第102話 辰星運輸
クランハウスの出入口に集合と言われ、錬金ラボからホールへ移動した後だったのですぐに合流出来た。
集合場所ではエニグマとアリスさんが待っていた。
「よし来たな。まずはルークスへ移動するぞ」
それは先に言って欲しかった。
最後にクランハウスへ転移してきたのがバジトラの教会からだったので、今クランハウスを出る際に5000ソル要求された。
そしてサスティクからルークスへ転移する場合、1万5000ソルが必要になる。
バジトラの教会からクランハウスへ転移してきたので、バジトラの教会へ戻る場合はタダなのだ。そこを5000ソル払ったのに、更に1万5000ソル要求される。
バジトラからなら1万ソルで済んだものを、無駄に倍消費してしまった。
とはいえ、これはエニグマが完全に悪いわけではない。
エニグマの話を聞いて、ルークスから更に南方面へ行くんだから、ルークスは経由するというのは理解していた。
ルークスの教会集合で良いか確認を取らなかった僕も悪い。
でもこれを言ってしまうと、どうせ余計に使った分を渡してくるだろう。エニグマはそういう奴だ。
だから黙っておく。お金を借りすぎると後々面倒になるというのもある。というかむしろそっちの方が大きい。
少し歩き、サスティクの教会からルークスの教会へ転移した。
「久しぶりだなぁ、ルークス」
サービス開始日に行ったきり訪れてない気がする。
ファストトラベルを開放した時に子供たちと遊んだが、あの子達は僕のことを覚えているだろうか。
また遊ぼうみたいな約束はしたけども、現実で1ヶ月くらい前だからゲーム内では4ヶ月近く経っている。少し遊んだだけの人物を4ヶ月も覚えてられる自信はないし、おそらく忘れられているだろう。
NPCであっても人から忘れられるというのは寂しいが、忘れられているのであればそれはそれで約束は勝手に破棄される。
「聞いてるか?」
「ん、あぁ、ごめん聞いてなかった」
歩きながら感傷に浸っていたらエニグマが何か話していたらしい。
考え事をせずにちゃんと話を聞こう。
「ま、そんな難しいことは話してない。馬車に乗って行くってだけだ。いつも通りだな」
「ボスは? 3連戦?」
「そこは心配要らん。直に分かる」
心配は要らない? 何を言ってるんだろう?
街から街へ馬車で移動する場合、ほぼ毎回ボスモンスターと戦うイベントがあるが、それを心配する必要はないって事はボス戦をスキップしたりするんだろうか。
でも馬車に乗るって言ってたし昨日やった空を飛ぶとかではないな。だとするとモンスターから逃げ切れる速さの馬車とか?
直に分かると言った後、何も言わなくなったエニグマに着いていくと門の近くの馬車が沢山置かれている駐車場へやってくる。
駐車場を見渡すと同じような馬車が並ぶ中で、1つだけ目を引くような物がある。
その馬車はかなり大きく、他のに比べると2倍くらいはある。馬車の中で部屋が分かれているような構造になっているようだ。
馬車の側面にマークが描かれており、杖の柄に2匹の蛇が絡みついていて、上部には天使の羽と思われる物がある。その下には「Mercurius Logistics」と書かれている。
「何これ」
「これが今回乗る馬車だ。説明は途中でやる」
そう言って馬車へ乗り込んだエニグマに続いて乗り込む。
中は今まで乗った馬車とそう変わりない広さだ。馬車の後部にある部屋とは隔離されているようで、小窓から後ろの部屋を覗ける。
ちらっと覗いてみると、面識のない人達が4人座っていて、そのうちの1人と目が合った。反射的に目を逸らし、これ以上目が合ったりするのが嫌なので覗くのをやめる。
「…誰?」
「それもこれから説明する。まずこの馬車についてからだな。この馬車は最近名前が売れてきた「
駐車場に停めてあった他の馬車と比べるとかなり大きかったり、何かのマークがあるから特別な物だとは思ってたけどクランが持っている物なのか。
という事は、馬車の側面にあったマークはクランを表すマークだろうか。
馬車が揺れ、動き出した。どうやら出発のようだ。
「なんか描いてあったマークもそのクランのマーク?」
「そうだ。マークっつうかロゴだな。モチーフはカドゥケウス。ロゴの文字にも入ってるメルクリウスが持ってた杖だ」
あれメルクリウスって読むのか。
杖を持ってたなら人なのかな。エニグマが知ってるんだから、実在したとか伝承にあるとか、かなり有名な人なのかもしれない。僕は知らないけど。
「辰星運輸は商業系のクランで所属してる人間は生産職が主ではあるが、少なからず戦闘タイプの奴も所属してる。今回はその戦闘タイプを有効に使って稼ぐ方法の試験運用だな」
「試験運用…?」
「簡単に言うと護衛だ。冒険者ギルドで発行されるクエストにも似たような物があるが、その対象はNPCに限った話じゃない。プレイヤーも金を払えば護衛を雇って街を移動し、他の街のファストトラベル開放を行える」
「へぇ」
確かに戦闘が苦手とか、生産職をやっているって人は重宝するかも。
プレイヤーでもロールプレイとかでファストトラベルを使いたくないという人はいるかもしれないし、割と稼げるやり方な気がする。
「どのくらいお金かかるの?」
「知らん」
「えぇ? なんで…?」
「試験運用に付き合えってクランマスターに言われたからな。タダなら良いぞって言ったら了承された」
クランマスターと知り合いなのか。エニグマの人脈、どこまで広がってるんだろう。未だに全貌が見えないな。
「…ってことは後ろの人達がボスと戦うの?」
「そうなるな」
戦闘要員と依頼主を同時に運べるように大きい馬車なのか。依頼主と仲良くなる必要もないから部屋が分かれてる、と。
「なるほど」
話が一段落ついた所で、集合からここまで一緒に居たけどあんまり喋ってなかった、珍しくテンションの低いアリスさんが口を開く。
「実は我も辰星運輸に勧誘された事があるんじゃよなぁ」
アリスさんもこの馬車を保有しているクランに誘われていたらしい。
しかし現在は僕と同じクラン…パンドラの箱に所属しているのだから、勧誘は断ったか、加入してから離脱したかだ。
「断ったんですか?」
「仕事内容が鎧の素材の納品ばっかじゃったし…。我が作りたいのは服装で、その服装に鎧が含まれてても自分で作るんじゃよな」
そのために鍛冶スキルも持っとるし、と続けるアリスさん。
鍛冶スキル持ってたのか。本人曰くスキルレベルはそこまで高くない上に、服装としての鎧を作る場合のみなので性能は求められても困るとのこと。
つまりビジュアルが良い鎧とか金属製の物とか、金具とかの小道具は依頼出来るということだ。それはいいことを知った。
と、話していると馬車が止まった。しばらくすると金属を叩いたような音や、誰かの声などが聞こえてくる。
現在進行形で戦闘中だ。だがエニグマは放っておけば勝手に倒してまた進み始めると言うので、それを信じて話を続ける。
「……あとはお前が取引してる黒軒とかも辰星運輸所属だな」
「あぁ、黒軒さん…」
黒軒さんとは取引はしているけど、個人的な関わりはほぼ無いに等しいから名前を出されても反応に困る。
これ以上黒軒さんの話を続けるのは気まずいので話題を変えよう。
「そういえば、馬車のロゴにあったメル…なんとかって何?」
「メルクリウスロジスティクスだな。
辰星運輸の辰星は中国でいう水星だ。んで、水星のラテン語がメルクリウス。
ちなみにメルクリウスは神の名前でもあって商人や旅人の守護神とされてるな。ロゴの杖、カドゥケウスはメルクリウスが持っていたとされ、商業とか交通のシンボルとして使われることが多いぞ」
「ロジスティクスは?」
「兵站学とか物流を意味する英単語だな。運輸ってのを翻訳したんだろ」
それでメルクリウスロジスティクス、辰星運輸か。商人の守護神とかから名前を取るって、そういう知識ないと難しいし、あってもセンスが必要になるから凄いと思う。
あとロジスティクスって語感かっこいいな。
「パンドラの箱もロゴとかあるの?」
「あるぞ。クランメニューで見れる」
「デザインは我じゃよ。大体エニグマが決めてたからイメージを形にしただけじゃけど」
アリスさんがデザインしたらしいロゴを確認すると、王冠の中にクエスチョンマークが入った物が立方体の箱の中に入っている絵があった。辰星運輸のような英語はない。
パンドラの箱は端的にまとめると厄災の入った箱を開けてしまう話。厄災というのは予測不可能だからクエスチョンマークで、箱はそのまま立方体で表しているのは分かる。だがこの王冠は一体…?
「この王冠は?」
「それな、パンドラの箱って名前になった理由に遡るんだが。まず今所属してるメンバーの頭文字を取って並べ替えると「ex hangar」になる…んだよな」
「ハンガー?」
「まあ聞け。exは色々な略としての意味があるが、hangarが格納庫って意味だからそれに合わせてextinct、絶滅ってのを選んだ。んで絶滅の格納庫、それを言い換えて厄災の箱、パンドラの箱だな。
あとなんか勘違いしてそうだから言っておくが、服をかけるハンガーはrの前がaじゃなくてeな」
起源は分かったけど、それが王冠とどう繋がるんだろうか。そう言いそうになったが、急かさずとも話してくれそうなので黙って聞いておく。
「それでクラン名はパンドラの箱になったんだが、後からeとaが1つずつ足りないのに気付いたんだよな。
頭文字から取ってるのに抜けてるのは流石にまずいとも思ったんだが、eとaなら俺とアズマって事にしておけるからな。
クランマスターとサブマスターはクランを代表する存在だし、他の奴らを名前に使うことでマスターと同じくらいの存在感に出来るって事で良いかってなった」
「良くはないと思うけど」
「それはエアリスとかエックスに言われた。だからロゴに俺とアズマの要素を入れるってのに落ち着いて出来たのがあのロゴだ」
「エニグマとアズマの要素…? どこ?」
ロゴをじぃーっと見ても名前とかは書いてない。
「ハテナと王冠だな。これを際にアリスに個別のロゴを作ってもらう事にして、俺はハテナ、アズマは王冠になった」
「なんで?」
「昨日言ったと思うが、エニグマって単語は謎って意味だ。謎から引っ張ってハテナだな。アズマの方は知らん」
「アズマは東、EastのEを横にすると王冠に見えるからって言っておったぞ」
なんか、「辛という字に1本付け足すと幸せになる」というのに対して「その1本は何処から出てきたんだよ」ってツッコミをするのに似たような感じがある。何故Eを横にしたのか。
…まあそこはセンスとかの問題だろうし、本人がそれで良いなら良い。王冠というのも悪くないし。
で、ロゴは結局エニグマのクエスチョンマーク、アズマの王冠と箱で構成されているのか。
予測不可能な厄災がクエスチョンマークかと思っていたが、そうでもなかったらしい。
また話が一段落ついたというタイミングで、馬車が再び動き出す。ボスを倒し終えたっぽい。
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