第104話 シュールな絵面で真面目な話をするな


 現実時間は昼、ゲーム内は夜になり、海が反射する光が太陽光から月光に変わったり頃。相変わらず砂浜で押し寄せる波を眺めている。


 先程作った穴にはかなりの量の海水が溜まっている。しかし元々目的があって作った穴でもないため割とどうでもよかったりする。



「…なあ」


「何?」


 穴の縁を蹴って砂を落としていると、首から下が砂に埋まっているエニグマが声をかけてきた。



「性別が変わる前にラベルが剥がれた栄養剤みたいなのを飲まなかったか?」


 シュールな絵面から出される話題なのだから、そう重要でもない話かと思ったがそうでもないらしい。

 というより、僕にとってはかなり重要な部類に入る話題のようだ。




 エニグマが振ってきた話題について、思考を巡らせる。

 確か、僕の性別が変わってしまったのは7月の後半、夏休みの初日…いや、夏休み前の終業式の日だったか。



 性別が変わる前であるから、その日のことだろう。終業式の日に、自分が何をしていたか思い出してみる。


 学校に行った記憶があるのだから、行って帰ってくるまでは正常だったはずだ。そうでなければ休んでいる。

 ということは帰ってきてからの行動に着目するべきだ。


 帰ってきてからは……昼寝してた気がする。それで起きたら性別が変わってた。そこは衝撃的すぎて覚えている。

 つまり学校が終わって帰ってきてから昼寝するまでの間?



 …いや思い出せないな。そんな細かいこと覚えてない。

 普段から色々なジュースを飲むのに「先月の今日に何のジュースを飲みましたか?」って聞かれてるようなものだ。


 でもラベルが剥がれた栄養剤を飲んだかって聞かれたら、飲んだような気もするし飲んでないような気もする。


「…飲んだかも」


 不安ではあるが、飲んだか飲んでないかでいえば、多分そうとか部分的にそうだと思う。



「やっぱりか…」


 エニグマは生首のままで深刻そうな表情を浮かべる。大事な話をしてるんだからそのシュールな絵面を続けるのはやめてほしい。


 …しかし今はエニグマの状態は置いておくとして。



「その栄養剤が関係してるの?」


 わざわざ性別が変わる前に、という聞き方をしてきたという事は、話題に出た栄養剤が性別が変わる要素に関わっている可能性があるんだろう。


 だが何故そんな物が僕の家にあったのか、何故それをエニグマが知っているのか。ラベルが剥がれている栄養剤なんて不注意に飲んだりするかなと色々疑問が湧いて出てくる。


「ネットで見かけた噂ではあるが、お前がそうなら信憑性は高いかもな」


 …曖昧だったから飲んだかもと答えたって言いにくくなってしまった。



「なんでそんな物が僕の家にあったのかな」


「知らん」


「家にあっても、ラベルが剥がれてたら飲まなくない?」


「…まあお前は悪食癖あるし案外飲みそうだが」


 ラベルあっても成分表示とか一切見ないから反論しにくい。


 そもそもどんな容器に入ってたかにもよる。ペットボトルとかビンだったら気にせず飲んでる。缶は…ラベルがないか。

 栄養剤だからビンかな。だったら何も考えずに飲んでるかもしれないな。



「でも噂が流れるってことは僕以外にもそういう人がいるんでしょ?」


「らしいな。性別が変わった奴は栄養剤を飲んでる可能性が高いんだとよ。その栄養剤を飲むこと自体に何の疑問も持たないかもしれないって噂もあるし、飲もうとしたのを友人だったり家族だったりに止められて飲まなかったって話もある」


「飲まなかった? その栄養剤が原因なら飲まなかった人のを貰って飲めば戻るんじゃない?」


「どうだかな…。飲んだ奴も飲まなかった奴も、その後の栄養剤の行方は不明だ。飲まなかった奴がカバンや冷蔵庫に保管しようがなくなっていたし、飲んだ後の容器も見つからないらしいぞ」



 行方不明? 何を言ってるんだ。それじゃまるで──


「都市伝説の類じゃん…」


 売られているかも分からない、どこから出てきたのかも不明な栄養剤。

 飲む事に何の疑問も持たず、飲んでしまうと性別が変わる。飲もうが飲まなかろうがその後の栄養剤は行方不明となって消える。


 如何にも都市伝説としてありそうな話だ。いや、実害がある分、都市伝説よりもタチが悪いとも言える。



「実際、都市伝説みたいな話として情報は出回ってるな。前からそういう噂話とかはあったが、こう大々的に公になるのは初めてだな」


「前からあったの?」


「栄養剤ではないけどな。神社で神隠しにあった男性が数年後、同じ名前や記憶を持つ女性として現れた…みたいな話は昔からある」


 あまりにも信じ難い話だ。


 しかし、神隠しじゃないけど同じような現象が自分の身にも起こっているのだから、一概に嘘だとは言えない。



「今回のも作り話としか思えないくらいなんだよな。出処不明で飲むのに何の疑念も抱かず、残骸は消失するって時点で現実的におかしい。

 飲んだら変化するって観点に関しても、現代の技術じゃ不可能なんだよな。性別を変えるのは手術でどうにかなる場合も多いんだが、お前みたいな身長が変化する点が説明出来ない。特に縮む方向だとな。

 それでもって後遺症らしい後遺症は一切ないときた。薬剤1つでそこまで色々と変化させられるならもっと有効的な使い道があるだろうな。

 事実は小説よりも奇なりとはよく言ったもんだよ、本当に」



 エニグマは呆れたような声音で話を続ける。


 だからその生首みたいなシュールな絵面で続けるのは……もういいや。



「被害者の爆発的な増加時期…7月末辺りに比べると、今は落ち着いてはいるがそれでも少しずつ増えている。一体何処の誰が何の目的で、どういう技術を使って栄養剤を頒布してるのかは分からんが、原因を突き止めれば元に戻る…かもな」


「なるほど」


 そう言っても、エニグマの話を聞いた限りでは情報が一切出てこない。



 誰がやっているのかは不明。

 現代の技術で再現不可なのに、どうやって性別が変わるかも不明。

 飲むことに疑問を抱かない理由も不明。

 容器が消える理由も不明。

 そもそも、誰かが何か目的を持ってやっていることなのかも不明。

 なんなら原因を突き止めようと、それで元に戻れるかだって不明だ。


 全ての疑問の回答は「不明」であり、八方塞がりといった感じである。そろそろ不明がゲシュタルト崩壊してくる。



「…戻りたいか?」


 エニグマが真面目な表情でこちらを見つめてくる。



 ここでどう答えるかでエニグマの行動は大体予測できる。

 僕が戻りたいと言えばエニグマは一緒に戻る方法を探してくれるだろうし、このままが良いと言ったら不便なく生活出来るようにサポートしてくれるだろう。


 あるいは、エニグマの中では答えは既に決まっていて、それを実行に移す理由が欲しいのかもしれない。


 けれど僕の答えは既に決まっている。前からずっと同じことを言ってるのだ。


「楽しければいいよ。なんでも」



 性別が変わろうが価値観は変わらない。


 僕が女性として生きるしかないという事実が残るのであれば、僕はそれを受け入れる。

 身長とかで不便な点が目立つので、戻れるのであれば戻りたいが、戻れないなら別にそれでいい。



 そして何よりも、原因解明なんて面倒そうな事をやりたくもない。


 都市伝説レベルの話で真理に近付くなんて、これ以上の被害が出ないわけがない。

 僕自身に被害が出る場合もそうだが、原因を突き止めようとしてエニグマやアズマも同じ目にあったら意味が無い。


 それなら現状維持が最も無難で論理的な結論だ。


「そうか、お前が良いなら俺はそれで良い」


「うん」










****












 再び時間が経過しゲーム内で日が登ってきた頃。


 シリアスな話をしている間ずっと生首状態だったエニグマは、いつの間にか自力で出て海を泳いでいた。



 僕はというと、現実の夏の海ほど暑くもないので泳ぐ気にもなれず、適当にブラブラと砂浜を歩いている。


「ぽぽぽーん」


 時折海水浴場のすぐ横の港を行き来する船を眺めながら波打ち際を進んでいると、進行方向からニアさんが歩いてくるのが見えた。


「リン。どうしたの、こんなところで」


 何をしてるか聞きたいのはこっちもだが、先に聞かれてしまったので暇だったから海辺を散歩していたというのを伝える。


「散歩? いいね、一緒に散歩する?」


「しますか」


 目的が一致しているのであれば僕が一緒でも邪魔にはならないだろうと誘いを受けたのだが、ニアさんは僕をお姫様抱っこの形で抱えて走り出した。



 どうやらニアさんの言う「一緒に」というのは並んでという意味ではなく、抱えてあげるという意味だったらしい。


 前にアリスさんからニアさんの紹介を聞いた時、ニアさんは走るのが好きと言っていたと思う。

 それが関係しているのか、ニアさんが走る速度はかなり速く、あっという間に砂浜を通り過ぎて岩場まで来てしまった。


「速いですね」


 走っていたのがピタッと止まったのだから、降ろしてもらう流れかと思ったがそうでもないらしい。180度曲がって、今度は来た道を走り出した。


 現実と違って事故が起こっても痛いだけで怪我はしないので、まあいいかと諦めてこの状況を楽しむことにする。



 移動速度はかなり速い。風を感覚で言うと自転車で坂道を下ってる時と同じかそれ以上の速さは出てそうだ。

 それを人間の足で、しかも砂浜でその速さを出しているのが凄い点だろう。



「おぉー…はっや」


 現実で人を抱えながらこれほどの速度を出すというのはかなり難しいだろう。それならゲーム内ステータスの影響があると考えるのが妥当だ。


 速度が関係するステータスといえばAGIだが、AGIはステータスポイントを割り振ってもさほど変化がない…ような気がする項目だ。

 そのAGIをこの速度が出るくらいまで上げているということになるが、具体的な数値が気になるところではある。



 聞くだけ聞いてみようとニアさんの顔を見上げると同時に、太ももと背中を触れられる感覚がなくなる。


「あっ」

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