05. 愚痴は滔々と流れる大河の如く

 全然

 それが覆面男たちに対する俺の評価の全てである。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 時は遡ること数分。

 イケメン神様と会話して意識を失った俺は、地面に横たわった状態で目を覚ました。

 起き上がり、自分の身体を見下ろしてみれば、俺はちゃんと生きていた。

 どうやら、あのイケメン神様はちゃんと約束を守ってくれたらしい。


 神様からもらった、新しい人生ニュー・ライフ

 俺の冒険はこれからだ!


 ──完


 九重先生の次回作にご期待下さい!



 ……ってなれば良かったんだけど、そうは問屋が卸さなかった。


 周囲を見渡せば、白い鎧を身に纏った女性たちと全身黒ずくめの男たちが死闘を繰り広げている。

 イケメン神様からの事前情報もあって、俺はかなり早い段階から自分が地球とは違う世界に来たことを悟った。

 まぁ、軽金属鎧ライトプレートアーマーを着込んだ女性たちが普通に戦っているから、一目瞭然だよね。

 戦っている女性たちの話している言葉が完全に日本語なのがかなり謎だが、果たしてここは日本語が共用語の世界なのか、はたまたイケメン神様が何かしたのか。どちらにせよ、他者との意思疎通に支障がないというのは素直にありがたいことだ。


 手元を確認してみれば、使い慣れた通学カバンがすぐ側に転がっていた。着ている服も、通学用制服の白シャツとブレザー一式である。

 俺が死んだときの装備そのまんまだ。まさにイケメン神様が言った通り、「死んだ直後の状態のまま誕生」しているらしい。


 ありがとう、イケメン神様!

 無駄に爽やかで妙に腹が立つひとだったけど、あなたがちゃんと俺のお願いを聞いてちゃんと叶えてくれたお陰で、俺はこうして新しい人生のスタートを切ることができました!

 本当にありがとう!

 ……でもね?

 流石にいきなり戦場のド真ん中に放り出すのはやめようか!


 目覚めれば キンカン響く 剣戟音

 血飛び肉舞う 戦場ド真ん中(字余り)


 ……急展開にも程があるだろ。


 口では「おいおい、いきなり戦場かよ……。ったく、あのイケメン神様め、もっとちゃんとした所にスポーンさせろっつーの」などとカッコつけてはみたが、正直なところ、俺の内心は全く気楽ではなかった。

 未知の世界への期待もなければ、新しい環境への好奇心もない。

 寧ろ、目覚めた瞬間から、俺は緊張の極致にいた。


 考えてみて欲しい。

 ここは異世界。つまり、俺にとっては完全に未知の世界だ。

 どんな力を持つ人間がいるか、分かったもんじゃない。

 もし俺の師匠みたいな化け物がいきなり敵として現れたら、俺の新しい人生はコンマ数秒で確実な終わりを迎えてしまう。リアルに「九重先生の次回作来世にご期待下さい!」である。


 ね?

 呑気に「ひゃっほーい! 転生だ! 異世界だ!」なんて喜んでられないでしょ?


 だから俺は、師匠みたいなシナリオ全クリアを前提としたエンドコンテンツに出てくる裏ボス級の強敵に備えて、目覚めるなり様々な魔法を展開した。


 我々魔法使いが使う魔法は、下から「下級魔法」「中級魔法」「上級魔法」と大まかに三階級に等級分けされている。

 等級が上がるにつれ効果や威力は上がるが、勿論のこと扱う難易度も上昇し、扱える人間も限られてくる。

 ちなみに、上級魔法の上には「番外魔法」というのも存在するのだが、こちらは使える人間が両手の指の数よりも少ないため、カウントには入らない。まぁ、うちの師匠は普通に使ってたけど……。

 俺は、意識の覚醒と同時に脳の演算機能をフル活用し、瞬時に複数の魔法を構築した。

 イケメン神様と一緒にいた宇宙空間みたいな場所では一切魔法を使えなかったからこの世界でもそうだったらどうしようと最初は焦ったが、幸いなことにこの世界でも俺の知る魔法はちゃんと使えた。目覚めて早々に詰むことがなくて本当に良かったよ。



 さて、師匠相手最悪を想定していた俺は、死ぬ気で準備を整えた。

 先ずは上級探知魔法|無縫の目《アイズ・オブ・ビッグブラザー》や《イザヤは言ったオラクル・フロム・ハイヤープレイス》などで周辺状況の把握に務めた。

 続けて、身を守るために、間髪入れずに《金剛要塞フォートレス・バサラ》や《聖域境界ボーダー・オブ・サンクチュアリア》のような上級防御魔法を多重展開した。

 念のために、防御壁が破られた時に備えて《生命の清水サルス・ペラ・アクアム》や《医療神の杖ワンド・オブ・アスクレピオス》などの上級治癒魔法を複数、臨界状態で待機させた。

 それと並行して《魔力増幅炉マギ・ブースト・リアクター》や《特三型魔導強化マギテック・パワードスーツ外骨格・タイプEX-Ⅲ》といった上級強化魔法の数々で魔力と肉体を限界まで強化し、反撃用として《神鶏殺しの残光アフターグロウ・オブ・レヴァテイン》や《聖者の嘆きマタイ27章46節》などの上級攻撃魔法を何時でもぶっ放せるように用意した。

 加えて、相手に手の内を読まれないよう《黄金女神の薄衣ベール・オブ・ヴァナディス》や《天狗騙しの蓑笠》などの上級隠蔽魔法で全ての魔法構成式と魔力流動パターンを隠蔽し、最後に身元の特定を免れるためにハンカチで即席の仮面を作って被り、変声魔法で声質まで変えた。


 全8種、計8発の探知魔法による周辺状況の割り出し。

 全16種、計222発の防御魔法による8層の複合防壁。

 全8種、計8発の治癒魔法による命の保全措置。

 全16種、計32発の強化魔法による魔法的・身体的強化。

 全32種、計128発の攻撃魔法による全方位攻撃。

 全8種、計8発の隠蔽魔法による手札の隠蔽。

 起きた瞬間から、俺は数多の上級魔法を惜しみなく発動し、今の俺に出来る最善の迎撃態勢を整えた。

 所要時間は僅か0.07秒。俺個人の最速発動記録を軽々と更新した、最速の準備速度を叩き出した程だ。

 けれど、残念ながら俺の経験では、ここまでしたところで師匠相手では一撃を防ぐのが精一杯であり、逆にこちらからはかすり傷一つ与えられるかすら微妙なところ。おまけに七割がた魔法構成式と魔力流動パターンを見破られ、多くの魔法が潰されてしまう。終いには正体を捕まれて、何処までも追跡される羽目になる。


 ね?

 恐ろしいでしょ?

 全世界を見渡しても使える人間が3桁を超えない上級魔法を十重二十重と重ね掛けしたところで、師匠の前ではティッシュペーパーが二枚重ねから三枚重ねになったようなもの。真の強者というのは、斯くも恐ろしき存在なのである。

 ……我ながら、よくそんな化け物の下で修行してこれたよな、俺……。


 そんなわけで、この世界の人間の力量をまったく知らない俺は、それはもう超が付くほど緊張していた。転生だ異世界だと浮かれる余裕など、微塵もない。

 おまけに、目覚めた場所がいきなり戦場のド真ん中と来ている。戦闘に巻き込まれる可能性は、もう「大」どころの話ではない。

 これはもうあれだね、あのイケメン神様からの「君は、生き延びることが出来るか?」っていう挑戦だよね。

 ……始まったばっかりでいきなり次回予告とか、どんだけ鬼畜?


 とにかく、俺は究極の化け物師匠みたいなやつとの遭遇に備え、ガッチガチの準備を整え、ガッチガチに緊張した状態でこの世界の住人とのファーストコンタクトに臨んだのだった。

 さぁ、魔王でも邪神でも師匠でもなんでもかかって来やがれ!

 あ、師匠は嘘ですごめんなさい来ないで!




 ◆




 数々の上級魔法で完全武装した俺は、少女二人が襲われている場面を目の当たりにした。

 背中を切られた白鎧の少女と、彼女に抱きしめられるように守られている幼い女の子だ。

 二人はかなり上品な身なりをしていた。その見るからに仕立てが良さそうな衣装と品のある雰囲気から、二人がそれなりの社会的地位を持つ人物であると推測できる。

 少し離れた場所でも、これまた仕立てが良く統一感のある真っ白な鎧を着た女性たちが二人を庇うようにして戦っている。

 多分、この一行は「要人の幼い少女と、それを守る女性騎士たち」という組み合わせだろう。


 女性騎士たちはかなり頑張っている。

 人数的にかなり劣勢であるにも関わらず、護衛対象である幼い少女には傷一つない。それに、見るからに疲労が限界に達しているのに、それでも結構ハイレベルな連携を維持し続けている。

 過酷な訓練を積まなければこんな芸当は出来ないだろう。結構な手練と見た。


 そんな彼女たちを大人数で襲う、黒い覆面集団。

 肌の露出が殆どない黒の装束に黒い覆面。見えているのは目元だけで、身元の判別が殆ど付かない、忍者のような格好だ。全員が手に大きく反った刃物を握りしめている。

 ……うん、誰がどう見ても暗殺者だね。


 つまり、これは「要人と護衛と暗殺者」という構図である可能性が高い。

 その結論に達した俺は、自分の緊張がとうとうK点を超えたのを感じた。



 やべぇ場面に出くわしちまったぞ、ちくせう……。



 暗殺者。

 アウトローな職業の代表格であり、普通に生活していれば一生お目に掛かる機会などない、人殺しを専門とする職人だ。


 正直に言うと、俺としては、普通の暗殺者は別に怖くはない。

 銃火器や毒物で以って標的を亡き者にする暗殺者は所詮、魔法とは無縁の一般人に過ぎない。

 そんな者たちによって構成された暗殺組織も、所詮は一般人の一般人による一般人を殺すための一般人の集まりでしか無い。

 魔法使いである俺からすれば、彼らは「表社会の裏側裏社会」に生きる、人たちだ。脅威にはなり得ない。


 だが、俺の目の前で女性騎士の一団を襲っているこの黒尽くめたちは、全員が魔法を使っていた。

 つまり、彼らは「魔法使いで構成された暗殺集団」ということだ。


 そうなると、話が変わってくる。


 地球元の世界でも、暗殺専門の魔法使いは居るし、そういう魔法使いで構成された暗殺組織も幾つか存在している。

 一般のヒットマンとは違い、魔法使いの暗殺者は「裏社会の更に裏側魔法の世界」でお仕事をする猛者だ。その力量の高さは、一般のヒットマンの比ではない。

 元々、魔法使いは一般人よりも遥かに強い。

 《空気盾エアーシールド》や《反射促進リフレックス・ファシリテーション》など、幾つかの基礎的な魔法を習得するだけで、刃物も銃弾も効かなくなるのだ。

 一人前の魔法使いともなれば、米軍の機甲師団でも持ち出さない限り、かすり傷すら付けられなくなる。

 そんな魔法使いを人知れずに暗殺してしまうのだから、暗殺専門の魔法使いがどれだけ強いか分かるというもの。俺も何度かそういう奴と戦ったことがあるけど、苦戦しなかったことは一度もなかった。

 そういう手強い奴らが組織的に集まった暗殺集団は、もはや悪夢としか言いようがない存在だ。

 師匠に「自分で行くのは面倒臭いから、お前が代わりに潰してこい」というよく分からない理由で何度かそういう暗殺組織に一人で殴り込みにことがあったが、毎度嫌になるほど大変だった。死を覚悟したことだって一度や二度ではない。


 だから、俺はかなり焦った。

 手練な女性騎士たちを自信満々に襲う暗殺者魔法使いたち。

 師匠みたいな化け物が相手じゃなくてよかったけど、それでも結構ヤバい相手であることに変わりはない。


 クソっ……これは、覚悟を決めるしかないか……。



 ──などと思っていた時期が、俺にもありました。




 俺の「お手本」をまともに食らって細切れになった暗殺者たちに、思わずため息が漏れる。

 苦境の到来に覚悟を固めたが、蓋を開けてみれば瞬殺この有様である。


 ……マジで、なにこれ?




 ◆




 先ずは、最初に襲いかかってきた覆面男である。

 こいつは、護衛の少女が俺に話しかけたのを見て、いきなり俺に魔法を放ってきた。

 ゲームなんかでよく見る、火の玉を飛ばす魔法だ。

 一般人が見たら恐れ慄くこと間違いなしの、迫力満点の魔法だった。

 けれど、その魔法を見た俺は、別の意味で吃驚した。


 う、嘘だろ?

 ま、魔法構成式の構造が、見えない!?


 ……いや、違う。

 構造が見えないんじゃない。

 そもそも魔法構成式そのものが無いんだ!


 えっ、その魔法、どうやって発動してんの?

 も、もしかして、魔力と想像力だけ、とか?

 ありえないでしょ、そんなの!?


 確かに、ラノベとかではよく「魔法はイメージが大事」っていう設定があるけどさ!

 でもそれ、あくまでもラノベでの話だからね!?

 現実はそんなに甘くないからね!?


 そもそもの話、魔法は何で出来ているのか?

 その答えは、決して「イメージ」でもなければ「お砂糖とスパイスと素敵ななにか」でもない。

 正解は「魔法構成式」だ。


 魔法構成式とはその名の通り、「魔法」を「構成」する「式(演算式)」のこと。

 我々魔法使いの間では略して「構成式」と呼んでいる。


 構成式は「魔法文字」という特殊な文字の有意的な羅列であり、我々魔法使いは魔力を用いてそれを描くことが出来る。

 イメージとしては、コンピュータープログラムのソースコードを思い浮かべれば分かり易いだろう。

 構成式は魔法の設計図であり、構成式なくして魔法は語れない。

 超高層ビルを建てる前に緻密な設計図を描く必要があるように、魔法を発動するには、ちゃんとした構成式を構築する必要がある。

 現代魔法使いにとって、魔法を発動する前に構成式を構築することは至極当たり前のこと。寧ろ、この構成式を如何に巧妙に構築するかが魔法使いとしての腕の見せ所だったりする。

 構成式の構築を怠るなど、考えられないのだ。


 ところが。


 覆面男から放たれた二発の火の玉は、どちらも構成式を構築して作ったものではなかった。

 これは所謂「ハトシェプストの想像的現実改変理論」を用いた発火現象。解りやすく言えば、ラノベの主人公のように魔力と想像力だけを用いて無理やり作り出した火の玉、というわけだ。

 現代魔法使いである俺からすれば、その発動方法はもはや設計図なしで「こ〜んぐらい大っきくって、こ〜んぐらい高いおうちたてるんだ〜」と身振り手振りの表示のみで超高層ビルを建設するようなもの。そんな図工に取り組む小学生のようなやり方でまともな魔法が発動するわけがない。

 っていうか、そんな世話ない方法でなんとかなるなら、この世にはエンジニアもデザイナーもプログラマーも魔法学者も何も必要ないだろう。


 魔法は、構成式の一つで威力と効果がガラリと変わる。

 例えば「2×8」を計算する時、なにも考えずに2を8回足し合わせるのか、それとも九九の演算表になぞって「一八いちはちが8、二八にはち16〜」と記憶に当てはめるのか、はたまた電卓に「2×8=」と入力するのか、色んな方法があるだろう。

 そして、その計算方法によって計算速度と計算精度が大きく変わる。

 それと同じで、魔法の構成式にもそういった組み立て方が無数に存在し、それに合わせて効果が変動するのだ。

 上手い組み立て方の構成式で発動した魔法は、少ない魔力消費で瞬時に高い効果をもたらす。逆に、構成式の組み立て方がなっていなければ、多くの魔力を消費したにも関わらず遅々として効果が現れず、現れたとしても範囲も内容もしょぼいものになる。


 構成式の出来が悪ければ、どんなに等級が高い攻撃魔法でも脅威にはなりえない。

 ましてや、それがハトシェプストの時代──およそ3500年以上も昔の古代エジプト王朝時代──に既に淘汰された、構成式すら構築しないような原始的な「手品」ともなれば、脅威という単語を使うこと自体が可笑しく思える。


 それに、覆面男が放った魔法は、構成式を構築していなかっただけでなく、火(燃焼)の物理的・魔法的特性を応用した形跡もなく、魔法発動の際の魔力収束もガバガバで、対象への攻撃性も物質概念のみに限定されていた。

 要するに、基礎も出来ていなければテクニックも創意工夫も何もない、てんで魔法もどきということだ。


 あの攻撃、俺たち現代魔法使いからすれば、もはやマッチの火となんら変わらない。吹けば消えるし、投げつけられたところで痛くも痒くもない。

 実際、俺が展開していた計8層の防壁の第一層──64枚の《空気盾エアーシールド》から成る「第一防御壁」──に当たった火の玉は、《空気盾エアーシールド》を一枚も破れずに、何の効果も発揮しないままあっけなく消えていった。

 魔法の出力を大幅に上昇させる「呪文詠唱」を用いりながらこの低威力。正直、あんな似非魔法、防御魔法なしで食らってもかすり傷すら負わない自信がある。


 マジで、こいつ、本当に魔法使いなのか?

 魔法使いとしての「常識」が無さ過ぎて意味が分からん……。


 先ず何が非常識かって、この覆面男、魔法使いとして絶対に必須の魔法を何一つとして展開していなかったのだ。


 我々魔法使いには「3J防御魔法」と「3S強化魔法」というものがある。

「3J防御魔法」は「駐が識の備型の防御魔法」の俗称で、《空気盾エアーシールド》や《魔力盾マギシールド》がこれに当たる。

 そしてもう一つ、「3S強化魔法」は「闘時には先して使用すべき強化魔法」の俗称で、《知覚強化パーセプション・エンハンスメント》や《反射促進リフレックス・ファシリテーション》がこれに当たる。


 戦闘状態にある魔法使いにとって、《空気盾エアーシールド》や《魔力盾マギシールド》は己の身を守るために常に展開していて当たり前の魔法だ。

 それを展開しないというのは、もはや素っ裸で宇宙空間に進出するようなもの。一撃でも食らえばほぼ勝負がついてしまう魔法使い同士の戦闘においては、間違いなく狂気の沙汰だろう。

 世界最強の魔法使いだった師匠でさえ、この二つの魔法は常時64枚は展開していた。俺も常時1枚、通常戦闘時は8枚、死ぬ覚悟で戦うときは64枚は展開している。


 同じように、戦闘の際に《知覚強化パーセプション・エンハンスメント》や《反射促進リフレックス・ファシリテーション》を自分に掛けないというのは、スーパースローモーションを使わずに肉眼のみで蜂の羽ばたきを数えるようなもの。

 銃弾すら止まって見えるような超高速戦闘が当たり前の現代魔法使い同士の戦いでは、もはや無謀を通り越して愚かと言えるだろう。

 裸眼で銃弾を見切れる俺でさえ、戦闘の際は必ずこの二つの魔法を使っている。


 これほどまでに大事な魔法を、覆面男は何一つとして己に掛けていなかった。男の魔力流動パターンと反応速度をこの目で確かめたから、間違いはない。

 我々現代魔法使いから見れば、信じられないほど非常識な行為と言える。

 ここで強調しておきたいのは、これらの魔法が全部下級魔法の中でも比較的簡単な、本当に初歩的な魔法であること。決して、過酷な修行の果にやっと身につく究極奥義というわけではない。寧ろ、魔法を勉強し始めて最初に学ぶこと、くらいの超簡単なやつである。

 特に、小さな破片や軽い衝撃などの細々とした物理ダメージをある程度防いでくれる《空気盾エアーシールド》などは、魔法使いであれば呼吸をするように無意識でも張れるのが当たり前だ。


 俺は最初、これらの魔法を何一つ使わずに女性騎士たちと戦っている覆面男を見て、「えっ、もしかして師匠みたいに自己防衛と自己強化をする必要がないくらい強いのか!?」と深く絶望した。

 世の中には超人を超えた化け物が存在する。毎日師匠バケモノ師匠の知り合いバケモノの仲間達と戦闘訓練をしていた俺は、この真理を誰よりも深く理解していた。

 事実、3年前まで俺の全力攻撃は自己強化していない素の師匠に一度たりとも届いたことはないし、攻撃が届くようになった3年前から今日に至るまで俺は自己強化した師匠に勝てた試しがない。

 だから、自己強化せずに戦っている覆面男を見て「師匠並みの化け物だ」と反射的に判断したのだ。


 ……まぁ、直ぐに杞憂だと分かったんだけどね。

 だって、まともな魔法使いは、構成式を構築せずに魔法を飛ばしたりしないもの。

 つまり、この覆面男は、魔法を用いた戦闘に関しては初心者を通り越してただの門外漢だった、ということ。

 ……暗殺を生業にしているのに、それでいいのか、覆面男よ……。


 覆面男があまりにも意味不明だったので、俺は百歩譲って考えてみた。

 恐らく、この覆面男は防御魔法や攻撃魔法などの戦闘用魔法が苦手なのだろう、と。


 誰にだって得手不得手がある。かく言う俺だって、魔法と比べれば、体術がそれほど得意ではない。元の世界でも、魔法戦闘が苦手な魔法使いは大勢いた。

 魔法戦闘能力の不足は、体術や剣術などの近接格闘で十分補える。魔法使いだからといって、魔法にだけ固執する必要はないのだ。

 俺の知っている「お仕事人」のお兄さんも、魔法を使った戦闘はてんでダメだけど、ナイフを用いた戦闘に関しては超一流だった。それこそ、師匠クラスの猛者でないと戦いにすらないらないレベルだ。実際、彼の「お仕事」は大抵ナイフ一本で済ませていた。

 結果さえ出せれば、手段戦闘方法は問題ではないのだ。


 そんなわけで、俺は改めて考えた。

 攻撃魔法が下手ということは、この覆面男もあのお兄さん同様、近接格闘特化の魔法使いに違いない、と。


 魔法使い相手に暗殺を働くのだから、なんらかの突出した技能が有って当然だ。そうでなければ、仕事など出来ない。

 だから、俺はそれを確かめることにした。


「で、そこの見た目が暗殺者っぽいあんた。ちょっと訊きたいんだけどさ──このまま俺が何もせずに立ち去ったとして、あんたは本当に俺を見逃してくれるのか?」


 俺の挑発まがいの質問に、覆面男は曲刀を構え、無言で突っ込んできた。


 ふむ。

 なるほどな。

 どうやら俺の推測は間違っていなかったらしい。

 やはりこの男、曲刀を使った近接格闘が本命か!


 もしこいつが俺の知り合いのお兄さん並なら、かなり厄介だ。

 やはり、覚悟を決める必要が──


 ………………って、おそっ!

 えええぇぇぇ!?


 パッと見で分かる、踏み込みの遅さ、脚力の無さ、体幹の脆さ、そして横薙ぎの鈍さ。

 まるで赤ちゃんのヨチヨチ歩きをスーパースロー再生で見ているみたいだ。


 ま、まさか、フェイント!?

 ………………いやどう見ても修行不足だろこれ!


 マジかよ……。

 魔法使いのくせに近接戦闘能力が0に等しいとか……。


 お互い離れた場所から向き合って魔法を打ち合うなどという戦い方は、マンガやゲームに限った話。

「魔法使いイコール遠距離攻撃専門」という概念は、実際の魔法使い同士の戦闘には全くと言っていいほどに当て嵌まらない。


 現代の魔法戦において、終始遠距離から、或いは終始近距離からしか攻撃して来ないということは先ずあり得ない。

 相手が魔法使いであれ、一般の軍人や傭兵であれ、はたまた「剣士」や「格闘士」であれ、アタックレンジの切り替えは戦いの基本と言っていい。

 戦う以上は、必ず近・中・遠すべての距離から攻撃される。少なくとも俺なら常に全距離・全方位からの攻撃に備えるし、また相手を全距離・全方位から攻める。

 アタックレンジは常に変化するもの。それに対応出来なければ死ぬしか無い。

 銃火器や戦車などを主戦兵器として配備している世界各国の軍隊が、未だに近接格闘術を兵士の必修項目にしているのも、まさにこれが原因だ。

 相手に近づかれたら抵抗できない兵士や魔法使いなど、生きたサンドバッグと同じだからね。


 そのため、「魔法使いだから近距離格闘能力は必要ない」と考える魔法使いはいない。

 一生戦闘とは無縁な生産系・研究系の魔法使い達を含め、地球むこうの魔法使いは皆、万が一に備えてある程度剣術や格闘術を身に着けている。謂わば、護身術を学ぶ女性と同じ感覚だ。

 だから、たとえ戦闘とは無縁の魔法使いであっても、いざとなれば武装した軍人よりも遥かに強かったりする。

 当然ながら、戦うことが専門の魔法使い──「戦闘魔法使い」であれば、それらの技能を達人並みに習得していることが仕事をする上での最低条件となる。


 余談だが、現代の地球でも未だに「剣士」や「格闘士」という職業は残っている。

 勿論、未だにそんな古い職業に就いている人間は、未だにサムライをやっている日本人並に少ないが、残っている人たちはみんな正真正銘の化け物だ。

 俺の知っている「剣士」の爺さんなどは、斬撃がマッハ3を超えるなんて当たり前。飛んでくる小口径高速ライフル弾すらも「あなたは何処のジェ◯イマスターですか?」と言いたくなるくらい簡単に弾く。果には物理実体が存在しないはずの魔法構成式をかたなだけで切断するという「魔法学上は理論的に可能」でしかない離れ業を軽々とやってのける始末。まさに「人間、努力すれば不可能は無い」という根性論をその身で体現しているような爺さんだった。……尤も、あの爺さんがまだ伝統的な意味での「人間」に収まっているかはかなり疑わしいが。


 ……少し話が逸れたな。


 とにかく、そんな真正の化物たちには及ばないにしても、戦闘魔法使いであれば例外なく高い近接格闘能力を要求される。生産系・研究系の魔法使いたちにすら確実に負けるだろうこの覆面男の腕前では、言うまでもなく不合格だろう。

 ターゲットの前に現れて直接刃物を振り回しているのだから、この男が毒物やトラップや狙撃を活かした隠密タイプの暗殺者でないことは明らか。ならば、こいつが仕事を果たす手段はもう魔法戦闘か近接格闘しか残されていない。

 にもかかわらず、こいつは魔法が下手で、近接格闘が稚拙だった。

 ……それ、もうパンチが打てないボクサーみたいなものじゃない?

 致命的すぎるよね?


 暗殺の実行部隊にこれほど戦闘能力の低い人間を組み込むなど、普通に考えればあり得ないことだ。

 迅速さと精確さと簡潔さを要求される暗殺行動において、戦闘員の極端な規格不均一は致命的な不具合をもたらす。

 突出して能力が低い成員は、確実に組織から淘汰される。


 だから俺は考えた。

 もしかしてこの男は何か特殊な技能を持つ裏方の工作員で、それがなにか退っ引きならない理由で直接ターゲットの前に姿を表さざるを得なくなったのではないか、と。


 ……まぁ、その線はないだろうとすぐに考え直したんだけどね。


 だって、裏方が戦場のド真ん中で暴れ回るとか聞いたことないし、そもそも裏方が前線に出ちゃっている時点でいろいろとアウトだろう。

 つまり、こいつはこれでも実行部隊の一員──組織内でもそれなりの実力の持ち主である可能性が高い、ということだ。


 マジかよ……。


 いや、そう結論付けるのはまだ尚早だ。

 これまでの行動が全て実力を隠すための欺瞞工作、という可能性もある。

 もしそうなら、舐めて掛かっては逆にこちらがられてしまう。

 ここは、多少のリスクを背負ってでも確かめるしかない。


 曲刀を振り上げてノロノロとこちらに向かってくる覆面男に向かって、俺は通学カバンからシャーペンを取り出し、即席で武器に改造した。

 そして、わざと隙だらけの構えで男の攻撃を迎撃するフリをした。

 もしこの覆面男の今までの行動が全てが欺瞞工作なら、今この瞬間に本性を──奴の本来の実力を顕にするはずだ。

 防御魔法は多重展開しているし、治癒魔法もまだ臨界状態で待機させている。師匠並の相手でなければ、何があっても生き残れる自信がある。


 誘いのつもりで、シャーペンソード(笑)を振るい、応戦するフリをする。

 さぁ、お前の本当の力、見せてもらおうか!



 ──すぱっ



 ……あ、あれ?

 おかしいなぁ?

 おとこの くびが きれいに ちょんぱ。


 ……

 …………

 ………………うん、欺瞞工作でも戦力温存でもなかったね。


 純然たる実力不足だったよ。


 ……ったく。先に手を出したのはそっちだからな。




 ◆




 その後、なんやかんやあって、俺は女性騎士たちを助ける事になった。

 要人と思しき女の子の要請に応えて……というよりは、確実に口封じをしてくる暗殺者より話が出来る、という理由でだけど。

 どうせついでだし。

 っていうか、襲ってきた暗殺者の男を《殺や》っちまったし……。


 情報収集として、少し離れた場所で暗殺集団と白鎧の女性たちの戦闘をちょっとだけ観察してみた。

 白鎧の女性騎士たちを一方的に攻撃する、黒ずくめの覆面集団。

 俺の目に写ったのは、そんな覆面集団の攻撃の単調さ、一撃一撃の弱さ、そして連携の不完全さ。


 ……うん。ダメだなありゃ。


 個人としてのパフォーマンスも、集団としてのチームワークも、その全てに見るところがない。

 多分、女性騎士たちが疲労困憊じゃなければ、彼らは瞬く間に全滅させられているだろう。


 結論:この暗殺組織の実行部隊は全員、最初の覆面男と同じ──超弱い。


 ……ありえないよね、そんなの!?

 あんたら、プロじゃないの!?

 疲労のあまり瞼すら上がりきらない女性騎士たち相手に複数で襲い掛かる状況でやっと戦《・》しているとか、どんだけ弱いのよ!?

 一人ひとりの実力もそうだけど、集団としての戦闘能力も完全に0点だし!


 ほら、そこの暗殺者二人!

 二人で挟んで同時に攻撃すれば、その女性騎士、すぐに討ち取れるでしょ?

 それなのに、なんで一人ずつ順番に攻撃してんの!?

 それ、「連携」じゃなくてただの「戦力の分散と逐次投入」だからね!?


 あと、そこの暗殺者三人組も!

 三対二っていう数の利があるのに、なんで一列になって女性騎士2人と真正面から正々堂々と勝負してんの!?

 試合前のチーム挨拶じゃないんだよ!?

 そこは囲もうよ!

 ほら、横一列になっているせいで、明らかに3人目が邪魔で全力を発揮できてないでしょ!

 女性騎士二人が背中合わせになるよう囲もうよ!

 そうすれば女性騎士たちは背中の味方に攻撃が通ることを嫌って回避行動が取り辛くなるから!

 そこに3人目が側面から攻撃を仕掛ければ、すぐに二人とも討ち取れるから……って、ああ〜、ほら、言わんこっちゃない、一人やられた〜。これで二対二だよ〜。だから囲めって言ったのに〜。


 ……まぁ、一応、俺は女性騎士たちの味方なんだけどね……。


 黒尽くめたちに対して観察と言う名の粗探しをしつつも、俺は依然として警戒を解かなかった。

 なぜなら、真に警戒すべきは実行部隊の実力ではなく、「組織の力」だからだ。


 地球むこうの暗殺組織が恐ろしいのは、実行部隊が強いからというだけではない。

 彼らは、一度負けた相手は徹底的に研究する。そして対抗手段を立て、確実に殺しに来る。その執拗さは病的と言っていい程で、相手が死ぬか自分たちの組織が全滅するまで止まることはない。

 まぁ、依頼主に「相手が強いから暗殺は失敗しました。今後はもうあの人は狙いません」なんて言えるわけないし、負けた相手をそのままにしておいては暗殺組織の看板を畳まなければならなくなるからね。しつこくもなるだろう。

 だから、たとえ俺がここで眼の前に居る実行部隊を潰しても、それで「はい終わり」となることはない。必ず俺を殺そうと、別の部隊が送られてくる。それも延々と。


 じゃあどうすればいいのか?

 答えは、暗殺組織が派遣している「監視員ウォッチマン」をしっかりと始末しておくことだ。


 監視員ウォッチマンとは、暗殺行動において実行部隊が全滅した場合に備え、暗殺状況を遠くから隠れて監視し本部に伝えるの人員のこと。

 事前に綿密な計画を立てるとは言え、暗殺行動がその計画通りに進むことは、実は意外と少ない。

 元の世界でも、ターゲットである議員を狙撃しようとしたら発射した銃弾がたまたま通り過ぎた鳩に中って暗殺が失敗した、というのは有名な実話だ。

 計算外の状況、突発的な事態、不慮の事故、想定外の事件。暗殺失敗に繋がる要素は無数にある。

 監視員ウォッチマンの役割は、その万が一が発生して暗殺が失敗した時に、当時どんな状況だったのか、どういった経緯だったのか、誰と戦ったのか、相手の戦力はどれ程だったのか、相手の行動にどんな法則性があるのか、それらの情報を観察・収集・記録し、本部に伝えること。

 作戦の進捗状況や敵戦力にまつわる情報は、作戦行動の結果如何に関わらず莫大な価値を有する。監視員ウォッチマンを配置することは、暗殺を請け負う組織にとって当たり前のことなのだ。


 暗殺組織を相手にするとき、俺は必ず最初にこの監視員ウォッチマンを探し出し、真っ先に始末する。

 そうしないと、たとえ実行部隊を全滅させても、結局は俺の情報が相手の組織本部に伝わり、延々と付け狙われる羽目になるからね。

 それに、監視員ウォッチマンは最初に始末しておかないと、情報の持ち帰りを優先して真っ先に逃げられてしまう。仕事柄、奴らは途轍も無く逃走術に優れている場合が多い。本気で逃げ出されたら仕留めるのは結構難しいのだ。

 師匠も「奴らはクィディッ◯のゴールデンス◯ッチと同じだ。真っ先に見つけ出して、いち早く殺しておけ」と言っていた。


 というわけで、監視員ウォッチマン探しである。

 一応、俺は目覚めた直後に様々な上級探知魔法を発動しているから、周辺状況については既にある程度把握している。

 ただ、その時に警戒していたのは監視員ウォッチマンじゃなくて師匠のような強者の存在だったから、監視員ウォッチマンがいるかどうか、この時点では分からなかったのだ。


 背中を斬られた女性騎士と要人らしき幼い女の子に凝視される中、俺は周囲をグルリと見渡し、改めて監視員ウォッチマンを探した。

 使える探知魔法全てを駆使したわけではないが、殆どの隠密術や隠蔽魔法をカバー出来るぐらいには有効的だ。

 余程隠密に優れている人間、それこそ師匠並みの化け物でもなければこれで十分探し当てることができるだろう。

 さぁて、どこに隠れているんだ、ゴールデン◯ニッチよ。


 ……

 …………

 ………………って、居ねぇじゃねぇか。


 あ、あれれ〜?

 おかしいぞ〜?


 俺がここまでしても見つけられない監視員ウォッチマン……実行部隊の実力の低さから考えても、監視員ウォッチマンだけが師匠並みに隠密に優れているということはないだろう。もし本当にそんな奴がいたなら、そいつは監視員ウォッチマンではなく実行部隊にこそ組み込むべきである。


 つまり、監視員ウォッチマンは最初から配置されていなかった、ということ。


 ……それ、暗殺を請け負う組織として絶対に削ったらあかん人員とちゃうか?

 監視員ウォッチマンがいないって、それもうサッカーの試合で監督がベンチでずっと目と耳を塞いでいるのと同じようなもんだよね?

 あり得ないよね?

 戦闘員が個々で弱い上に戦闘員同士の連携も杜撰で、おまけに組織としても不足だらけとか、もう手の施しようがないよね?


 ほんと、素人くさいな〜〜。

 まぁ、俺としては有り難いんだけどね……。




 ◆




 そして、覆面暗殺集団との戦闘が始まった。


 彼らと戦うにあたり、俺は防御魔法以外の全ての強化魔法を解除し、攻撃も下級魔法の中でも最底辺のものしか使わないという縛りを自分に課していた。

 どうせ師匠との修行でこういう「縛りプレイ」には慣れているし、こいつら相手ならこれくらいの「舐めプ」でも十分だろうと考えたが故の措置だ。


 ──というのは建前で、本音は、自分の手の内をあまり他人に多く見せたくなかったからである。

 今俺が味方している女性騎士たちも、いつ敵に回るか分からない。

 温存できる手札は多いに越したことはない。


 それに、情報収集もしたかった。

 全然なっていないとは言え、この覆面暗殺集団も一応はこの世界における「魔法使いで構成された暗殺組織」だ。この世界の人間の戦力の一端を推し量る一助にはなるだろう。

 素の俺がどこまでやれるか、試すにはいい相手と言える。


 さぁて、この世界の魔法使いの威力偵察と洒落込みますか。



 ……あっという間に終わったよ。

 ……はえぇよ。



 いやまぁ、ある程度は予測できてたけどね。

 けど、ここまでとは流石に思わなかったよ。


 ほんと、どうなってるんだろう、この暗殺組織?

 適当に作ったシャーペンソード(笑)にられるとか、プロとしてどうなの?

 ストレートな《鎌鼬かまいたち》なんていう超初歩的な下級攻撃魔法をまともに食らって全滅とか、戦闘魔法使いとしてやっていけるの?

 っていうか、そもそも魔法を構成式無しの想像力だけで撃つとか、そんな馬鹿みたいな発動方法、何処で習ったの?


 まったくもって、何もかもが度し難い。

 もはや戦闘魔法使いではなく、一般人を相手にしているような感覚だ。

 ここまで来ればもう笑う気すら起きないというもの。


 いやね?

 別に魔法使いだからと言って、必ずしも戦闘が得意じゃなきゃ駄目っていう決まりはないよ?

 錬金術や自然環境保護などの生産・研究には詳しいけれど戦闘になるとてんでダメっていう魔法使いは無数にいるよ。

 寧ろ、そういう魔法使いの方が断然多いよ。

 それもそのはずで、もともと魔法っていうのは戦闘じゃなくて社会の発展のためにこそ存在するんだから、温厚な学者肌の人間が多いのは当たり前だよ。

 普通の魔法使いにとっては、それこそが正しい姿だからね。

 世界最強と謳われた師匠だって、そんな師匠の弟子である俺だって、ただ単に魔法戦闘がってだけで、別に戦闘を生業にしているわけじゃないよ。

 だけどさぁ。

 あんたらは「殺し」を専門とする暗殺組織の実行部隊でしょう?

 だったら強くなきゃダメでしょうよ。

 なに、その蚊みたいな戦闘能力?


 まったく……。

 師匠相手を想定していたというのに、出てきたのは「魔法学」の「ま」の字も分っていないような似非魔法使いの群れだった。

 警戒心など、とても保てたものじゃない。

 マジで緊張して損した!

 俺のアドレナリンを返せ!


 ……いや、分かってるよ、そもそも相手の実力が師匠と同じだと想定すること自体がおかしいってことは。もはやオリンピックに出る覚悟で運動会の親子二人三脚に挑むようなもんだもんね。

 でもね、人間、何時だって最悪を想定して備えなきゃ、いざって時にヤバいんよ。

 特に師匠っていう「敵に回ったら最悪」の見本みたいな人間とずっと一緒に暮らしてきた俺としては、どうしても基準が師匠になってしまうんよ。

 に備えられればもはや怖いもの無しだからね。


 ……まぁ、何はともあれ。


 落ち着いて考えてみれば、敵が弱いっていうのは鐘を鳴らして歓迎すべきことなのだ。肩透かしを食らって不満を感じるのは筋違いというものだろう。

 あまりの肩透かし感に思わず賢しらに説教っぽい愚痴を垂れてしまったが、今になって考えてみれば、かなり理不尽なことをしていたなぁ。完全に八つ当たりだったよ。

 油断して死んじゃうより、警戒し過ぎて気疲れするほうがマシだよね。

 前者は既にタンクローリーの件で一度経験しているから、二度目はもういいかな……。


 俺としては、この覆面暗殺集団に個人的な恨みは殆どない。

 強いて言うならば、魔法使いの仕事で何度か暗殺者の相手をしていたから、「暗殺者イコール嫌な奴」という固定観念が出来ていることくらいか。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、という八つ当たり的な感覚である。

 要人らしき幼い少女とその護衛らしき女性騎士たちを助けることにしたのも、確実に口封じのために俺を殺そうとする暗殺集団よりは話が通じるだろうと考えたからに過ぎない。

 全ては自衛のため。

 そう、自衛のためなのだ。

 決して同情やお節介などではない。


 殺人への罪悪感?

 そんなもの、とっくの昔に慣れたよ。


 世界最強の魔法使いだった師匠の下には、よく依頼が送られて来ていた。

 その大半が、悪い魔法使いの成敗案件だった。

 そして、師匠はよく修行と称してそれらを俺に回してきていた。

 そんなわけで、まだ高校生の俺だけど、「場数」だけは結構踏んできているのだ。

 まぁ、殺してきた相手は殆どが分かりやすい「クズ野郎」だったけどね。

 そういう経緯もあって、殺人への忌避感とか罪悪感とか、そういう感情の処理には慣れている。

 うだうだと考える時期はとうに過ぎているし、今更ビビるようなことでもない。

 っていうか、そもそも自分を殺そうとしてくる相手に敵愾心以外のどんな感情を抱けというのか。


 俺は聖人君子などではなく、ただの凡人なのだ。

 俺を殺そうとする奴は殺す。

 俺に迷惑を掛ける奴も、場合によっては殺す。

 誰にも文句は言わせない。



 まぁ、とにかく。

 予想以上に情けない覆面暗殺集団への愚痴は、全部ゴックンと腹の中に飲み込むとしよう。

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