16. 未知との遭遇

 風光明媚なとある日。

 今日も、俺は裏山に来ていた。

 目的は勿論、日課の薬草採取──という名目の食肉確保である。


 村の東には森が広がっており、そこを抜けると裏山の麓に入る。

 すると、途端に雰囲気が一変する。

 人によってはメルヘンチックにすら感じられる静かな東の森とは違い、裏山は活気に満ちている。それほど激しくない山坂には様々な植物が鬱蒼と生え茂っており、高々と背を伸ばした木々が縦横無尽に枝を伸ばしている。昆虫や野鳥以外の生き物も多くなり、活動も活発である。その乱雑な活気が、静かな麓の森と対照的に映る。


 う〜む、今日も中々に賑やかだなぁ。

 まぁ、賑やかだからこそ、色んなヤツが出てくるわけで──。


 裏山の斜面に沿って暫く登ると、突如、「変な生き物」の気配を察知した。

 素早く下級探知魔法の《心拍感知ハートビートセンサー》を発動する。


 心臓の鼓動を感知。

 数は一。

 力強くて速い心音。鼓動のパターンからして、人間ではない。

 地面を駆ける足音は規律正しい4テンポ。恐らく四足歩行の生き物だろう。

 距離はおよそ500メートル。急速にこちらへと接近してきている。


 俺は森に入る前から気配を隠していたから、相手はまだ俺の存在に気がついていない。

 慌てず周囲を再確認する。

 俺以外の人間は……いないな。

 遠くから見ているやつも……いないな。

 よし。これなら心置きなく魔法が使える。

 さぁ、どんな強敵でもドンと来い!

 あ、師匠みたいなのは勘弁してくださいナマ言ってマジすんませんっした……。


 ちょっとドキドキしながらその場で待つこと数秒。

 そいつは、姿を現した。


 狼だ。

 透き通るような純白の獣毛で全身を包み、鮮やかな赤い毛を耳先だけに生やした、美しい狼だ。

 鋭い牙を口元から容赦なく覗かせ、赤い瞳を爛々と輝かせた、力強い狼だ。

 体高1.2メートル、体長1.5メートルに達する、大きな狼だ。


 だが、普通の狼ではない。

 その狼は、全身に魔力を纏っていた。


「ふむ。『魔物』、か」


 俺はその白い狼を見て、そう結論づけた。






 魔物。

 動物とは一線を画すファンタジーの定番的存在で、空想生物の代名詞。


 実を言うと、元の世界でも魔物に該当する生物は実在する。

 が、それは我々が漫画や小説で慣れ親しんだ「魔物」とはかなり違っている。



 我々人間種ヒューマンビーイングが住む世界は、基本的に物質によって構築されている。

 こうした物質1〜4次元情報に依存した世界を、我々魔法使いは「物質界」と呼び、それ以外5〜12次元を「非物質界」と呼んでいる。


 この「非物質界」という概念は少し特殊で、あくまで情報構造体と次元情報を基としたある種の抽象的概念であり、実際に「非物質界」という明確な世界場所があるわけではない。

 がだ、人間以外の存在──例えば俺が召喚したバハムートのバームなど──を論じるとき、この「非物質界」という概念はとても重要となってくる。


 以前にも少し話したが、あらゆる人や物は計12層からなる情報構造体によって構成されている。

 逆に言えば、欠損のない情報構造体を有するあらゆる人や物は1〜12次元の情報をきっちりと持っている、ということでもある。

 そして、各次元情報はその人や物の詳細を表している。


 1〜3次元情報はその人や物の物理形状を表し、4次元情報は質量を規定する。

 5次元情報はその人や物のあらゆる方角・大小ベクトルの情報を示し、6次元情報は感情や思念と直結する。

 7次元情報はその人や物があり得た状態や取り得た行動などの情報を包有し、8次元情報はその人や物がそのままあり続けられるかどうかを決定づける。

 9次元情報はその人や物が皆からどう認識されているかなどの概念定義に関する事柄をを表し、10次元情報はそこに宿るエネルギーの大小や性質を規定する。

 11次元情報はその人や物に関わる魔法的概念を示し、12次元情報はその人や物が従うべき因果関係とあらゆる法則を決定づける。


 普通の人間が物理的に認識できるのは4次元までであり、それ以上は感覚か想像でしか分からない。

 だから、我々人間が拠り所としている物質中心の世界1〜4次元を「物質界」と定義し、それ以外の世界5〜12次元を大雑把に「非物質界」としているのだ。

 感覚としては日本人が自分たちの国を「日本」と呼び、他の人達が住んでいる場所を「外国」と呼んでいるのと同じような感じである。


 そして、非物質界の住人のことを、我々はザックリと「異次元存在」と呼んでいる。

 まぁ、なるにいるなのだから、そう呼ぶしかないよね。


 例えば、「霊体存在」などは異次元存在の代表例だろう。

 所謂「霊体存在」とは、3〜9次元を拠り所としている異次元存在だ。

 1〜2次元情報を有さないため、虚像は見えるが実体は無い。4〜6次元情報を有するため、触れずとも物を動かすことが出来る──所謂ポルターガイスト現象を引き起こすことが出来る。そして、状態的可能性7次元情報が強化されており、恒常的持続性8次元情報が非常に不安定であるため、物や死体に憑依できたり形を変えたり出来る。

 人々が「死霊」だの「悪霊」だの「幽霊」だの「精霊」だの「ちっちゃいおっさん」だのと呼んでいるのは、その殆どが魔法使いによって召喚されたこの霊体存在だ。……まぁ、一般人に見られているわけだから、召喚した魔法使いは間違いなく管理責任を問われて協会にお仕置きされているだろうけど……。

 ちなみに、所謂「幽体離脱」も、その人の6〜8次元情報に重大な不具合が発生したことで起こる現象で、かなり強引だが人工的に引き起こすことも出来る。謂わば、霊体存在の性質を真似た裏技だ。ただし、何らかの方法で6〜8次元情報のバックアップを取っておかないと情報構造体の崩壊完全なる死を引き起こしてしまうので、随分前から協会に禁止されている。



 閑話休題。



 我々人間のような物質存在が生きる物質界1〜4次元とバームたち非物質存在が居る非物質界5〜12次元は、互いに完全に独立した関係にある。

 拠り所としている情報次元があまりにも異なるため、世界同士が干渉することは無い。魔法で高次元情報を書き換えるにしても、それは「個別」の「物質存在」の「高次元情報」に干渉することであり、「非物質界」そのものにアクセスすることにはならない。

 非物質界に多少なりとも関われるのは、召喚魔法だけだ。それも、非物質界そのものにアクセスするというわけではなく、単に非物質界に居る「個別」の「非物質存在」に干渉するだけ。非物質界そのものには、やはり干渉していないのである。


 我々が非物質界へ干渉することが出来ないように、その逆もまた不可能である。

 人間などとは比べ物にならないほど強大な存在であるバームですら、召喚されずに物質世界こちらをどうすることは不可能。そんなことができていれば、人間世界はとっくの昔に滅茶苦茶にされているだろう。


 物質界と非物質界、両者はまるで同じコップに入った水と油のように、同時に存在していながら、決して交わらないようになっているのだ。


 ただし、例外が一つだけ存在する。


 それが、「多次元交差現象」と呼ばれる、滅茶苦茶珍しくて滅茶苦茶エマージェンシーな自然現象だ。


 この「多次元交差現象」が発生すると、本来であれば相互に干渉不能であるはずの物質界と非物質界の間に、両世界を一時的に繋ぐトンネルが形成されるのだ。

 さながら、水と油の入ったコップに乳化剤が入ったようなものである。


 このトンネルが、超厄介なのである。


 水が高きから低きに流れるように、物質やエネルギーも高次元から低次元へと流れる性質を持っている。

 多次元交差現象によって物質界低次元非物質界高次元を繋ぐトンネルが形成されると、そのトンネルを通して非物質界高次元から「様々な物質高次元情報断片色んな力高次エネルギー」がこちらの世界へと溢れてくる。

 最悪なことに、それらの「様々な物質高次元情報断片色んな力高次エネルギー」は、往々にしてこちらの世界の生物にとって有害だ。

 影響汚染を受けた生物は、極めて高い確率で情報構造体に以上をきたす。肉体構造は強制改変されて原型を留めないほど急激且つ不可逆に変異し、生命構造そのものが大幅に奇形化してしまうのだ。その影響力は、放射能被爆の比ではない。


 我々物質界の住人にとって多次元交差現象は、まさに地獄の釜の蓋が開いてしまったような、迷惑極まりない現象なのである。



 実際問題、この地獄の釜の蓋は、過去の地球で何度か開いていたりする。

 そして、その際に数多の生物がその影響を受け、変異してしまった。


 この変異してしまった生物こそ、地球における「魔物」と呼ばれる存在の正体だ。

 我々魔法使いの間では、「交差変異生物」と呼んでいる。


 多次元現象でしてしまったで、「交差変異生物」。

 実に安直で分かりやすい学名である。



 所謂「ドラゴン」などは、交差変異生物の代表格だろう。

 ドラゴンは、様々な国の伝承や伝説に登場する。その姿形はトカゲに類似するものがあり、なおかつ様々な地域や文明で見られるため、「進化の道筋から外れた恐竜、或いは進化が停滞した恐竜の生き残り」と提唱する者が多い。

 だが、大きな間違いだ。

 そもそも、ドラゴンは自然界に元来存在する生物ではない。

 ドラゴンは、大昔に発生した多次元交差現象において、異次元存在である「竜」の魔力輻射と情報構造汚染を受けて突然変異した物質界の生物。即ち、交差変異生物だ。

 交差変異生物の専門家によると、地球のドラゴンの大本は白亜紀以前から存在し続けている何らかの生物(おそらく恐竜)で、後に発生した多次元交差現象に伴う魔法的汚染によって、我々のよく知る「ドラゴン」の形へと強制変異させられたのだと言う。

 要は、竜の因子を受け継いだ突然変異体、というやつだ。

 そのため、ドラゴンは「進化の帰結」として生まれたのではなく、「迷惑な自然現象がたまたま生み出した、この世にいるはずのない化け物」というわけである。

 俺がバームを召喚したときに「竜とドラゴンは完全に別物」と言っていたのも、これが原因だ。

 ドラゴンは突然変異した物質界1〜4次元の「生き物」であり、竜は元から非物質界5〜12次元に存在する「異次元存在」だ。

 両者の在り方は、近所の下手くそな野球少年とテレビの向こう側で活躍するトップクラスのメジャーリーガーくらい違う。

 これらの事実は、魔法学史の先達たちが召喚魔法で召喚した異次元存在──使い魔や召喚獣たちの証言によって証明されている。


 厄介なことに、交差変異生物は往々にして凶暴で有害だ。


 普通の動物では持ち得ない魔力という強大な力を得てしまったことで、無意識のうちに魔法などを使ってしまい、周囲に甚大な被害を与える。放っておけば、短時間で周辺の生態系が崩壊してしまう。

 そのため、交差変異生物は確認され次第、即座に殺処分・完全消滅処理が義務付けられている。


 幸い、多次元交差現象は数百年に一度しか発生しない。

 そのため、新種の交差変異生物も、その都度にしか誕生しない。

 もしあんな危ない生き物が日常的にゴロゴロと生まれてくるなら、現存する全ての生物は大絶滅を覚悟しなければならなくなるだろう。

 目撃報告が上がる度に師匠のようなトップクラスの魔法使いが招集されて対処に当たるから、これまで交差変異生物関連で大きな問題にはなったことはない。……表向きには。


 なにせ、未だに世界中で「未確認生物U . M . A」の目撃情報が上がっているのだ。駆除が完全になされている、とはとても言い難いだろう。

 オカルト雑誌などで取り上げられる「未確認生物U . M . A」などは、その殆どがデマや紛い物だが、時たま「交差変異生物ほんもの」が混ざっていたりすることは、我々魔法使いだけが知る真実。ネス湖に住んでいるアイツも……ゲフンゲフン!



 とまぁ、これが地球の魔物事情なわけだが、この世界では状況が結構異なるらしい。



 魔法植物と同じように、この世界には魔物が普通に存在している。

 しかも、動物以上に種類と数があるらしい。


 面白いことに、彼らは地球における交差変異生物のような自然界から完全に外れた異質的存在ではなく、ちゃんとこの世界の生態系の一部として存在している。

 まるで真っ当に進化の道を辿ってきたように、種ごとに共通の特徴を兼ね備え、種ごとに繁殖し、食物連鎖の一部としてバランスを取っているのだ。

 そういう意味では、彼らは「交差変異生物まもの」ではなく、ただの「動物」であると言えるかもしれない。少なくとも、俺のよく知る交差変異生物まものとは決定的に違っているのは確かだ。



 学術的なお話はこれぐらいにして──。






 俺の目の前に立つ狼の魔物は俺を見るやいなや、一瞬驚いたように硬直し、すぐさま牙をむき出しにして睨んできた。

 喉からは「グルルルゥゥ!」という危険な警戒音を発しており、いつでも飛び掛かれるように前屈姿勢を取っている。

 完全に攻撃態勢だ。


「こいつは確か、『ダイアウルフ』だったっけ?」


 そういう名前の魔物だったような気がする。

 以前、遠距離観察していた村で似たような魔物が罠に掛かっていたのを村人がそう呼んでいた。


 ダイアウルフは、こいつに似た、結構でかい狼の魔物だ。

 ただ、殆どの個体が灰色か褐色の体毛をしていて、耳先の毛も赤色ではなく黒色だ。

 この白いダイアウルフは恐らく、アルビノ種か近縁種だろう。

 毛並みが白いから、「ホワイトダイアウルフ」とでも呼ぶべきか。


 実のところ、ダイアウルフとは何度かエンカウントした経験がある。

 ピエラ村に住み着く前、森や林で身を隠しながら色んな村の人たちを遠距離観察ストーキングしていたが、そのときによく背後から集団で襲われた。

 幸いというべきか、監視業務を行っていた数日、宿無し無一文だった俺は、彼らが襲ってきてくれたお陰で一度も飢えることがなかった。殆ど毎食「ダイアウルフの丸焼き~新鮮な謎果実を添えて~」だったので、もしかしたらピエラ村に住み着いた今よりも豪華だったかもしれない。

 だから、ダイアウルフという魔物には結構感謝しているのだ。


 魔物が食べられることは、ストーキングしていた村人達の会話で知っていた。

 が、それが結構美味いことは、実際に食べてみるまで知らなかった。

 まぁ、考えてみれば、地球の朝鮮半島や中国といったアジアの一部地域と西アフリカの一部地域でも、犬肉料理は一般的に食べられている。「狼も犬の内」と考えれば、ダイアウルフが美味いのも不思議ではないのかも……その考え方はおかしいですかそうですか。


 魔物であるダイアウルフは、村人にとってかなりの脅威であるらしい。

 10匹ほどの群れに襲われて村一つが全滅する、などということも結構あるそうだ。

 まぁ、俺からすると、ダイアウルフなんて犬の鳴き声を発するお肉詰め合わせパックにしか見えないんだけどね。一度15匹の大所帯に襲われたことがあったけど、全部仕留めるのに10秒もかからなかったし。


 俺の印象では、ダイアウルフという魔物は頭があまりよろしくない。

 どういうわけか、奴らは俺に仲間を瞬殺されても誰も逃げず、群れが全滅するまで襲ってくる。明確に危険な相手でも、逃げるという選択をしないのだ。生物としておかしい行動と言える。

 まぁ、その御蔭で俺は毎日お腹いっぱい食べれたんだけどね。



 目の前のホワイトダイアウルフを観察する。


 集団で行動するはずのダイアウルフが単独で行動しているということは、こいつは事故か何かで群れからはぐれたか不運児か、最初からソロで活動している文字通りの一匹狼かのどちらかだろう。

 今の俺ナインのキャラ的には強敵過ぎて狩れない魔物だから、ここで仕留めたとしても堂々と村に持って帰ることが出来ない。


 うん。こいつの肉は俺がコッソリ一人占めだな。

 村の皆に配る分は別途調達するとしよう。


 今晩は、久々に「ダイアウルフのステーキ」だ。

 ぐふふふ。

 じゅるり。


 そんな風に俺が晩餐への期待を膨らませて舌なめずりをしていると──


 先ほどまで荒ぶり唸っていたホワイトダイアウルフは、なぜかビクリと震え、途端に大人しくなってしまった。

 尻尾を後ろ足の間に挟み、仰向けに転がってお腹を見せ、切ない眼差しを俺に送って来ている。勇ましかった鳴き声も、今では「クゥゥゥ〜ン……」という情けないものになっていた。


 ……あれ?

 なに、この反応?


 一歩前に踏み出してみると、ホワイトダイアウルフは更にキツく尻尾を腹に押し付け、「キャイィィ〜ン! キャイィィ〜ン!」と可哀想な声で鳴きだした。野生の衝動に燃えていたその両目も、今では哀願するようにうるうると涙ぐんでいる。

 もはや近所の悪ガキに虐められている野良犬のようになっている。


 うーん。

 どうしよう……。


 このホワイトダイアウルフ、完全にイヌ科の「服従のポーズ」を取っている。

 つまり、「殺さないでワン(>ω<)」ということだ。


 弱肉強食こそ自然の摂理なので、お肉が食べたい俺としては、こいつを今すぐ食肉に変えてやっても別に良心は痛まない。


 でもなぁ……。

 それはちょっともったいない、かも……?


 今まで会ったダイアウルフ共は、どいつもこいつも頭の悪い犬のように躊躇なく飛び掛ってきた。

 俺に仲間を皆殺しにされようと、最後の一匹になろうと、構わず襲いかかってくる程バカだったのだ。


 けど、こいつは違う。

 こんなは初めてだ。


 多分、このホワイトダイアウルフは、俺との実力の差を瞬時に理解したのだろう。

 本能や勘が鋭いのか、それとも知性が高いのか。

 いずれにせよ、普通のダイアウルフとは決定的に違う。


 やっぱ、ステーキにしちゃうのはちょっと惜しいよなぁ……。


 う〜む。


 ……なんとか飼えないかしら?


 野生の動物──特に狼のような肉食獣──を飼い馴らすのは、非常に難しい。

 種類にも夜が、普通は数世代にわたる馴養が必要だ。

 一個人がやろうと思えば、多大な労力が掛かる上に、失敗する可能性が非常に高い。

 野生の狼を飼うなど、普通なら馬鹿な考えと一笑に付すところだろう。


 だが、こいつは野生の権化のような獣とは違い、自ら服従の姿勢を見せた。


「なら、いけるかもしれないな……」


 魔物というファンタジーな存在なのだから、出来ないことはないのかもしれない。


 俺の無意識の呟きに、ホワイトダイアウルフはピクリと反応した。

 股の間で挟んでいた尻尾を控えめに振り始めている。

 やはり、こちらの考えが少しは分かるようだ。


 うん。

 飼おう。


 食肉化はいつでも出来ることだし、こんなに賢い生き物は滅多にいない。

 何より、「魔物」という未知の生物群を研究するいい観察対象になるかもしれない。


「よし、お前を飼おう」


 そう言うと、ホワイトダイアウルフは挟んでいた尻尾を大きく振り始めた。

 それでも、お腹は見せたままにしており、必死に害意がないことをアピールしている。


 ……あ、この子、男の子だ。

 モフモフのご立派様がちょっとかわいい。


「もう食おうなんて思ってないよ」


 苦笑いが混じる俺の言葉に、ホワイトダイアウルフは今度こそ身を捩って立ち上がった。

 結構でかい体を恐る恐る俺の脇腹辺りに擦りつけてくる。


「………………」


 ……思ったんだけど、

 ……もしかしてこいつ、

 ……さっきは俺との実力差とかではなく、単純に俺の「食い気」に怯えていたんじゃないか?


 試しに、再びこいつをペットではなく晩餐の食材として見つめる。


「ステーキ……」


 ぼそりと呟いた言葉に、ホワイトダイアウルフはビクリと体を震わせ、再び尻尾を挟んで「クゥゥゥ〜ン……」と鳴き始めた。


 ……あ、やっぱり。

 こいつ、恐れていたのは俺の殺気や実力差とかじゃなくて、食い気だ。


 思わずため息が漏れる。


 なんだろう……まるで家族と一緒にクイズ番組を見ている時に答えを知っている問題が出てきたから得意げにウンチクまで垂らして回答したのに正解が全く違っていた時のような、そんな微妙な空気感だよ……。


 まぁ、価値基準の差だと考えれば、そこまで虚しくなることもないか。


 自然界では食うために殺す。

 生物が相手に食い気を向けるのは、その相手を被食者エサと捉えた場合のみ。

 だから、動物や魔物にとって「食い気を見せる」というのはそのまま「お前を殺す食うぞ」という脅しであり、否が応でも食物連鎖における上下関係を認識させられてしまうのだろう。

 ホワイトダイアウルフこいつ魔物こいつなりに、俺との上下関係を理解したのだ。


 まぁ、そもそも俺が気配を隠してたからこいつが俺を小動物か何かと勘違いした、という説もあるけど、それは後々確かめていこう。

 魔物がちゃんと殺気や実力差を認識出来るか、実験してみるのも面白そうだ。


 とまれ、このホワイトダイアウルフを飼う意味は十分にある。

 こいつの「使い道」も、パッと思いついただけでも結構あるしね。


 あ、そうだ。

 飼うと決めた以上、名前が必要だな。


 まだ俺のステーキ発言に震える真っ白なダイアウルフに、俺は食い気を引っ込めつつ、出来るだけ優しい口調で言った。


「今日からお前は我が家のペットだ。命名は……そうだな……『ジャーキー』でどうだ?」


 犬といえば犬用ジャーキーでしょ、という単純な発想から思いついた名前だ。

 けっして非常時にジャーキーに加工するためではない。


 本当はシンプルに「ポチ」とかでもよかったんだけど、俺を乗せて走れそうなこの図体にそんな可愛い名前は似合わないだろう。どっちかって言うと「モ◯の君」とかの方がしっくり来る。「黙れ小僧!」とか言いそう。まぁ、山犬じゃないし喋りもしないからその名前は却下だけど。


 俺の命名に、ジャーキーは「ワウッ!」と元気に吼え、俺の脇腹にグイグイと頭をこすり付けてきた。

 どうやら名前を気に入ってくれたらしい。



 思わぬ拾い物をしてしまった。


 まだ薬草の採取も、食肉の確保も終えていないけど、取り敢えず──


 ホワイトダイアウルフ、ゲットだぜ!

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