第5話 聖痕

 ルフは消え、幽閉されていた部屋とは別の懐かしい空間が視界に広がる――


「お嬢様、そろそろお目覚めを」

 聞き覚えのある声――でも、生きているはずがない。彼女は私が幽閉される直前に処刑しょけいされた。眼前がんぜんで首をはねられた光景が、今でも鮮明に記憶に焼き付いている。


 私の顔を覗き込む侍女じじょドゥ。

「悪い夢を見られていたのですね、もう大丈夫ですよ」

 フワッと包み込むように抱きしめられる。この温もり、この香り――間違いない。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 ドゥがはだけた私の胸元を凝視ぎょうししている。

「お嬢様、これはどうされたのですか!?」

 視線の先を見ると『un』の刻印がある。先程ルフに押された焼印。

「あー、これはね」

(まさか、聖痕スティグマぁ!?)

聖痕スティグマ?」

 ドゥは血相けっそうを変え床に崩れ落ちる。

「それは神に祝福されし者の証でございます。聖痕スティグマを発現し能力をその身に宿し者、世界を掌握すると言い伝えられております」


 キターーー!! 私の壮大な物語の始まり――彼は神様だったのね。逆らっていたら確実に消されていたわ。選択を誤らなくて良かった。

 お礼と言い残していたから――きっとやり直す機会チャンスをくれたってことよね。今度こそ無駄にしないわ!


(お嬢様に聖痕スティグマが発現するなんてぇ……未熟みじゅくなお嬢様を翻弄ほんろうし、利用すれば世界を掌握しょうあくすることもぉ……)


「どういう意味かしら?」

 聖痕スティグマについてではなく、『読心』能力により筒抜けになっている思惑についてである。


「お嬢様は神様に愛されているという意味です……聖痕スティグマの存在を私以外に誰かご存知ですか?」

 強大過ぎる力は、存在しているだけで争いの火種になる。存在を知っている者が居るのならば、早急に対処する必要がある。


 ドゥが誤魔化す理由――私が真実を知ると困るのかしら。利用と対処のことを真っ先に考えていることに不信感が募る。

「いいえ、あなたしか知らないわよ」


 良かった。対象者ターゲットを暗殺しても、どこまで伝播でんぱしているかは把握しきれない――

「誰にも知られぬようにしてくださいませ」


 何故真っ先に『暗殺』なんて物騒ぶっそうなことが浮かぶのかしら。しかも遂行できると確信している。

 明らかに侍女の思考の範疇はんちゅうを超えているわ。

 私が幽閉されることになった起因、王様を暗殺したのは――もしかすると、お母様も!?

「誰にも、知られてはいけないのね?」

「はい、絶対に知られないようにしてくださいませ」


 力を独占し、利用するつもりなのね。

「あなたは知ってしまったわ。どうしましょうね」

「私は誰にも言いませんのでご安心を」


 畳み掛けるように呟く。

「万一があるわ。一、自害。二、処刑。三、私の奴隷。どれにしようかしら」

 ドゥは斬首刑に処されるほどの悪事あくじを犯している。せっかくやり直す機会を得たのだから、黙って見過ごすわけにはいかないわ。


「……三を」

「発言権は与えてないわよ」

 とは言えドゥの死を望んではいない。しかし手を打たなければ、私の人生は確実に狂わされる。


 殺さなくても、支配下に置き行動を監視すれば悲劇を止められる。けれど、ドゥが実行犯ではない場合、誰かに指示しているのであれば再び悲劇は起きてしまう――


 どうすることが最良か――ドゥが言葉を失っても『読心』能力で私との意思疎通は可能。


 引出しからハサミを取り出し床に投げ落とす。

「舌を切り落としなさい。全てを公表するのなら、それまでは猶予をあげてもいいわ」

 公表するはずはない。すれば処刑される。

 ハサミを拾って私を刺そうとするはず。行動を読めてさえいれば、いなして別件の現行犯で突き出すことが出来るわ。

「早くしなさい。主人を待たせて良いと思ってるのかしら?」


「かしこまりました」

 気を緩めたところで刺しに来るはず。タイミングを見計って――

 私の意に反し、ハサミを拾うと両手で丁寧に差し出す。


 気を抜けない、隙を見せれば刺される――しかし、ハサミを差し出したまま微動だにしない。心の声は聞こえてこず、思考が読めない。

「処刑されるのよ?」


 私に満面まんめんの笑顔を向ける。

「お嬢様のためなら喜んで。その前に、正式に奴隷契約をしてくださいませんか」


 ――私のためってどういうこと? 計画を公表すれば処刑されるのに、契約に何の意味があるのかしら。

「形だけでいいわよ」


 ドゥは平伏し、額を床に擦り付ける――

「……どうか正式な契約をお願いいたします」

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