第2話

あたしは眠りに落ちる前に、正樹と初めて出会った日のことを、思い出していた。――

 あたしたちは、普通のカップルが出会うような出会い方では出会わなかった。

 あたしは、だれも気づいていないかもしれないが、テレパスだ。テレパシーが使える超能力者、それがテレパス。あたしがその能力に気づいたのは小学生のころで、本格的に才能が開花したのは、高校生のころだった。大人になるまで、その能力をうまく使いこなせずに、苦労ばかりしていたが、あのときだけは、自分がテレパスでよかったと神に感謝した。

 あの日、あたしは最高の夢を見ていた。

 夢のなかで、素敵な男性に出会ってイチャイチャする夢だった。本当に幸せだった。一緒に他愛もない話をして、一緒に散歩をして、この人なんだか居心地がよくて初めて会った気がしないけど一体どこで会ったことのある人なんだろうと夢のなかで思わず考えるくらいだった。夢のなかで、あたしは正樹に会っていた。正樹もきっとあたしに運命を感じていたに違いない。〈お嬢さん、お名前は?〉〈優莉です〉そんなごく普通の会話を交わしているだけで、心がときめいた。〈ぼくは、正樹って言います〉〈そうですか。正樹さん〉…………

夢のなかでは、あたしたちは、一緒に恋人繋ぎをして海辺を歩いていた。〈ぼくがもしライオンだったら、優莉さんはどうしますか?〉海岸でカニをよけながら歩いている正樹は不意にそんなことを聞いてきた。あたしは答えた。この人は少なくとも小さなカニではないし、カニを踏み潰すような人ではないことに、あたしは安堵した。優しい人。

〈あなたがもしライオンだったら、あたしもきっとライオンだろうから、恋に落ちていたと思いますね。きっと、今みたいに〉

〈好きです。ぼくと結婚してください〉

 なんでそんな展開になったのだろうか? たぶんきっとそれが、夢のなかだからだろう。あたしは思わず笑ってしまっていた。

〈ずっとあたしだけのライオンさんになってくれますか?〉

〈なりますよ〉

〈あたしだけを守ってくれますか?〉

〈誓います〉

〈もう。なんだか結婚式みたいじゃないですか〉

〈なにがいけないんですか? ぼくはあなたみたいな可愛い人と結婚したかったんだ。やっと出会えたんだ。ぼくはきみを離さない〉

〈あたし可愛いですか? 正樹さんだってあたし好みのイケメンですよ?〉

〈優莉さん好み……運命的だ〉

 この人って何から何までこの調子なんだな。別にいいけど。

〈あたしがもしカニだったら、あなたはどうしますか?〉

〈じゃあぼくもカニになります。カニになって、あなたのそばにずっといます〉

 変な人。

 あたしは笑った。でも、嫌な感じはしなかった。真面目で正直な人なんだろう。退屈ささえ感じるほどに。きっと心が純粋な人なんだ。だから、そういう風になってしまうんだろう。

〈ずっとあたしと一緒にいてくれますか?〉

〈一緒にいますよ〉

 これが現実だったらな。

 あたしは半分眼が醒めかけていた。朝なんだろう。もうすぐ起きてしまいそうだ。正樹さんはこのことをどう思っているんだろう。

 いよいよ目が覚める、というときに、正樹さんとつないでいた手が離れた。まだ離れたくないと思うくらい、あたしと感覚の合う気持ちのいい手だったのに。まだ一緒にいたい。布団のなかで目を開けたときに、あたしは正樹さんの感覚を手探りするように頭のなかで身体のセンサーを鋭くして名残りを必死で追いかけた。追いかけ続けた。正樹さん。離れていかないで。

〈もしかして、……優莉さんですか?〉

 繋がった!

 テレパシー能力万歳!

 正樹さんの感覚を追いかけて繋がることに成功した。頭の奥で正樹さんの声がばしんばしん聴こえてくるではないか。あたしは涙ぐんだ。〈そうです。今まで夢のなかで一緒だった優莉ですよ〉

〈嬉しいな。目が覚めてもきみと一緒にいられるなんて。まだ夢のなかなのかな?〉

〈現実です、正樹さん。あたし、テレパシーが使えるんです。便利でしょ?〉

 正樹さんも布団のなかで身じろぎした気配が伝わってきた。神よありがとう!

〈テレパシーか。それはすごい。ぼくとつきあってくれませんか?〉

 突然だなあ。でもあたしはすぐに答えた。〈いいですよ。よろしくお願いします〉

 そんなわけで、あたしたちはつきあうことになった。

 後日明らかになった話だが、正樹さんは、寝る前にいつも、〈夢のなかでもいいから、ぼくの結婚相手に会わせてください〉とお願いして眠っているとのことだった。それがあんな奇跡を生むとは。信じられない。

 これも夢なのではないか? こんな現実、ありえないのではないか? あたしの疑いは、すぐになくなった。正樹さんと四六時中一緒にいることができるようになったからだ。

 正樹さんが東京に住んでいること、あたしが田舎に住んでいることも話し合った。あたしたちはなぜかすぐに意気投合した。夢のなかのように。

〈正樹さんって、生きてますよね?〉

 嬉しすぎて、あたしはこんな変な質問まで投げかけてしまった。〈天国の住人ってことはないですよね?〉

〈生きてます。優莉さんこそ天使じゃないでしょうね?〉

〈生きてる人間です〉

〈いつか会いたいです〉

〈あたしはテレパスだから、どこにいても声が聞こえるんですよ。この力を使いさえすれば、もしかしたらいつか本当に会えるかもしれないですね。あたしの住所、教えましょうか?〉

〈ぼくは仕事が忙しいからなあ。優莉さんの住んでるところには一人で行ったことがないし、遠いし、できれば東京に来てくれると助かります〉

〈東京……〉

 あたし行ったことがないんだけどなあ。

 人が多すぎて、逆に待ち合わせには向いていないような気がするけどなあ。

 そんなこんなで、半年が過ぎた。

 あたしは夢のなかに落ちていった。今度はなにも夢を見なかった。


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