第127話 怪盗ブレイズ


 エニグマをクランリーダーとする、リンやニア、その他様々な面白い人間が所属していると評価されているクラン、パンドラの箱。ブレイズはパンドラの箱に所属する前、プレイヤーが少なく、レベル上げを行うのに他人と場所が被る事がないからという理由でマレアを一時的な活動拠点としていた。

 マレア周辺の森や海中、砂浜などで狩りを行っていたある日、ブレイズはNPCが興味深い話をしているのを耳にした。


──べギドラの森には、満月の夜になると墓地が現れる。


 NPCから話を聞いたブレイズは、早速その日の夜に月を確認した。だがその日は半月を少し過ぎた頃、満月になるのは何日か後だった。

 それから毎日森で狩りをして過ごし、何日か経った頃。とうとう満月になった月明かりの元で、森の探索を行うと噂通り、今までその場所には無かった筈の墓地があった。


 墓地を探索し、ギミックを解いて地下室で手記を読んだブレイズは、墓地よりも更に面白そうだと意気揚々と墓地を飛び出した。

 手記の内容は、死者への冒涜や国家反逆といった罪を犯したジード・エシルを指名手配するといったもの。多くの人間は別の事を気にするだろうが、ブレイズは面白さを見出したのだ。



 しかし、別の事をしながらも常に頭の片隅では手記についてを考えていたのだが、手記を発見してからパンドラの箱に所属するまで一切の進展はなかった。

 その一切進まない状況も延々と続くわけではなかった。数日前に終わりを告げ、新たな情報が手に入ったのだ。


 ベラルに残されている城に不法侵入し手に入れた情報だが、ブレイズがそれまでに訪れた街の多くは、現在とは違う国の領土だった。その国は既に滅び、現在の状態で特に問題もないようだ。手記で指名手配されていたとされるジード・エシルや、ジードの日記にて記されていたラミル・メルクリウス・フォルグも、今は亡き国家の人間だったらしい。

 だが本題はそこではない。新たな情報とは、ジード・エシルについてだ。大罪を背負ったジードは指名手配され、討伐隊も編成された。にも関わらず、討伐されたという情報は無かった。

 討伐隊はヴィクターへ向かい、到着したら領主であるフォルグ家から連絡が来るようになっているという文を最後に、ベラルの城で手に入れた情報は途切れている。











****














 クランハウスのホール、机に足を乗せて行儀の悪い格好をしていたブレイズに声が掛かった。幼いのにしっかりしていて自分をさん付けで呼ぶ少女。最近少し仲良くなったリンの声だ。


「どうしたの、リンちゃん」


「暇ですか? ヴィクターに行くんですけど、1人だと迷うので着いてきて欲しいんです」


 可愛らしい頼みだ。

 リンの頼みなら断るつもりはなかったが、内容を聞いて二つ返事で了承した。ジード・エシルを討伐するための隊が向かったヴィクターへ行くなら都合が良い。



 そうしてヴィクターへやってきたリンとブレイズ。リンは本屋に行きたいと言うので、NPCに道を聞きながら本屋を巡る。その道中で運搬者ギルドという施設を見掛けた。


 墓場のギミックを解除するために集めた紋章、フォルグ家の物に書かれていたのは「Porter」、運搬者だ。そしてラミル・メルクリウス・フォルグのミドルネームは商業を司る神の名である。

 ヴィクターは昔からあり、領主が運搬に関わるフォルグ家だった事を考えると、運搬者ギルドを創設したのがフォルグ家でもおかしくはない。


「どうにかして創設者を調べられないか…? 聞けば教えてもらえるか…最悪、城みたいに侵入して探ってみるべきか」


 声を大にして言える内容ではないが、ブレイズにとって隠密行動は得意な部類だ。ベラルの城もそうやって侵入したし、サスティクのダンジョンでも隠密行動によって戦闘回数を減らしている。


 その話題はさておき、運搬者ギルドの創設者がフォルグ家だったら、ヴィクターへ向かった討伐隊についての情報が手に入る可能性がある。

 不安な要素は出てくる。住んでいた家が現存しているのかとか、そういった情報が残されているかどうかとか。だが僅かな可能性でも信じてみるべきだろう。無いなら無いで確定した情報として手に入る。ブレイズはそう考えた。



 しばらくしてリンが用事を済ませたので、ヴィクターの教会へ送ってから運搬者ギルドへ向かう。

 運搬者ギルドは冒険者ギルドよりも規模が小さいが、それでも十分な大きさを持っている。冒険者ギルドが大きすぎるだけだ。中にはクエストボードと受付、荷物の受け取りと受け渡しを行う窓口くらいしかない。

 受付へ行き、適当な職員に声を掛けてみる。


「フォルグ家について知ってるか?」


「はい?」


「フォルグ家について知ってるか?」


「……少々お待ちください」


 聞き方が悪かったのかと思ったが、職員は他の職員に聞きに行っていたようで、しばらくすると戻ってきた。


「フォルグ家といいますと、昔この街を治めていた方……でよろしいでしょうか」


「ああ」


「えっと、この運搬者ギルドを創設された方で、一族で代々ギルドマスターを務めていたようです。途中で滅んでしまって、それからはギルドマスターが引退したら副マスターが、という風になっています」


「……終わりか?」


「はい」


「そうか、ありがとう」


 500ソルほどを取り出し、窓口に置いて一旦運搬者ギルドを出る。


 やはり創設者はフォルグ家のようだ。とうに滅んでいる上に住んでいた場所については判らなかったが、ギルドマスターというくらいだから専用の執務室などがあるかもしれない。そこに何か残っていれば良いのだが。

 そうは言うものの、部外者であるブレイズを2階へ招き、ましてやギルドマスターの執務室に案内なんてしてくれる訳が無い。そうする理由もないし、伝手もない。

 だが、情報はどうしても欲しい。ならばどうするべきか。


「侵入するしかないか……」


 運搬者ギルドは冒険者ギルドのように敷地が広いわけではないが、2階建てだ。しかし2階への階段はなかった。あるとしたら窓口などの奥で、2階は職員が仕事する場所なのではないか。

 2階へ侵入するために、まずは人目につかないように運搬者ギルドの裏へ回る。周りの住人や裏路地を散歩するような者に見られないという保証はないが、大通りで堂々とやるよりかはマシだろう。それに、最近強化された衛兵に見つかったり通報されると面倒だ。


 裏路地まで回ったブレイズは『クライム』というアビリティを発動する。『クライム』は『登山』スキルに分類されているアビリティであり、レベルに応じた秒数だけ手足を壁や天井に張り付かせられる。勢いがある状態なら壁を走る事も可能だ。このアビリティを使えば2階にある窓から侵入するのも簡単だろう。

 窓から中を見て、人が居ないのを確認する。次に窓に鍵が掛けられていないかを確認すると、普通に開いた。

 不用心な事に感謝しつつ中へ侵入する。


「完璧。んで、ここは……」


 侵入した部屋には執務机ともう1つのテーブル、そのテーブルを挟むように2つのソファが設置されている。その他には本棚があるくらいで、大した特徴もない部屋だ。


 しかし、作業を行う部屋としては物がありすぎる。職員に1人ずつこの部屋が設けられているなら話は別だが、運搬者ギルドの大きさを考慮すると部屋の数と職員の数が合わない。つまり多くの職員はまとまった1つの部屋で作業を行うだろう。

 となると、この部屋は特別な人間が作業を行う部屋ということになる。それがギルドマスターなのか、それよりも少し階級の低い役職の者かは分からないが。


「さっさと調べるか」


 誰かが入ってくるかもしれない事を想定して、ブレイズはローブを着用してフードを目深く被った。ついでに念の為、誰かが来た際に時間を稼ぐためにソファをドアの前に移動させる。


「これなら開けた頃には離脱できるな」


 窓が開けたままであるのを確認したブレイズはよし、と呟いてから部屋の捜索を始める。


 本棚の裏や本の奥、本の中や内容、執務机など、あらゆる場所を探す。

 その途中、執務机の引き出しに違和感を覚えた。

 引き出しの縦の長さと合わない。まさかと思いながら引き出しの中身を全て取り出して底の板を外してみると、何かの本が出てくる。


 板と中身を戻してから出てきた本を読んでみると、何かの日記だ。


 日記の主はフォルグ家の人間、それもラミル・メルクリウス・フォルグの父親のようだ。最後の方になっていくとジードの名前も出てくる。

 ジードはラミルを蘇らせようと国の招集や命令を無視して行方不明になった。次に姿を現した時には自らをネクロと呼び、ダンジョンへ身を隠したらしい。

 討伐隊の隊長から聞いた話によれば、べギドラの森の墓地にあったフォルグ家とエシル家の紋章をダンジョンへ持っていけばジードが身を隠した場所へ行けると斥候隊が判明させている。紋章には一定時間で元の位置に戻る魔術が施されているため、4日間でやる必要があるのだが。


「ビンゴ! ……つっても、ダンジョンの場所が分からんな」


 ルグレのすぐそこにあるモリ森もダンジョンだし、この日記が指すダンジョンとは何処なのか。そう考えながら読み進めていくと、パラッと折り畳まれた紙が日記から落ちた。

 拾い上げて開くと、地図のようだ。街はヴィクターとマレア、ベラル、クベディエ、メイズ、ルークス、ルグレ、バジトラまでしかないが、バジトラよりも更に北側に印がある。


 おそらく、この場所は──



「──サスティクか?」



 サスティクのダンジョン。確かに、ゲームシステムではモリ森やべギドラの森などもダンジョンと判定されている。だがそれを知らないNPCにとっては、サスティクのダンジョンが最も分かりやすく典型的なダンジョンと言えるだろう。


 ジードがまだ生きているのであれば、この日記と地図の通りにフォルグ家とエシル家の紋章をサスティクのダンジョンへ持っていけば、ジードが隠れたとされる場所へ行ける。

 しかしながら、サスティクのダンジョンとは一言で表しても、階層が存在する。一体どの階層に紋章を持っていけばいいのか。低い階層であれば難易度は低いが、深く行く必要があるなら難易度は跳ね上がる。その上時間制限もある。


「もうないか」


 日記もそれ以上の新しい情報は書かれておらず、地図などが挟まっているような事もない。


 パタンと本を閉じてインベントリに放り込むと同時に、ソファで塞いだドアの奥から物音が聴こえてきた。足音だ。段々と近付いてくる音に、ドアノブに触れ、回す音。

 ブレイズはその後を聴くことも見ることもなく、窓から飛び出す。一瞬、窓を閉めるべきかと考えたが、ソファをドアの前に移動させた時点で誰かが侵入したという事はバレるだろう。だったら目撃されないように離脱するのを優先するべきだ。


「っと……!」


 地面に着地し、ローブ姿のまま裏路地を走り出す。時に『クライム』を発動して壁を走り、屋根に乗り、誰かに追われてる訳でもないのに全力で逃げた。

 街の端、城壁の上に登った頃に、後ろを振り返って誰も着いてきていないのを確認し、自由落下と『クライム』を繰り返して街の外側へ降りる。


「よし、大丈夫だ」


 ローブを外してから少し遠回りして再びヴィクターに入り、教会へ向かう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る