09. 条件と口約束
「それで、手助けの話ですが──」
抱き合って喜んでいる一同に、俺は出来るだけ丁寧に告げた。
「先ほども言ったように、自分は同行することが出来ません。ですが、王都まで乗っていける『足』ならお貸し出来ます」
「本当か、ヤエツギ殿!?」
望外の申し出なのか、大きく目を見開くシャティア姫。
彼女を含め、全員が驚きに息を止めている。
「その代わり、条件があります」
少し語気を強める。
視線の向かう先は、シャティア姫ではなく、彼女の身の安全を担う騎士団長であるアルデリーナさんだ。
そう。
これは取引だ。
「王族」相手の取引ではない。
「シャティア姫」相手の取引だ。
というか、彼女が相手だからこそ、取引が成立する。
俺はこれまで「魔法使いの世界」という社会の裏側──魔窟で生きてきた。そして、そこで様々な人間を見てきた。
混じりっけ無しのクソ野郎もいれば、聖人君子の仮面をかぶったド汚い腹黒もいた。それこそ、人間がどれだけ汚くなれるかということを嫌になるくらい思い知る程には、たくさん見てきた。
そんな俺だからこそ言える。
シャティア姫たちは清く正しい人種だ、と。
これまでの経緯からも明確に分かるように、彼女達は礼儀を知る、品格ある人物の集まりだ。いきなり問答無用で強権を振りかざして「こっちは王族と貴族なんだからお前は無条件で従え」などと言い出す人間ではない。
彼女たちと出会ってまだ一時間も経っていないので、もちろん信頼などしてはいない。だが、信用はしている。そう思えるだけの人格を、彼女たちは俺に示してくれた。
だからこそ、取引に持ち込むという手段が取れる。
そして、この取引を通して、俺は自身の身を守ることが出来る。
勝算もかなり高い。
なぜなら、
先程の彼女たちの会話から推測するに、彼女達のホームグラウンドであろう王都に辿り着くことは、シャティア姫の身の安全に直結する。
お姫様の安全を第一に考えている騎士団の面々は、一刻も早く王都へ足を踏み入れたくて堪らないはずだ。
つまり、移動手段を提供できるというのは、彼女たちにとって絶対に拒否できない程に魅力的ということ。
ならば、その対価としてこちらの条件を飲んでもらうことも容易い。
このままでは確実に死ぬが、俺の条件を飲めば助かる。
俺のこの条件……もとい提案は、一種の優しくて甘い脅迫なのだ。
「足の当てはあるのだな、ヤエツギ殿?」
アルデリーナさんが近衛騎士団を代表するように一歩前に踏み出してそう問うた。
「ええ、ありますよ」
俺の躊躇ない返事を確認したアルデリーナさんはシャティア姫に振り返り、頷いた。
それに頷きを返したシャティア姫が口を開く。
「して、その条件とは?」
そんなもの、決まっている。
「私のことを誰にも口外しないことです」
シャティア姫もこれが取引だと理解しているようで、真剣な顔で俺の言葉に耳を澄ましている。騎士団の面々も同様に顔を引き締めている。
9対の瞳が俺に向けられる。
「先ほども言いましたが、私はただ静かに暮らしたいだけです。誰にも迷惑をかけず、余計な注目をされない、そんな平和で平穏で平凡な生活を送りたいんです」
それほど過分な望みではないと思う。というか、誰しもが享受できて然るべきことだろう。
「私のことを口外せず、私の静かな生活を邪魔しない。この二点を守ってくださるなら、王都までの移動手段をお貸しいたします」
仮面で素顔が隠れ、変声魔法で声を変えている時点で、彼女たちは俺の身元を正しく把握出来ない。たとえ彼女たちが誰かに
が、実際はそうではない。
巷に「仮面を被って声を変えている人間が王族の暗殺に介入した」という噂が流れるだけで、
元の世界でも、「すごくいいカーブを投げる草野球投手がいる」という噂だけで、とある魔法使いが身バレしそうになった事すらあるのだ。保険を掛けて損をすることは無いだろう。
それに、この条件には「これ以上ややこしいことに巻き込むな、そして俺を探そうとするな」という明確な意思も込められている。
要するに、守秘義務付きの縁切り状のようなものだ。
まぁ、当人たち以外の目撃者もいないし、物的証拠も全て消したし、彼女たちも口外しないという俺の条件を守ることはそこまで難しく無いだろう。
「……もし、守れなかったら?」
シャティア姫の試すような問いに、俺は即答を返す。
「王都を地図から消します。物理的に、文字通りの意味で」
誰かが息を呑む音が聞こえた。
が、それだけだった。
王族相手に結構危険な発言をしたはずなのに、剣に手を伸ばす者はいなかった。
よしよし。
予定通りだ。
取引を持ちかけたことで、俺のこの王都を消す発言は「ただの脅迫」から「契約未履行時のペナルティ」になった。
もし取引を持ちかけず、ただ単に「口外したら王都を消すぞ」と言っていたなら、間違いなく彼女たちは俺を危険人物と認定していただろう。下手したら刺し違えてでも
だが、彼女たちにも十分な利益を提示したことで、この危険な発言は契約の一部となり、マイルドに受け取られるようになった。脅しであることに変わりはないが、敵愾心は持たれなくなっただろう。
仮面の目の隙間から僅かに覗く俺の瞳を凝視していたシャティア姫が、ゆっくりと苦笑いを浮かべた。
「……そなたなら簡単に実現できそうで怖いのぅ」
そして一度目を瞑り、
「そなたには多大な恩義がある。恩義には誠意で返す。それが王族として、いや、人として正しい所為じゃ」
再び目を開いた時には、凛とした王族の顔に戻っていた。
「アルフリーゼ王国第二王女シャティア・イクセル・ペンドラス・シール=アルフリーゼの名に掛けて、ヤエツギ殿のことは一切口外しないと約束しよう」
名乗りを上げての宣誓である。約束を違えた時は、その名を汚す時。名誉を重んじる者にとって、これより重い誓いはないだろう。
「たとえ父上相手でも、決して他言はせぬ」
父上、即ちこの国で最高権力を手にしている国王に問い詰められても決して口にしないという誓い。それを口にするには、余程の覚悟が必要だろう。
それでも、彼女は些かの迷いも恐れもなくそう言い切った。
シャティア姫の宣誓が終わると、アルデリーナさんたち騎士団が整列した。
全員が右手で握りこぶしを作り、一糸乱れぬ動きで己の左胸──心臓の上──に当てた。
「我ら
アルデリーナさんの宣誓に続き、残りの7人の女性騎士達も異口同音に同じ誓言を復唱した。
彼女たちの声は決して大きくはないが、その言葉はまるで大気を振るわせるかのように力強く響いた。
よし。
これで言質は取った……もとい取引は成立した。
契約書と違い、口約束など本人の心の持ちよう次第。破ろうと思えばいくらでも歪め、なかったことに出来る。だからこそ、大切な契約は言葉だけではなく書面に残す。
しかし、口約束は本人が真剣であればあるほど、誓約効果が高くなる。
たとえただの口約束だとしても、シャティア姫たちがここまで本気ならば、彼女たちから反故にする可能性は限りなく低いだろう。
人の「心」は、時に契約魔法よりも強く人を縛るものだ。
俺が敢えて曖昧な条件を提示したのも、ここに理由がある。
心正しく高潔な彼女たちなら、何処までが「平穏な生活の邪魔」になるか、自分たちで
がめつい奴が相手であれば悪手だが、彼女たちが相手なら俺の利になる判断をしてくれるに違いない。
それに、たとえ本当に何処かから俺のことが漏れてたとしても、その時は約束通り彼女たちに責任を取ってもらう(物理的な意味で)ので、問題はない。
魔法使いは「ナメられたら終い」の商売だ。トラブルへの基本対応は「報復は苛烈に、返礼は派手に」「眼には命を、歯には一族郎党を」「百倍返しだ!」である。
何事も、
無関係の王都市民を傷つけるつもりは無いけど、報復に手加減を加えるつもりもまたない。
人に傷をつけずに報復を果たす方法など、いくらでもあるのだ。
例えば、王都にある建物だけを徹底的に壊してしまえば、「王都を地図から消す(物理)」という報復は成る。
そうなったら、為政者としては途轍もなく困るだろう。
うけけけ(邪)。
「皆さんの覚悟、確かに伝わりました。では、約束通り移動手段をお貸しします」
そんな腹黒い企みと邪悪な報復方法を考えていたことなどおくびにも出さず、俺はシャティア姫たちに笑顔を向けるのだった。
うけけけ(悪)。
◆
さて、王都までの移動手段である。
物や人を瞬間移動させる「転移魔法」なんかはオーソドックスなところだろう。
──と言いたいところだが、残念ながらそういう魔法は漫画やラノベの中での話。
何の危険性もなく物や人を違う場所に瞬時に移動させる、などという夢のような魔法は今のところ存在しないのだ。
一応、「転送魔法」という魔法があるにはあるのだが、これを実際に使いたいと思う魔法使いはいない。
この魔法の原理は、物や人の構造情報を圧縮・構成式化し、それを「収束送出型ホーキング情報トンネル」というワームホールのようなものを通して別の座標に転送させ、そこで再構築させるというもの。
分かり易く言うと、転送させたい人や物を一度ミキサーに入れて徹底的に
ね?
よし使ってみよう、ってならないでしょ?
なにしろ、ほぼ100%の確率で構造的情報の遺漏と消失が発生するから、生物なんて送ろうものなら、転送先に現れるのは間違いなく「何かがなくなった死体らしき物体」になってしまう。
とある研究日誌によれば、マウスを使った10度の実験で、成功例はゼロ。転送先に現れたのは、一度目は皮のないマウスのひき肉(DNAに98%以上の欠損あり)、二度目は血漿とミトコンドリアしか無いマウスの死体(液状)、三度目はDNAを僅かに含む赤いシミ(マウス形)、四度目は……これ以上はやめよう。
兎に角、生物に使ったら悲惨な結果になること間違いなしの魔法なのである。
……マジでこの魔法、「転送魔法」じゃなくて「グロ製造魔法」に改名したほうがいいと思う。
この転送魔法の他にも「ワームホール生成魔法」や「全次元穿孔魔法」などというのも存在するのだが、応用にはまだまだ問題点が多く、危険性も目を覆いたくなるほどに高い。実用化までには依然として気が遠くなるほど長い道のりが必要だろう。
まぁ、そもそもそれらの魔法を扱える人間が片手で数えられる程しかいないから研究が全然進まない、っていう要因も多々含まれているけどね。
というわけで、安全且つ完全に人や物を転移させる魔法は、今のところ存在しない。
今回俺が使用するのは、そんなファンタジーチックな魔法ではなく、実際に存在する魔法だ。
その名を「召喚魔法」という。
中級魔法に分類される召喚魔法は、文字通り何かを
原理としては、魔力を消費して召喚対象を「非物質界」──我々がいる「物質界」とは違う概念世界──から呼び出し、物質界に疑似物質として顕現・定着・実体化させることで召喚を果たしている。
ちなみに、この魔法は非物質界の住人しか召喚する事が出来ないため、物質界に存在する「人」や「物」を呼び出すことは出来ない。かつてはこの魔法を転移に応用出来ないかという研究もなされていたが、結局、全て不可能という結論に達し、研究は凍結された。勿論、師匠や俺でも無理である。
まぁ、学術的なことはひとまず置いといて。
この召喚魔法を使えば、スライムから大天使まで色々と呼び出すことが可能だ。
中々に少年心をくすぐられる魔法ではあるけど、今回は奇を衒わず、人を乗せることが出来る何かを召喚するつもりである。
乗せるのはシャティア姫たち、計9名。
馬車か何か牽引できるものがあれば「
ならば、召喚すべきは比較的体が大きく、その身に9人もの人間を一度に乗せることができるような力持ちなやつ。
え?
ご冗談を。
そんな魔力の無駄遣いをする気はありませんよ。
召喚魔法には二つのタイプがある。
一つは単体を召喚する「単体召喚」タイプ。
文字通り、一度の発動で一体だけ召喚する魔法だ。召喚対象の大まかな「
上手くいけば「
もう一つが複数を召喚する「複数召喚」タイプ。
一回の発動で複数体を召喚できるし、召喚対象の
上手くいけば「
こうしてみれば、召喚魔法とはなんとも素晴らしい魔法ではないか、と思われるかもしれないが、実はここに大きな落とし穴が存在する。
それは、大天使であれ、スライムであれ、何を召喚するにしても、魔力が足りなければ何も呼べはしない、ということだ。
召喚者の魔力量が大幅に不足している場合、何も呼べないどころか、足りない魔力の代わりに生命力を一気に持って行かれてしまうので、最悪、命を落としてしまうことすらある。
何を隠そう、この召喚魔法、一見使い勝手が良さそうに思えるが、実際は普通の魔法使いでは試すことすら許されない、超が付くほど厄介な魔法なのである。
召喚魔法は、起動式──構成式の一部で、魔法のスタートアッププログラムに当たる部分──の発動自体に膨大な魔力が必要だ。
分かりやすく言うと、立ち上げるだけで超大変、ということである。
そこに、召喚対象の
これだけでもかなりの量の魔力が必要だが、強いやつを召喚したいのであれば、更に多くの魔力が必要になる。
召喚対象の
必要とする魔力は、結構どころの話ではない量になる。
これら全てを賄えるだけの魔力量を持つ魔法使いなど、そこら辺にゴロゴロ居るものではない。
召喚魔法が中級魔法のくせに超高難度指定されている原因の一つは、まさにこの「要求魔力量の多さ」にあるのだ。
普通の魔法使いなら子犬程度の強さしかない「ミニインプ」一匹を30分ほど召喚するだけで、ほぼ全ての魔力を持って行かれてしまう。割に合わないことこの上ないのである。
そして、これはまだ単体召喚の話なわけで。
より難度の高い複数召喚ともなれば、消費魔力量は指数関数的に増大してしまう。
通常、複数召喚魔法は個人で行うのではなく、100人単位での大儀式を必要とする。
それでもほとんどが失敗し、大量の死者を出してお終いとなるのだから、その大変さがよく分かるというもの。
余談だが、たまに「謎の集団変死事件、ガス漏れが原因か?」などというニュースが流れるが、大抵の場合がこの複数召喚魔法の発動に失敗した破落戸魔法使いたちの成れの果てだったりする。世間の皆さんが目にしているのは、「魔法使い協会」という魔法使いを統括する組織が「そういう風」に見えるよう色々と裏工作をした後の現場なのだ。
閑話休題。
現代において召喚魔法を使う魔法使いは、ほぼいないと言って差し支えない。
命の危険を犯して役に立たないペットもどきを召喚するよりも、普通に
俺の場合、師匠に「使えたら色々と便利だぞ〜」という
単純に考えて、複数召喚ではなく単体召喚を複数回行うという方法もあるにはあるのだが、それをやっても構成式の重複発動のせで消費魔力はトントンにもならない。
俺の可哀想な魔力量を考えれば、単体召喚魔法を一度発動するだけで6割方は持って行かれてしまう。
それを9回発動するとか、もはや俺に死ねと言っているようなものだ。
いくら構成式を改良して魔力消費を抑えているといっても、流石に限界はある。
っていうか、そもそも複数召喚は「軍団」を召喚する魔法なので、国家間戦争のような大規模戦闘を前提としなければ使う宛など何処にもない。
だから最も現実的なのは、小さいのを何体も召喚するのではなく、ドでかいのを一体ドカーンと召喚すること。
運送用の
俺に繋がる痕跡は、塵一つとて残したくはないのだ。
さて、何を召喚するか。
俺としては足がいっぱいある「バスの形をした猫」とかかなりいいと思うんだけど……あれはジブ◯の世界にしか存在しないからなぁ……残念。
手っ取り早いところで言うと、「地竜」や「飛竜」だろうか。
本当は「竜」の召喚とか疲れる事この上ないことはやりたくないんだけど、今日ばかりは仕方ないと割り切るしか無い。
魔力を節約するために召喚対象をグレードダウンさせようにも、それなりに馬力がなければ話しにならないし、下手に
この際、魔力の出し惜しみは無しだ。
ふぅむ、ここはやっぱり飛竜だな。
飛竜は空を飛べるから、移動が速い。その分
魔力は……もちろん足りないから、構成式に師匠直伝の工夫を施して、更に俺なりの改造を加えて、なんとか許容範囲内に収める。
何回かやった事があるから、多分いけるだろう。
などと思案していると、アルデリーナさんが俺に問いかけてきた。
「それでヤエツギ殿、その足とは?」
「飛竜です」
「……………………」
問いに率直に答えたのに、何故かフリーズしたかのように固まるアルデリーナさん。
数秒して、やっと再起動した。あんたは古いパソコンか。
「……ひ、ひりゅう……?」
飛竜が何か理解してないのか、アルデリーナさんは顔を強張らせながら聞き返してくる。
「はい。飛竜、空飛ぶ竜……ドラゴンですね」
飛竜を知らないアルデリーナさんにも素早く認識してもらえるよう、一般人の認知度が最も高い「ドラゴン」という名称に置き換えてみた。
本当は、「竜」と「ドラゴン」は全くの別物でものすごく大きな違いがあるのだが、分かり易さを優先するなら「ドラゴン」の方が良いだろう。学術的なことは、今は重要ではない。
そんな俺の気の効いた説明が功を奏したのか、アルデリーナさんは理解の光を湛えた目を大きく見開いた。
「ど、どらごん……ですか……」
……なぜ敬語?
「あれ? ドラゴンって分かりませんか? 翼が生えた巨大なトカゲみたいなやつで──」
「い、いや、ドラゴンは知っているし、『竜』が古語で言う『ドラゴン』だというのも知っているが……」
ん?
古語?
彼女たちの「竜」と「ドラゴン」に対する認識が
「し、しかしヤエツギ殿、竜……ドラゴンなど、どうやって……」
「召喚します」
「……………………」
「やはり陸路より空路の方が何かと安全ですし、何より速いですからね。そうなるとやはりそれなりに大きな体格が必要ですから、『
「ど、どらごんを、しょうかん、でしゅか……」
だからなぜ敬語?
しかも噛んでるし。
アルデリーナさんはなぜか壊れたロボットのようにカクカクと顎を上下させていた。心なしか口から半透明な何かがにゅ~~と空に上りかけている。
……うん、きっと気のせいだ。
「召喚!? なんと、そなたは『召喚師』でもあるのか!? しかもドラゴンを召喚とな!?」
シャティア姫が再びおもちゃを前にした子犬のようなキラキラ光る目を俺に向けてきた。
……あ。
そういうことか。
シャティア姫の言葉で、俺はやっとアルデリーナさんの態度がおかしくなった原因に気が付いた。
……絶対、俺の「飛竜を召喚する」発言のせいだね。
やべぇ、
すげぇアホなこと言っちゃった……。
師匠と一緒に暮らす時間が長過ぎたせいか、それとも
師匠なら、飛竜の召喚なんて朝飯前どころか前夜の夜食前。伝説に謳われる「
それが俺の「日常」であり、俺の「普通」だった。
そして、師匠はその「普通」を俺にも当然のように要求してくる。「じゃあ
だから俺もナチュラルに「じゃあ飛竜を召喚しましょう」なんて言ってしまった。
しかしよく考えてみれば、
……そうだよねぇ。
「やれないこともない
ホント、大失態である。
「ほ、本当なのか、ヤエツギ殿。そ、その……ドラゴンを、召喚する、というのは……?」
「え、えーっと……」
アルデリーナさんが引き攣る顔に大量の汗を浮かべながら言う。
やべぇ、もう引っ込みが付かねぇ。
「本当なんじゃなヤエツギ殿ッ!? ドラゴンに乗れるんじゃなッ!?」
しかもなんかお姫様の興奮が頂点に達してるんだけど?
なにそのクリスマスプレゼントに子犬を貰った小学生みたいな喜び方?
俺が召喚するのは別に
ごく普通の飛竜だからね?
無駄にハードル上げるの、やめてね?
はぁ〜〜、と思わずため息が漏れる。
……ま、いっか。
何も口外しないと約束してくれたんだし、少しだけ常識はずれなことをしても大方……多分……恐らく……きっと大丈夫だろう。
そう信じよう。
「では、準備しますので、少々お待ちを」
俺は地面にしゃがみ、魔法の準備を始める。
そうだな〜。
今回は召喚触媒も依代も何も必要としない《
というわけで、描き慣れた召喚魔法専用の魔法陣──「召喚陣」──を地面に描き、同時に色んな構成式を組み込んでいく。全部、師匠直伝の構成式と組み方だ。
え〜っと、次元選択は任意に、多重層プロテクトモジュールを最大出力に調整、物理実体の情報付与は1から4次元に限定して、情報的束縛を実体化解除コードに直結しておいて……っと。
よしっ、こんなもんかな。
「では皆さん、少々離れてください」
準備が整うと、さっさと魔法を発動する。
召喚する
召喚対象が召喚対象なだけに、俺の許容範囲ギリギリまで魔力を込める。もちろん、許容範囲を超過するようであればすぐに止められるように構成式を組んであるから、安全マージンの確保は問題ない。
最後に、師匠の教え通りに超簡略化した呪文を詠唱する。
「"我は喚ぶ。世界と理を跨ぎし異なる者よ、我が意に応え、ここに顕現せよ"──《
ギュンッ! と音が出そうなほど急激に魔力が持って行かれるのを感じる。
……が、なぜか予想よりも消耗が遥かに少ない。
いつもなら襲ってくる激しい消耗感が、何故かいつまで経ってもやってこないのだ。
そのことに首を傾げていると、魔法陣が輝き始めた。
強い光がパッと辺りを塗りつぶし、一瞬だけ目を眩ませる。
瞬間、 大量の空気が一気に押し出されたような強風が吹き荒れる。
──そして、「それ」は俺たちの前に姿を現した。
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