第7話 天秤

 親しい人に穴を開けようとしているから躊躇いが生じた。痛そう、可哀想という雑念が湧いた。

 だけど、父と母の命と天秤に掛ければ、穴を開けることなんて苦ではないわ。


 釘を打つ要領で打ち込んで貫けばいい――

「ハンマーを持ってきてちょうだい」


「かしこまりました」

 服を着ていないことを全く気にもせず、裸のまま部屋の外へ出ようとする――

「待ちなさい! 服を着て。おかしいでしょ?」

「着衣の許可をいただいていなかったので」

「許可していないからって、何故平然と出られるの? 裸で歩いてる人なんて見たことないわよ。恥じらいは無いのかしら……」

「城内に奴隷は居ませんので……でも、奴隷はそういう物なのです。恥じらいはありません」

(うぅ、すごく恥ずかしいよぉ……頑張って平然としてるんだよぉ)


 あ、本音が聞こえた。何この可愛い生き物――今後は言いたいことを言ってもらえなくなるのよね。意思表示すらもしてもらえなくなる――


「……まだ契約前よ」

「既に契約を始めておりますので、奴隷(仮)です」

 迷いが生じる――ぎゅっと抱きしめてもらうのが好き。命令だから、逆らえないから従われるだけになるなんて嫌――

「城内唯一の奴隷になるのは嫌でしょ。やめてもいいわよ」



「お断りいたします」



 何を考えているのかしら――

 最後の意思表示が奴隷になるのをやめることの拒絶だなんて、複雑な気分だわ。


 ドゥは私の指示に従い着衣した後、ハンマーを取りに行くために部屋を出る――


◇◆◇◆◇◆◇◆


 破顔した嬉しそうな顔を見たのは初めてだった。今までも私に向けてくれていた表情かもしれないけれど、私は見ていなかったわ――

 今までの私はどのように接していたかしら――話すことはあったけれど関心が無かったわ。私は、彼女のことを何も知らない――


 自分を傷付けるための道具を取りに行くのは、どんな気持ちなのかしら――大切に磨き続けてきた、傷ひとつ無い身体を今から壊されるのよ。


 本当に傷を付けてしまって良いのかしら――


◇◆◇◆◇◆◇◆


 部屋に戻ったドゥは、ハンマーと服のポケットから取り出した釘を私に手渡すなり脱衣し、卓上たくじょうに乳首を自ら押さえ付ける。

「上からハンマーで叩けば貫けるそうです。簪は折れてしまう可能性があるそうで、念のためにと釘をいただきました。今はお嬢様の所有物ではないのですが、刺せなかったときのために持っていてください。使うときには所有権が変わっていると思いますのでお嬢様の奴隷にはなれます」


 勝手に溢れ出て、頬を伝う涙――失う間際になって溢れる感情。

「……を失いたくない」

「お嬢様? 所有物になるための契約です。何も失いません」


「あなたの心を失いたくないのよ! 裸で外に出ようとするし……この身体は、ずっと大切にしてきたものでしょ!? そんなことくらいわかる! あなたを傷付けるのは嫌!」


「失いませんし、傷付きませんよ。お嬢様の物である証をいただけることが嬉しいです」


 迷った。悩んだ、それでも――

「そう……あなたが望むのなら、続けるわ」


 先程以上に破顔させた顔を私に向ける。

「私は、お嬢様の奴隷になりたいのです」


 何故そこまでして奴隷になることを望むのか、私には理解できない。でも、それが望みなら叶える――


 手では、どんなに力を込めて押し込んでも刺さる気配はなかった。力が足りないから、躊躇ってしまえば絶対に貫通しない。簪の先端を乳首に当て、ハンマーを力いっぱい振り下ろす――

「ングッ……クゥッ……」

 床に倒れ込むドゥ。刺さったわよね!?


 乳首を確認すると、ぐにゃりと折れ曲がった簪が刺さっている――ように見えたが、貫通はしていない。


 あと少し――指で力いっぱい押し込むが、反対側の皮が伸びるだけで貫通はしない。

「んぐ!、ゔっ、はっ、はっ、はっ……」

 呼吸が荒々しさを増す。あと少し――あと少しで貫通しそうなのに――


◇◆◇◆◇◆◇◆


 捻ったり、押し込んだりすること三十分――痛みに耐え続けてはいるが、明らかにぐったりしてきている。

「もう限界よ……諦めましょ」

「嫌です。机に簪の先端がぶつかるまで、何度でもハンマーで叩き込み続けてください」

 ドゥは立ち上がり自ら机上に乳首を乗せ、ハンマーが振り下ろされるのを待つ――


 涙がとめどなく溢れ出す――

「私がもう続けたくないのよ! 苦しませたくないの」

 ドゥはハンマーの柄を私の手に掴ませ、両手で優しく包み込む――震えている、恐怖心が伝わってくる。

「お嬢様は、手を添えてくださるだけで結構です」



 ガンガンガンッ!!



 ドゥが私の手を勢いよく振り下ろし簪を叩き込む――するとドゴッと鈍い音がし破顔大笑はがんたいしょうする。

「お嬢様! やりましたね」


(っ……残り四個。貧血かしら、意識が朦朧もうろうとする……長くは持ちそうにない……急がないと)

 二本目の簪をもう片方の乳首に添え、打ち込まれるのを待つ――


 覚悟を決めて、早く終わらせないとね。

「一気にいくわよ」



 ガンガンガンッ!! ドゴッ



 あっという間に貫通した。

「っ流石、お嬢様」


「すぐ終わらせるから耐えなさい」

 机に刺さった簪を横からハンマーで叩いて抜き、ドゥを卓上に横向きに寝転ばせる。


 ――横向きの穴も無事に開けられた。

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