26. ぬいぐるみのなかみ
6月12日。
オルガたちと出会って21日が経過した。
村に来てちょうど3週間……と言いたいところだが、この世界には「週」という概念がないので、日にちで数えるしかない。
時はすでに6月、日本なら梅雨の足音が迫ってくる時期である。
この日、俺はオルガとミュート・ミューナの双子と共に裏山の反対側まで来ていた。
俺の肩の上には、普段あまり外に出ることがないバームの姿もあった。
「ここら辺でいいかな?」
以前オークたちとの戦闘で出来てしまった裏山の十円ハゲみたいな場所までやってくると、俺は足を止める。
「ここで何するの、おにいちゃん?」
不思議そうに首を傾げるミューナ。
オルガとミュートも同じような面持ちである。
「そういえば、まだここに来た理由を話してなかったな」
俺の肩に偉そうに乗っているバームを抱きかかえると、俺は皆に向き直った。
「丁度いい機会なので、これからバームの本当の姿を見せたいと思います」
「「「えっ!?」」」
俺の宣言に三人が同時に驚きの声を上げる。
俺は以前にバームがドラゴンであることを三人に明かしているし、バーム本人も自分の本当の姿が巨大な竜であると言っていたが、それを三人は実際に目にしたことがない。
バームのことは秘密だと言っていたのに、ここでいきなりその正体を見せるというのだから、三人が驚くのも無理はない。
「それにしても、我が主よ。今日で
「大丈夫だ、問題ない」
「……我が主よ、その台詞は『フラグ』というものではないのか? 我には時を巻き戻す力などないから今一度問うが……本当に大丈夫か?」
「……お前、そのネタ何処で覚えたんだ?」
「前主が読んでいたゲーム雑誌からだ」
師匠、バハムート種にどんな知識与えてんのよ……。
「とにかく、体に異変はない。魔力も安定している」
「ふむ、そうか」
バームが興味深そうに頷いた。
さて、少しばかり魔力の話をしよう。
我々魔法使いには「魔力切れ」という状態が存在する。
ゲームやマンガでもよく耳にするそれは、「スタミナ切れ」や「ガソリン切れ」などと同じ意味合いで、文字通り「魔力」が「切れ」ることを意味する。
魔力切れと聞いて最初に思い浮かべるイメージは、恐らく「ペットボトルの水を少しずつ飲み続けて最後に空になる」もしくは「プールに貯めた水が何度もバケツですくわれて空になる」というものだろう。
実際、結果として「もうこれ以上魔力を搾り出せない」という状態は、そのイメージと合致する。
が、魔法学的には、そのイメージとはまったく異なった解釈をする。
魔力は魂から抽出される……とは言うものの、魂の実在性は未だ誰も証明できていない、謂わば仮説上の存在だ。
この辺の理論は、実のところ、大昔の魔法使いたちが無理やり構築したもので、ぶっちゃけ「そうじゃなきゃ説明できない」ことがたくさんあるから支持されている面が強い。
天文学における
つまり、
「魂なんか存在するわけ無いだろ?」
「じゃあ、魔力は何処から来るんだよ!」
「…………」
「ほら、説明できないだろ! だから魂は存在する筈なんだよ!」
ということである。
まぁ、一度死んで転生した俺は既に魂の存在証明を成しちゃってるんだけどね……。
それは置いといて、魔力の話である。
理論上、魔力は「バイパス」と呼ばれる魂から伸びた管のようなものを通して抽出され、肉体内に出現するとされている。
魔力が出現するのは細胞内にあるミトコンドリアからだが、面白いことに、ミトコンドリア内にはそれに関係しそうな生物的・魔法学的構造が一切見つかっていない。
そのため、この「バイパス」という概念も魂と同じで、「実際にあるかは誰も知らないけど、無いと説明できないことがたくさんある」というもの。
ちなみに、東洋で「経絡」や「チャクラ」と呼ばれているものも、実はこのバイパスなのではないかという説もある。
イメージとしては、キラキラ光る
このことを師匠に教わったとき、俺は師匠にこう質問したことがある。
「じゃあ魔力切れになるって、魂のエネルギーを吸い尽くしてしちゃったってこと? それじゃあ、魔力が切れたら魂が消えちゃうじゃん」
それに対する師匠の回答はこうだった。
「その発想は人間の魔力がペットボトルに入った水のようなもので、それが空になるというイメージからきているんだろ?
残念だが、そのイメージは間違いなんだよ。
結論から言うと、魔力を抽出して魂が空っぽになることはない。なぜなら、『バイパス磨耗』という現象によってバイパスは『バイパスオーバーヒート』を引き起こし、魂のエネルギーが枯渇するより遥か先に魔力の抽出が不能になるからだ」
つまり、魔力が切れるのも、魂のエネルギーが枯渇しないのも、すべての原因はこの「バイパス」にある。
魔法使いのバイパスは摩耗する。
連続で発射された銃の銃身が弾丸の摩擦によって熱せられ、削られ、変形していくように、魔法使いのバイパスも魔力を抽出するたびに少しずつ加熱し、磨耗し、変形していく。
より多くの魔力を、より長い時間抽出すれば、それだけバイパスの加熱と磨耗は加速する。
そして、バイパスの加熱と磨耗が限界に達した時、魔法使いは「バイパスオーバーヒート」という状態に陥り、魔力を捻り出せなくなる。
つまり、「魔力切れ」状態になるのだ。
これが魔法学における「魔力切れ」という状態の解釈である。
人間のバイパスはオーバーヒートしやすい性質を持っている。
訓練によって多少は変わるし、個人によってオーバーヒートのし易さに差はあるが、それでも必ずオーバーヒートはやってくる。
師匠が魂のエネルギー枯渇はありえないと断言したのも、このオーバーヒート現象があるからこそ。魂のエネルギーがすべて魔力として吸い尽くされる遥か前に、必ず磨耗によってバイパスがオーバーヒートしてこれ以上吸い出されなくなるからだ。
言わば、弾倉内の弾を打ち切る前に必ず銃身がぶっ壊れる拳銃のようなもの。
こう例えるとなんだか人間のバイパスがとてつもなくポンコツに聞こえるが、そんなことはない。
バイパスオーバーヒートが起きるからこそ、人間は自分の魂を絞り尽くさずに済んでいるのだ。
疎むどころか、寧ろこういった
バイパスがオーバーヒートしている状態では魔力を捻り出せないので、一切の魔法を使用することができない。
そのかわり、一度オーバーヒートしたバイパスは時間を置けば「クールダウン」して完全に元通りになり、また以前と同じように魔力をひねり出せるようになる。
ただ、既に魔力切れに陥っている状態で更に無理して魔法を行使し続けようとするのは、かなり危険だ。
魔法使いにとって魔力は身体機能を維持するエネルギーの一つでもあり、それが長期に渡って欠乏するのは医学的に良くない。
更に、魔力切れ状態での強引な魔法行使はその者の情報構造体、特に10〜12次元情報に深刻な損傷をきたす。
普通に魔力切れになる分には後遺症の心配はないが、漫画の主人公のように魔力が底を突いた状態で更に無理やり捻り出そうとすると、かなり危険なことになる。
一説によると、人間は己の魂の総エネルギー量の1%に当たる魔力を抽出すると、バイパスが必ずオーバーヒートするようになっているらしい。
その間、魂は消費したエネルギーを何らかの形で補充し、元のエネルギー量に戻るそうだ。
だから、どれだけオーバーヒートとクールダウンを繰り返しても、魂の総エネルギー量は変わらないという。
では、人間の魔力量をどうやって数値化のか?
答えは簡単で、「そんな方法は存在しない」である。
魔力の残量──或いはバイパスの摩耗度合──は、魔法使い本人にしか分からない、酷く感覚的なものだ。
ゲームならばHPやMPなどという分かりやすい数値的指標があるが、あいにく現実ではそんなものは存在しない。
アスリートの体力を正しく数値化することなど誰にもできないし、「俺はあと1234.56メートル走ったら体力が尽きて気を失う」と正確に予測できるアスリートもいない。
それと同じで、魔法使いの魔力量も正確に数値化など出来はしない。
全ては感覚の問題である。
そんなわけで、魔法学では「魔力量」という言葉を使わない……のだが、それはお硬い学者連中の話。俺みたいな普通の魔法使いは普通に使っているし、大体の魔法使いには魔力量で通じる。
だって、「魔力量」の方が分かりやすいし、いちいち「バイパス摩耗度がうんたらかんたら」なんて言うのは面倒臭いからね。
魔力量を数値化することはできないが、その代わり、我々魔法使いはどの等級の魔法をどれだけ発動できるかで己の魔力量の大凡を把握する。
例えば俺の場合、下級魔法なら100〜250発ほど、中級魔法なら50〜120発ほど、上級魔法なら1〜10発ほど連続発動すれば魔力が底を突く。
同じ等級でも使用可能回数に大きく差があるのは、魔法構成式の複雑度が関係しているから。
同じ3次元魔法でも、《
それに、魔力の消費量は魔法の持続時間にも依存するため、一概には言えない。
同じ《
魔力が底を突くと、人は激しい目眩と悪心と倦怠感に襲われる。
数時間ほど休めば自然に回復するが、その間は体調不良で殆ど使い物にならなくなるので、戦闘中は魔力の管理がとても大事だ。
こうした感覚的なものは、経験を重ねて体で覚える他ない。
普段運動しない人間がいきなりマラソンに挑戦すると上手くペースを掴めずに肺水腫などになってしまうが、経験を積めば己の限界を知り、適切なペース配分を身に付け、軽々と完走できるようになる。それと同じで、魔法使いも見習いの内に己の限界を探り、適切な魔力使用ペースを掴む必要がある。
俺も、師匠の「地獄のブートキャンプ」で魔力管理の感覚を
ちなみに、俺は師匠が魔力切れになったところを一度も見たことがない。
あの人はマジで化け物だった。
俺がありったけの魔力をつぎ込んでようやく一発撃てる上級魔法を、あの人は3連発でぶっ放してくる。そんでケロッとしてやがる。
マジで、どんなバイパスしてんの?
耐摩耗素材配合?
「では、我が前主を超えるお主は一体なんなのだ?」
俺にぬいぐるみのように抱えられているバームが喉を鳴らした。
そう。
今の俺の魔力量は、既に化け物だった師匠を軽く超えている。
バハムート種を呼び出すのは師匠も苦労していたし、シャイニングエリクサー相当の魔法薬を一瞬で作ることに至っては師匠ですら無理だった。
そして、極めつけは──
「我を60日間も召喚し
認めたくはないが、バームの言うとおり。
今の俺の魔力量は、師匠を超えているどころか、既に人外の域に入っている。
その証拠が、目の前に居る──
バームは俺が召喚した使い魔だ。
本来、使い魔は
学術的に言えば「4次元内での情報構造体を維持できなくなり、本来の情報次元のみの存在へと戻る」ということ。
普通の使い魔は、二ヶ月も実体を保つことなど出来ない。
なぜなら、膨大な量の魔力を二ヶ月に渡って放出しっぱなしにできる人間など存在しないからだ。
というか、そんなことは理論的にも現実的にも、人間にはできっこない。
普通の人間ならば、低級の使い魔ですら、数分の召喚を維持するだけでほぼ確実に
優れた魔法使いでも、数時間が限界だ。あの師匠でさえ、3日を超えたことはなかった。
2ヶ月もぶっ通しで召喚し続けるなど、死ねと言っているようなもの。いや、2ヶ月に達する前に必ず死ぬ。
では、バームはなぜこうして実体化し続けているのか?
理由は簡単。
俺が常に魔力を提供し、実体化を保っているからだ。
そう。
ついさっき「人間にはできない」と言っていたばかりのことを、俺はこの2ヶ月の間ずっと続けていたのだ。
ね?
人間やめてるでしょ?
そもそも、俺がバームを非物質界に帰還させずにずっと実体化させているのは、俺の
バームを召喚してしまったとき、俺は自分の魂が神様のミスによって
それで、少し心配になったのだ。
確かにあのイラッとするイケメン神様の言う通り、俺の価値観や趣味趣向などに影響はなかったし、自我も「九重九太郎」のままで何も変わっていなかった。
だが、俺の魔力──特に魔力量には、大きな変化があった。
結論から言うと、俺の魔力量は大幅に増えていた。
魔力の源が魂であるのならば、魂が融合したことによって魔力に何らかの変化が生じたとしてもおかしな話ではない。
では、具体的にどれだけ増えたのか?
この疑問を解消するために、俺は実験することにした。
最も一般的な方法は、何かの魔法を連続で発動し、どれぐらいで魔力切れになるのか測り、以前の数値と比較すること。
だが、神様によって魂が融合した俺は、この方法で計測することができなかった。
シャティア姫たちを見送り、バームが俺の元に帰ってきた後、俺はすぐに実験を始めた。
最初は《
これ以上この魔法で実験を続けても効率が悪いし、何より常時炎を吹き出させるこの方法ではあまりにも目立ちすぎる。
では他の魔法、例えば魔力消費が激しい上級魔法ならばどうかとも考えたが、俺が使える上級魔法は大抵が戦略級超広域殲滅魔法だったことを思い出して、ソッコーで諦めた。
どれも《
実験に最適な魔法が思いつかない。
困っていた俺に、まだ非物質界に帰還していなかったバームが「では、我の実体化を維持し続けてみてはどうだ? 《
一理ある。
使い魔の実体化維持はかなり魔力を食うし、召喚する種族で消費魔力が大幅に変動する。
竜ともなれば、費やす魔力は並の上級魔法では効かないほどになる。
攻撃魔法のように地形を変えることもないし、実験には適していると言えるだろう。
だが、根本的な問題があった。
「俺はこれからどこかの村に住む予定なんだよ。お前と一緒に行くのはちょっとなぁ……」
と、俺は小山ほどもあるバームの巨体を見上げた。
燃え続ける火の玉ですら目立つのだ。体高8メートルを超えるバハムート種など、言わずもがなである。
こいつを連れて人里に降りたら、俺はたちまち大魔王認定されてしまうだろう。軍隊出動&大規模討伐待ったなしである。
躊躇いを見せる俺に、バームは数瞬ばかり考えると、突然ピカーッと光り出した。
何事!? と身構えたのも束の間。
消える光と共に再び俺の目の前に現れたのは、ぬいぐるみ姿になった──今のバームだった。
「えぇぇぇ……? それ、どうなってんの……?」
「うむ、これは所謂『省エネモード』というやつだ。これならば問題はなかろう」
「……まぁ、大きさ的には問題ないだろうけど、実験の方は? 省エネで小さくなったってことは、実体化のために供給する魔力は減っているんだろ?」
「確かにそうだが、それでも普通の飛竜を常時召喚している程の魔力を消費しているはずだ。魔力の出力維持性能を測るには、これくらいでも十分ではないか、我が主よ?」
というわけで、俺はあれからずーっとバームをぬいぐるみ状態で実体化させ続けている。
ただ、やはりと言うか、バイパスがオーバーヒートする兆候は一切なかった。
「ほんと、いつの間にか人間じゃなくなっちゃったなぁ、俺……」
師匠だって、飛竜レベルの使い魔を実体化させるのは6時間が限界だった。
普通の魔法使いでは、飛竜を召喚すること自体が不可能に近い。
それを、俺はもう60日間もぶっ続けでやっているのだ。
もう、完全におかしい魔力量である。
バイパスの概念で言えば、今の俺のバイパスは超高分子量ポリエチレン並みに摩耗に強くなっているだろう。
以前はちくわみたいなものだったのに……。
一応、こうなった原因は推測できる。
一番わかり易いのは「魂のエネルギー総量が増えたから」という推論。
魂のエネルギー総量の1%が消費されたら必ずオーバーヒートするとはいうが、そもそもエネルギー総量が多ければその1%に達すること自体が難しくなる。100の1%は1だが、10000の1%は100なのだ。母数が大きい分、オーバーヒートし辛いのは自明の理と言える。
そしてその分母が限りなく無限大に近づけば、
勿論ながら、俺はこの実験結果に納得してはいない。
というか、逆に不安になった。
なぜなら、「計測不能」というのは、理論的には「何も分かっていない」と同じ意味だからだ。
先ほどの「魂のエネルギー総量が増えたから」という推論は、唯一の推論ではない。
最悪のシナリオは、「バイパスがオーバーヒートしなくなった」というもの。
バイパスがオーバーヒートしなくなったということは、魂の全てのエネルギーを抽出できる──できてしまうということ。
魂のエネルギー総量が同じでも、1%という上限がなくなれば、感覚的には「魔力が100倍」になったかのように感じるだろう。
だが、それは錯覚だ。
バイパスのオーバーヒートは魂の保護機能であり、それがなくなるということは保護機能が働かなくなっているということ。
この推論が正解なら、魔力を使い続けた先に待っているのは、魂の枯渇。つまりは「死」だ。
それは、とてもまずい。
残念ながら、俺には今の魔力消費実験を続けること以外にこの推論を検証する術はない。
もし「魂のエネルギー総量が増えた」ということであれば、いずれオーバーヒートが来て魔力切れになるだけだろう。問題は何もない。
だが、もしこれが「バイパスがオーバーヒートしなくなった」ということであれば、いずれ俺は死ぬだろう。
まさに命がけ……いや、魂がけの実験だ。
幸い、現段階ではまだなんともない。
ということは、まだ総エネルギー量の1%を消費していないか、もしくはまだ魂の全エネルギーを吸い尽くしていないか。
「前から思っていたのだがな、我が主よ」
「ん?」
「もう一つの可能性もあるのではないか?」
「もう一つの可能性?」
「うむ。『魂のエネル―を回復する速度が上がっている』という可能性だ」
「…………あ」
「……思いつかなかったのか、我が主よ……」
そうだよ……!
その可能性もあったんだ!
俺の魂の総エネルギー量がとんでもなく大きくなっているのは事実だろう。
ただ、どんなに多くても、限界はあるはずだ。
それが一向に見えてこないから、俺は制限機能が取っ払われている──バイパスがオーバーヒートしなくなった可能性を考慮した。
だが、必ずしもそうであるとは限らない。
魂のエネルギーを補填する速度が消費速度よりも早いか、少なくとも同速であるなら、魔力切れにならなくて当然だ。
なんで今まで気が付かなかったんだろう。
もしそれが本当なら、かなりいい変化だ。
端的に言えば、使用可能魔力がめちゃくちゃ増えたということになるから。
とはいうものの、バイパスのオーバーヒート機能が失われているかどうかは、まだ分かっていない。
実験は続けるにしても、無駄に魔力を多く使うことは避けるべきだろう。
「よかったではないか、我が主よ。魔力量が増えたのだ。人間をやめたぐらい、笑って許容すべきであろう」
「……まぁ、そうなんだろうけどさ……」
なんとなくだが、納得がいかない。
魔力量だけでいえば、今の俺は元の世界でも圧倒的なナンバーワンになっているだろう。
最強の名を恣にしていた師匠の魔力量すら超えたのだから、疑う余地などない。
確かにバームの言う通り、何かが減ったわけではなく、寧ろ当選した宝くじを拾ったようなものなのだから、素直に喜ぶべきだろう。
けど、俺にはそれができない。
この膨大な魔力は、俺が生まれつき持っているものでもなければ、努力の末に手に入れたものでもない。
寧ろ、
俺は師匠に鍛えられて、今の俺になった。
文字通り血反吐を撒き散らすほど過酷な修行を経て、俺という魔法使いが形成されたのだ。
だから俺は、自身が積み重ねた経験と努力を誇りに思っている。
そんな俺にとって、労せずに手に入れたこの魔力は、一種の侮辱といえる。
まるでこれまでの努力をバカにされているようで、とてもムカつくのだ。
それに、俺はまだこの底無しの魔力を完全に使いこなせていない。
未だに痛風薬を作ろうとしてうっかり「シャイニング痛風エリクサー」を作ってしまう程だ。とても我が物顔で多用することなどできない。
どれだけ高級なスーツを手に入れようと、俺自身がそれを着こなせなければ、それはただのお高い布切れだ。何の意味も価値もない。
というか、そもそもこの膨大な魔力はイケメン神様がやらかしやがった業務上過失の結果であり、当初はこんなおまけ能力が俺に付与されているなど知らなかった。
ぶっちゃけ、ちょっと気を抜いただけで普通の栄養剤が起死回生薬になったり、ちょっと加減を間違えただけで魔法を付与した矢が獲物を爆散させる砲弾になったりする能力は、個人的には迷惑が過ぎる。
マジで、この無駄に多いの魔力、あのいけ好かないイケメン神様に返せないかな……。
「よ、よせ、我が主よ。その力はどれだけの人間がどれだけ願っても手に入れることができないものだ。大した害にならないのだから、疎ましく思う必要などなかろう。大金持ちはいつだって一文無しよりマシなのだ」
「一文無しは誘拐されないけど、大金持ちは誘拐されるだろ。静かに暮らしたい俺にとっては、うっかり伝説の秘薬を作ってしまう力とか、ちょっと加減を間違えるだけで獲物が消し飛ぶ力なんて、害悪以外の何物でもないんだよ。そもそも、俺はこんなアホみたいに多い魔力なんてなくても何の問題もなかったんだから」
師匠に徹底的に鍛えられた俺は、そこそこ戦える自信がある。
師匠や弥生さんやマリアさんのような人外の強さを持つ人たちと比べたら塵芥同然だが、普通の魔法使いには決して劣らないと自負している。
実際、この世界に来てからは、まだ一度も大きな魔法を使ったことがない。
だからここまで膨大な魔力がなくても、何とかやっていけるはずだ。
寧ろ、今では「過ぎたるは猶及ばざるが如し」感が強い。
「いやいや、そんなことはないぞ、我が主よ。無くて困るよりは、あり過ぎて困る方が良いと思うぞ。それに、大は小を兼ねると言うではないか。いやはや、お主ら
小さな前足でぺちぺちと俺の頬を叩くバーム。
本人は肩を叩きながら諭しているつもりらしい。
「……なぜそこまで焦る……?」
俺の疑問に、バームはギクリと身を硬くする。
「……な、何を言う、我が主よ。わ、我は焦ってなどおらぬぞ?」
「お前、
「そ、そんなことあるわけが無かろう、我が主よ。確かに、こちらで口にするものはどれも美味く、目にするものはどれも新鮮だが、だからと言ってこの偉大で高潔な竜たる我がそんなくだらない理由でこちら側に居座り続けたいなどと考えるわけがなかろう」
「懇切丁寧で説明じみた言い訳をありがとうよ。やっぱり本心はそっちだったか……」
「違う、違うぞ、我が主よ。我は純粋にだな──」
とうとうフルフルと首を小刻みに振り始めるバーム。広がろうとする翼を必死に折りたたもうとしている。尻尾の先もピクピクと動いていた。
どうやらバームは動揺すると体が先に反応してしまうらしい。
「もういいよ、バーム。お前を無理に帰還させるつもりなんてないから。俺たち、相棒だろう?」
安心させようと優しい口調でそう言うと、バームはピタリと動きを止め、口をパックリと開いた。驚いているらしい。
そして徐に尻尾をペシペシと俺の肩に打ちつけてきた。くすぐったい。
「そ、そうだな、我が主よ、その通りだ。我らは主従関係にあれど、互いを支えあう相棒同士でもある! まったくもって良き関係だ!」
偉そうな物言いだが、バームの声色はかなり弾んでいる。
なるほど、嬉しい時は尻尾を打ちつけるのか。そこは猫と逆なんだな。
「……何の話をしているのですか、ナイン、バーム?」
俺たちの話に付いて行けないオルガは、無表情な顔に少しだけ困惑を滲ませている。
ミュートとミューナは慌てるバームの姿を面白そうに眺めていた。
「ああ、悪い。バームの本当の姿を見せるっていう話だったな。それはこれからやる」
「そうですか」
「うむ。我との『リンク』も、状態がかなり安定している。問題はなかろう」
「だな」
バームが言った「リンク」という単語。
これが今回の主題だ。
「リンク」とは、召喚主と使い魔の間にある魔力的繋がりのことである。
使い魔の実体化を維持する方法は、全部で二種類。
一つは召喚の際に魔力をまとめて渡す方法。
これは俺が最初にバームを召喚した時に採用した方法であり、
喩えるなら、おもちゃに電池を入れるようなもので、最初に入れた
そしてもう一つが使い魔との間に「リンク」という魔力的な繋がりを作り、常時魔力を供給する方法。
魔法使いの魔力が続く限り実体化させ続けることができるし、帰還させようと思えば供給魔力を止めることで即座に帰還させることができる。
喩えるなら、コンセント付きのおもちゃみたいなものだ。
安全性を取るならば、前者の方が魔法使いの魔力限界を超えないので、リスクは少ない。
だが、利便性を取るならば、断然後者の方がベターである。
バームへのリンクは、俺が後から確立させたもので、先程も言ったようにバイパス耐久度の計測実験も含まれている。
まぁ、結果は「測定不能」だったわけだが。
実を言うと、実験はバイパス耐久度の測定の他にもう一つある。
それが、リンクに関する実験だ。
「では、いいな、我が主よ?」
「おう、いつでも」
そう言うと、バームは俺の肩から降り、小さな翼をパタパタと羽ばたかせ、離れた場所に着地する。
そして、バームは自らの体をピカーッと輝かせた。
瞬間、大気が一気に膨れ上がり、突風を巻き起こした。
巨大で強大な何かが、その存在感を爆発させるように膨れ上がり、空間を満たす。
同時に、膨大な魔力と重苦しい威圧が俺たちに浴びせられる。
「うむ。我に異常はないぞ、我が主よ」
バームのその声は、頭上から聞こえてきた。
見れば、そこには誰もが畏怖と崇拝を抱く──本来の姿へと戻ったバームがいた。
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