第4話 主従契約

 人差し指でおでこ・・・を突かれた瞬間、彼女の記憶が一気に流れ込んでくるーー


 彼女は僕のせいでこの器に封入されたーー記憶に刻まれている不幸な人生シナリオは、僕が無意識に行なったことの代償。

 僕が責任を取らないとーー望みを叶えてあげないと。

《彼女を僕に『隷属』させて。代償として彼女に『読心』能力を移譲いじょうする》


「主従契約、結んだ」

 待ちに待った大イベントが、たった一言だけで終わったーー

儀式ぎしきとか……無いのね、実感が湧かないわ」


 実際に行動を制限されれば実感が湧くだろう。

(喋るな)

「んmogp……n……」

(隷属、できてる)

「何するのよ! 主が逆でしょ」


(『あなたと私の主従契約しゅじゅうけいやく』と言ったの君。僕が主で、君は従属者じゅうぞくしゃ


 確かにそう言ったわーー

 アンの直感ちょっかんが、契約を反故ほごにすれば終わることのない苦痛にさいなまれると警笛けいてきを鳴らす。必ず悲惨ひさんな目に遭う。破滅はめつフラグを立てたくはないーー

「……そうね。それでいいわ」


(君が望んでいた『読心』能力を授けたよ)

 言われてみれば、ルフは言葉を発していないのに意思疎通が出来ている。


「私が考えていることもわかるの?」


(契約の代償として、君に能力を移譲したから今はわからない)


 大きな代償ねーー百歩譲って従属することは受け入れる。でも、これから壮大そうだいな物語が始まるというのに、何も手続きが無かったことに物足りなさがあるーー

「形だけでも儀式のような、特別な何かが欲しいわ。王子様とお姫様の物語の始まりだと……キ、キスが定番かしら?」

 些細ささいな願いだから、応じてくれるとたかくくる。ルフに目で訴えた後、目をつむり口づけを待つーー


(キスというものはわからないが、刻印が欲しいのか)

 欲を持たない天使と、新たに得た神々の知識にはキスに関する情報が無かった。


 アンは刻印という表現が少し引っ掛かった。キスマークのことかしらーー吸い付きやすいように首を少し傾け、目を瞑ったまま身を委ね続ける。


 ルフは『創造』の能力を用い、何もない空間から棒状の物を取り出す。

 その棒を、アンの胸元に押し当てるとジュッと音がし、棒を離すと『un』の焼印が浮かぶ。


(こんな事をしてほしいなんて、変わってる。家畜に焼印を押すのは初めてだよ)


 アンは甲高かんだか悲鳴ひめいを上げ、突き抜けるような痛みにのたうち回る。

「誰が家畜よ!! こんな酷いことをするなんて信じられない!」


 望みを叶えたのに、何故怒っているのか理解出来ないルフ。

(消してほしい?)


 痛い思いをしたのに、簡単に消されて無かったことにされるのはしゃくだ。

「お断りよ! 傷物きずものにした責任を取って幸せにしてもらうわ」


 ルフの目をジッと見つめたまま顔を近付け、唇を重ねるーー

「これがキスよ、特別な相手にだけ許される行為。覚えておきなさい」


 柔らかく優しい感触ーー

(覚えた。教えてくれたお礼をしないとね)

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