第126話 ヴィクターとホルダー
ゴーレムを作製するのに重要な要素である魔力伝導率、それを調べようにもゴーレム研究書などの本には知っていて当然なのか一切話題に上がってこなかった。
師匠に聞きに行こうとも思ったが、先程ゲーム内が夜にも関わらず訪れたのに、また行くのも申し訳ないのでやめた。師匠に聞くのはゲーム内で昼になって、それでも分からなかったらにしよう。
だが自分で調べようにも、数多の素材1つ1つをゴーレムのボディーに使うのは手持ちの素材的にも手間的にも無理だ。そうなると当然、本などを探す事になる。
現在、メイズより南方向へ行った街、ヴィクターへブレイズさんと共に来ている。イベントが開催される前日に遊びに行ったマレアの1つ前の街だ。
ヴィクターは複数の街を繋ぐ街で、メイズやマレアだけでなくクベディエやベラルといった、まだ行ってない街へ移動できるようになっている。
複数の街へアクセスが可能な街というと、それだけで他の街と比べると物流が多い。街の運営方針もそれを理解しているようで、オークションや他の街にはない運搬者ギルドなどの貿易系の施設もある。
物流と一言にしても武具や素材、またそれらの中からも更に細分化できるくらいには多いが、中には本もあるとアズマが教えてくれた。
だからもしかしたら魔力伝導率や錬金術に関連する新しい本なんかも見つかったらいいな、と来たわけだ。ブレイズさんはクランハウスのホールで暇そうにしていたので、迷子にならないように着いてきてもらった。
「創設者を調べられないか……?」
夜でも活発な街の中、主に本屋を巡っている最中にブレイズさんが何か呟いているのが耳に入ったのだが、全部は聞き取れなかった。何か悩みでもあるのかな。
「侵入して探ってみるべきか」
「どうしたんですか?」
「ん、いや、何でもないよリンちゃん。それより本はもういいの?」
「あともう1つあります。その後オークションにも行ってみたいんですけど、良いですか?」
「もちろん」
話を逸らされ、見事にそれに乗ってしまった。
でも一応聞いたけど教えてくれなかったし、聞き直してもまた逸らされたり別の話題を出されたりしそうだ。諦めよう。
NPCに聞いた本屋の場所へ行ったが、魔力伝導率や錬金術の本はなかった。次が教えてもらった中で最後の本屋になるが、そこになかったらオークションくらいしか望みがない。
『迷い人』の影響でマップを所持できない僕とは違って、『迷い人』を持っていないブレイズさんに最後の本屋へ案内してもらう。
辿り着いた本屋はかなり古かった。建物自体もそうだし、置いてある本も見て分かるくらいには古い。
棚に並べられた本、机の上に乱雑に重ねられた本を見ていくと目的の物を見つけた。「錬金術大全:魔力伝導率」という本だ。
「これだ!」
本屋の中に他に客が居ないにも関わらず、先を越されて取られないように勢いよく手に取る。
他の本も確認していき、錬金術や魔力伝導率の本が無いのを確認してから「錬金術大全:魔力伝導率」をカウンターへ持っていく。すると、カウンターにいたご老人が話しかけてきた。
「なんだい嬢ちゃん、こんな古い本を買うのかい?」
「買います!」
夜だろうが元気よく返事する。
古い本であるためか値段も安かった。提示された額を払い、店を出て待機していたブレイズさんの元へ行く。
「嬉しそうだね」
「そうですか? えへへ」
「うぐっ」
テンションが上がりすぎて変な笑いが出てしまった。ちょっと恥ずかしいな。
無事に目的の物も買えた。しかしオークションというのも、何が売られているのか気になるので行ってみる事にした。
僕が想像するオークション会場は大きなホールで落札金額を競う、みたいな場所だった。
しかし、実際はそうではなかった。場所によってはホールでやるのもあるらしいが、このヴィクターのオークション会場で競うのは金額ではなく早さだ。出品者が設定した額を、他の人よりも早く支払い購入する。それがここのルールのようだ。
「なんか欲しいものあった?」
「うーん……ないですね」
一応見て回ったが、今すぐに欲しいという物はなかった。ミスリルとかいう鉱石も気になったけど、値段が凄かったからやめた。
ブレイズさんもオークションで購入したい物はないようなので、もう帰ろうかと教会へ向かう。
「俺は用事があるから。ここからなら平気だよね?」
「はい、クランハウスに帰るので大丈夫です。ありがとうございました」
「……まだ堅いな。エニグマみたいに、とは言わないけど、敬語とか使わなくて良いんだよ?」
「善処します」
大抵の人に対して敬語だから中々難しい。仲良くなっていく段階で自然に敬語からタメ口に変えられる人、本当に尊敬するな。僕の周りには居ないけど。
少し話した後、ブレイズさんは僕の頭を撫でてから再びヴィクターの街中に消えていった。
1人でヴィクターに居てもやる事もないし、今は買った本を読みたい。教会からクランハウスまでファストトラベルで移動し、ほぼ僕の部屋になっている錬金ラボへ戻る。
「おお、待っておったぞ」
「やっほ〜」
錬金ラボに戻ると、アリスさんとぐれーぷさんが居た。3つある机の1つを使ってお茶会でもしているようだ。
「なんで居るんですか」
「我のこと嫌いか?」
「……まあ好きですけど」
何故急にそんな事を聞いてきたんだろう。僕の聞き方が悪かったのかな。なんで居るのか、じゃなくてどうしたんですかって聞けば良かったのかもしれない。
「相思相愛ってやつじゃな」
「多分だけど〜、リンちゃんの言ってる好きは友達としてだと思うよ〜?」
「知っとるわ!」
「今日はどうしたんですか?」
「お主、この流れでよく……いや、よい。今日は前に頼まれていた物の納品じゃな」
そう言ってアリスさんが取り出したのはベルトのような物と金具、ポーチなど。
「……どれが何でどう付けるんですか?」
「うむ、リンならそう言うと思ったわ。まずこれがショルダーストラップじゃ」
ベルトを持って、僕の肩と脇の下を通して背中の方にある固定器具でカチッと固定してくれた。それをもう1本、鏡写しのような感じで行い、前後でバッテンになる。引っ張ってみるけど、ビクともしない。けれども窮屈さは感じない。
「で、この金具がホルダーじゃな」
金属板のような薄く細長い、しかし凹凸のある金具。それを僕の背中、ベルトを固定した辺りに取り付ける。
「適当な武器を取り出してホルダーに近付けながら背負うイメージをしてみるがよい」
言われた通りに武器を取り出す。何でも良さそうなので、アイテム欄の1番上にあったレインボウにしておこう。
レインボウを背中の金具に当て、背負うイメージを思い描く。弓を金具で固定するというのは剣や盾と違ってあまり想像できないが、そのまま背中にくっついてる感じのをイメージしたら手に触れていたレインボウの感触が消えた。
「あれ……?」
握っていたつもりだったけど、いつの間にか離して落としてしまったのだろうか。しかし地面を見てもレインボウはどこにも落ちていない。アリスさんやぐれーぷさんを見ても持ってない。
じゃあ何処に行ったのか。そう思っていると、アリスさんの視線が僕より後ろに向かっているのに気が付く。首だけを動かして後ろを見ると、レインボウの1部が見えた。
「ちゃんと背負えるようじゃな。補助スキルの『格納』を持ってればはっきりとイメージをしなくても収納できるんじゃが……」
アリスさんが何か言っていたが、体を揺らしたりしても背負ってるレインボウが落ちないか試したりしてて聞いてなかった。
「あと作っておいて身も蓋もないんじゃけど、作業中に急な戦闘が始まった時にメニューを開いて武器を取り出すのが面倒なんじゃったら、『換装』ってスキルで全部解決できるんじゃよ」
「え? じゃあ金具の意味は……?」
「『換装』があれば無意味、じゃな」
ぐれーぷさんと一緒に『換装』というスキルについて教えてくれる。
『換装』はアイテム欄にある武器や防具を、メニューを開かずに一瞬で取り出したり装備中の物と交代できる補助スキル。知名度はあまり無いけど、複数の武器や防具を使い分ける人は大抵持ってるらしい。パンドラの箱だったらエニグマとエックスくんが持ってる。
取得条件は100秒以内にメニューから75回装備を変更すること。取得だけなら武器を1つ持っていれば、装備と外すのを繰り返して手に入る。ただ100秒で75回というのが結構ギリギリなようで、レスポンスの時間があるからリズムよくメニューを操作するか連打するかじゃないと間に合わないみたい。
実際にメニューで短剣やら弓やら斧やらとローテーションさせながら変更していくと、システムメッセージが届く。
《スキル:『換装』を取得しました》
「あっ……」
取得できてしまった。つまりそれは、折角アリスさんに作ってもらったベルトと金具の意味が無くなってしまったという事で。
「そんな心配そうな顔で見られても困るんじゃが。気の毒とか思っとるんなら我が作った服が溜まってるから撮影会でもやるか?」
「遠慮しておきます」
「なんだぁ〜、やらないんだ〜」
やっぱり気にする必要ないや。
次に紹介されたのはポーチ。とはいっても、中央に穴が空いていて物を小物を入れるのには向いていない。
「これは?」
「うむ。お主、1部のアイテムを使う時に板を操作して発動させるじゃろ?」
アイテムの使用に板、というと閃光玉や爆弾だろうか。あれらは金属板に彫った魔法陣を起動させる事で連動して起爆する仕組みになっている。
「それ用の……まあこれもホルダーじゃな。4つくらい作っておいたが、これでまだ足りないなら言うが良い」
「今のところは2つで大丈夫です」
「なら一応スペアで渡しておくぞ。我が持ってたら紛失しそうじゃしな」
貰ったホルダーに魔法陣が彫ってある金属板を入れ、水兵服のベルトに横向きで引っ掛け、固定する。
激しく動いても取れないどころか、大して揺れる事もなく、腰の位置にあるから起動しやすい。左右に装備して、どっちが閃光玉でどっちが爆弾かを覚えればかなり使えるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます