第101話 分解キット


「みっずみっずみっみみずー」


 水を確保しよう、という目的で錬金ラボから出たが、ホールに戻ったらエニグマとエンカウントした。



「何してんだ? つかクラン名決まったんだが意見あるか?」


「水の確保に行くとこ。クラン名なに?」


「パンドラの箱」


 どこかで聞いた名前だ。確か何かの神話とかだったような。

 内容は厄災だか絶望が入ってる箱を開けてしまう話、という記憶がある。


「いいんじゃない?」


 異論はない。そもそも変じゃなければなんでもいいと言ってエニグマに任せたのだし、相当ダサいとか倫理的にマズイ名前でなければ文句はない。


「んじゃ変更はなしだな。あと水ならカスタム購入にそういうのがあったぞ」


「ホントに? やったー」


 そうなら買いに行ったり湖に汲みに行く必要が無くなる。


 早速ホールの受付パネルを起動して追加カスタムの購入画面を開く。

 錬金ラボの追加カスタムは何個かあるけど、庭とかのに比べるとそんなに多くない。

 「原初のフラスコ設置」や「錬金釜設置」という生産キットを設置する物。ラボの中のパネルで購入した時より安いし、設置だから錬金ラボの中でしか使えないとかだろうか。あとは「水道追加」という物。

 生産キットの設置が分解キットまでしかないのを考えると、僕のスキルレベルに依存するんだろう。スキルレベルが上がれば生産キット設置以外の、水道追加に似たような物が増えるのだろうか。


 そして目的の「水道追加」だが、25万ソルとかなり高い。錬金ラボが15万ソルとかだったし、本体よりも高いんだけど。


「25万ソルだって」


「そうか」


「借りてもいい?」


「毒煙玉の納品分を先渡しって約束なら良いぞ」


「んー…オッケー」


 将来的な損得ではここで買っておいた方がいい。25万ソルを返すまで毒煙玉の収入が無くなるのは辛いけど…どのくらいかかるのかな。


 エニグマがメニューを操作して取り出した皮の袋を5個投げて渡してくる。受け取ってインベントリに収納するとちょうど25万ソル増えていた。

 昨日錬金ラボを購入した時もそうだったけど、袋1つに5万ずつ入っているっぽい。


 …こんな大金をポンポン出せるエニグマの所持金は一体どうなっているんだろうか。どこからそんな収入が…?


「買えたよ」


「おう。このあと暇か?」


「暇といえば暇…かな」


 カードを合成素材として使えるかというのは気になるけど、今すぐやる必要はない。水の確保を行う時間を短縮出来たしカスタムを買わなかった場合より時間は余るだろう。


「ヴィクターの南東へ行くと海に隣接したマレアって街があるんだが」


「待って。まずヴィクター? って何?」


「ヴィクターはメイズの南の方にある街だ。マレアはヴィクターの南東」


 このゲームを始めて最初に降り立つ街がルグレ、そのルグレから南西だか南東だか…とにかく南の方にルークスという街がある。

 メイズはルークスの更に南方面へ進んだ先にある街。


 そして僕はメイズにすら行ってない。攻略具合で言えば、エニグマの言うマレアという街を含め、3つも行ったことがない街を攻略する必要がある。



「…メイズにすら行ってないよ?」


「大丈夫だ」


「何が大丈夫なのかは分からないけど…。それで、マレアって所に行くの?」


「あぁ。明日海に行こうと思ってな」


「明日?」


「そうだ。明日。そのためのファストトラベル開放に今から行こうって話だな」


 今日の話をしてるのに何故明日なんだと思ったが、そういう事か。

 ファストトラベルを開放しておけばお金はかかるが移動に使う時間を短縮出来る。明日、海に──遊びに行くかは分からないが──行くのだとしたら、すぐに移動して行ける。


「なるほど。良いよ」


「準備あるから30分後くらいに集合な。メッセージで呼ぶからちゃんと見ろよ」


 そう言ってエニグマはクランハウスを出て行った。

 すぐに出発はしないのか。時間があるならさっきの続きでもやろうかな。



 もう一度錬金ラボへ移動すると、テーブルの横に理科室にあるような蛇口と流し台が増えていた。ハンドルを回せば水が出る。3つあるテーブルにそれぞれ付いていて、どれも効果は変わらなそうだ。

 テーブルの反対側にも蛇口らしき物はあるが、こちら側は出た水を排水する流し台がない。水が出る場所も机から少し離れているし、こっちは『合成』で使う錬金釜に入れる時のための物だろうか。




 とりあえず数十分の空き瓶に水を入れておいて、錬金釜を取り出して合成を行う。

 錬金ラボにくれば水入り瓶を使わずに合成出来るとなるとかなり楽だ。毎回10本使ってたし、瓶の水を錬金釜に入れるのも空き瓶に水を入れるのも面倒だったから助かる。



 合成素材のコストが見れる『計測』を発動して先程手に入れたカードを見ると、ちゃんと表示される。


 コストが表示されなかったアイテムは見たことないが、表示されるのであれば合成に使えないという事は無いだろう。

 ただ、コストは他の物と比べるとかなり少なめに設定されているようだ。カード5枚でようやく薬草1個と同じ250の数値になる。つまり1枚50だ。


「さて…」


 予想が当たっていれば、カードと他のアイテムを合成する事が出来る。

 薬草を分解して手に入れたカードは「回復」「止血」「植物」の3種類。

 もし、「回復」のカードと水を合成してポーションが出来るようであれば、素材のコストや1つの素材から作れるアイテムの量が増えるなど、恩恵は大きい。



 実際に水入り瓶と「回復」のカードを錬金釜に入れて合成を行う。

 完成したアイテムは…「HP回復ポーション」。


 錬金術の最初のアビリティ、『調薬』で作れる物と同じだ。回復はHP30ポイントと、大して強くはない。

 だがしかし、予想は見事に的中した。水道を購入した事で水は無限になったし、素材を分解してカードへと変換する事で目的のアイテム、もといポーションを作りやすくなる…と。


「…良いね」



 だが、また別に気になる事はある。


 『分解』はその名の通りアイテムを分解するアビリティだ。

 そう、「素材」ではなく「アイテム」を分解する。つまり、素材でなくとも…例えば今完成したポーションとかでも分解が可能なのではないか。

 素材のみだったとしても、ポーションを合成の素材として使う場合もある。


 もし仮に、ポーションを分解してより多くの「回復」のカードを入手出来るとしたら、それを更に水と合成する事で増やせるのではないだろうか。


「下手したら低コストで無限に増殖出来る…?」


 しかし、どう分解するんだろうか。

 ポーションが入っている瓶を破壊したところで中身のポーションは零れてしまうし、零れないように箱の中身に移してからというのも、液体を破壊する方法がない。



 失っても特に問題もないので、1回やるだけやってみる。ポーションを机の上に置き、工具箱の中から金槌を取り出して瓶を割る。

 薬草の時と同じように、壊れてバラバラに砕け散ったガラス瓶の破片や、零れた中身のポーションは消えずに残っている。


 ゴーグルを通して瓶を見ると、耐久値はゼロになっていた。

 ガラスの破片や零れたポーションをなんとか集め、箱に入れる。


 蓋を閉めると箱はガタガタと振動し、カードを排出した。



 出てきたカードは「回復」と水の雫が描かれた「水」、ガラス板の絵の「ガラス」の3枚。

 予想とは違ったが、「回復」のカードが出たので他の「水」と「ガラス」のカードはお得に手に入って…ないな。

 多分だが、「水」と「ガラス」のカードはそのまま水とガラスを分解した方が入手量とかも増えそうだ。


 なら中身のポーションだけをどうにか分解出来ないだろうか。

 液体に耐久値が設定されているのかは不明だが、もしあるのならば熱する事で蒸発させ、耐久値を減らせ…る…?


「耐久値…?」


 ガラス瓶とかなら破壊して耐久値がゼロになっても破片として残るが、液体を蒸発させたら何も残らなくないか。

 気体になった物を箱に入れるにしても、空気に混ざった気体をどうやって箱に入れるんだろう。箱に液体を入れてから蒸発させても空気より軽かったらどこかへ行ってしまうし。


「んー……」


 いや、案外蒸発させるのが正解かもしれない。

 塩水を熱して蒸発させても塩は残るし、ポーションを蒸発させたら回復させる成分が残る可能性もある。

 心配なのが、『調薬』だと熱しすぎると回復量落ちる上に不味くなることだ。余計に加熱してるのが原因なら、水分を蒸発させるまで加熱してたら回復効果は低くなるし不味くなる。



 蒸発でダメなら逆に冷却を行うという手もある。冷やして氷にしてから金槌で粉砕すれば破壊出来る。


 …なんかそっちの方が良い気がしてきたな。



 まあどっちが良いかはやってから決めればいい。幸い、失っても困る物でもない。


 カードと水を合成して新たに2つポーションを作り、片方の瓶の蓋を開けて赤いスプレー缶を入口にくっ付け、噴射する。

 近すぎたので少し離して、ブクブクと沸騰するポーションを眺める。


「暇…」


 ポーションは少しずつ減ってきているが、全部なくなるには何分もかかるだろう。スプレー缶のトリガーを引いている指が痛くなりそうだ。

 冷却するにしても時間はかかるだろうなと考えつつ、辛くなってきたら反対の手で持ち替えて加熱を行う。





 数分か数十分か。正確にどれくらい経ったかは計ってないので分からないが、しばらく加熱し続けてそれなりの時間は経過しているだろう。


 ようやくポーションが全て蒸発し、瓶の底には1部焦げて黒くなった緑色の物質が貼り付いている。

 木の枝をインベントリから取り出し、瓶を逆さにして底をガリガリと削ってみると、緑色の粉になったり、塊のまま剥がれて落ちてくる。



 緑色の物質をある程度取り出したら箱に入れて蓋を閉める。

 今までと変わった様子もなくガタガタと震えだした箱は2枚のカードを排出する。カードは2枚とも「回復」だ。


 これで素材となった1つのポーションから、2つのカードを生成出来た。

 このカードをポーションに加工して分解し、またカードに変換してからポーションに加工し…と繰り返せるかもしれない。


「…でもなんか運っぽいところあるし、永遠に繰り返すのは無理かなぁ」


 カードの排出枚数がバラバラだったり、カードの種類が安定しない。

 緑色の物質をゴーグルを通して見た時に、性質の部分に「回復」だけでなく「粉末」もあったので、確実に「回復」だけが出るという事はないと思う。




 では冷却した場合はどうなるのか、という疑問を解消するために加熱と同じようにもう1本のポーションを青いスプレー缶を使って冷却し、氷にした。


 後先考えず凍らせてしまったので中身の氷を取り出せず、瓶は割った。

 氷だけを取り出したらそれも金槌で粉砕し、バラバラになった氷を箱に入れる。


 出てきたカードは3枚。全て「氷」のカードだった。

 やはり枚数も種類も安定しないため、増殖目的で分解を行うのはギャンブルに近い。


「じゃあカードは合成の方向性の指定、って部分に…」


《『エニグマ』からフレンドメッセージが届いています》

【エニグマ:そろそろ行くぞ。来れるか?】


 っと、色々試している内に30分ほど経っていたようだ。

 錬金釜や分解キットをしまい、錬金ラボを出る。


【リン:行ける。どこ集合?】

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