第110話 痕跡
石碑から少し離れた場所で発見した最後の1つ、ケトゥン家の紋章を手に入れ、紋章を対応する石版へ嵌め込む。
これも戦闘する必要がなく、モンスターを振り切って走れるのでまたしても二手に分かれて行動だ。
僕の方がAGIが高いので速く走れるだろうと、石版に嵌める数は5つだったのを僕が3つ、アズマが2つという風に分けた。
そして既に嵌めてある運送の石版から僕は北回り、アズマが南回りと、被らないように石版へ嵌めていく。
「よし、っと。やっぱり全部嵌めないと変化ないのかな」
これで2つ目。錬金の紋章、戦闘の紋章は終わらせた。
残っている僕のノルマは1つ、魔法の紋章を石版へ嵌め込めば手持ちの紋章は無くなり、おそらくギミックは解除となる。
走りながらゾンビ達をスルーし、東にある魔法の紋章に対応している石版まで到達したので、紋章を押し込む。
それと同時にアズマからフレンドメッセージで、紋章を嵌め終えたという連絡が来た。
全ての紋章を揃えたからか、ゴゴゴゴゴと大きく重い、何かが動く音が聞こえてくる。
墓地の端の方に居るというのに、それでも聞こえるほど大きい音だ。轟音と言っても差し支えないだろう。
音が鳴ったと思われるのは中央の方。この場から西の方からであるから、中央を通り過ぎて西側で何かが動いたという可能性もなくはないが、とりあえずアズマと合流するべきだ。
フレンドメッセージで中央の石碑を集合地点にしつつ、急いで音の鳴った方へ向かう。
「わーお…」
中央、既に立っているアズマの横には、あったはずの石碑が無くなっていた。
代わりに、地下へと続く階段が現れている。
何個か予想していた内の1つ、続きがあるパターンのようだ。
「進む?」
アズマの返事はイエス。兜越しでもしっかり頷いたのが分かる、力強い頷き方だ。
本来は光が届かなくて真っ暗な階段を、ランタンで照らしながら降りていく。
スコップといいランタンといい、この使い方は全く想定してなかったのに役に立つ事が多い。備えあれば憂いなしとはよく言ったものだ。これからも準備には気を配っておこう、特に汎用性が高い道具なんかは。
階段を降り切ると、更に通路は続いていく。
ランタンの光によって薄暗いという表現で済むくらいには明るくなっているが、それでも暗いものは暗い。その上、この狭い通路では敵とエンカウントした際に対処ができない。
ここはアズマに先行してもらおう。
「アズマ、急なエンカウントに対応できないから前歩いて」
ランタンを渡し、位置を交代する。
アズマの身長が高いせいなのか僕の身長が低いせいなのか…おそらくその両方が原因だが、ランタンの光がアズマの背中に阻まれ届きにくくなってしまい、先程よりも暗くなってしまった。
…ランタン、もう何個か買っておくべきか。そういえば懐中電灯みたいなのが欲しいと思ってたけど、結局見つかってないし…。
アズマがランタンを持っている右手側の方が明るいので、右斜め後ろを歩きながらむむむ…と唸っていると、アズマが急に立ち止まった。ぶつかりそうになったが、寸でのところで止まる。
「どうしたの?」
何か見つけた? と続けながら、アズマの背中から顔を出して前方を確認する。
通路の先には通路よりは広い、されど一般的には小さいとされるようなサイズの部屋があった。
その部屋はこれまでの通路と同様、綺麗に磨かれた石の壁だ。ここまでの道と違ってランタンが吊るされていて、部屋の中全体を照らしている。
内装は簡素な物で、椅子と机しかない。机の上には紙や本が置かれている。
しかしこの部屋で最も衝撃的であり、どこを見てても大体目に入る部分がある。
椅子の上だ。
木で構成された、所々腐食してボロボロの椅子の上には、所々肉が残った人間の骨が座っている。
墓地に居た骨と同様、アンデッドモンスターなのか、人間が白骨化したのかは分からない。だがどちらにせよ、誰かの死体である事には変わりないだろう。
この後に動くかそうでないか程度しか違いはない。
「死体? モンスターかな…?」
どっちなんだろう。部屋に入っていくアズマに問い掛けながら、後に続く。
骨に近付いてみたが、動く気配はない。モンスターでもないようで、アズマが触ると椅子から転げ落ちてしまった。腐敗しているとはいえ肉が残っているからか、骨が全てバラバラに崩れるという事はない。
「これは…日記?」
机の上にあった紙を手に取る。
こういった隠し部屋なんかにありがちな日記のようだ。湖底遺跡があった湖の畔にあった小屋もこんな感じだったな。
本ではなく複数枚の紙に書いてあるようだ。一番上にある紙を見てみると保存状態は悪く、端の方が破れていたり、インクが滲んでいたりする。
失敗した。
死者蘇生の術を成功させるのに最も重要な、魂の部分を既に失ってしまっていたようだ。ラミルの死体はアンデッドに成り果ててしまった。
馬鹿だった。未熟だった。何故俺はいつもこうなんだ、1番大事なところでミスをしてしまう。
ここまで、他人を頼りに頼って、没頭して、寝る間も惜しんで、墓地の死体を実験体にしてまで研究を続けたというのに…最初から間違っていたなんて、滑稽だ。
この心の虚しさをどうやって埋めればいい?
ああ、分かってる。死ねばそんな思考も感情も、全て消えてなくなるなんてのは理解している。
だがラミルをこんな姿にしてしまった、禁忌を犯した俺の罪は消えない。
もうここに留まる理由もない。せめてもの贖罪の為に、この身を捧げよう。
さようなら、愛してるよ、ラミル。
…以上が1番上にあった紙に書かれていた内容だ。
どうやらこの椅子に座っている人を生き返らせようとして失敗したらしい。
内容から察するに、このラミルという人と筆者は恋仲だったのだろうか。
おそらく、ラミルという人物は墓地のギミックにあった紋章の1つ、運送の紋章が埋まっていた墓石に書かれていた人物と同じだ。
ラミル・メルクリウス・フォルグ。墓石の下を掘っても遺体とかが出てこなかったのは実験体にしたり、掘り出していたからなのかもしれない。
事故か何かでこのラミルという人を失ってしまったから、死者蘇生を試したけど失敗した…って事なのかな。
墓地の死体を実験体にしたとも書かれている。墓地に湧いてくるゾンビや骨は、筆者が研究中に実験で生み出したものらしい。
筆者が贖罪に身を捧げると言って何処へ行ったのかは知らないが、とりあえずここには居ないようだ。
別の紙も見てみる。
日記だと思っていたのだが、そうでもなかった。
1番上の紙だけが日記のような物で、それ以外は研究中に書いていたっぽい内容だ。
書かれているのは日記の通り、死者蘇生に関して。
蘇生は魔術を使って行おうとしたようで、魔法陣が色々と描かれている。
研究の概要を要約すると、魔術において「生きる」や「蘇生」を表す事はできないから、「死」に反転の概念を与えて逆の意味、「不死」というのを発生させようとした。
「死」の魔法陣を使うからか、僕も1度描いたことのある髑髏マークの魔法陣が並んでいる。
だが試してみても中途半端にしかならず、「生きる死体」で止まってしまっているようだ。詳細な原因はこの書類群では解明されていない。
研究を進めていく中で、完全な蘇生よりも生前の記憶と意識を持つアンデッドを生み出そうとして、実験体の中からは数体が成功していたようだ。
ガンガンという何かを打ち付ける音によって書類の確認を中断する。
後ろを振り向くと、アズマが部屋の壁を金属バットで叩いて回っていた。
敵かと思って身構えたが、アズマか…。
「いや、何してるのさ」
アズマがこういう奇行に走ることは珍しい。エニグマであればさほど珍しくもない平常運転だが、アズマはそうではない。
【アズマ:隠し部屋がないか探してる】
「ああ、そう…」
何故か親指を立ててこちらへ向けてきた。兜を被っていても何故か満足げというか、ドヤ顔をしているのは分かる。
壁を叩くのを再開したアズマを見てて思う。
エニグマから悪い影響を受けちゃったなぁ…。
壁の次は床を叩き始めた。妙に入念な所もどことなくエニグマっぽい。
まあ、それは良いとしよう。いや、良くはないが今はスルーだ。
とりあえず、研究資料は回収しておいていいだろう。魔術についての事が書かれているのであれば、僕にも使える可能性はある。
続きは暇な時にゆっくり読むとして、インベントリに全部突っ込んでおく。
アイテムを回収し終え、部屋を見渡す。
残るは椅子と骨と机くらいしかないが、どれもボロボロだし要らない。これ以上回収しなくていいだろう。
「んー、あとは特にないかな。隠し部屋あった?」
僕の比じゃないレベルで部屋を荒らし回っているアズマに声を掛ける。返事は兜が横に揺れる事で返ってきた。
あるか分からないからこそ探すという考えもあるが、結果的には部屋の中を穴だらけにしただけだった。
しかしこの部屋が穴だらけになろうと、爆発してなくなろうと僕には関係ない。既にあったものは回収してるし、隠し部屋もないなら撤収していいだろう。
「帰ろっか。エニグマに報告しとく?」
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