代償

宵闇(ヨイヤミ)

第1話

自分のこの一度きりの人生、俺が何をしようがそれは俺の勝手だろう。例え犯罪を犯そうがそれが俺の人生だし、善人として過ごそうがそれも俺の人生だ。これと言ってやりたいこともなくただただ死ぬまでの時間を何年も何十年も過ごす。それはあまりにもつまらない。

一度きりの人生で何も面白いことがないというのは、あまりにも悲しいことだと俺は思う。

だからちょっとした挑戦や衝撃的な何かがあってもいいと思うんだよ。そう、確かに思う。


ある日、俺は本屋にあった怪しげな本を一冊買ってみた。魔導書と書かれた一冊の黒い本だ。

分厚めの紙が一枚セットで付いている。

厨二病か?と言われてもおかしくないような本だが、こういうのも悪くないだろ。何もしないで生きてるよりも、こういう少し変わった事をやってみるのもいいと思った。


その本を読むと、中には訳の分からないことがいくつも書き連ねられていた。

遥か昔に行われていた儀式や、その方法とそれで現れる者らについて_____

“悪魔”と呼ばれるそれは、召喚主の願いを叶える代わりに何か代償を支払わなくてはならないらしい。命を取られたり、四肢をもがれたりと、色々なことが記されていた。しかしそれが事実か否かは俺には分からない。


物は試しだと思い、魔法陣とやらを一つ描いてみることにした。近所にある薄暗い駐車場へ行くと、埃を被った状態で放置されている車や、ボロボロになったいくつものタイヤなどが放置されていて、ここら辺の野良猫の溜まり場にもなっている。

100円ショップで購入した白のチョークで円を描き、その中に本にあるものを描いていく。文字のような訳の分からないもの、丸や三角などの形などをただそこに描く。

描き終わったあと、その魔法陣の中央へ血を垂らさなくてはいけないらしい。

俺は指を自分で噛み切る。すると血が少しづつ出てきて、指を自ら圧迫しさらに出した。そしてそれを中央へと垂らす。魔法陣から出たら、あとは本に書かれている呪文を唱えて終わりだ。

意味の分からない事を、ただひたすらに読み続けた。何を言っているのか、そもそもこれが何語なのかも、俺には分からなかった。


唱え終わると同時に、地が揺れた。

地震かと思ったが、どうやら違うらしい。

魔法陣から不気味な光が発せられている。

中央に黒い霧が発生し、まるで何処かの異世界ファンタジー漫画にあるような光景が、今まさに目の前にある。


「呼び出したのかオマエか?」

不気味な声が聞こえる。とても低く、ノイズがかかったような、そんな感じがする声だった。

「一つだけ願いを叶えよう。ただし、代償を頂く」

「願い……」

「さぁ、何でも言ってみろ」

願い、か。俺はそんなこと何も考えていなかった。それに、まさか本当にこんなのが出てくるとは思ってもいなかった。だがこれが出てきたと言うことは、代償として四肢をもがれたりするというのは、本当の話なのかもしれない。


一度きりの人生だ。

どうせこの先『も』ろくなことはない。

ゴミクズのような人生を歩むだけだ。

それなら、そんなことなら_____


「一度、たったの一度でいいから……いい子だと、言って欲しい………お前は要らぬ子などでは無いのだと……」

「……」

そりゃあ悪魔も黙るよな。

普通こんな願いを言う奴は居ないだろう。

でも俺の願いはこれだ。

これ以外に思いつかない。


______________


俺の家庭は散々だった。


アル中の父親、薬をやってるようにしか見えない母親、ほぼ育児放棄されてた俺。

そんな家庭で育った。

ただ孕んだから産んだだけだと、俺は母親に、父親に、そう言われた。

愛など何処にも無かったんだ。

だから暴力なんて日常茶飯事さ。助けを求めたところで、誰一人として手を差し伸べてくれる人はいなかった。ずっと、1人だった。


だから本当は今日一日、俺の生まれ育ったこの街を散策したら死ぬつもりだったんだ。

あるか分からない来世に期待して、新しい人生で生きていきたいと思った。


______________



俺は何をしていたんだ。

悪魔を目の前にしてこんな回想をするなんて。


俺は顔を悪魔の方へ向ける。

するとそれはこちらを見ながら哀れみのような、悲しげな目をしているではないか。

俺にはその理由が分からなかった。

すると悪魔が口を開く。

「新しい人生を望むか…?オマエは悪くない。酷い親元に生まれてしまった可哀想な子だ」

驚いた。これからそんな言葉が出るとは……

だが何故だ?

まさか、さっきの回想はこいつのせいなのか?

「心を、考えを、想像を、見ることが出来る」

「…!?」

全て読まれていたのか。

だからあの回想を見てあのコメントか。

にしても、新しい人生か。それもいいかもしれないな。実際俺もそれを望んでいる。

「オマエ、死んでも来世なんてない。だから新しい人生が欲しいというのなら、願え。ワタシの元へ来ると、そう言え」

「……は?な、何言ってるんだ…?」

「そのような親元に居て死ぬのならこちらへ来い」


俺が、悪魔の子になるってことか?

馬鹿げてる。そんなこと、そんな、こと……

でも、死んで来世を得るよりは……


「俺は、お前の……あなたの元へ、行きたい」

「あぁ、そうだ…それでいいのだ……」

目が熱い。涙が零れ落ちる。

頬を伝い、それは垂れ落ち、地を濡らした。




その後、俺は悪魔達………いや、新しい家族達と、楽しく暮らしている。


人よりも優しい存在だ。












あなた達はもし願いを叶えてくれる存在がいたのなら、一体何を願うのだろうか____

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