15. 魔法の話
そうなっている下地として、こちらでは
比率にすれば、総人口の約50〜60%の人が魔力を有し、その内の1割──総人口の実に5〜6%に当たる人が魔法を使えるのである。
分かりやすく言えば、学校の半分の人が魔法使い候補であり、一学年に20人くらい正式な魔法使いがいる、ということになる。
俺からすれば、顎が外れる程に高い比率だ。
このピエラ村でも、魔法を使える人間が二人いる。
一人は二児の母であるルシンダおばさん、もう一人は村長の娘であるエレインだ。
ルシンダおばさんは指先にマッチ程の微弱な火を起こすことが出来て、毎日それでかまどに火を着けているらしい。
エレインは手先から団扇を扇ぐ程度のそよ風を起こすことが出来て、よくそれで生乾きの洗濯物を乾かしていると言っていた。
便利な電化製品が一切ないこの世界では、これらの魔法はかなり役に立つ。寧ろ、生活面での不便を魔力だけで手軽に解消できるという点では、電気代を食う電化製品よりもローコストで便利かもしれない。
二人の話によると、彼女たちが使っているお手軽ライターと弱の冷風モードしかないドライヤーみたいな魔法は「生活魔法」という種類の魔法に属するらしい。
滅茶苦茶アバウトなネーミングだな。
ただ、これらは生活面でのみ役に立つ──寧ろそれ以外ではほぼ役に立たない──魔法であるため、これらを扱えるようになっても「魔法師」とは認められないらしい。四則演算が出来るようになったからって「数学者」と認められるわけじゃない、みたいな理屈である。
魔法師として認められるには、それなりに威力の高い攻撃魔法を修めるか、或いは特定の魔法を高い水準で使い熟せるようになる必要があるらしい。これも、なんともアバウトな基準だった。
ちなみに、
それはさておき。
二人の魔法を見て、俺は面白いことに気が付いた。
それは、この世界の魔法の「正体」だ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
我々魔法使いが使う魔法は、様々な現象を引き起こすことが出来る。
何もないところに火を起こしたり、触れることなく物を動かしたり、物質を全く異なる物質に変えたり、例を挙げればキリがない。
では、それらの現象はどうやって引き起こされているのか?
それを説明するには、先ず我々魔法使いがどんな風に世界を認識しているかを説明する必要があるだろう。
人は、五感を通じて世界を認識する。
人や物は物質で出来ており、見たり触ったり感じたりできる「実在するもの」と捉えているだろう。
対する我々魔法使いは、この世の万物を「情報の塊」として捉えている。
人や物は情報の集合体であり、あらゆる人や物は情報によって構築されている。
その情報の塊を、我々魔法使いは「情報構造体」と呼んでいる。
情報構造体はその人や物の本質を示す概念構造で、イメージとしてはコンピュータープログラムのソースコードを思い浮かべれば分かりやすいだろう。赤色を見るときに、実際の「色」として見るのではなく「#ff0000」として見るような感じである
ただ、これは比喩やイメージの話ではなく、我々魔法使いの眼には実際に情報構造体という
人や物にはそれぞれに対応する情報構造体があり、そこにはその人や物に関する情報がビッシリと書かれていて、我々魔法使いにはそれが「魔法文字」という特殊な文字の羅列として解読することが出来るのだ。
実際の見え方としては新聞紙で作った千切り絵のようなもので、人なら魔法文字がビッシリと書かれた半透明の人形のシルエット、物なら魔法文字がビッシリと書かれた半透明の物のシルエットに見える。そして、そこに書かれている魔法文字は、その人や物の状態の変化に沿って絶え間なく変化し続ける。
ちなみに、学閥によっては情報構造体のことを「イデア」とか「アルケー」と呼ぶこともあるが、殆どの魔法使いは習慣的にそのまま「情報構造体」と呼んでいる。
当然のことながら、情報構造体は誰にでも見えるというわけではない。
情報構造体を目視・認識するには、脳と眼球に魔力を集めて「魔力視の眼」という能力を発動する必要がある。
これを発動すると視覚が変化し、可視光線以外の情報──情報構造体や魔法構成式などの魔法・魔力関連の構造物──を眼で捉えることが出来るようになるのだ。
パソコンで例えるなら、「ソースコードエディタ」や「コマンドモード」を起動するような感じだろうか。
この能力は魔法的素質がある人間にしか発現せず、特殊な訓練を積むことでしか身につけることが出来ない。よって、情報構造体の存在は、魔法使い以外には一切知られていない。
とは言え、我々魔法使いも常に情報構造体を見ている訳ではない。
というか、四六時中人や物が半透明の文字列の塊に見えていたら、間違いなく発狂してしまうだろう。
我々魔法使いが情報構造体を覗くのは、自分が魔法を使う時か、相手の魔法を分析する時くらいで、普段見る景色は普通の人と同じだ。
魔法使いだって、オンとオフがあるのである。
こう言うとまるで情報構造体が不重要であるかのように聞こえるかもしれないが、全くもってそんなことはない。
情報法構造体は魔法学において最も基礎的な概念であり、最も重要な概念でもある。数学における数字や計算記号と同じ扱い、と言えば正解だろうか。
情報構造体なくして魔法は語れないし、情報構造体が見えて初めて魔法を構築する準備が整うのである。
さて、この情報構造体、全体で見れば一つの塊だが、実は内部で計12層に層分けされている。
イメージとしては、ロシアの伝統工芸品「マトリョーシカ人形」に近いだろう。大きな人形の中に小さい人形が入っていて、更にその中にもっと小さい人形が入っていて、その更に中にもっと小さな人形が……という具合に、人形の中に人形が幾重にも重ねて入っているあの置物と構造は一緒だ。
魔法学では、この一層一層に分かれている情報層のことを「次元」と呼んでいる。
今回の話のミソが、この「次元」という概念にある。
「次元」と聞くと、多くの人が某猫型ロボットのポケットか、某泥棒三世の相棒のガンマンを思い浮かべるだろう。
数学的に、0次元が点、1次元が線、2次元が面、3次元が立体、という空間の広がりを表す「次元」の概念は殆どの人が知るところだろう。学校でも習う、空間幾何学の基礎といえる概念である。
対して、魔法学における「次元」の解釈は、数学的次元解釈とは大分異なる。
前述の通り、魔法学における「次元」は情報構造体の情報層数──重ねられているマトリョーシカ人形の個数──を示す概念で、道具ともキャラクターとも空間の広がりとも関係がない。
魔法学における次元は、数学的次元解釈とは違い、「第0次元」からではなく「第1次元」から始まる。
出席番号に「0番」がなく「1番」から始まるように、情報構造体の情報層数にも「第0層(第0次元)」というものはなく、「第1層(第1次元)」からカウントが始まるのだ。
情報構造体の全12層の情報層は、それぞれの層で異なる系統の情報を司る。
その情報の重要性と密度は、外殻層(第1次元)から内核層(第12次元)に移行するに連れて高まっていく。
簡単に言えば、次元数が高くなればなるほど、内側に行けば行くほど、その人や物の根本──所謂「起源」や「根源」と呼ばれるものに近づく、ということだ。
我々魔法使いは、
この改変と変化の過程を「魔法」と呼ぶのである。
魔法の種類は、何次元まで情報を改変するかによって変わる。
分類は全部で13種類。
それぞれ、「1次元魔法」、「2次元魔法」、「3次元魔法」……(中略)……「10次元魔法」、「11次元魔法」、「12次元魔法」と「次元外魔法(或いは超次元魔法)」である。
各次元魔法は、改変する次元数によって難易度が異なる。
もちろん次元数が上がれば上がるほど、それに比例して改変の難易度も高くなる。
さっきのマトリョーシカ人形の喩えで言えば、一番外にある一番大きな人形の色を赤に変えようと思えば、ただ赤い塗料を塗ればいいだけなので、改変するのは割と簡単である。
しかし、中にある2番目の人形を赤色にしたければ、先ずはその外に重なっている1番目の人形を一度外し、中の人形を赤い塗料で塗り終えた後にもう一度外した1番目の人形を被り直さなければならない。外して、塗って、また被せる。掛かる手間は、単純に先程の3倍だ。
最終的に、もし一番中にある一番小さな人形(12番目の人形)の色を変える場合、その外に被せてある11層の人形を全て取り外し、塗り終わった後にまた全て被り直す必要がある。
魔法もこれと同じようなもので、次元数が上がれば上がるほど、情報の改変が難しくなっていく。
ただ、その分、世界に及ぼす効果は絶大だ。
次元数が上がれば上がるほど、物事の「
さて、次元についてもっと学術的に語りたいところだが、解かり辛い話を長々とされてもつまらないだろう。
だから、ここでは各次元魔法がどんなものなのか、それを使って何が出来るのか、ちょこっとだけ具体的に話したいと思う。
アレイスター・クロウリー著「なにそれ魔法学基礎 〜ローマ教皇でも分かる魔法の説明書〜(1902,第3版)」によれば、それぞれの次元が司る情報は以下の通りである:
1次元──点
2次元──線と面
3次元──立体
4次元──質量
5次元──ベクトル
6次元──想像・思念・意志
7次元──可能性・重複性
8次元──存在・状態の恒常的持続性と定着性
9次元──概念定義
10次元──エネルギーの存在性
11次元──魔法的概念の関与
12次元──因果律・法則
これだけ見ても「なんのこっちゃ?」となるので、ここでは比較的によく使われる1〜6次元魔法に絞って簡単に説明するとしよう。
◆
先ずは「1次元魔法」。
文字通り、情報構造体の1次元情報に干渉できる魔法だ。
悲しいことに、これに分類される魔法は、はっきり言って使い道があまり無い。
1次元魔法が干渉できるのは「点(極単一情報)」のみ。具体的には中性子一個、或いはクォーク一個である。おまけにその中性子を加減速させたり衝突させたり出来るわけでもなく、ただちょっと力を加えたり少しだけ移動させる、と言ったことしか出来ない。
長所として構成式構築と魔法発動に用いる魔力が非常に少ないという特徴があるが、干渉できる情報があまりにも限定的過ぎるため、お世辞にも役に立つとは言い難い。
1次元魔法がよく使われるのは、情報構造体の「情報基底」を改変するとき。要するに、より高次元の魔法を発動するための踏み台、というわけだ。
そのため、1次元魔法を単独で使う魔法使いは殆どいない。
◆
次に「2次元魔法」。
1次元と2次元の情報にアクセスできる魔法で、1次元魔法よりワンランク上の魔法だ。
……まぁ、これも使い道はあんまり多くないんだけどね。
精々が直線上にある、もしくは同一平面上にある複数の中性子やクォークを操れる、ということくらいしか出来ないので、応用範囲はかなり限られてくる。
勿論、核反応を引き起こすことは出来ない。……いや、理論的には可能なんだけど、それを引き起こすには核反応で得られるエネルギーの数倍相当の魔力を必要とするから、割に合わないのだ。それならまだ別──より高次の魔法を使ったほうが遥かに効率がいい。
俺も、以前は使い勝手のいい2次元魔法を開発しようと頑張り、《
この魔法は平面状に展開した中性子をマーカー化し、人や物がそれを通過するとマーカー中性子が動いて警報を鳴らすというセキュリティ系の探知魔法だ。
しかし、いざ発動してみれば、警報は鳴りっぱなし。使い物になどならなかった。
まぁ、考えてみれば当たり前だよね。中性子なんて常に激しく動いている上に、体積が小さすぎて何にでも当たる。だからマーカー化した中性子の網は何にでも引っかかり、何にでも反応する。それこそ分子が通過しただけでも反応するから、空気に触れているだけで絶え間なく反応し続け、警報が鳴りっぱなしになる。そらぁ使い物にならんわな。
今では立派な黒歴史として、俺の人生の1ページを物悲しく飾っていたりする。
……まぁ、それは置いておいて……。
1次元魔法や2次元魔法のような低次元魔法は発動に必要な魔力が少ない傾向にあるとは言え、干渉できる情報がここまで限定的だと、ハッキリ言って使えない。
だから、1〜2次元魔法はあまりポピュラーではないのだ。
◆
最も使い勝手がよく、また実際によく使われている魔法は、やはり「3次元魔法」だろう。
3次元魔法は1〜3次元の情報に同時アクセスすることが出来る魔法だ。
そして、ここから改変できる情報量が爆発的に増えてくる。
直感的に考えてみれば当然だよね。大体の物が立体なんだから。
3次元魔法を使えば、原子や分子から化合物まで、様々な物質に直接干渉できるだけでなく、様々な状態・構造の改変も可能となる。
解りやすく言えば、大体の物を自由に弄くり回せる、ということだ。
例を挙げれば、「武器製造魔法」がこれに当たる。
砂を溶かして石英ナイフを作ったり、樹の幹から炭素を抽出してナノカーボン製の防弾プレートを作ったり、車から鉄分を集めて拳銃を作ったりすることが出来るこの魔法は、典型的な3次元魔法である。
あとは、《空気盾(エアーシールド)》だろう。
低質量の物質や軽い衝撃を透過しない薄い空気膜を形成することで盾とするこの魔法は、魔法使い御用達の防御魔法である。盾を作る際に用いる形状固定などは、まさに3次元魔法の真骨頂と言えるだろう。
俺がこの世界に来てまともに使った魔法の多くが、この3次元魔法に当たる。
より高度な魔法を使おうにもその機会がない、というのもあるが、大抵のことはこの3次元魔法でなんとかなっちゃうのだ。
ほんと、超便利。
◆
続いて「4次元魔法」だが、これも使い道がかなり多い。
4次元魔法は、1〜4次元までの情報を書き換える事ができる。
そして4次元は、「質量」を司る情報次元だ。
「え? 4次元って『時間』じゃないの?」と疑問に思う人もいるかも知れないが、それは誤解だ。
魔法学において「時間」とは「相対時間」ではなく「絶対時間」を指す概念で、その実在性も既に証明されている。
時間とは絶対不変の概念で、如何なる魔法にも影響されず、干渉もされないもの。よって、時間という概念はそもそも12の次元の中に含まれないのである。
時間と質量は、全くの無関係というわけではない。
アインシュタイン氏は一般相対性理論で重力場内における観測時間の遅れについて言及しているし、多くの科学者が「速度と質量とエネルギーの関係上、質量がゼロか無限大に限りなく近づけばタイムトラベルすら可能」と主張している。
ただ、これらは「科学」の話であり、限定性と極端性が高い。
魔法学における4次元は質量を司る情報次元であり、「物質」を定義する重要な一要素とされている。
3次元内に物質が存在する限り質量が消失することはなく、質量が0の物質もまた物質として存在し続けることは出来ない。
よって、3次元情報と4次元情報は「
実は、この4次元情報の書き換えというのがかなりの曲者で、多くの新米魔法使いがこの4次元魔法の習得で躓く。
それ故、1〜3次元魔法は下級魔法、4〜7次元魔法は中級魔法、8〜11次元魔法は上級魔法と呼ばれている。12次元魔法に関しては、歴史を振り返ってみても使える人間が両手の指で数え切れるため、「番外魔法」と呼ばれるようになった。
その更に上──超次元魔法(13次元魔法)に至っては「存在するかもしれない、というか存在したらいいなぁ」と考えられているだけで、実在の可能性すら証明できていないので、カウントには入っていない。
4次元情報の書き換えが難しい理由は……まぁ、詳しく説明せずとも想像が付くだろう。
3次元までの情報、つまり物の形や構造は、意外と簡単にいじくり回せる……というか、魔法を使わなくても出来る。力を入れて物を曲げたり壊したり、或いは物質同士を混ぜて化学反応を引き起こしたりすれいいのだから。
しかし、それは「形や構造」が変わっただけであって、「質量」が変わったわけではない。総質量は依然として保存されるし、変化した後の物質も、その物質の「本来有るべき質量」のままである。
4次元魔法はそれを──質量情報を書き換えることによって、「質量そのもの」を変えることができる。
つまり、
そんな魔法が簡単なはずがない。
4次元魔法の最も単純な使い方は、荷物の重さを軽くすることだろう。
4次元魔法を使えば、どんなに重い荷物でも羽のように軽くすることが出来るし、女性ならリアルに「体重はりんご3個分」を実現することが出来る。学校の健康診断で悩む女子たちが目をギラギラさせそうな魔法である。
それだけではない。物質の構造をそのままに質量だけが変化するということは、物質そのものが違う物質になるということでもある。
言い方を変えれば、任意の物質を作り出すことが出来る、ということのだ。
4次元魔法の最も典型的な例は、錬金術における「物質創造魔法」だろう。
物質の形状と質量を任意に操れるということは、文字通り石を金に変える事ができるということ。石の主成分である二酸化ケイ素の分子配列を金と同じ形状に組み直し、質量を金と同じに設定すれば、その石はもう「金」なのである。
基となる何らかの物質さえあれば、それをあらゆる物質に変えることができる。
これこそが4次元魔法の真髄と言える。
お金が無ければ石ころを金塊に変えればいいじゃない!
やったね!
4次元魔法さえ使えれば、今日から君も金銀財宝生み放題!
これで一生遊んで暮らせるね!
……まぁ、時間が経てば元の石ころに戻るんだけどね……。
一見万能であるかのようなこの物質創造魔法だが、もちろん弱点はある。
4次元魔法によって作り出された物質には例外なく「賞味期限」が付いており、魔力の供給を止めるとすぐに元の物質と元の状態に戻ってしまうのだ。
なぜそうなっているのかという話は「8次元情報」と「8次元魔法」に関係してくるのでここでは省くが……とにかく、そういった性質があるので、創造された物質は一時的にしか存在することが出来ない。
石ころを金塊に変えて換金しても、すぐに元の石ころに戻ってしまい、瞬く間に詐欺だとバレる。
大昔はそれで金儲けをしていた悪い魔法使いもいたみたいだが、経済を乱すという理由でその尽くが魔法使い協会によって粛清された。今では協会の監視だけでなく、お店や公共機関にも監視カメラがいたる所に取り付けられているので、見つからずに偽金塊を換金することはかなり難しくなっている。
まぁ、協会も監視カメラもないこの世界ではその限りではないかもしれないけど……いやいや、勿論、俺はそんな悪どい方法で金儲けなんかしないよ! 必要に迫られない限りは……。
余談はさておき。
村の皆が現在進行形で服用している俺の魔法薬の数々も、実はこの4次元魔法を駆使して作られていたりする。
魔法薬を作る際、原材料をただ分解して再構成するだけならば3次元魔法でも十分可能だ。実際、そうやって作られる魔法薬も世にはたくさん存在している。
しかし、そういった魔法薬は、吸収の殆どを体の消化器官と循環系に頼ることになるため、吸収効率がそれほど高くない。
薬効成分の吸収を速くするためには、薬内に「擬似ミトコンドリア」を動力機関とする運搬機構を加えるのが最も手っ取り早いだろう。
事実、俺は自分が作る魔法薬には必ずこれを設けるようにしている。
そして、この「疑似ミトコンドリア」こそが、4次元魔法の産物なのだ。
疑似ミトコンドリアの構成成分は、普通のタンパク質ではなく「人造無生蛋白」と呼ばれる特殊なタンパク質で、
自然界には存在しない物質なので、4次元魔法で形状の形成と質量の付与を行わなければ作れないのだ。
しかしながら、そうして4次元魔法で作り出された人造無生蛋白は、長期間存在を維持し続けることが出来ない。
よって、俺が普段作っている魔法薬には尽く賞味期限が存在している。
適切な環境下(魔法的な意味で)では半永久的に保存可能だが、薬棚の上にそのまま置いていた場合、3日程で込めた魔力が切れてしまう。そうなると疑似ミトコンドリアが活動を停止し、薬効が半減する。5日もすれば、疑似ミトコンドリアを構成していた人造無生蛋白の崩壊が始まり、薬全体の腐敗が始まってしまう。そうなってしまったらもう薬効がどうのどころではなくなるので、廃棄処分するしかない。
これらの例は4次元魔法の日常生活や生産・製造における使い方だが、もちろん戦闘にも大いに役立つ。
例えば、《
圧縮した空気の塊を瞬間的に開放することで衝撃を与えるこの魔法は本来、3次元魔法に分類される。
しかし、この空気の塊に質量を加える──空気塊の質量情報を上方修正する──ことで、4
我々魔法使いの間では、この4次元魔法が使えるようになって初めて「一人前」と認められるようになる。
というか、4次元魔法まで使えれば、通常生活で困ることはほぼ何もなくなるので、魔法を学ぶ人間なら誰もが最初の目標に定める。
一般人からしてみれば、まさにチート。
それが4次元魔法である。
◆
続いては「5次元魔法」だが、5次元は「ベクトル情報」を司る。
言ってみれば、力や速度などの方向と大きさを直接書き換えることが出来るのである。
「ベクトル操作」と聞くと、真っ先に思い浮かぶのはラノベでよくある「敵の攻撃を反射して相手に叩き返す技」だろう。
有名所で言えば、とある一方通行な少年が使うあの技だね。
しかし、現実であの技を再現するのは、実は意外と難しい。
それを成すには《
相手の攻撃を正しく「反射」させるには、入射角から屈折角度・射出角までを相手の攻撃の座標変動に合わせていちいち計算しなくてはてはならない。これらの演算を適当にやっちゃうと、飛んできた攻撃を「打ち消す」ことになったり、「乱反射させる」ことになったりして、正しく「反射させる」ことが出来なくなるのだ。
だから、「相手の攻撃を相手に叩き返す」という目的で5次元魔法を使う魔法使いは少ない。
よく使われる5次元魔法の具体例は、物質の急加速や急停止だろう。
例えば、地面に落ちている石ころなどに直接「速度」を付与することで弾丸の代わりとする《
あとは、敵の飛び道具を瞬時に完全静止状態にする《
……ほんと、あの時、あの暴走タンクローリーの速度をこの魔法でゼロに書き換えて、瞬時に完全停止状態にしていれば……。
いや、このことはもう言うまい。
◆
最後に、「6次元魔法」についてだが、これこそが今回の本題中の本題だ。
6次元は、俗に「精神次元」と呼ばれている。
なぜなら、6次元が司る情報が「想像・思念・意志」だからだ。
実際に、3次元、即ち「立体構造」は人間が身体的に認識できる世界の限界であり、6次元の「想像・思念・意志」は人間の精神が反映される限界である。第9次元も、ここでは省くが、人間の認識の限界の一つに関係している。
そんな6次元情報の性質から、6次元魔法は人間の精神が直接関係する魔法とされている。
例を挙げるとすれば、以前俺がシャティア姫の採血痕の治療のために使った《
この魔法は「治れ」と強く念じれば念じるほど、治る過程が鮮明にイメージ出来れば出来るほど、治癒効果と治癒速度が高まる。
つまり、魔法発動者の想像と思念と意志がそのまま魔法の効果に反映されるのだ。
これが6次元魔法の特徴であり、6次元情報の特質である。
6次元情報はなかなかに特殊で、人間の精神活動と密接に繋がっており、とても人間の精神活動に影響されやすい。
ここで言う「精神」は、「イメージ」や「情動」「想像力」「思念」「意志」などの単語に置き換えても良い。
つまり、6次元情報は人間のイメージや思念によって書き換えることが出来るのだ。
この6次元情報の特異性により、人間は精神の力で魔法に似た様々な現象を引き起こすことが出来る。
俗に言う「超能力」がこれに当たる。
魔法学的に、超能力とは、魔法使い候補──魔法的素質を持つが、魔法を学んだことがない、まだ魔法使いではない人間──が何かのはずみで使う「魔法もどき」である、と定義されている。
超能力が発動するトリガーは、時には強い意志だったり、時には強い情動だったり、或いはただ単に激しい妄想だったりと、実に様々だ。
アメリカンドラマとかでよくある、平凡な主人公がある日突然トラブルに巻き込まれ、焦りや怒りや悲しみなどの感情によって眠っていたスーパーパワーが目覚める、あの展開と一緒である。
総じて言えることは、超能力の発動はその時の発動者の精神に起因している、ということ。
実例として、俺の知り合いの魔法使い(35歳、会社勤務)は、子供の頃に虫眼鏡で遊んでいたら納屋に火が着いてしまい、「やべぇ、何処かから水を汲んできて火を消さなきゃ!」と焦っていたら超能力が勝手に発動してしまい、庭の池の水が弾けて燃えている納屋に被って鎮火した、という出来事があったらしい。
勿論、当時の彼は魔法など全く知らなかったし、魔法の使い方も学んだことはなかった。
つまり、何の理論も方法も知らず、まるでドラマの主人公のようにただ強い
ここで一つ、注意すべき点がある。
それは、「精神を込めた魔法」と「精神で発動した魔法」は完全に別物である、ということ。
ここ大事。
超大事。
マジで大事だからね。
本当に大事だから、「大事」って3回言ったからね!
所謂「精神を込めた魔法」とは、簡単に言えば、魔法構成式で組み立てられた
俺が使った《
対して、「精神で発動した魔法」は、
知り合いの魔法使い(35歳、会社勤務)が子供時代に偶発的に発動した超能力がこれに当たる。
前者はベースに
後者はベースには何もなくて、6次元情報だけを頼りに現実を強引に改変したもの。
両者の性質は、月とスッポンほども違う。
この「精神で発動した魔法」、実は「超能力」が正式名称ではない。
正式名称は「想像的現実改変現象」。
つまり、「想像」によって「現実」を「改変」する「現象」である。
そう、「現象」である。
厳密に言えば、この「精神で発動した魔法」は魔法ではない。
我々魔法使いは、この「想像的現実改変現象」を魔法と認めていない。
なぜなら、この「想像的現実改変現象」を引き起こすには、魔法学理論も魔法構成式も必要ないからだ。
この「想像的現実改変現象」に関する古い論文に、以前ちらっと話した「ハトシェプストの想像的現実改変理論」というものがある。
これは古代エジプト王朝時代のファラオであり大魔法使いでもあったハトシェプスト女史が書いた論文で、歴史的観点と魔法学的観点の両方から6次元魔法について論じている。
論文によると:
人間は太古の時代──まだ社会を築く以前──から、すでに魔法を使い始めていた。
しかし、当時は魔法学どころかまともな言語すら存在せず、体系化された理論も何もない。
まともな言語すら有していなかった彼らが魔法構成式を構築できたとは考えられない。
であれば、彼らはどうやって魔法を発動させていたのか?
それが「6次元を介した情報構造体へのアクセス」。
つまり「こんなこといいなぁ、出来たらいいなぁ」という漠然とした想像を基にした現実の改変である。
実際、原始時代の人々の知能を鑑みた場合、「寒いから温かい何かが欲しいウホね。そうだ、あのピカッと光る白いのが樹に落ちた後に出てくるメラメラしてる赤いやつとかいいウホなぁ」と強く念じることで火を得ていた以外の説明のしようがないし、これに近い記述は壁画などでも発見されている。
この歴史的事実を分析し、ハトシェプスト女史は人間の精神と6次元情報が直接的に繋がっていて、人間の精神から──構成式を用いることなく──6次元を介して一方的に現実へ影響を及ぼすことが出来る、ということを発見したのだ。
精神の力というのは存外強力なもので、魔力に強い情動や想像が加わるだけで現実を書き換えられてしまう程に影響力が強い。
日常生活を見てみても、スポーツなどでは人の闘志で運動性能が限界突破したりするし、災害時では意志で生存率が劇的に変わったりする。
意識的であれ、無意識的であれ、人の精神というものは常に周辺に影響を与えているのである。
本来、魔法は1次元から指定の次元まで順に情報を書き換えていくものだが、「想像的現実改変現象」はその逆を行く。
いきなり6次元情報から入り、無理やり発動者の想像と意志に沿う現象を引き起こすのだ。
そこには魔法学の理論構築も必要なければ、魔法構成式による情報構造体への論理的作用も要らない。普通の魔法とは完全に違うプロセスで発動しているのである。
さて。
ここまでの話でなんとなく察しは付いているかもしれないが──
俺がこれまでに見たこの世界の魔法は、その全てがこの「想像的現実改変現象」なのである。
俺は以前、エレインにどうやって魔法を発動しているのか訪ねたことがある。
すると彼女は、
「呪文を詠唱しながら発動したい魔法をイメージして魔力を集中させるの。魔法はね、イメージが大事なのよ!」
とドヤ顔で教えてくれた。
……出たよ、「魔法はイメージが大事」っていう謎理論……。
何なんだろうね、この「魔法はイメージ」っていう考え方。
ラノベの読み過ぎじゃないかしら。
エレインとルシンダおばさんも、そしてシャティア姫達を襲っていたあの黒尽くめの覆面集団も、使っていた魔法は全て魔力と想像力だけで発動した──想像的現実改変現象だった。
寧ろ、俺はこの世界に来てから、まだこれ以外の魔法を見たことがない。
厳密に言えば、これらは魔法ですらない。想像的現実改変
想像力と魔力のみで引き起こされた改変現象は、6次元情報が不完全で、1〜5次元情報はスカスカである。
ハトシェプスト女史はこれを「1〜5階を一本の棒だけで支えている6階建ての建物」に喩え、正しい6次元魔法を「基礎がしっかりした強固な6階建ての建物」と形容している。
だからこそ、俺はあの覆面集団が撃って来た魔法を「似非魔法」だの「手品」だのと言ったのだ。
例えば、最初の覆面男が俺に撃ってきた火の玉。
あの魔法は、間違いなく想像的現実改変現象の産物だった。
「呪文詠唱」という手法を使って
勿論、そんな発動方法では消費魔力に見合った威力は出せず、性質も普通の火と殆ど同じになる。魔法構成式も組んでいないから安定性は皆無で、任意の魔力にすら影響されてしまう。
要するに、魔力消費の割に威力が低く、簡単に消されやすいのだ。
実戦で使うには、あまりにも御粗末と言わざるを得ないだろう。
俺が「火球を撃ち出す魔法」を行使するとしたら──間違いなく最初に魔法構成式を組み立てる。
魔法構成式。
これ大事。
超大事。
マジで大事だからね。
本当に大事だから、これも「大事」って3回言ったからね!
先ずは周辺の人や物の情報構造体を見て、周辺情報を把握。魔法発動の起点となる場所を選定・確保する。
もしあの覆面男の真似をするのであれば、自分の指先を起点に選択すればいいだろう。
そこに、魔法構造式を構築する。
燃焼方式の火球を作るなら、燃焼物と酸化剤が必要だろう。起点となる指先に構成式で「燃焼構造体」を組み立て、1〜3次元内に半実体化させて擬似的燃焼物とする。酸化剤は大気中の酸素で事足りる。勿論、両者が分離されて燃焼が止まることがないよう、酸素の流動をコントロールする構成式も組み込む。
相手が水中などにいる場合は「燃焼方式」ではなく「概念方式」の方が良いだろう。ただ、これは9次元魔法に当たるため、消費魔力は燃焼方式よりも圧倒的に多いし、構成式が複雑で構築速度も少し遅い。その代り、周辺環境や物理的条件など関係なく「燃える」ので、防御され難い。
とにかく、どんな状況であれ、俺が魔法を使う際は必ずいの一番に周辺の情報構造体を観察して状況を把握し、すかさず魔法学の理論を応用して構成式を組み立てる。
あやふやなイメージも「呪文詠唱」も必要ない。
論理的に、それでいて独創的に、
というか、「呪文詠唱」という手法は、そもそも9次元魔法に相当する「言霊」という概念を喚起して魔法の威力を大幅に上げる高等技能だ。情報構造がめちゃくちゃ強化された物や人を相手にしなければ使う必要など殆どない、謂わば奥の手と言える。
そんなものを、この世界の魔法使いは「6次元による現実改変の補助」──つまり、6次元情報の補強に使っているのだ。
俺からすれば、これは牛刀割鶏の極致。スーパーコンピューターを10台並べて一桁の足し算をしているようなものである。
しかも、この世界の人達はこの
つまり、
現代魔法使いからすれば、なかなかに信じられないことである。
ここでハッキリと言っておきたいのは、俺は別にエレイン達やこの世界の魔法使い達をバカにしている訳ではない、ということ。
大昔──古代エジプト王朝時代以前──は、
まだ学問も何もなかったのだから、それも当然だろう。
それに、この世界と地球とでは、そもそも歩んできた歴史が違う。
地球では魔力を有する人が少なく、加えて大昔に迫害され、魔法と一緒に歴史の表舞台から隠れることになった。
対して、こちらの世界では魔力を有する人が圧倒的に多く、魔法が日常的に使われている。
辿る道が違えば、発展する方向性もまたガラリと違ってくるのは、至極当然のことだろう。
我々地球の魔法使いは、
対して、こちらの世界は、難解な学問を修めずともイメージと魔力だけで誰でもお手軽に魔法を行使できる方法を主流に選んだ。
方や、魔力保有者の少なさから専門化が進み、先進的ではあるが難解になった魔法。
方や、魔力保有者が多いために大衆化が進み、未発達ではあるが容易になった魔法。
それぞれの世界にはそれぞれの世界の事情があって、それぞれの発展方向がある。
そこに優劣など存在しない。
これは優劣の問題ではなく、発展の方向性の問題なのだ。
だから、俺がこの世界を低く見ることは決してない。
寧ろ、地球出身の魔法使いとしては、とても羨ましいとすら思っている。
俺からすれば、魔法使いが迫害されて止む無く歴史から姿を隠すことになった地球の歴史の方が、よほど物悲しく感じてしまう。
非効率的ではあるものの、なんの障害もなく魔法が日常に溶け込んでいるこの世界の光景を見ると、地球もこうなれた可能性があったのかと、些か切ない気持ちになってしまうのだ。
同時に、不思議にも思う。
以前にも言ったが、社会の発展と技術の発展は随伴関係にある。
中世の社会には中世の技術が生み出され、現代の世界には現代の技術が生まれるもの。
それなのに、この世界の社会・文化は中世並であるのに対し、魔法は古代レベルだ。
その齟齬が、俺には不思議でならない。
歴史や事情が違えば発展方向も違うとは言ったが、この齟齬にはなにか引っかかるものを感じる。
俺がまだこの世界について何も分かっていないだけ、という可能性はある。
都会とかに行けば立派な魔法研究所があって、そこでは進んだ魔法理論が既に形成されているかもしれないし、ただ単に俺の情報収集不足である可能性も捨てきれないだろう。
だが、それだけでは説明できない、なにか気持ちの悪い、妙な引っ掛かりを覚えるのだ。
……ダメだ、さっぱり分からん。
まぁ、なんにせよ、この世界の人々がこの発動方法を使い続けているのには、きっとそれなりの理由があるはずだ。
俺の狭い常識だけでどうのこうのと評論するのは、あまりにも烏滸がましいだろう。
何時か都会や研究機構に行ってみれば、もっと詳しく分かるのかもしれない。
その時まで、この疑問はお預けにしておこう。
今は、自分の生活の安定化を第一に考えるべきだ。
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