第103話 海


 しばらく馬車の中で過ごし、街へ着いたら教会へ行ってクエストをクリアしファストトラベルを開放。それをルークスからメイズ、メイズからヴィクター、ヴィクターからマレアと3回繰り返し、無事にマレアまでのファストトラベルを全て開放できた。

 後半になるほど話題がなくなってきて、それぞれ寝てたりメニューを操作してたりしていた。


 そしてマレアに到着し、一応解散となった。

 辰星運輸の人達と別れ、アリスさんは納期がどうとか言って帰っていったので僕とエニグマだけ残った。



「どうする?」


「どうせ明日も来るからな…アリスみたく帰ってもいいぞ」


「露店とか回ってなんか良いものないか探したい」


 エニグマはやる気のない返事をして歩き出す。離れたら迷子になりそうなので、エニグマに着いていく。


 開かれている露店や道沿いにある店などでは他の街とそう変わらない武具などを見かける。だが他の街と比べると、焼き魚とか銛とか、海に関係する物が多い。

 鮮度のせいかは分からないが生魚などは見ていない。


「マグロとかいるのかな」


「どうだろうな。モンスターとしてならいそうだが」


 確かに。水棲のモンスターなら魚の姿をしていてもおかしくない。

 むしろ水棲で魚じゃないとなると…魚しか思いつかないな。じゃあ魚だけだ。



 そんな話をしながら露店を見て回ったけど、特にめぼしい物はない。


 明日のために水中用のゴーグルとかがあれば買おうとも思ったが、NPCでも潜水する際は『水泳』スキルを持っている場合が多いのでゴーグルとかシュノーケルは存在しないらしい。

 湖でレベルを上げた『水泳』スキルを持っている僕には必要ないので、なら別にいいかと探すのをやめた。


 泳がずに砂浜で遊ぶにしても、スコップは持っている。別に遊ぶために買ったわけではなかったけど、ちょうどいい。


「結局冷やかしだけで帰ってきたな」


 何も買わずにクランハウスまで帰ってきた。


 今は鍵を使って教会からクランハウスまで無料で転移してきたが、ここから別の用事とかでクランハウスを出ると転移費を要求される。

 マレアからサスティクへ転移すると片道で3万ソル。ただでさえ所持金が心許なくて貯金という概念すら存在しないのに、片道で3万、今日サスティクでの用事があった上で明日も行って帰ってくるとしたら9万ソルは消える。


「おかしいな…万単位って結構大きい数だったと思うんだけど」


 ポンポン消えるじゃん。

 分解キットで8万使ったし。錬金ラボとカスタムの水道で15万と25万、合計で40万必要だった。こっちはエニグマに借りたけど。


「節約したらどうだ?」


「お金使い荒いつもりはなかったんだけど」


「必要な支出とそれを上回る収入があれば金は貯まるぞ」


 現状で必要な支出っていうと錬金術で使う材料で、その材料で作ったアイテムはそれなりの値段で売れる…条件は揃ってる。


「塵も積もればなんとやらってこと?」


「まあそうだな」










****












 翌日の9時くらい。3度寝して寝起きの状態でエニグマに抱えられてマレアの砂浜までやってきた。


「起きろ。海に放り投げるぞ」


「おきてるよ…」


 急に着信があったと思えば、さっさとFFにログインしろと招集され、言われた通りにログインしたらエニグマの肩に担がれた。

 その上で海に放り投げるなんて言われるとは、理不尽なものだ。


 エニグマの肩から降ろしてもらい、海の方を向き直る。

 砂浜の奥に広がる広大な海。太陽の光が反射してキラキラと光っていて若干眩しい。海水浴場なだけあって、人はまあまあ居る。

 港町というだけあって船も浮いているが、海水浴場の方には来ないように堤防がある。そこにも何人か人がいるようだ。


 欠伸をしながら海を眺めていると、エニグマが歩き出したのでそれに着いていく。


「ねむ…」


「珍しいな、お前がこの時間まで眠いの」


「昨日ちょっと寝るの遅かったからかなぁ…?」


 砂浜を歩いて海の方へ近づくとこちらへ向かって手を振って走って来る人がいることに気付く。よく見るとアクアさんだ。ビキニを着ていて肌の露出が多く、目のやり場に困る。


「おはようございます、アクアさん」


「おはようリンちゃん! 来てくれたんだね!」


 それはこっちのセリフでもある。エニグマからは海に行くという事しか伝えられておらず、2人かアズマとかを含め少数で行くのかと思っていた。

 アクアさんが走ってきた方を見るとギルドメンバーの大体が居る。女性ばっかだけど…って、数えたら女性陣全員いるな。


「アズマとクロスくんは?」


「堤防の方に行ったよ」


 頭に着けていたゴーグルの『望遠』スキルを使って堤防を見てみると、堤防の上で椅子に座って釣竿を伸ばしているアズマとクロスくんの姿が見える。

 2人も水着を着ていて、上半身は裸だ。


「全員いるんだ」


「集合は8時だったけどな」


「え、集合時間とかあったんだ。呼んでよ」


「メッセージ見ろよ」


 言われてみればさっきログインした時にメッセージの通知が色々来てた気がする。ログインした瞬間にエニグマに抱えられたから見れてなかったけど。

 …でもメッセージが届いたのログイン直後だから結局伝わってないじゃん。


「あとお前寝るの早すぎなんだよ」


「エニグマが遅すぎるだけじゃない?」


 昨日、僕が寝たのが普段より遅かったのにそれでもエニグマよりは早かったと思う。


 適当にあーだこーだ話しながら大きな影を作っているパラソルの元へ行くと、ビーチベッドの上でヒュプノスさんが寝ている。アリスさんがその横の椅子に座りながらテーブルに顔を突っ伏し、エアリスさんが同じテーブルの上に置いてあるコップの中身を飲んでいた。

 先程遠くから見た時には居たニアさんはこの場には居らず、砂浜を走ってどこかへ行ってしまった。


「…どうしたんですかアリスさん」


 ヒュプノスさんはいつも通りだし、エアリスさんも特に変わりない。だけどアリスさんだけ疲れているように見える。

 もしかしたらビーチベッドをヒュプノスさんに取られているから、テーブルに突っ伏して寝ているだけかもしれないけど。


「寝ておらんよ…。ちょっと疲れとるだけじゃ」


「…お疲れ様です」


 話し出すと長くなりそうだから深くは聞かないでおこう。

 全員水着を着ているのを考慮すると、水着の作製依頼で忙しかったとかだろう。多分。人数分用意するのは大変だろうし。


「今日はずっと遊ぶ感じ?」


「まあそうだな。好きに遊べ」


「んー…」


 急に海に連れてこられて好きに遊べと言われても。

 寝起きで泳ぎたいとも思わないし砂浜を走り回りたいとも思わない。かといって釣りをしてたら暇すぎて寝そうだし…。


「砂遊びでもしてようかな」


 海に近付くため靴と靴下は脱いでおく。泳ぐつもりはないので水平服から着替えない。


「城作るか」


 簡単に城を作ると言われても僕には砂の城を作る技術も器用さもないので、張り切っているエニグマから離れて波が届くか届かないかという所で砂に穴を掘る。

 稀に穴に波が届き、水が溜まっていって深く掘るのが面倒になってくるが、穴を広げて水深を浅くしたりと、目的もなく掘り続ける。



 しばらく無心で穴を広げた後、どうせなら落とし穴みたいな広さの穴を作ろうと思いついた。

 スコップを取り出そうとアイテム欄を開いたが、落とし穴を作るなら魔法陣の方が早くて楽だというのに気付く。


「エニグマでも埋めよ」


 落とし穴の魔法陣を上向きに置いておき、勝手に発動しないように砂を被せる。魔法陣を置いた場所から3歩ほど離れ、エニグマを呼んでこっちへ来させる。


「どうした、何かあったか──」


 こちらへ向かって歩いてくるエニグマが消えた地面の中に落ちていく。反射的に地面を掴んでいたが、砂だから崩れて落ちたようだ。


 穴の底でこちらを見上げているエニグマと見つめ合うこと数秒。退いてろという意味合いだと思われる、しっしっと手で払うジェスチャーをしてきたので落とし穴から離れる。

 少し待っていると砂埃を巻き上げながらエニグマが穴の中から飛び出し、僕の近くに着地する──と思ったが穴付近の地面を巻き込んでまた穴に入っていった。


 何でまた入ったんだと眺めていると、もう一度飛び出して今度はちゃんと地面に着地してきた。


「なんで1回入り直したの?」


「角度が足りなかった」


 だから1回目は穴の縁を掴んで落ちていったのか。


「それよりなんだ今の穴」


「落とし穴」


「何故俺を落とす必要があった?」


「大きい穴掘りたくてさ。僕のステータスだと落ちる前に避けるとか出来ないし落ちたら出れないから」


「成程な?」


 別に掘らなくちゃいけない理由もないけど。

 エニグマのおかげで作られた穴は波がたまに届く位置にあり、波が来る度に穴の底に水が溜まっていく。何をするでもなく、ぼーっと眺めているが中々時間を潰せそうではある。


「スコップ持ってるか?」


「あるよ。はい」


「いやでけぇな…」


 確かに僕が持っているスコップは砂遊びには向いてないサイズだ。どちらかというと土木作業とかそういうの向き。砂浜で使うなら誰かを埋める時くらいだろう。


 でもあまり文句を言わないで欲しい。そもそも目的を伝えられてなかったから本当に遊ぶかも分からなかったし、目的をしっかり理解しているエニグマが持ってきておいてくれれば何も問題はなかったのだから。

 と思いつつも、言ってもどうにもならないので黙っておこう。


「海は無心で眺めてられるから良いね」


「だろ」

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