足させられるほど大量にお肉をゲットできているというわけではない。


 まぁ、やろうと思えばできるかも知れないけど、それだと山中を駈けずり回ることになってしまう。

 そんなの面倒臭すぎるし、本業である薬草の採取にも差し障るし、何より薬を貰いに来る人たちへの応対が疎かになってしまう。

 大体、そんなにポンポンと狩りが成功しちゃったら、俺の「非力」というキャラ設定に反することになってしまう。

 だから、出来てもやらない。


 獲ったお肉をすべての家に行き渡るようにしたいところだけど、均等に分けるとなると一家に100グラムほどの肉が一切れしか分配されない、などという寂しくて悲しい状況が発生してしまう。

 今まではそれすらなかったのだから口にできるだけマシだ、と考えればそれでお終いなんだろうけど、俺としてはやはり皆に美味しく頂いて欲しい。

 食は活力の源泉なのだ。


 そこで、俺は肉を一日100人にだけ限定配給し、それを3日で村人全員に行き渡るようローテーションを組んだ。

 目安は一人あたり200〜400グラム。日によって狩ってくる獲物の重量が違うから多少は変動するが、できるだけ不公平にならないように均等に分けるようにしている。もちろん少なくなった人は記録し、肉が多い日に補填する。

 二日おきにしか肉を食べられない仕様になったが、一度の配給量は目に見えて増えた。

 栄養素的にも、毎日の少量摂取と二日おきの中程度摂取ならば、吸収効率に大差はない。


 結果、この方策は大成功した。


 常に村人全員に配給するという漠然とした平等性を捨て、変動はあるものの配給分量の調整と補填で公平性を確保しつつも確かな満足感を優先させたことで、みんな不平不満を感じるどころか逆に拍手喝采した。

 配給日に大きな肉塊を受け取りに来る人々の顔には、例外なく輝くような笑みが浮かんでいた。やっぱり、誰だって毎日スライス肉を一切れだけチマチマと食べるより、二日おきに分厚いステーキを丸々一枚平らげたいもの。

 なんというか、2日おきのチートデイとか、2日連続で頑張った自分へのご褒美とか、そんな感じなのだろう。

 わかりみが深い。


 タンパク質とカロリーを摂取すればパワーとやる気が出るし、適度の脂質も肝臓の代謝や皮膚の保湿に大いに役立つ。

 定期的にお肉を食べるようになった村人たちの体力と気力はうなぎ上り、健康状態も明らかに向上した。

 男性はより逞しくなり、女性はより艷やかになった。


 中でも変化が最も顕著だったのは、ガリガリに痩せ細っていたトミック一家と、彼らを代表とした大家族勢だろう。

 骸骨に皮を貼り付けたような外見だったトミックたちは、ようやく少しだけふっくらしてきた。

 もちろん健康体と呼ぶにはまだまだ体脂肪が足りていないし、頬骨も依然クッキリと見え過ぎているが、それでも一応は安堵を覚えるほどに肉が付いてきている。

 少なくとも、以前の餓死寸前のような雰囲気はもうなく、顔に浮かぶ死相も薄れてきている。

 そのせいというかなんというか、彼らはこの頃、毎日のように俺のところにお礼を言いに来ている。

 俺が作った避妊薬と俺が狩ってきた肉のおかげで、一家全員が救われたのだそうだ。

 この前なんて、一家総出で焼き立てパンを届けに来てくれた。

 ちなみに、年齢がバラバラな子供15人と親2人の総勢17人で構成されたトミック一家を初めて見たとき「なんか骸骨の草野球チームみたいだなぁ」と思ってしまったことは内緒だ。



 2日おきの肉食で健康状態がこれだけ改善するのだから、タンパク質が人間にとってどれだけ重要かが分かるというもの。

 村全体の健康を任されている俺としては、お肉が豊富に手に入ることを願って止まない。


 などと祈っていたのだが──

 その願いが叶うようになってしまった。


 なんと、先月5月に入ってからというもの、とうとうこの「2日おき」という制限すらもなくなったのだ。


 その理由は単純で、獲物がメチャクチャ多く出現するようになったからだ。


 春と夏の過渡期である5月は、裏山に多くの魔物が出没するようになる季節らしい。

 所謂「活動期」というやつだ。

 これは素人猟師だったケビンが教えてくれたことだが、それが事実だということを俺は実際に目の当たりにしている。

 なにせ、これまでは自分の脚で探していた獲物が、今では探さずとも視界に飛び込んでくるようになっているのだ。

 これぞ入れ食い。

 この世界の魔物の活動期というのは、なかなかに侮れないものがあると思い知らされたよ。


 まぁ、俺にとっては願ってもないことだけどね。


 これまでは1日に1〜2頭しか狩れなかったビッグボアも、魔物が増えたお陰で毎日3頭は軽く狩れるようになっている。

 というか、罠を設置していれば、追い込みなど掛けずとも3頭くらいは勝手に罠に引っ掛かっている有様。言い訳も証拠の偽造も必要ないほどに狩りが上手くいっている。

 今となってはもはや食べる肉がなくて困ることよりも、獲物を運ぶのが大変で困ることの方が多くなっている状態だ。

 ケビンなんて「毎日獲物を運ぶだけで一日が終わっちまうぜ!」と満面の笑顔でボヤく始末。まさに嬉しい悲鳴というやつだ。


 数ばかりではない。

 獲物の種類もまた結構増えていた。


 この辺りで最もポピュラーだったのはビッグボアやビッグホーンディアー、ブーケラビットだったが、最近では他の魔物も多く出没するようになった。

 猫ほどの大きさがあるネズミ──「マッドラット」。

 足が異常に速いウサギ──「ダッシュラビット」。

 角が四本あって肉食の牛──「フォーホーンキャトル」。

 頭と口だけが倍以上の大きさの豹──「スワローパンサー」。

 果てには、ジャーキーの親戚に当たるダイアウルフまでもが大量に見かけるようになっている。


 魔物の種類が多いということは、風味と栄養も多様であるということ。

 これは実際に食べてみて分かったことだが、魔物肉の味は多岐に渡り、風味にも優劣が存在する。

 普段食べているビッグボアやビッグホーンディアーは普通に美味しいが、風味は口お化けの豹スワローパンサーに劣る。

 肉の柔らかさを取るのであればシルバ◯アファミリーのような可愛らしい外見のウサギブーケラビットの一択だが、脂身は四本角の牛フォーホーンキャトルが格段に上だ。

 ちなみに、巨大ネズミマッドラットは病気があるから食べられないそうだ。

 まぁ、有事でもなければネズミは食べたくないよね……。


 俺的に一番美味しかったのは、何を隠そう、ブリーフ君(仮)のサーロインだったりする。

 あれは風味も脂も全てが文句なしに美味しかった。噛みごたえもほどほどで、ジューシーさも抜群。今でも思い出しただけでじゅるり……。


「……それは恐らく『ぶりーふくんかっこかり』ではなく『グラトニーエイプ』という魔物です」

「へぇー」

「確か、かなり危険な魔物だったと記憶していますが……お一人で倒したのですか?」

「うん」

「…………」


 素直に頷いた俺に、なぜかオルガは頭痛を堪える仕草をした。


「なんだよ。危険は無かったぞ? お前たちがうちに来る前の話だから、もう随分前だな。嗚呼、美味かったなぁ、あれ……じゅるり」

「そうでしたね……あなたはそういう人でしたね……」


 何が不満なのか、オルガはなぜか諦めたような溜息を吐きながら残念な珍獣を見る目を俺に向けてきた。

 訳が分からないと首を捻る俺に、オルガは仕方がないように説明した。


「グラトニーエイプを一人で退治するなど、普通の人間にはできません。逆に殺されます。私も冒険者ではないので具体的にどれほど強いのかはハッキリ分かりませんが、グラトニーエイプを一人で倒せるのはそれなりに実力がある冒険者だけのはずです。そんな魔物を『お肉頂戴』気分で狩ってしまうあなたは、やはり異常といわざるを得ません」

「あー、そういうことね。大丈夫、証拠は残してないから。ブリーフく……そのグラトニーエイプっていう魔物の肉を食ったのも、俺とバームとジャーキーだけだから、このことを知る人間はいない」

「……そういうことを言っているのではないのですが……まぁ、証拠の隠滅ができているのであれば、それでいいです」


 どうやらオルガは俺の正体がみんなにバレないか心配してくれてたようで、俺がちゃんと証拠隠滅をしたことにホッとしていた。

 なんだかんだで心配してくれる、優しいオルガさんであった。


「……今なにかとても失礼な感想を抱かれた気配を感じたのですが、気のせいでしょうか」


 無表情という名の冷たい表情で俺を睨むオルガ。

 なんつう鋭い勘だよ。

 オルガ、恐ろしい子っ!(白目)






 ◆






 さて、時は6月。

 この辺りでは夏の始まりである。


 この時期ともなれば魔物の活動も本格的に活発化するようで、もはや数えるのも馬鹿らしくなるほどに裏山は魔物の気配で溢れかえっている。

 ジャーキーの卓越した縄張り意識と俺の飽くなきお肉への渇望のお陰で、今のところ村に近付く魔物は漏れなく退治されているが、それにしても数が多い。

 俺的には色んな意味で「美味しい」状況なのだが、この数の魔物を村人は毎年どうしているのだろうと疑問に思った程だ。


 村長に聞いてみたら、


「村に降りてくる魔物は殆どいないよ。たま〜に畑を荒らすビッグボアやビッグホーンディアーはいたけど、大きな被害が出ることは稀だし、下手に刺激しなければ人的被害はそうないよ」


 と説明された。


 なるほど。

 あれだけの数だ。村長たちに見落としや見誤りがあったとは思えない。

 恐らくだが、この時期に大々的に動き始める魔物たちは、その殆どが裏山やその周辺の森だけを活動範囲としているのだろう。

 野生動物が滅多に人里に降りてこないように、魔物たちも暮らし慣れている森を離れてわざわざ人間の領域に入り込もうとは考えていない、ということだ。

 実際、俺も森と裏山以外の場所で魔物を見たことはあまりない。


 なにはともあれ、今は肉に困らないぐらいに獲物が多い。

 3日で村人全員に行き渡るように組んでいたローテーションも、今となってはもはや必要なくなった。

 この頃は300人全員に毎日配ってなお余るため、残った肉は村のお母さんたちに頼んで干し肉に加工してもらっている。普段の料理にも使えるし、おやつとしても優秀だし、保存が効くからいざという時の蓄えにもなる。

 お肉ってマジすぱすぃーば。






 そんなこんなで、俺とオルガは今日も裏山に来ていた。


 なんでオルガがわざわざ危険な裏山まで付いてくるのかって?

 もちろん理由はちゃんとあるよ。


 一つは、家の庭で栽培する山菜の選別。

 もう一つは、魔物の解説だ。


 オルガは魔物に詳しい。

 なんでも、前に住んでいた村で教わったとか。

 魔物と遭遇した時の対処法を知らないと簡単に命を落としてしまうため、村に住む者には魔物に関する知識がある程度必要なのだそうだ。

 尤も、ここピエラ村は前述のとおり比較的平和なため、こういった知識が不足がちになってきているのだが。


 この世界には魔物退治を得意とする人たち──冒険者が存在する。

 彼らは依頼を受けて様々な仕事を請け負う「何でも屋」の側面が強く、魔物が跳梁跋扈するこの世界のあちこちに赴くことが多いため、必然と多くの魔物と渡り合うことになる。

 そうして、彼らは魔物退治の専門家としての色を強くしていき、今に至る、ということらしい。


 オルガは専門職である冒険者ではないので、魔物の生態や習性、行動特性や戦闘特色などの詳細情報を知っているわけではない。

 だが、魔物の名称や大まかな強さなどの初歩知識はきちんと把握している。

 それだけでも、俺としては非常に助かっている。

 フォーホーンキャトルやスワローパンサーなどは、彼女から教わる前は自分流で「4本角の肉食牛」とか「頭でっかち豹」とか呼んでいたから、正式名称があるだけかなり呼びやすい。


「そういえば、家庭菜園の方は今どんな感じだ?」


 山道を進みながらそう問うと、オルガは足を止めることなく淡々と答えた。


「野菜の方は先に土を慣らす必要がありますので、畝作りと種蒔きまでにはもう少し時間が掛かります。ハーブの方は順調です。あれはほぼ雑草と同じなので、勝手に育ちます。あとは薬草ですが……こちらは私では判断がつきません」

「そうか。薬草の方は、まぁまぁ順調かな。『マンドラゴラ』はちゃんと芽を出したから、顔や手足が生えるのも時間の問題だろう。移植した『シロドククコ』もちゃんとつぼみを出したから、本番は花が咲いてからになる。この領地の特産だっていう『フジク草』もちゃんと育ってるから、量が揃えばすぐにでも売りに出せる」

「フジク草……行商人に聞いた『売れる薬草』ですか」

「ああ。例の『薬草を換金して村の予算にプール大作戦』の要になる薬草ブツだ」


 木の枝を避けながら、オルガが尋ねてくる。


「私の知識にはない薬草ですが、そんなにお金になるんですか?」

「らしいぞ。この領地じゃあ珍しくもなんともないけど、需要量が膨大らしい。塩並みに手堅い商材、って言ってたな」

「それはしっかりと育てないといけませんね」

「だな。俺が居た所にはない薬草だから、ちゃんと栽培できるか心配だったけど、とりあえず一安心だよ。……問題は、サフランなんだよね〜」

「サフラン……あの避妊薬の原料になっている花ですか」

「そ。あれも一応はハーブ──調味料としてカウントしてもいいんだけど、今のところは薬草っていう分類でもいいかな」

「何が問題なのか、解明していますか?」

「それが、全く。なぜか知らないけど、どう移植してもすぐに枯れちゃうんだよね」

「根の周りの土ごと移植してみては?」

「それもやったけど、ぜんっぜん効果ねぇの。何故か逆にそっちの方が枯れる速度が速いんだよね。全くもって謎だよ」

「なるほど……。では、後ほど私の方でもなにか方法がないか考えてみましょう」

「おう。今はなんでも手探り状態だからな。よろしく頼むよ」


 そんなことを話していると、遠くで魔物の気配がした。

 魔物の気配を察知するのはもうお手の物だ。今では魔法を使わずとも、素の状態で750メートル離れた場所にいる魔物を発見できるようになっている。

 我ながら頭のオカシイ能力を獲得したものだ。


「魔物がいるけど、どうする?」


 一応、同行者であるオルガの意見も聞いてみる。


「もちろん討伐です。もし危険な魔物でしたら、このままにしては置けません」

「まぁ、戦うのは俺なんだけどね〜」

「今更です。あなたは異常者なのですから、平穏な生活を守るためにもこれくらいの苦労はして当然でしょう」

「何その『異常者』って言い方!? なんかすげぇ嫌なんだけど!?」

「異常なところだらけだから『異常者』と呼んでいるのですが、何が異議でも?」

「いや異議大アリだわ! 『異常者』ってそういう意味合いの単語じゃないから!」

「『異常者』が気に入らないのであれば、これからは『虚言者』と改めましょう」

「いや確かに俺、村の皆にいっぱい嘘ついてるけども! それでも『虚言者』はないんじゃない!?」


 俺の正当な突っ込みに、オルガは困惑しきった顔をちょこんと傾げた。


「では、どうお呼びすれば?」

「普通にナインって呼べよ! なに『注文が多い人ですね』みたいな顔してんの!?」

「注文が多い人ですね」

「本当に思ってたんかい! しかもちゃんと口に出すんかい!」


 最近はオルガとこのような漫才じみた会話をすることが多々ある。

 ズバーッとストレートにものを言い過ぎるきらいのあるオルガは、よくこんな風に微毒を吐いてくる。

 相手はいつも決まって俺で、俺だけ。

 とはいえ、いつも最後には楽しそうな微笑を口元に残しているので、これも彼女なりのコミュニケーションなのだろう。

 こうして気兼ねなく毒舌を吐けるのも、お互い打ち解けてきた証拠といえるだろう。

 たまに「もう勘弁してください(涙)」と思わないこともないが……まぁ、それは今は置いておこう。


 気配を消し、極力足音を立てず、樹々に隠れながら、俺は森の中をコッソリと進む。

 オルガはそんな俺の三歩後をしずしずと付いて来る。お前はよくできた大和撫子か。


 暫く進むと、探していた相手が姿を現した。


 それは、全体的にフサフサでモフモフな一団だった。


「あれは……」


 二足歩行の犬。

 それが彼らの第一印象だ。

 犬のような顔に、獣と人間の中間のような体つき。

 餓えたハイエナのような獰猛な顔つきだが、ネコ科のハイエナと違い、その耳と尻尾はどう見てもイヌ科のもの。

 長い灰色の毛皮に覆われた体は四足歩行の獣が人間を真似て無理やり二本足で歩いているかのようなアンバランスさがある。

 犬と猫と人間を足して3で割ったような生き物だ。

 その数、実に12匹。

 全員が手に棍棒や槍代わりの樹枝を持っている。

 以前出くわしたオークたちと同じく、武装した魔物の集団だ。


「『コボルト』ですね。集団で活動する魔物で、人肉を好み、頻繁に人間を襲います。それほど強くはないと言われていますが、普通の村人にはやはり脅威です。数で押し切られると危険ですので、一応、気を付けて下さい」


 横からオルガの分かりやすい解説が入る。


 なるほど、あれがコボルトか。

 ファンタジーの定番モンスターで、雑魚と相場が決まっている可哀相な奴らだ。


 ただ、それはあくまでもゲームやラノベでのお話。

 現実はいつも奇なり。

 油断は禁物だ。


「あれ、放って置いても良いことは起こらないよな?」

「はい。あなたなら問題はないかもしれませんが、他の人間が遭遇したら大変です。森を抜けて村に下りてきたら、間違いなく被害が出るでしょう」


 このように言っているが、オルガの顔に焦りは見られない。

 いつもと同じ、落ち着いた綺麗な無表情だ。


「ではナイン、お願いします」


 まるで揉め事を用心棒に収めさせる悪代官のようなセリフだった。

 やけに落ち着いていると思ったら、俺に丸投げする気満々だったからか。

 まぁ、やるけどさ……。


「ちなみに、コボルトはあまり美味しくないらしいので、肉の回収は必要ありません」


 あ、そうなの……。

 オルガさんの親切な豆知識のおかげで、やる気が急激に薄れてしまった。

 お肉が取れない狩りはただの殺戮だ。なにも楽しくない。

 ただ、彼らの命を奪うにしても、それだけで終わらせるつもりはない。

 オルガはそれほど強くないと言っていたが、それでもコボルトは俺にとって初遭遇の魔物だ。性能テストをする必要があるだろう。身をもって感じるからこそ、分かるものもあるのだ。


 わざと音を立ててコボルトたちの真ん前に躍り出る。

 後ろでオルガさんが溜め息をついた気配がしたが、気にしない。


 俺の登場にコボルトたちは驚き、続いて「グルルルゥゥゥ!」という低い唸りをあげた。

 イヌ科の低い声は警戒の意味。

 コボルトたちは即座に棍棒を構え、戦闘態勢に入った。


 先頭に立っていたコボルトが突っ込んでくる。

 速度は普通の人間とほぼ同じ。かなり遅い。

 大上段から振り下ろされる棍棒。これも、速度は普通の人間とほぼ同じだ。


 ナイフを腰から抜いて、俺の頭をかち割ろうと振り下ろされた棍棒をいなす。

 棍棒は斜めに構えたナイフの背に当たり、そのまま微かに斜めに傾きながらナイフの背に沿って滑る。

 いなされた棍棒に引っ張られたコボルトがバランスを崩した。


 いなした感覚からして、攻撃の威力はそれほど高くはない。

 たとえ直撃したとしても、俺の第一防御壁である《空気盾エアーシールド》の一枚すら砕けないだろう。

 獣の身体にしては力がない、という印象だ。


 獰猛な顔つきに惑わされそうになるが、実際に一当たりした感じでは普通の成人男性とほぼ同じ身体能力だろうか。戦闘訓練を多少でも積んでいれば倒せる相手だ。

 ただし、オルガの言うとおり、そうでない一般人では怪我をしかねない。

 強くはないが、安全に倒せる相手でもない、といったところか。


「先ずは物理耐久性能のテストだな」


 一発魔法を撃ち込んで様子を見てみる。


「《空気弾エアブレット》」


 圧縮した空気を一方向に限定して膨張させ、圧縮空気で作った弾丸を撃ち出す魔法だ。

 弾丸は空気で出来ているので体内での弾頭残留はないが、圧縮空気を開放して推進力を得ているので発砲音は少し響く。

 以前使った《魔力弾マジックブレット》ではなく《空気弾エアブレット》を使ったのは、コボルトの身体能力がブリーフ君(仮)……もといグラトニーエイプより高いとは思えなかったから。

 グラトニーエイプの分厚い肉体を簡単に貫通した《魔力弾マジックブレット》をコボルトたちに使っても確実に撃ち抜くだけで耐久性テストにならないだろうから、敢えて貫通力と破壊力で大きく劣る《空気弾エアブレット》をチョイスしたのだ。

 何より、この魔法は物理攻撃の側面が強い。物理耐久性能を測るには適任だろう。


 構成式を構築し、発動。

 すると、「ボッ!」という鈍い音と共に圧縮空気の弾丸が発射される。

 速度は秒速300メートル。

 それが棍棒を振り下ろしたコボルトへと飛翔し、その眉間を容易く穿った。

 高速回転する弾はジャイロ効果によって一直線に射入口から射出口へと抜け、頭蓋の破片と脳漿を後頭部に開いた穴から噴出させた。


 どさり、と突っ込んできたコボルトが崩れ落ちる。

 即死だ。


 どうやら、弾丸の速度には反応できないらしい。

 物理耐久力も、人間とは殆ど変わらない模様。

 多分、ナイフでもサクッと切れるだろう。


 ……うん、やっぱり雑魚だった。

 流石はRPGにおいて最初のエリアでエンカウントする類のモンスター。

 肉が食えるならいいカモになったのに、実に残念だ。


 そんなことを考えていると、後方にいた一匹のコボルトが「ガウッ!」と唸った。

 それを機に、仲間の死に動揺していた他のコボルトが再び牙をむいて武器を構えてきた。


 ふむ。

 怯える仲間を叱咤して戦意を回復させたか。

 他のコボルトを従えているということは、あいつがこの群れのリーダーだな。


 性能テストも終えたし、肉も美味しくないそうだし、チャッチャと片付けますか。


「《空気散弾エアバックショット──一斉掃射フルバースト》」


 ショットガンの大本となったこの《空気散弾エアバックショット》は、30個の小さな圧縮空気の球状弾丸を小範囲にばら撒く魔法だ。

 それを20発ほど掃射する。


 ボボボボボボボボボボボボッ!


「キャィンッ!?」


 計600個の小粒な弾丸が、嵐のごとく11匹のコボルトを襲う。

 一瞬にして穴だらけになったコボルトたちは、血と肉片を撒き散らしながら倒れ、うんともすんとも言わなくなった。


 はい、一掃完了です。


 正直、オーバーキルにも程があるけど、こういう魔法の方が手っ取り早くて楽なんだよね。

 どうせ肉も取れないから、キレイに倒しても意味がないし。


 コボルトたちが地面のシミになるのを見届けたオルガが、音もなく木の陰から姿を現す。


「お疲れ様でした。相変わらずエグい殺し方ですね」


 グチャグチャになったコボルトたちに目を向けながら俺を軽くディスってくる。


「エグい言うな。大体、そんな澄ました顔で言われても説得力ないっての」

「あなたのせいで慣れただけです」


 オルガはほぼ一日おきに俺の狩りに同行している。

 俺が様々な魔法で様々な魔物を様々なやり方で屠殺しているのをずっと目にしていたのだから、慣れもするだろう。

 けど、毎度のことながら、感想が毒々しい。


「あなたの性癖が理解できません。グチャグチャの死体に興奮するのですか?」


 ゴミを見るような目を向けられた。


「なんでそういう発想になるんだよ! 心外にも程があるわ!」

「いつもグチャグチャ死体を量産しているではありませんか」

「効率を重視して打ち漏らしなく確実かつ素早く片付く魔法をチョイスしているだけだっての!

 どうせ肉が食えないんだから、綺麗な死体を残してもしょうがないだろ。別にわざとグチャグチャになるように殺してるわけじゃないし、そういうのに興奮するわけでもねぇよ。ずっと見てたんなら知ってるだろ、肉が食える奴は全部綺麗な殺し方してるって」

「そうですか。同居している家主が変態性癖の持ち主だったらどうしようかと心配でしたが、これで少しは安心しました」

「なら、そのゴミを見るような目をやめろよ……」


 最初の頃の彼女からは考えられないような、軽くて遠慮の無い──お互いがお互いをちゃんと理解し、それ以上に信頼していなければ出来ない──他愛もないやり取り。

 かなり疲れる会話だが、ちょっとだけ楽しいのが困りものだ。


 そうして、その日の平和維持活動は幕を下ろしたのだった。






 ◆






 余談だが、好奇心に負けた俺は、コボルトの肉をちょっとだけ持ち帰って一口だけ味見してみた。


 結論だけ、書く。

 失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した。


 犬人間みたいな見た目なのに、肉は爬虫類のような変なクセがあって、臭みと内臓系のえぐみが酷い。

 言うまでもなく、とても食べられたものじゃない。

 バームですら小さな舌をペロリと突き出しながら「むぅ……非常時でもあまり食いたくない味だな」と唸ったほどだ。


 唯一嫌な顔をしなかったのはジャーキー。

 尻尾をフリフリしながらガフガフとコボルト肉を平らげていた。

 それを見て、「これは共食いに入るのでしょうか……?」と小首を傾げていたオルガが実に印象的だった。

 ……多分、大丈夫だと思うよ。


 けど、俺はもうコボルトは食べたくないかな……。

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