22. Mi casa es su casa

 オルガたちを救助した翌日。

 5月21日。


 俺とオルガとミュートとミューナの四人は、朝から村長の家を訪ねていた。

 訪問の理由はもちろん、この村での暮らしについて本人たちを交えて村長と話をするためだ。

 一応、昨日のうちに俺から村長に話をある程度通しているが、やはり本人たちが直々に赴く必要があるだろう。


「──と、まぁあそんなわけで、税の方さえしっかりと払ってくれれば、みんな文句はないそうだよ。今年の分の税については、村の方で立て替えておくから。流石に、村に来たその年に税を払うのは無理だからね。返済は急がなくてもいいから、ゆっくりやっていこう」


 柔らかい声色でそう言ったのは、村長のベン。

 物腰の柔らかい、優しいおじさんである。


「ありがとうございます。来年までには自分達で税を払えるようにしますので、よろしくお願いします」


 いつもと変わらない冷静で表情の乏しい真顔で頭を下げるオルガ。

 これが彼女のデフォルトの顔であるらしく、表情を露わにすることが非常に少ない。

 能面少女ってやつだな。可愛いからいいけど。


 真摯な態度のオルガに、村長は「急がなくても大丈夫だからね」と応じながら、俺のほうをチラリと窺ってきた。

 俺の同居人となるオルガたちに手を差し伸べることで、俺の心証をよくしようとしているのかもしれない。



 村に新規入居する者の税金に関しては、明確な規定がある。

 税の徴収時期は冬前、量は人頭ごとに麦の現物による上納が鉄則だ。

 特例として、地方政府──この世界の場合は住んでいる地方の領主になるが──に移住申請を提出し、許可が降りた新規入居者には3年の免税措置が適用される。

 これは過疎状態の農村地域を活性化する政策であるのと同時に、浮浪者を生まないための手段でもある。

 つまりは、働く道がないのならどこかの村に行ってそこの住民になって畑仕事をしろ、ということだ。

 とは言え、新しい土地で農業を始めてすぐに成果を上げろというのも無理な話。

 農業のプロであれ、未経験者であれ、新しい土地で再スタートするには様々な準備がいる。

 その土地での主要作物の特性や気候・土壌などの土地環境、魔物の分布や害獣・害虫の種類、村での決まりごとや人間関係などなど、学ぶべきことは山ほどある。慣らしの期間はどうしても必要だろう。

 税が免除されるこの3年とは、それらの準備や困難を新規入居者に解決させるための、謂わば猶予期間なのだ。

 裸一貫で移住した者や経験のない者にとっては、まさに福音といえる政策だろう。


 ただ、この政策が適応されるのは、前述の通り「領主に申請を提出して許可が下りた者」に限られる。

 オルガたちのような「勝手に村に住み着いた流民」には適応されない。


 規定では、制式な申請と許可がないまま新規入居した流民は、「その村の新生児」扱いになる。

 そのため、入居当年から税金を全額支払う義務が課せられる。

 つまり、オルガたちは徴税官の到来と共に、今年分の税金(3人分)を支払わなくてはならないのだ。


 当然だが、そんなことは不可能だ。


 今年の畝換えや種まきはとっくに終わっていて、早いところでは既に発芽が進んでいる。今から準備しても、納期である冬前に収穫することなど到底できないし、たとえ収穫できたとしても人頭分(3人分)の量には遠く満たない。

 だからこそ、村長のベンはオルガたちの今年の税金を肩代わりすることで彼女たちの生活を補助し、同時に彼女たちの家主である俺に恩を売ろうとしているのだ。

 気弱に見えて、村長は意外とやる男なのである。



「……立て替える分の返済も忘れないでよね」


 次期村長候補(或いは次期村長の妻候補)として同席していたエレインが、苛立ちを隠そうともせずにそう言い放った。

 この場では村長が村代表、エレインが村民代表というスタンスらしいのだが、民衆の代弁者であるはずのエレインの口ぶりには明らかに私怨が混じっていた。

 ……なんで?


「勿論です。数年の分割になってしまいますが、立て替えていただいた分はできるだけ速くお返しするつもりです」

「……分かってればいいのよ」


 エレインのブスッとした不機嫌顔と取り立て屋のような荒っぽい口調に、オルガの隣に座った双子が怯えたように唾を飲み込んだ。


 今日のエレインは、なぜか機嫌がすこぶる悪い。


 彼女は普段からちょっと気の強いきらいがあるが、基本的に人当たりは良いほうだったはずだ。

 殆どの村人には常に暖かく接しているし、たとえ怒ることがあっても常に愛情のある怒り方をしていた。

 例外として、何故か俺の言動には結構な頻度でガチに機嫌を損ねるのだが、それでもここまで敵意をむき出しにすることは無かったと記憶している。


 もしかして、新参者を警戒しているのか?

 にしては、同じ新参者だった俺のことはすぐに受け入れてくれたが?


 よく見ると、エレインはオルガとミューナの二人を交互に睨みつけている。

 まるで値踏みするような、威嚇するような、縄張りを侵された猫のような、敵意に満ち満ちた不穏な視線である。


 う~~~ん……。


 あ、なるほど。

 そういうことか。


「安心してくれ、エレイン」


 事情を悟った俺は、優しくエレインを諭すことにした。


「確かにオルガもミューナも華奢だけど、二人にはちゃんと俺が仕事を用意してるから、絶対にタダ飯食らいにはならないよ。働かざる者食うべからず、だもんな」


 恐らく、エレインはオルガとミューナ──細身の女の子二人──がちゃんと働けるか、疑問に思っているのだろう。

 ただ飯食らいを養っていけるほど、農村は裕福じゃないからね。

 でも、問題ない。

 オルガたちを助けた時に、既に働き口は考えてある。


「~~~~~~~~っ‼」


 ところが、エレインは俺の言葉に安堵するどころか、なぜか顔を真っ赤にし、頬をパンパンに膨らませ、怨嗟の籠もる眼差しで俺を睨みつけた。

 超絶怒っている。


 ……なして?

 俺、何か変なこと言った?


 何故かエレインのターゲットがオルガたちから俺に移りそうになったので、俺は慌てて村長に本題を話すことにした。


「そ、それでさ、村長。じ、実は、彼女たちの税と働き口のことで、俺の方からちょっとした提案があるんだ」

「ほう。どんな?」


 即座に食いつくベン。


 三十後半の大人にタメ口をきいている俺だが、これは彼らからの要求だったりする。

 村に来た当初、俺はずっと敬語と敬称を貫いていた。

 当たり前だろう、殆どが自分より年上で、身元不明者の俺を気前よく受け入れてくれた善い人たちなのだから、親戚のおっちゃんたちに話すみたいに気安くタメ口で話せるわけがない。

 しかし、そんな俺の常識と良識とは裏腹に、彼らは「むず痒いからやめてくれ」と敬語と敬称の撤廃を、逆に俺にお願いしてきたのである。

 村では年齢や役職に関係なく誰も敬語を使わないから、不自然で気持ち悪いらしい。

 そこまで言われたら、俺も敬語を止めざるを得ない。こんなことで無駄に我を通しても意味はないし、寧ろタメ口の方がこちらも気楽だ。

 というわけで、俺は年齢や身分に関係なく、村の中では常にタメ口で話している。

 ちなみに、オルガに関しては素が敬語なので、敬語撤廃は無理だった。



 閑話休題。



 村長の興味津々な態度に確かな勝算を感じながら、俺は自分の計画を詳しく説明する。


「さっき、オルガは『来年までには自分達で税を払えるようにする』って言ってたけど……正直、うちの4人だけで麦の大量栽培は難しいんだ。

 ご存知の通り、俺はひ弱で農作業に向いていないし、そこにか弱いオルガとまだ成人すらしていないミュートとミューナの二人が加わったところで、大した労働力にはならない。

 税を払えるだけの麦を俺達だけで栽培するのは、残念ながら実質的に不可能なんだよ」


 そう言うと、オルガに鋭い目を向けられた。

 視線で「余計なことを言わないでください」と言っているのが分かる。


 まぁまぁ、そう怒りなさんなって。

 ちゃんと「策」があるから。



 ここピエラ村の主産物は麦である。

 付近の土壌は比較的肥沃で様々な作物の栽培に適しているが、税として支払うものは現物の麦と法で決まっている。同時に、麦は自分たちの主食でもあるため、うちの村では麦を中心に栽培している。

 っていうか、この世界では大体の農村がそんな感じだそうだ。中には麦のみを大規模栽培しているところもあるという。

 というわけで、ピエラ村では「農業」と言ったら、決まって「麦の栽培」なのである。


 俺の場合、「薬草師であるお前の時間を潰すぐらいなら、俺ら全員でお前の分の麦を育てて代わりに税を払ってやる」という村人全員の要望で農作業の一切を強制的に免除され、税金の一切を代納してもらい、村の共有財産のように養ってもらっているが、薬草師でないオルガたちは当然ここまで優遇されない。

 俺の口利きとはいえ、彼女たちは所詮なんの特殊スキルもないただの村娘と子供だ。

 優遇する理由がないし、寧ろ優遇なんてしたらいらぬ軋轢を生んでしまう。

 なので、オルガたちは自分たちで麦を栽培し、自分たちで税を支払い、自分たちで食い扶持を稼がなくてはならない。


 先程も言ったが、支払う税──現物の麦を3人分──はかなりの量になる。

 彼女たちにはかなり難しい要求だろう。


 麦がないなら作ればいいじゃない、と言えば簡単に聞こえるかもしれないが、それが簡単に実現できれば飢餓は存在しない。

 人間一人の労働力には当然のことながら限界が存在する。

 村長にも言ったように、オルガたちだけで──ひ弱という設定の俺を加えたとしても──3人分もの税を払えるほど大量の麦を栽培することは不可能。

 たとえ死ぬほど頑張って税を払えるだけの麦を栽培できたとしても、自分たちが食べる分までは絶対に賄えない。

 我が家のメンバーだけで税金分と自分たちで食う分の麦を作ることは、どうやっても出来ないのである。



「うーん、確かにそうだねー」


 俺の言葉に、ベンが納得顔で頷く。


 村長として村を管理する立場にあるベンは、その役職柄、村人個々が抱える問題を詳細に把握している。

 中でも労働力の問題は換気扇の油汚れのようにしつこく付きまとってくる厄介事の一つであり、農村における永遠の討論テーマの一つでもある、ということを彼は嫌というほどよく知っている。


 比較的安泰な生活を送っている我がピエラ村とて、食糧問題とは無縁というわけではない。

 村全体で見れば大丈夫でも、家々で食料が余ったり足りなかったりということは年々ある。

 ギリギリ食料が足りないという年も数年に一度は巡ってくるし、数十年前などは大飢饉に陥って餓死者が出してしまったことがあったらしい。


 そもそも、この世界の文明レベルは地球の中世に等しい。

 主要な農具は鋤と鍬くらいしかなく、不作が続けば天に慈悲を乞うくらいしか出来ることがない。

 知識と道具の欠乏は農業従事者の労働力が低いことを意味し、それはダイレクトに生産性に悪影響を及ぼす。

 知識の不足と技術の発達不足は、こと農業においては致命的なのである。


 現代の農家のように、作物の正しい栽培方法を熟知した上で灌漑システムを整え、更にトラクターの一台でも所有していれば、一人の労働で500人を養えるだけの作物を栽培することが出来るだろう。

 しかし逆に、正しい栽培方法も知らず、農具も鍬や鋤くらいしか所有していないのであれば、大人数を養うどころか自分で自分を食わせていけるかすら微妙になってしまう。

 少人数による作物の大量生産は、近現代の技術力あっての賜物。農耕を完全人力に頼るこの世界の社会環境において、一農村が恒常的に飢餓を出さない生産量を叩き出し続けることは、ほぼ不可能と言っていいのだ。


 勿論、改善方法は存在する。

 中世の地球でもそうだったように、農作技術が未発達の環境下で作物の大量生産を実現する方法は一つしか無い。

 人海戦術だ。

 ありったけのマンパワーを注ぎ込めば、大抵のことは出来るようになる。

 特に手間のかかる農業と戦争は、まさに人海戦術の最大の活躍どころだろう。


 しかし勿論のこと、人海戦術にも制限と限界が存在する。

 特に農業においては、それが顕著に現れてしまう。


 確かに人手が多ければ多いほど、大量に作物を栽培できるだろう。

 だがそれは同時に、食べる口も多いことを示唆している。

 おまけに、頑張って働けば働くほど体力を使い、消費カロリー──必要食事量も増す。

 人海戦術で人手が増えれば増えるほど、人員の増加量と正比例して食料消費量コストも増えてしまうのである。


 それだけではない。

 人間は個々で労働能力に大きなばらつきがある上に、労働力に限界値が存在する。

 人数の増加に対する労働力の変化は非線形的であり、おまけに常に変動する。

 人手を2人から4人に増やしたから労働力は2倍、という計算はほぼ成り立たないのだ。


 人海戦術で農業に当たる場合、多すぎる人手は平均産出量を下げてしまい、少なすぎる人手は総産出量を下げてしまう。

 前者は飢餓を意味し、後者は納税不足を意味する。


 勿論、この八方塞がりのように見える問題にもちゃんと解決策はある。

 要は「複数の変量が存在する条件下で生産量を最大化する人員数を求めよ」という問題なので、これは実質ただの「最適化問題」である。

 だから、最適解さえ算出すればそれで解決する。


 ただ、この「最適解を導き出す」というのが文字通り至難の業だったりする。


 常にランダムに変動する労働者の体調、成長や老化によって絶え間なく変動する労働者の労働力、不確定な気候変化、魔物という未知の生物群による影響、検出不能な土壌の状態、予測不能な疫病の勃発、他の労働との兼ね合いなどなどエトセトラセトラ……。

 不確定に変動する要素ファクターがここまで多くては、たとえスーパーコンピューターを用いたとしても最適解の算出は難しいだろう。

 この村では村長のベンが自らの経験を活かして村の諸問題に対処しているが、やはり解決どころか改善にすら程遠い成果しかあげられていないらしい。



 こればっかりは仕方ないと理解を示すベンの横で、気弱な父親と正反対の性格のエレインが再び厳しい視線をオルガに向けた。

 その視線がちょっと八つ当たり気味なのは、果たして俺の気のせいだろうか。


「そこで、俺の提案だ」


 興味津々に身を乗り出したベンに、俺は提案の内容を説明する。

 諸問題が解決し、俺が得をし、俺が楽になれる、そんな素晴らしき提案を。


 説明が終わると、ベンは明るい笑顔を浮かべた。


「うん、それはいい考えだ! ナイン、君の頭の良さには脱帽したよ!」

「いやいや、村長には敵わないよ」


 そう言って、二人で「ぐふふ」と笑い合う。

 越後屋と悪代官みたいなくだりを演じる俺と村長に、オルガとエレインが揃って胡散臭そうな目を向けてきた。

 そんな目で見るなよ。別に阿漕な商売を始めるわけじゃないんだから。


「これなら村の皆も諸手を挙げて賛成してくれるよ。早速みんなに話してみるね!」

「よろしくお願いします、村長殿」


 深々と頭を下げる俺に、ベンはブンブンと手を振った。


「やめてよ、ナイン。君には村のみんなが感謝しているんだ。僕の腰痛も、君の薬のお陰で綺麗さっぱり治ったし、今日もこんな素晴らしい話を持ってきてくれたんだ。礼を言うのは僕達のほうさ」

「こっちこそ、俺みたいなのを受け入れてくれた皆には感謝の言葉しかないよ」

「何を言ってるんだい。君ならどこに行っても受け入れられたと思うよ? 寧ろ、僕は君がうちの村に来てくれたことを毎日のように女神様に感謝しているぐらいなんだから」


 そう言って、ベンは手を擦るように祈り始めた。


「ま、まぁ、あたしも、あんたが来てくれて、その、よ、よかったわよ……」


 そっぽを向いて歯切れ悪く呟くエレイン。


 ……そんな無理に褒めてくれなくてもいいのに……。


「じゃあ、俺たちは帰って準備するから、今日はこれでお暇するよ」

「うん。何かあったら、また来てね」


 ホクホク顔のベンとブスッとした赤リンゴのようなエレインに見送られ、俺たちは村長宅を後にした。






 ◆






「うぇ〜ん、怖かったよ〜おにいちゃ〜ん!」


 村長宅が見えなくなるや否や、ミューナがガバッと脚に抱きついてきた。

 ウルウルと目を潤ませ、微かに体を震わせている。

 無理もないか。

 ミューナはオルガと共に終始エレインの殺気を孕んだ視線に晒されていたのだから。


「見てくれよ、にいちゃん。ミューナに握られた手がほら、こんなんなっちゃった……」


 ミュートが自分の右手を見せてきた。

 掌と手の甲が真っ赤になっていて、指先がどす黒く変色している。

 恐怖に耐えかねたミューナにずっと握り潰されていたらしい。

 完全にとばっちりである。


「う〜ん、エレインはなんであんなに怒ってたんだろうな? ここまで怖がらせることないのに……」


 俺は首を捻りながらミュートとミューナの頭を撫でてあげる。

 結局、エレインの機嫌は直らずじまいだった。

 俺がオルガ達のために何かを言おうとするたびにキッと睨んでくるし、見送りの際も怒った猫のように「シャーッ!」とオルガたちを威嚇していた。

 可愛い顔が台無しである。


「……多分ですが、原因は私にあるのだと思います」


 オルガが考え込むように呟いた。


「オルガが原因?」

「ええ……。おそらくですが、私達のような何の特技も持たない余所者を受け入れることが気に入らないのだと思います。

 特に女である私とミューナは、男性のように力仕事ができませんし、ナインのように村に貢献できる特技もありません。子を産む以外役に立たないのですから、疎まれても仕方がないでしょう。

 ですから、ナインはお気になさらずに。全ては私達の力不足が招いた結果ですし、こういった待遇は覚悟の上ですので」


 澄ました顔のオルガだが、悔しがるようにひっそりと小さく拳を握ったのがチラリと見えてしまった。

 無表情がデフォルトの鉄仮面姫だが、顔に現れないからといって感情そのものが無いわけではないのだ。


「そんなに自分のことを卑下するなよ。大体、皆からそう思われないための『提案』だろ? 自信を持てって」

「……そうですね。ありがとうございます、ナイン。成功するかどうかは分かりませんが、私達のために尽力してくれたあなたには心から感謝しています」

「礼を言うのはまだ早いぞ。全部が成功してからだ」

「……そうですね。では、先のお礼は撤回します」

「お前な……」


 つれないことを言うオルガは、俺のツッコミと溜息に一瞬だけ微笑みを浮かべた。

 俺の動体視力でなければ見逃していたほど小さく短い微笑だったが、確かに笑みを浮かべたのだ。


 少しだけホッとする。


 オルガはクールで賢くて現実的な人間だ。

 それでいて義理堅く、自分に厳しい。

 要するに、冷静に見えて最後は自分を追い詰めるタイプなのだ。

 たった一日の付き合いだけど、こういう人間は地球むこうでもたくさん見てきたからよく分かる。


 自分たちだけで税を払うのが無理なのは、彼女も分かっているはずだ。

 それでも俺に迷惑がかからないよう、自分たちだけで何とかしようとしていた。


 ここからは俺の予想だが……多分オルガは、ミュートとミューナの力すら借りずに、たった一人で3人分の税を何とかするつもりでいたのではないだろうか。

 そんな無茶をやり出しそうな気配が、彼女にはあったように思う。


 全く以て、協調性のない奴である。

 または阿呆とも言う。

 仮にも一緒に住んでいるんだから、最終的には家主である俺が何とかしなければならないということが分からないのかねぇ……。

 良く言えば遠慮のし過ぎ、悪く言えば考えが浅はか。

 結構賢いくせに、こういうところは意外と見えないらしい。


「まぁ、あの提案は随分前から考えていたもので、人手が足りなくて実行に移すことが出来なかったんだ。助かったのは寧ろ俺の方だよ。

 それに、俺達は一蓮托生の仲なんだ。礼を言う必要はないさ」


 そう言ってやると、オルガは目を見開き、一瞬だけ柔らかい表情になった。

 しかしそれも束の間、次の瞬間には能面を被ったような無表情──いつも通りの彼女に戻っていた。

 やはり俺の動体視力でなければ見逃していたほど速い表情変化である。

 お前は中国の変顔師か。


「そうですか。では、お礼そのものを撤回します」


 澄まし顔でつれないことを言うのもまた、いつもの彼女に戻った証拠だろう。


「そうしろ。なにせ、俺の提案にはお前たちの納税対策以外に、もう一つ壮大な目的があるからな。っていうか、そっちの方がメインだ」


 俺の発言にオルガは不思議そうに首を傾げる。


「帰ったら話す。ここじゃ人の耳があるかもしれないからな」

「……悪巧みですか?(ジトッ)」

「人聞きの悪い。一石二鳥の妙案と言ひたまへ」

「…………(ジトッ)」

「ほ、本当だぞ?」

「…………(ジトォ)」

「ほ、ほんとだって……」

「…………(ジトォォォ)」

「…………」


 オルガのジト目に耐えること数秒。根負けした俺は、思わずそっぽを向いた。

 無言のジト目って結構怖いね……。

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